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2014年11月12日水曜日

原爆投下・トルーマン声明

 題:原爆投下・トルーマン声明
...(悲惨な戦争をなくせないのでしょうか)
.
 1945年8月6日に出された「原爆投下・トルーマン声明」
 (抜粋):16時間前、米国航空機1機が日本陸軍の重要
基地である広島に爆弾1発を投下した。その爆弾は、TNT
火薬2万トン以上の威力をもつものであった。それは、戦争
史上これまでに使用された爆弾の中でもっとも大型である。
 ・・日本は、パールハーバーにおいて空から戦争を開始
した。彼らは、何倍もの報復をこうむった。
 ・・それは原子爆弾である。・・極東に戦争をもたらし
た者たちに対して放たれたのである。・・今や我々は、
・・これまでにもまして迅速かつ徹底的に壊滅させる体制
を整(ととの)えている。
 ・・7月26日に最後通告がポツダムで出されたのは、全
面的破壊から日本国民を救うためであった。彼らの指導者
は、立ちどころにその通告を拒否した。もし彼らが今われ
われの条件を受け容(い)れなければ、空から破滅の弾雨
が降り注ぐものと覚悟すべきであり、それは、この地上で
かつて経験したことのないものとなろう。・・
(私記)アメリカのトルーマン大統領の上記の言葉の虚言
 1、「日本陸軍の重要基地である広島に原爆を投下した」
と言っているが、これは、アメリカ国民の方々を欺(あざ
む)く言い方です。
 原爆は、広島市上空に来たということで「一般市民」の
方々の生活している上に、一般市民の多くの方々が、「明
白に犠牲になることが分かっている状況なのに」投下した。
 トルーマン大統領は、その点を隠して、ひたすら日本陸
軍の重要基地の攻撃だと、アメリカ国民の方々を欺いてい
る。
 2、「日本は、パールハーバーにおいて空から戦争を開
始した」と言うことも、アメリカ国民の方々を欺いている。
 アメリカは、本ブログにも色々と書いた様に、日本のパ
ールハーバー以前に、日本への攻撃を色々と行っています。
 それを、「鯨だった」とか、「ボランティアだった(公
式の軍としての攻撃ではなかった)」とか、
 「報告は受けていたが、見ていなかった(見てないのは
あなたの責任でしょ?)」とか・・と、言い訳をしていま
すが、そして、作られた『日本の奇襲』という言葉でアメ
リカ国民の方々の意識を繰(く)っていますが、この声明
も同様な嘘で繕(つくろ)っています。
 3、「彼らは何倍の報復をこうむった」と言っています
が、「報復をしてやったのだ」という言い方は、クエスチ
ョンです。「報復だから正義の行動なのだ」は、本当にク
エスチョンです。
 正義でも何でもありません。
 完全なキリスト教の「同罪報復」の思想です、いや、そ
のキリスト教のこの『悪の教義』以上の報復をしてやった
のだの考え方です。
 報復なので、報復行動なのでキリスト教が言う様に正義
の行動なのだの言い方は間違っています。
 「何らこちらには落ち度はないのだ」の言い方は卑怯の
言葉に尽(つ)きます。
 4、「極東に戦争をもたらした者たちに対して放たれた」
と言っていますが・・、
 アメリカは、ロッキー山脈を越えて西への開拓と称して、
 先住民のアメリカ・インディアンの方々を殺戮しながら、
 西へ西へと、先住民の方々の土地を奪い、カリフォルニ
アの地で太平洋に出ると、その海をまた西へ西へと島々を
奪い自国領とし、フィリッピンを領有し、中国へ乗り出し
て・・、
 ここで日本との接触が始まった。
 結局、極東で戦争をもたらしたものたちは日本ですか?
と問いたい。
 中国で利権をあさり、武器を供給し、自国へ利益をもた
らそうと画策したアメリカではないですか?
 アメリカは無実ではありません。
 5、「7月26日に最後通告がポツダムで出されたのは、
全面的破壊から日本国民を救うためであった。彼らの指導
者は、立ちどころにその通告を拒否した」と言っています
が、本当に直ちに拒否しているのですか?
 作り話ではありませんか?
 アメリカには、日本に原爆を投下してその効果を試した
いという意志(下記の参考を参照)があったことが、はっ
きりしています。
 だから、わずかな10日の猶予のうちに、広島へ原爆投下
をした事になったのではないですか?大惨事になることを
知っていて・・。
.
(参考):1944年9月、アメリカは、パリのドイツ軍が降
 伏すると、すぐに、原爆は、米英で独占して開発しよう
 とした。そして、日本に対して使用することを検討しよ
 うとした。日本への使用目的の一つは、この戦争の終結
 が見えた今、次の対抗勢力となるであろうソ連の存在が
 見えていたからで、日本で使用し、その威力をソ連に示
 し、有利な状況に居たいとの意図があった。日本の殺戮
 される方々への思いやりの「かけらもなかった」。黄色
 人種への蔑視、および、軽視の心だった。サルトルも言
 っている。
..
 (詳しくは、以下のブログへ)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009

この様な姿は・・今も見られる。

 題:この様な姿は・・今も見られる。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 1921年(大正10年)・・、
 この年に、ワシントン会議が開かれた。
 日本は、この会議で、徹底的に・・アメリカに追い込ま
れた。
 国際の会議という席で・・、
 世界の合議という形を作って・・、
 やっていることは・・教室で、一人のいじめられっ子が、
 数人のグループから、虐(いじ)められている姿と・・、
 まったく同じだった。
 国際会議の場であると・・
 公平な場の様に見えるが・・???
 一人を除いて・・他の皆が利益を得て・・、
 他の皆は利益を得ているから「ニコニコ」で・・、
 その様な状態で、多数決で決議すれば・・一人だけが不
利益のまま放置されて、決議されるという罠(わな)だった。
 それで、多数決なのだから・・公平なので、正義で・・、
『よいのだ』の姿だった。
 日本は、日露戦争以後、アメリカに追い込まれ続けていた。
 第一次世界大戦時には・・一時的に、日米は歩み寄った
が・・、
 1917年、石井=ランシング協定が締結されたが、アメリ
カは、日本の中国進出が嫌だった・・が、この協定で、満
州の日本の特殊権益を承認した。
 しかし、第一次世界大戦後に、日本は、戦勝国として領
有する地域が増えた。
 これを、アメリカは、快(こころよ)く思わなかった。
 拡大する自国(アメリカ)領への通路に、日本領がある
という形には・・させたくないとした。
 アメリカは、反対した。
 アメリカのごり押し意見が通り、「日本の委任統治」と
なった。
 そしてまた、アメリカは、日英同盟にも障害に感じた。
 日本が、日清・日露の戦いに勝利を収め、国の地歩を固
めて来たと同時に・・、
 アメリカも、ハワイを獲得し、フィリピンを領有し、地
歩を固めて来た。
 そして、それと同時に、イギリスの地位は、後退して行
った。
 イギリスは、この時期、この水域からイギリス艦隊を撤
収している。
 アメリカは、ロシアに対抗して出来た日英同盟を・・、
 ロシアが革命でなくなった後も、存続している事を・・、
 自国(アメリカ)を、対象にしているのではないかと思
えた。
 アメリカの猜疑心(さいぎしん)である、そして・・、
 日本の急拡大が気になった。
 アメリカは、利益誘導国家である、その為には言い方も
変える、手続きも変えたりする、その為に、道徳国家的な
事も言う、その為に平和愛好も言う、その根には、国益追
求国家があった。
 そして、自国の正義は正義なのだ、何故かは、正義なの
だから正義なのだの正義を振りかざした。
 アメリカは、この1921年のワシントン会議で、日本を抑
え込みに掛かった。
 この会議で、日英同盟が廃棄された。
 日英の両国ともに存続を望んでいたが、国際会議という
作られた場で、当事者が存続を望んだが・・会議で廃棄が
決まった。
 この事は、この後、日本の孤立化が・・次第に・・強ま
って行き・・、やがて・・日本は・・ドイツとの同盟へ・・
追い込まれる道へと・・繋(つな)がって・・行った。
 また、この会議で、石井=ランシング協定が廃棄された、
 満州の日本の地位が剥奪状態となった。
 また、イギリス・フランス・オランダの権益には・・何
一つ手を触れられなかった。
 また、日本は、山東省青島も返還させられた。
 国際会議という席は、日本バッシングの席であった。
 そして、アメリカのハワイは・・防備を強化して良いと、
まったく公平性の無い、自分さえよけらば良いを、国際会
議という形をしつらえた中で、押し付けた。
 こんな自分だけ良ければ良いが、長く安定した世界であ
り続ける訳のない状況だった。
 アメリカの国際正義という名の御旗の下でのこれらは、
実際は、正義・公平からほど遠い・・ごり押し会議だった。
 アメリカのこの考えでの行き着く先の真の姿は、平和破
壊の姿だった。
 平和を逆のベクトルへ、世界を動かして行った事になる。
 この様な姿は、今も見られる。
..
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2014年11月11日火曜日

気になった事柄を集めた年表 [1939年~1945年]

 題:気になった事柄を集めた年表 [1939年~1945年]
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドへ侵攻し、第二次
 世界大戦がはじまる。→1年
1940年7月、ドイツ占領下のポーランドから、リトアニア
 に逃がれて来た多くのユダヤ系難民などが、各国の領事
 館・大使館からビザの取得をしようとしていた。各国領
 事館・大使館はソ連が閉鎖を求めたため(リトアニアは
 ソ連が占領していたため)、まだ業務を続けていた日本
 領事館に名目上の行き先への通過ビザを求めて殺到した。
 日本は、旅費や滞在費の有する者などの発給条件があっ
 たもののビザ発給をしないということではなかった。
  杉浦千畝(ちうね)氏が、ビザ発給を禁止する日本政
 府の意思に反してユダヤの方々を救ったというのは正確
 ではない。当時、日本政府は、ナチスドイツの人種差別
 政策に賛成しない強い意志があった。当時の日本の外交
 は独自の政策を取っていた。確かに杉浦氏は、ビザ発給
 をしたが、日本政府の命令を反してまでしたというのは
 間違い。日本政府はビザ発給に反対はしていなかった。
 キリスト教徒の杉浦氏は、キリスト教のプロパガンダ
 (嘘宣伝)で作り上げられている。日本政府はユダヤの
 方々にビザ発給をよしとしていた。→1年
1941年4月、アメリカ軍が、中国軍の振りをして日本軍を
 攻撃していた。これが、日本とアメリカの戦端が開かれ
 た事実となっている。アメリカに擦(なす)り付けられ
 た日本の奇襲は、この史実からも『ない』と言える。既
 に、日米は交戦状態であったからである。アメリカ軍は、
 卑怯にも中国軍を装って、実際はアメリカ軍の航空師団
 フライング・タイガーで、軍籍を外したりして偽装した。
 このアメリカ軍が、中国戦線に投入され、日本軍と交戦
 した。れっきとした日米の戦争状態で、アメリカは、正
 式の宣戦布告などしていない。卑怯な事をするアメリカ
 であるが、フライング・タイガーを、アメリカは、民間
 ボランティアだと言い訳するが、最近、アメリカ大統領
 が、直接、『許可を与える』という行為をしている事が
 判明した。米国立公文書館に動かぬ証拠がある。逆に、
 アメリカが、日本に奇襲攻撃を既にしていたのである。
1941年8月9日~8月14日、アメリカのルーズベルト大統
 領とイギリスのチャーチル首相が、海に浮かぶ戦艦上で
 会談した。アメリカの参戦への要請と、対日戦争の協議
 が主な議題だった。ルーズベルトは、アメリカの国民世
 論が戦争反対であったため、国民へはイギリスと何も約
 束はしていないと言った。しかし、1942年1月27日に、
 チャーチルは、イギリス下院の演説で、会談内容を暴露
 した。ルーズベルトの嘘が、アメリカ国民の知るところ
 となった。日本の近衛文麿首相が、開戦の危機打開に努
 力していたが、会談がうまく行くはずもなかった。ヨー
 ロッパ戦線でイギリスはドイツに負けそうになっていた
 ので、ルーズベルトは参戦したいと考えていた。→0年
1941年9月、日本の真珠湾攻撃が行なわれる3カ月前のこの
 月に、アメリカが、日本を攻撃しようとしていた。この
 攻撃を9月に行う、実施するとした公文書が存在すること
 が判明した。ただ、当時、アメリカは、欧州戦線で、イ
 ギリスがアメリカ爆撃機を大量に必要としていたため、
 予定が延びていただけだった。この計画は、宣戦布告を
 しない先制攻撃(奇襲)の計画だった。この様なことか
 らも、アメリカは、日本を奇襲呼ばわりできる様な立場
 ではない。宣戦布告なしで行なわれるアメリカのこの奇
 襲攻撃は、350機のカーチス戦闘機と150機のロッキー
 ド・ハドソン爆撃機を使用するとし、全体を3段階に分
 け、日本本土爆撃を行い、第2段階は、200機の戦闘機と
 100機の爆撃機を使い、東京、横浜、大阪、京都、神戸
 を目標とした。日本は、軽くて燃えやすい木造住宅が多
 いので効果のある焼夷弾を使用するとされていた。
1941年12月8日、日本が、アメリカのハワイ真珠湾を攻撃
 して大東亜戦争(太平洋戦争)がはじまったと言われて
 いるが、実際は、アメリカの軍艦が、日本の先行してい
 た潜水艦へ、機雷攻撃をして、すでに戦端は開かれいた。
 また、このアメリカ軍艦は、この交戦事実をアメリカ司
 令部へ送信し、知らせている。日本の真珠湾攻撃は、こ
 の様な確定した事実により奇襲ではなく、すでにアメリ
 カの知るところの交戦中にあった。アメリカは国民の世
 論操作目的から、日本の奇襲をデッチアゲたかった。ま
 た、アメリカ軍は日本の連合艦隊の交信を傍受し、その
 行動は逐一知るところとなっていた。奇襲は、絶対、成
 立する状況に無かった。作られた奇襲。→0年
1941年12月18日、ヒトラーの言葉:「日本は多くの島を
 次々に占領している。彼らはオーストラリアも獲得する
 に至るであろう。白色人種はこの地域から消滅してしま
 うだろう」。→1年
1942年2月15日、ヒトラーは、一つの喜ぶべき(しかし、
 また、悲しむべき)報告をしなければならないと語った。
 シンガポールの陥落がたった今、伝えられたのである。
1942年3月22日、噂によれば、ヒトラー自身は日本の戦果
 に心から感動している訳ではなく、むしろ逆に、黄色人
 種を撃退するために、出来ればイギリス人に20個師団を
 派遣したいと語った。→2年
1944年9月、この時期から、アメリカは、日本中の都市の
 住民を殺傷する目的で、攻撃を行ない出した。軍事施設
 の攻撃と並行して、民間人(非戦闘員)の殺傷を目的と
 する攻撃で、日本各地の都市の住民が殺戮対象にされた。
 このアメリカの攻撃は、明らかに非人道的行為で、「人
 道に対する罪」に相当する。戦後、正義を装った東京裁
 判でも、この件は取り上げられず、無視され、何処が正
 義の東京裁判なのだと言える。逃げまどう一般民間の人
 々へ焼夷弾のじゅうたん爆撃は、戦争犯罪そのもので、
 犯罪ではないと言えるものではない。有罪行為である。
 無防備な一般人への殺戮行為そのものだった。
1944年9月、アメリカは、パリのドイツ軍が降伏すると、
 すぐに、原爆は、米英で独占して開発しようとした。そ
 して、日本に対して使用することを検討しようとした。
 日本への使用目的の一つは、この戦争の終結が見えた今、
 次の対抗勢力となるであろうソ連の存在が見えていたか
 らで、日本で使用し、その威力をソ連に示し、有利な状
 況に居たいとの意図があった。日本の殺戮される方々へ
 の思いやりの「かけらもなかった」。黄色人種への蔑視、
 および、軽視の心だった。
1945年3月10日、東京大空襲。連日のアメリカによる無実
 の無防備の丸腰の一般の人々への殺戮行為である。東京
 の人が、一夜にして10万人以上の方々が殺され、亡くな
 った。「ニューヨーク・タイムズ」の特派員は、さすが
 アメリカの非を感じ、アメリカ空軍当局へ警告した。住
 宅の無差別空爆は、ナチスのゲルニカ空襲の犯罪性を思
 い出させると・・。しかし、ナチスのゲルニカの死者は
 3000人。アメリカの卑劣さは、その人数からも筆舌につ
 くせぬ悪行為となっている。アメリカの感覚は、黄色人
 種の大量殺戮に不感症的で、道徳的反応を示さなかった。
 キリスト教が、古くから有色人種を「人ではない」とし
 てきた考えに洗脳されていた。小磯首相は、ラジオを通
 じて、この爆撃は戦略的目的ではすでにない、殺人の目
 的で、破壊のための破壊であるとアメリカ向けに放送し
 言った。
1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下される。
1945年8月9日、長崎に原子爆弾が投下される。原爆の投下
 を知ったサルトルは言った、「ドイツの都会だったら、
 白人種の上だったら、彼らも敢(あ)えてなし得たか疑
 問だ。黄色人種だからだ。彼らは黄色人種を忌み嫌って
 いるのだ」と。
1945年8月15日、大東亜戦争(太平洋戦争)が終わる。
..
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2014年11月10日月曜日

えいえいと続き、続けられる悲惨な正義は正義ではない。

 題:えいえいと続き、続けられる悲惨な正義は正義ではない。
 (悲惨な戦争を無くせないのでしょうか、切なる希望について)
.
 司馬遼太郎は書く・・、
 「あれほどすさまじかったアメリカの軍事力投入に耐え
てゆく(ベトナムの方々)」・・と、書いた。
 犠牲になった民間人667万人(死者458万人、行方不
明者209万人、計667万人)。
 この他に膨大な戦死者(軍人)が居るが、民間人の5分の
1強ぐらいで、圧倒的に民間人の方々が多く亡くなっている。
 悲惨な事である。卑劣な事である。
 アメリカは、本当に非人道的な事をする。
 キリスト教徒のアメリカ大統領のブッシュが、「イエス・
キリストの夢を見た、決断した」と始めたイラク戦争も、
 結局、大量破壊兵器は、無く、
 捕えたイラクのトップを、したのか?しなかったのか?
分からぬ裁判で、また結局、殺してしまう。
 アメリカの尊い青年の死と、また、まったく戦争に関係
の無かった尊いイラクの方々が亡くなってしまった。
 この様な、尊い甚大な被害があって、何が残ったという
のか?
 キリスト教徒の大統領が始め、そして、キリスト教の宗
教組織が、何ら反対しないで始めた戦争が、何を残したか?
 そこには、悲惨な被害しかない。
 ベトナムと同様に膨大に使われた、消費された兵器の使
用数量しかない。
 その兵器の使用目的の・・卑劣な犠牲にされた方々しか
いない。
 使われた兵器は補充されるだろう、平和では消費されぬ
から、
 生産の為の工場のモーターは回転を始めるだろう、
 そして、納品され、納品書が送られ、金が振り込まれる
だろう、
 その納品成績の成果は、本社経営トップに報告されるだ
ろう、
 その成績表の脇に、陰にある、犠牲になられたアメリカ
の青年の方々と戦争に何ら関係無いイラクの犠牲になられ
た方々の『無念の死』を読み解くか?
 この数字を見るアメリカの経営トップは、この犠牲にな
られた方々を思い、涙をして見るのか?すこしでも・・、
 結局、イラクでアメリカの爆弾で・・散り散りなったイ
ラクの将校は、今、「イスラム国」に入っているという。
 アメリカは、また、爆撃するのか?
 今、それを検討しているという。
 キリスト教徒の大統領が始めたイラク戦争は、この戦争
だけにおさまらず、連鎖が続いている。
 近代になるほど、戦争で亡くなる方は一般の民間人が圧
倒的に多くなる。
 民間人を殺す兵器(軍人を殺す兵器ではない)を作る経
営トップへ数字が報告される。
 政府は、民間人が死んだその代金を降り込むだろう。
 アメリカ国民の方々が納めた金が、
 その金が、相手国の多くの方々の死と共に、アメリカの
青年の死も伴って・・、
 果てしない連鎖の金と死の、何らためになってない連鎖
の中でうごめいている事を悟(さと)らない。
 「目には目を」の同罪報復を教えるキリスト教。
 巻き込まれた方々の死が、あまりに悲惨だ。
 涙の行為が続く。
 司馬遼太郎が、歯を食いしばってアメリカの強烈な破壊
行為に耐えたベトナムの方々について書く、
 「ベトナム人の抗戦力の強さは、一つには輪廻転生を信
じている事にもよる。『今生は苦が多いが、しかし、自分
は善業も積んでいるから、来世はきっといい運の人間に生
まれかわるに違いない』ということを、雑談の間にもよく
聞かされた。『私がこの世で恐れているものは何もない。
ただ仏様だけがおそろしい』という事を、サイゴン大学の
女子学生の口から聞かされた時は、私は骨の痛むほど感動
を覚えた」・・と。
 そして、「ベトナム人の精神世界には、三界六道(りく
どう)に死んでは生まれ、生まれては死に、生と死が轟々
(ごうごう)と旋回して、限りもなく継続して行くという
古代インドの生命思想が、ギラギラと生きているのである」
と。
 キリスト教の「正義」は正義なのか?
 えいえいと続き、続けられるイラク戦争の様な悲惨な正
義は正義ではない。同罪報復のキリスト教観念が影響して
いる。
.
 (参考)ごう‐ごう【轟轟】 [ト・タル][文][形動
  タリ]大きな音がとどろき響くさま。「―たる車輪の
  響き」
 (参考)えい‐えい【営営】 [ト・タル][文][形動
  タリ]せっせと休みなく励むさま。「―として働く」
..
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今現代は『経時劣化している』。

 題:今現代は『経時劣化している』。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教は、自分の宗教を美化するために、きわどい
話や、言い回しをよく言う宗教だ。
 そして、キリスト教のイエスが、十字架刑になったが、
この十字架刑にした者を怨みに怨んだ。
 卑劣にも、その古代のイエスを殺した者達への怨みだけ
ではなく、その殺した者の民族までをも・・、
 ユダヤの方々にまで・・怨みに怨んだ。
 さらに、キリスト教が卑劣な事は・・、
 後々までも、ユダヤ民族の方々を、「主(イエス)殺し」
と言い、
 そして、思い続けながら・・後々までも、しつこくユダ
ヤの方々を追い回し、殺戮し、殺した。数々の卑劣な殺し
方までした。非常に非人道的なことなので詳細は書けない。
 その怨みつらみの・・イエスの死を・・美化して・・
 「本当のことなのだ」・・と、躍起(やっき)になって
言う。
 本当なら、キリスト教に、「そんなに怨むなかれ」・と、
言いたい。
 「汝の怨む相手を・・愛せよ」・・と、言いたい。
 キリスト教は、恨みの塊になって、ユダヤの方々を、長
い歴史の中で殺しに・・殺した。愛の宗教なんかでは・・
これッぽッちもない・・、
 「本当に多くの、ユダヤの方々を殺すなー」・・と、腹
の底からキリスト教に吐きつけたい。
 キリスト教は、そのイエスは、「死して、贖(あがな)
ったのだ」と言う。
 十字架で・・終わりでは・・無かった・・という
 イエスの十字架の死を・・キリスト教は、悲劇的最後と
は取らないと言う。
 (こうは言ってても、キリスト教は、ユダヤの方々を必
要以上に恨む・・恨みの宗教となっている、信徒になると
この恨みのネーバーがまとわりつくから注意して戴きたい)。
 キリスト教は、『悲劇とは取らない』と言う。
 『神の救いの計画があった』と言う。
 「死人の中からの復活」が、予定されていたのだと言う。
 ならば、何ら、ユダヤの方々を、恨んだりする事は無い
だろうに・・この野郎となる。
 あのように追い回して、殺す事も無かっただろうに。
 いたいけな子供たちに、イエスの十字架刑を、卑劣な行
為として、反感を植え付ける教育をして? そして、その
後、その十字架刑は神の計画だったと教える。
 子供達が、こんな授業が、『辛い』と言う訳だ。
 この様な洗脳、マインド・コントロールは止めよ!
 英国のキリスト教の聖職者でさえ、過半数の多数が、「
この復活話は信じない」と答えている。
 古代の当時でさえも、信じる者も居ない『眉唾話』だっ
た。
 「イエスの死体を、弟子たちが盗んで、デッチアゲてい
る」とかと言われていた・・、
 キリスト教のスタートのこの話は・・まるっきり信用の
無い話に当時からなっている。
 また、「墓の番人が、死体を別の所に埋葬し直しただけ
だ」とかと、当時でも言われて、まったく信用されていな
い。
 それにしても、キリスト教は、「神のいる天のみが清浄
で、地は汚(けが)れ・・、肉体はけがらわしい、不浄な
ものだ」と説き・・、そして、教義にしているが・・、
 そんな不浄な肉体が・・イエスが必要としたのか?
 必要なのか?
 オカシイでは無いか? 肉体を持ってイエスは復活した
とは?
 キリスト教の教義なんて、「口から出まかせ、信じるに
足るものでは無いが、これも、あまりにもオカシイではな
いか?」。
 イエスは、肉体が必要だと考えたのか?
 そして、(「ヨハネによる福音書」20・19~20)に、
 復活したイエスが、弟子たちが居る家に現れたという。
 弟子たちは、何も悪い事をしていないのに、何故か?怖
がって、家に集まって、家に鍵を掛けて、閉じこもってい
たという。
 その、鍵が掛かっている家に現れたという。
 幽霊の出現的である。鍵のかかった部屋にすっと現れた
という。
 肉体を持った状態ではない。
 つまり、墓から復活したと思わせるためには、肉体が無
くなった事にすると、その復活があったと・・話の展開が
しやすいというだけの話なのだ。
 墓にイエスの亡き骸(なきがら)があるが・・、
 イエスは、復活しましたたとは・・? 話の展開が、し
にくいだけの話なのだ。
 肉体は・・その程度の話。
 そして、弟子たちの居る家へ・・幽霊状態で・・肉体無
しで・・現れた・・そして、イエスが言ったという、「あ
なた方に平和がある様に」・・と。
 キリスト教は、今、必死に世界観を広く言い、そして、
繕(つくろ)っているが?
 やはり、キリスト教は、民族宗教の域(いき)を出ない。
 イエスも同じ。
 選民思想で、「我が民族だけ」の宗教。
 また、信じる者だけが救われると言う。
 同じ宗教を信じる者だけの『同民族の宗教思想』、
 そして、『異教徒は殺せ』の教義を持つ宗教=キリスト
教である。
 そんな話の展開の中で、「手と脇腹とをお見せになった」
と言う、
 そして、弟子たちは「主を見て喜んだ」と言う。
 最初、すぐに弟子たちは、喜ばなかったようだ。
 幽霊状態で入って来たイエスを見て、弟子たちは、復活
があると言っていたにもかかわらず・・、
 弟子たちは、そのイエスを見て、すぐに、イエスだとは
と気が付かなかったとは?
 何と、抜けている弟子たちではないか?
 イエスは、だから、見せなくてもよい傷を、見せたのだ
ろう。
 イエスも、傷を見せないと、信じてもらえないと思った
のだろう。
 それしか、イエスが、わざわざ傷を見せる必要性はない。
 まさか、イエスが「ほら」っと、傷を見せびらかしたな
どと考えたくない。
 それにしても、傷を見せるというレベル的に低い話の展
開だ。
 イエスだと知らせる別なやり方があるわけだ?
 そして、傷を見て、それから弟子たちも分かったのか、
「主を見て喜んだ」という。馬鹿馬鹿しい展開だ。
 それにしても、キリスト教は、「復活した」とか、「人
を生き返らせた」とかの低劣な驚かせ話があまりにも多い。
 この人の生き返らせは、イエスと喧嘩ばかりしていた弟
子たちも、イエスが生きていた当時に、既に、出来ていた
という、
 キリスト教聖書に書いてある。
 イエス復活の前の弟子たちに、まったく駄目だと言われ
る弟子たちにさえ出来たという。
 ならば、手の込んだ事をしなくて、弟子が、イエスを復
活をさせればとも思う。
 「人の生き返らせ」とか、キリスト教は、飽(あ)きも
せず、こんな類いの、何ら意味のない、人をただ驚かせよ
うという、『単純驚かせ話』が続く。古代の人なら驚いた
だろうが、今現代は『経時劣化している』。
 そんな宗教。
 人生を埋めるべき宗教ではない。
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