ページビューの合計

2012年9月15日土曜日

NHKは愛国心について・・・

 題 : NHKは愛国心について・・・
.
 NHKは愛国心について、『NHK独特の
イデオロギー』を日本の国民に押し付けて
いる。
 例えば、NHKは、「番組開始時と終了時」
に放送してきた「日本の国歌と国旗掲揚の
放送」を取り止めた。
 軌(き)を一(いつ)にして、キリスト教
団体が国旗・国歌の反対集会を開いている。
 NHKがキリスト教に偏することはずーっ
と指摘させて戴いてきていますが、本件に
ついても同一行動をしている。
 また、NHKは、今回のオリンピックおよ
びパラリンピックにおいて、金メダル受賞
時に演じられる「センターポールに国旗が
掲揚され、国家が演奏される」その重要な
シーンを一度も放送していない。
 金メダル受賞者の健闘を讃える大切なシ
ーンを一度も放送していない。
 国旗掲揚と国歌演奏を仰ぎ見る「表彰台
の晴れがましい選手の顔」を見る事が出来
なかった。
 まったく公共放送の役を果たしていなか
った。
 前記の放送取りやめ処置は、NHK内の一
部組織の独断による処置とのことだった。
 国旗と国歌は大切に処し、公共放送NHK
は放送しなさい。

(追伸)
 気が付いたことを追記しますが、NHKは、
種々の番組で、アメリカ国旗やイギリス国
旗は、放送するが、日本の国旗は放送しな
い。
 例えば1例、番組名:「ニュースで英会話
」で米国国旗のはためく姿を放送していた。
(2012・9・6、午後10時10分)。

 (追伸の追伸)
 NHKのEテレが パラリンピックの放送をし
ていた。
 そして、頑張った選手が金メダルを取って
も、国旗掲揚する治具は見せても、やっぱり
国旗と国歌は放送しなかった・・が、何故か?
キリスト教会の鐘の音は放送をしていた。
 やはり、キリスト教に偏するNHKだと感じた。
 (2012・9・15、pm3:50)

2012年9月11日火曜日

追記 泰緬鉄道

 題 : 泰緬鉄道のできごと 追記

(追記:wikipedia)
 この鉄道の建設は、20世紀初頭の英領ビルマ時代にイギ
リスが検討していたが、地形が複雑で建設を断念した。
 戦時中、旧日本軍は海上輸送の危険を避けるべく1942年、
ビルマ戦線の物資輸送のためのルートを確保するため、建
設を開始した。
(イギリスが検討した複数の案の内の1つを踏襲している。)
 建設は、迅速さを要求されたためビルマ側・タイ側両
方から開始した。
 ビルマ・タイには、すでに、多少の鉄道が建設されてお
りタイ側はノーンプラードックから、ビルマ側からはタン
ビュザヤより建設を開始した。
 建設の作業員には日本軍1万2000人、連合国の捕虜6万
2000人(1万2619人死亡)、募集で集まったタイ人数万(未
知数)・ミャンマー人18万人(4万死亡)・マレーシア人
(華人・印僑含む)8万人(4万2000死亡)、インドネシア
人(華僑含む)4万5000人の労働者が使われた。
 建設現場は劣悪で特に工事の後半は雨季にも拘らずさら
なる迅速さが要求され、食料不足からくる栄養失調とコレ
ラやマラリアにかかって死者数が莫大な数(日本側とタイ
・ミャンマー側の調査で食い違いが出るが、約半数と言わ
れる)に上り、戦後に問題となった。
 特に、巨大な一枚岩を掘り下げるなどした「ヘルファイ
アー・パス(英語版)」と呼ばれる箇所や、断崖絶壁に沿
わせるように木橋を建設した「アルヒル桟道橋」など未開
発の地帯では、工作機械不足と突貫工事による人海戦術の
ため死者が多かったという。
 これらの労働者の多くの犠牲のもと、当初5年は掛かると
言われた建設が翌年10月には完成した。

(私見)以上の様に、日本側のイギリス人捕虜に対する扱
いは、イギリス人捕虜をターゲットにして死者を出した訳
ではなく、日本人労働者や現地人にも死者は出ている訳で、
過酷な状況からその様な結果になってしまった。
 その点から、その後のイギリスの日本人捕虜に対する死
に至る扱いは非難されるべきで、また、糾弾されるべき行
為となっている。

2012年9月10日月曜日

泰緬鉄道のできごと

 題 : 泰緬鉄道のできごと

 泰緬鉄道(たいめん)の工事で、多くの方が亡くなった。
 この鉄道は、日本の作戦上重要な鉄道だった(下記の「参考」を
ご覧ください)。
 早く作る必要があった。
 日本からの補給もままならない中で、日本人や現地人に加え、イ
ギリス人捕虜も工事に加えねばならない理由・大義があった。
 しかし、過酷な状況下の工事により、戦時であり、また、戦闘の
最前線の地でもあり、この環境下でイギリス人捕虜に限らずに多く
の死者が出た。
 しかし、イギリスは、このイギリス人捕虜の死に対する仕返し・
復讐をした。
 この工事にかかわった、戦争が終わって捕虜となった「日本人捕
虜」に仕返しがなされた。
 卑劣なやり方で、この泰緬鉄道に関係する日本人捕虜は全滅させ
られた。
 日本人は、イギリス人捕虜に対する怨恨はなく、ただ過酷な工事
からイギリス人捕虜の死があっただけであるが(イギリス人捕虜に
限らず多くの死があったわけだが・・・)、
 イギリス人の日本人捕虜に対して、完全に怨恨の心情からの復讐
がなされた。
 また、その復讐の全滅のさせ方が、卑劣な非人道的軽蔑行為だっ
た。
 キリスト教の「目には目を」の卑劣教義そのままの復讐行為だっ
た。
 以下、本「アーロン収容所」の抜書きです。
・・・しかし、とうとう一人の人と話す様になった。
 関東の人で、名も所属も言わない。
 歯切れのよい東京弁で素直な感じである。
 「私はミッチーナで重傷を負い、倒れていて英軍に収容されまし
た。
 意識を失っていて収容されたのです。
 でも、それはどうでもよいのです。
 私たちは(日本へ)帰れないかもしれません。
 ですから、この話だけはしておきたい。
 日本の人に知らせて下さい」

 「英軍はひどいことをします。
 私たちは、イワラジ河のずっと河下の方に一時いました。
 その中洲に戦犯部隊とかいう鉄道隊の人が百何十人か入っていま
した。
 泰緬国境でイギリス人捕虜を虐待して大勢を殺したという疑いで
す。
 その人たちが本当にやったのかどうか知りません。
 イギリス人は、あの人たちは裁判を待っているのだと言ってまし
た。
 狂暴で逃走や反乱の危険があるというので、そういうところへ収
容したのだそうです。
 でもその必要はありませんでした。
 私たちは食糧がすくなく飢えに苦しみました。
 ああ、やはりあなたたちもそうでしたか。
 あの人たちも苦しみました。
 あそこには「毛ガニ」がたくさんいます。
 うまい奴です。
 それをとって食べたのです。
 あなたもあのカニがアミーバ赤痢の巣だということを知っていま
すね。
 あの中洲は潮がさしてくると全部水に没し、1尺(30センチメー
トル)ぐらいの深さになります。
 みんな背嚢(はいのう)を頭に乗せて潮がひくまで何時間もしゃ
がんでいるのです。
 そんなところですから、もちろん薪の材料はありません。
 みんな生のままたべました。
 英軍はカニには病原菌がいるから生食いしてはいめないという命
令を出していました。
 兵隊たちも食べては危険なことは知っていたでしょう。
 でも食べないではいられなかったのです。
 そして、みんな赤痢にやられ、血便を出し血へどをはいて死にま
した。
 水を呑みに行って力つき、水の中へうつぶして死ぬ、あの例の死
に方です。
 看視のイギリス兵はみんなが死に絶えるまで、岸から双眼鏡で毎
日観測していました。
 全部死んだのを見とどけて、『日本兵は衛生観念不足で、自制心
も乏しく、英軍のたび重なる警告にもかかわらず、生ガニを捕食し、
疫病にかかって全滅した。
 まことに遺憾である』と上司に報告したそうです。
 何もかも英軍の計算どおりにいったというわけです」・・・

 イギリスは、表面的な残虐行為はしないが、深い復讐欲でなされ
た行為を加えた。
 表面的にははなはだ合理的。
 非難に対してうまく言い抜け出来る様にしていた。
 冷静に冷酷に事をした。
 表面的には残虐ではなく様に見えても、人間が人間に対してなし
うる最も残忍な行為をした。
 同じことを相手に加えて、与えて良いとするキリスト教の教義が
心底にある。

 (参考)たいめん‐てつどう【泰緬鉄道】 《「泰」はタイ、「緬」
はビルマのこと》太平洋戦争中、日本軍がインパール作戦の物資輸
送のため、タイ・ビルマ間に建設した鉄道。タイ側はクワイ川に沿
う。連合国捕虜や現地人が動員され、数万の死者を出し、...
 (参考文献)「アーロン収容所」会田雄次著