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2012年12月30日日曜日

童謡「里の秋」について

題:童謡「里の秋」について
.
 ある意味、お父さんの戦地からの帰りを待つ
母と子の辛い状況が背後に見える哀しい歌に感
じられます。反戦歌に聞こえてきます。
里の秋、
作詞:斉藤信夫、
作曲:海沼実、
(1)
しずかな しずかな 里の秋
お背戸に木の実が 落ちる夜は
ああ母さんと ただ二人
栗の実煮てます いろりばた
(2)
あかるい あかるい 星の空
鳴き鳴き夜鴨の わたる夜は
ああ父さんの あの笑顔
栗の実たべては 思い出す
(3)
さよなら さよなら 椰子の島
おふねにゆられて 帰られる
ああ父さんよ ごぶじでと
今夜も母さんと 祈ります
.
太平洋戦争が敗戦に終わり、南方から初めて
兵隊たちが引き揚げて来る昭和20年12月中旬、
作曲家の海沼実はNHKからこれを迎える歌を
作ってほしいと依頼を受けた。
その時、海沼は、斉藤信夫が書いた「星月夜」
を思い出した。南方で戦っている父を母と子
が思っている詩だが、3番が「お父さん頑張っ
て」だったのを現在の詩に書き換えて貰い、
題名も「里の秋」として川田正子が歌い大変
評判になった。
.
 非常に感動的な事が書いてある下記の「詩人・
斉藤信夫について」を訪れてください。
http://16.pro.tok2.com/~hanachan62jp/20060410saitou.htm
 その一部抜粋:
 当時「川田」は小学5年生でした。
 昭和20年12月24日午後1時45分、この歌は
NHKの<外地引揚同胞激励の午後>という番
組で放送されました。
 4年間眠り続けた童謡がようやく日の目をみ
たのです
 川田正子が歌い終えるとスタジオ内は一瞬し
ーんと静まり返り誰もの心が浄化されたのが分
かりました。
 いえ・・敗戦にうちひしがれていた日本中の
人々の心が放送により浄化されました。
 川田正子の澄んだ唄声が皆の心に染みいるよ
うに流れた。歌い終わると辺りは時間が止まっ
たように静まり返った。
 やがて感動の呻きが遠雷のように盛り上がっ
てきて、スタジオ内は拍手の嵐に包まれた
次の一瞬からNHKへの電話が殺到しました。
 さっき放送された曲に対する問い合わせばか
りです。
 ただ一曲の放送でこれほど反響のあったこと
はNHKでも初めてのことでした。
 

2012年12月20日木曜日

キリスト教の宗教コンセプトは・・・

題 : キリスト教の宗教コンセプトは・・・
(真を求めて、皆様とともに幸せになりたい)
.
 非科学的な宗教=キリスト教という宗教は否定されて
来ている。
 キリスト教の宗教コンセプトの『終わりの時代』が来
ている。
 キリスト教国と言われるアメリカでもそうだ。
 特に、学者という知識層の『キリスト教の否定のエネ
ルギー』がすごい。
 以下の調査結果がそれを示している。
 1987年、ニューズウィーク、米国にいる48万人の地球
学者や生物学者のうち、キリスト教の聖書の記述が科学
的に正しいとする創造論者は700人程度しか居ず、つま
り0.18%(1000人に1人か2人という少ない人数)しか聖
書を正しいとしていない。
 一般的な米国科学者への調査でも、キリスト教聖書の
創造を信じる者は5%しか居ず、逆に、創造論を否定し
て進化論を認めるが、神を否定せず信じる者は33%。
 完全に自然主義的な進化を信じている者は55%であ
った。
.
(1)キリスト教の聖書の創造論を信じる者・・・5%
(2)キリスト教の神を信じるが、かと言って、創造論
は信じない(否定し)、そして、科学的な進化論は認め
る者・・・33%
(3)キリスト教の神も創造論も信じないで、完全に自
然主義的な進化を信じている者・・・55%
(4)その他・・・7%
.
 一般的な米国科学者への調査結果でも、キリスト教の
神を信じる者が38%と少数者になっている。
 そして、かつ創造論を信じても居ると言う者は5%と
わずかな人数となる。

2012年12月19日水曜日

アメリカとEPAをしてください

Subject: アメリカとEPAをしてください。
(真を求めて、皆様とともに幸せになりたい)

選挙、お疲れさまでした。
日本のため、ありがとうございました。以下を御一読ください。
[内容]:
 アメリカとEPAをして下さい。実質、TTPは日本とアメリカの形を変えたEPAです。しかし、TTPをしたいアメリカは他の11カ国を取り込み、そして主張します。「すべてをまな板に乗せ、例外規定を作らない」と。公の様な形にしたそれが狙い。弱肉強食の主張を、アメリカだけの主張を、模糊するためのもの。
(参考)EPA:経済連携協定(英: Economic Partnership Agreement:EPA)は、自由貿易協定(FTA)を柱として、関税撤廃などの通商上の障壁の除去だけでなく、締約国間での経済取引の円滑化、経済制度の調和、および、サービス・投資・電子商取引などのさまざまな経済領域での連携強化・協力の促進などをも含めた条約である。

2012年12月14日金曜日

キリスト教聖書は、必然的に、当然として・・・

題 : キリスト教聖書は、必然的に、当然として・・・
(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか) 
.
 キリスト教聖書は、必然的に、当然として、すぐに今の姿に
なったのではない。
 今現在、キリスト教にあって権威のある方達も言います「極
めて疑わしい基準によって、古代の文献類から寄せ集められて
作られた」と。
 そして、その選択する基準についても疑問を言う。
 「『使徒的権威』『教えの正統さ』などの基準も疑わしい限
りだった」と。
 故に、「それ以後の歴史は、その選ばれてしまった文献集(
聖書)の権威付けをする歴史であった」と。
 偽名で書かれた手紙をどう扱うか?・・の問題など。
 偽とするか、偽パウロとするか、いずれにしても、宗教的に
良い形にしたいという意思が働く、そこには個人的な意思が入
っていく、入り込まざるを得ない状況の中に置かれる。
 もうここまで来ると訳者が宗教を作っていると言える。
 訳者のキリスト教である。
 そこには既存の宗派、大小を問わず、それらの宗派には都合
の悪い訳出になる所も出て来る。
 それは、「キリスト教の原点には、今の宗派と違うもの・考
え・教義があった」という事。
 故に、それらは、必然的に生じる、実態・事実の結果なので
ある。
 キリスト教の教義は、この様な薄氷の上に存在しているもの
なのである。
 この様な教義から、過去に多くの戦争が生まれた、多くの方
々の命が失われた、そのことが、悔やまれる。

2012年12月10日月曜日

笹子トンネル崩落事故に関連する「接着に大切なぬれ(濡れ)」について

題 : 笹子トンネル崩落事故に関連する
         「接着に大切なぬれ(濡れ)」について
  (真を求めて、皆様とともに幸せになりたい)
  
.
☆接着のメカニズム
.
 接着とは「接着剤を媒介とし、化学的もしくは物理的な力、
または、その両者によって二つの面が結合した状態」と定義さ
れます。
 この定義に至る迄には、永い歴史がありました。
.
 さて、次に接着のメケニズムについて簡単に説明します。
 接着機構には 
 1.機械的結合
 2.物理的相互作用
 3.化学的相互作用 の三つがあり、
 機械的結合とは、アンカー効果とか投錨効果とも言われ、材
料表面の孔や谷間に液状接着剤が入り込んで、そこで固まるこ
とによって接着が成り立つと言う考え方です。
 木材や繊維、皮等の吸い込みのある材料の接着を説明するの
に有効です。
 物理的相互作用とは分子間力(ファン・デル・ワールス力)を
いい、二次結合力ともいって接着剤の
 基本的原理とされています。
 三つ目の化学的相互作用とは、一次結合力と言って最も強い
接着力が期待される共有結合や水素結合を言います。
 即ち「接着」とは、機械的な引っ掛かりや分子間力、原子間
力によって成り立っており、そのどれかに原因を絞り込むこと
ができない複雑さを持っています。
.
☆接着のプロセス
.
 接着の原理から言えば接着剤と被着材はその分子間力の及ぶ
範囲に接近していなければなりません。
 ここで「ぬれ」と言うことがだいじになります。
 油の上に水を落としても水は拡がりません相溶性(親和性)が
悪いからです。
 相性がよく、馴染みがよい時に「ぬれ」が起り、そこに分子
間力が働き接着が可能になるのです。
 ポリエチレンやポリプロピレンは油のような性質をもってい
るために接着が困難と言うわけです。
 接着剤は、被着材の表面をぬらして拡がった後、固まって始
めて接着が完了します。
 液化:接着剤は一般に液体で供給されますが、固体接着剤は
加熱によって、感圧型接着剤(粘着剤)は
 軽い圧力によって、表面をぬらします。
 ぬれの悪い被着材には表面処理を施します。
 固化:表面をぬらした接着剤はその種類に応じて固体に転換
しなければなりません。
 溶剤型接着剤と水性接着剤は溶剤や水を蒸発、吸収、拡散な
どによって、ホットメルト接着剤は冷却によって、反応形接着
剤は、化学反応(硬化剤や触媒の添加、湿気、熱、光など)のよ
って固化又は硬化します。
 使用条件への適合:接着のプロセスとしては最終的な破壊に
至る領域ですが、接合部の設計、接着剤の選択及び接着工程の
管理によって支配されます。
.
 以上、セメダイン系列のマルヤ通商株式会社のページより

「笹子トンネル崩落事故」について・・の、その後

題:「笹子トンネル崩落事故」について・・の、その後
    (真を求めて、皆様とともに幸せになりたい)
.
(2012・12・9)の読売新聞によると・・・、
 山梨県の中央自動車道上り線・笹子トンネルの天井板崩落事
故で、天井板をつるす鋼材をトンネル内壁に固定していたアン
カーボルトの大部分が、樹脂性の接着剤に覆われた状態で脱落
していた事が8日、捜査関係者への取材で分かった。
 接着剤の劣化が崩落につながった可能性が高まり、県警は、
中日本高速道路と保守点検を担当する子会社が、劣化の危険性
などをどう認識していたか捜査をすすめる。
 以上の記事は、小生が記させて戴いたブログ記載の様に、ト
ンネルコンクリートにドリルで削孔した穴の孔壁と、アンカー
ボルトをその孔に挿入し、そして、注入した樹脂との界面での
剥離だと指摘させて戴いた方向に向かっている記事となってい
る。
 上記の記事は「アンカーボルトの大部分が樹脂性の接着剤に
覆われた状態で脱落していた」と記している。
 これは、アンカーボルトと接着剤は一体となっていたという
ことであり、崩落の原因となった剥離界面は、その接着剤と削
孔の孔壁の界面だと言える。
 その界面剥離が剥落させた界面である。
 記事は「接着剤の樹脂の劣化が崩落につながった可能性が高
まった」と記しているが、樹脂の劣化ではなく、ドリルでの削
孔時に発生したのホコリ・粉塵の除去が、完全に、物理的にも
、できないため、注入した樹脂の削孔壁面への「付着面の接着
」が十分ではない状況での接着状態になったためと言える。
 削孔壁面への樹脂の接着が完全な「ぬれ(濡れ)状態になったかどう
か」という事である。
 硬化乾燥したコンクリート壁面に樹脂を注入して、固化した
場合、注入した樹脂がそのコンクリート壁面を完全にぬれ(濡れ)の状
態にし、残ったホコリ・粉塵を剥離海面とさせないくらいの状
況になり得たか?である。
 上記の記事によれば「大部分が(同じ状態で崩落した)」と
記している様に、一様に同じ状況が起きているということ、こ
れは、一様な原因があったわけと言え、そして、常時の振動の
影響をこの界面が受けていた訳である。常に、重い天井板の荷
重を受けながら。
 新聞の記事は樹脂の劣化と記しているがその可能性は低いと
考えられる。
 やはり、原因は接着界面の問題である。
 また、記事本文にはアンカーボルトには腐食は認められなか
ったとある。 
 また、同紙には、関連記事として、首都高速の羽田トンネル
の件について、天井板が、笹子と比べて、非常に軽くなってお
り、かつ「笹子」は中央の1か所で支える構造であるが、これ
と異なり、2か所でぶら下げる様になっていると記している。
 そして、「金具がいくつか破損しても、安全性は保てる」と
記していることも、小生がブログで指摘させて戴いた様に、笹
子はリスクの捉え方が甘かった(中央1ケ所で支え、かつ、1
か所につきボルトが2本、1本が不十分になった場合、50%の
耐力減少が起きるという設計)と言えることをこの記事も指摘
している。

2012年12月5日水曜日

「笹子トンネル崩落事故」について

題:「笹子トンネル崩落事故」について 
.
 不幸な事故が起きました。
 2012・12・4のNHKのニュースを見ていて「おやっ?」と
思ったことがありました。
 ニュースは、崩落した所の図面を見せていましたが、肝心の
ボルトのところが「ホールインアンカー」と言われるボルトの
図でした。
 これが事実であるなら、気になることがあります。
 「ホール・イン・アンカー」という様に、トンネルのコンク
リートが硬化した後に、ドリルで穴をあけて、ボルトを差し込
むという、後からボルトを設置するやり方の図面でした。
 ドリルで穴をあけてから、差し込むボルトの頭を叩くと差し
込んだ部分が広がって、その穴のコンクリート壁との摩擦でア
ンカーボルトがセットされる方式です。
 または、ボルトを差し込んで樹脂で固める方式もあります。
 いずれの方法においても、ドリルで穴をあけるため、深さは
浅くなります。
 その浅い穴の局所で力を支える、受けることになります。
 弱点は、長期間においてその局所の力の維持が保てるか、維
持できるかの問題です。
 樹脂でボルトを固着するタイプは、樹脂が確実にコンクリー
ト壁に付着するように、ドリルで穴をあけた時に生じたホコリ
などを完全に取ることです。このホコリ・粉塵をしっかり取り
除くことが出来るかです。
 しかし、完全に取ることは不可能なので、その様な状況の中
で樹脂のコンクリートへの付着に期待します。
 また、摩擦での接着するタイプも樹脂の付着による接着タイ
プも振動に弱いことです。
 長い期間、振動がボルトに伝わると摩擦でコンクリート壁を
押し付けている肝心の箇所がゆるまるのが心配です。確実に振
動があればゆるくなってきます。
 樹脂も少し残っただろうホコリの層との間(界面)で剥離が
少しづつ生じて来ることが心配です。
 自動車の走行の振動(上下動など、特に大型トラックなどの
大きな振動など)が天井板に振動が伝えられ、天井板を動か
し、天井板を支えている鉄骨を動かします。
 そして、その振動は、鉄骨はボルトへ振動を伝えます。
 この様な状況が長期間、常時、続いている訳です。
 この様な中でホールインアンカーがあることは最悪の状況で
す。
 また、大型トラックが与えた走行路盤の振動が床から壁へ伝
わり、直接トラックなどの走行振動がホルーンアンカーのボル
ト部分に振動を伝えることもあるでしょう。
 トンネル内は、常時、振動をしている環境となっています。
すべてが振動しています。
 また、地震動などが天井板を揺らし、その動きがボルトに伝
わることもあるし、経時において、いろいろな振動がこのボル
トに伝わります。
 摩擦力はその都度、少しづつ低下をしていきます。
 この様な笹子トンネルの様な場合、大切な施設の部分は、特
に振動のある部分はホールインアンカーの後やり工法は避け、
しっかりしたアンカーを、事前に打ち込む工法、コンクリート
の中に「足の長いアンカー」を埋め込んで戴きたかったと思い
ます。
 つまり、コンクリートが固まるとともに堅固にセットされる
「長い定着部分を持ったアンカー」がセットされる設計として
戴きたかったと感じます。
 ホールインアンカーは安易な工法の設計であったと感じま
す。
 施工性は良いのですが、また、振動のない静的な環境の所に
使用して戴きたい工法なのです。
 それにしても、ホールインアンカーは、コンクリートへの打
ち込みのアンカーに比し、長期の耐力には劣ります。
 コンクリートへの打ち込み型のアンカーのやり方は色々あり
ます。
 1.2トン/枚の重い天井板で設計するのなら、ホールインア
ンカーの設計は安易だったと感じます。
.
追伸:車の走行による風圧の変化で天井板の上下動も生じま
す。
 特に大型の車の風圧の変化は大きいと思います。
 この風圧の変化で、常に、天井板には上下振動が生じます。
 この振動も、アンカーボルトへの経時劣化による耐力減少へ
の影響を与えると感じられます。
 また、テレビで見た限りなのですが、1.2メートルピッチで
天井板を支える鉄骨があると報道されて居ります。
 そして、その1本の鉄骨当たり2本のボルトで留められてい
る様にテレビの図面では示しています。
 直感ですが、少ないという感じがいたします。
 2本であるなら、1本が駄目になったら非常に大きなリスク
が生じることになります。(50%という大きなの耐力減少)
 0.6メートル当たり1本のボルトとなりますが、重い天井板
の割にピッチが広い感じ(ボルトが少ない感じ)がします。
 安全係数的な言い方をすれば、ぎりぎり的な感じがしてしま
います。
.
追伸の追伸:
 テレビの報道において、事故を危うく免れた方の話におい
て、「津波の様に(片方の方から)天井が落ちて来ました」と
いう話がありました。
 これは、一か所の崩落を隣の箇所が支えきれなくて(その分
をカバーして支えることできなくて)崩落をし、そしてまた、
自分の崩落が、その隣の部分の崩落を誘発するという状況で
す。
 これは、明らかに安全係数がぎりぎりの状況を表していま
す。
 余力が足りないのです。
.
☆(2012・12・5)のTBSテレビ、pm13:20頃、番組名:
「ひるおび!」を見た。
 東京大学・藤野陽三教授が出演していた。
 やはりホールインアンカーの樹脂注入タイプ(ケミカルアン
カーと称している)であった。
 ドリル削穴の深さは13cmのようだ。
 そのボルトが1か所に2本使用されている様だ。
 そして、番組では検査方法について必死に解説し放送してい
た。
 打音検査が良いなどと。
 また、2000年に打音検査をしたが、その後、組織の変更な
どの事からか打音検査はしなくなったと報じていた。
 検査の効率などがあったのか?・・・など、検査についての
話題に集中していた。
(私見)
 検査方法は、打音がしっかり定着してないボルトの発見には
良いが、今回のこの部分は、一か所に2本のボルトしか使われ
ていない。
 定着の悪いボルトが発見された場合、耐力が50%減とな
る。(4本とか多数なら25%減とか復旧のすべがある)
 致命的なダメージとなるのである。直ぐ問題が起きる大きな
ダメージなのである。
 今は、悪いボルトの発見ではなく。緊急に補強工事をすべき
である。
 今回の事故でも、1か所の崩落が、その箇所のみの崩落で留
められなくて、130メートルもの大きな範囲を次々と誘発して
崩落した余力の少ない設計となっているわけで、もう、緊急補
強工事をすぐすべきものと思う(もしかすると、緊急の検査の
ため、大勢の方たちが、今、天井の上に登っていますが、天井
板崩落の事故にならないとも限らない余力のなさを感じる状態
です)。
 工法は、コンクリートがすでに打設され、コンクリートも硬
化してしまった状態なので、やむを得ず、後打ち工法のホール
インアンカーの工法になるが、今ある中央の鉄骨の支えの他
に、その中央の鉄骨の支えと壁との中間にもう1列の支えの鉄
骨を補強する工事をすべきである。
 左右2列の増設補強である。
 トンネル天井板を3列で支えるのである。
 検査で、ボルトの機能しないボルトを発見した場合でも、そ
のボルトを撤去しても余力があるので、安全に復旧工事もでき
る。
 今回、このテレビの報道から得た情報から判断すると、樹脂
とコンクリートの境界の界面で剥離し、耐力が無くなったと考
えられる。
 そして、ボルトが天井板を支えられなくなったと感じられ
る。
 今、古い公共物を全部撤去して、新設し直す工事をすること
に集中しているが(ゼネコンは喜ぶが)、その新設する膨大な
資金をメンテナンス、及び、補強工事に徹底的につぎ込むべき
である。
 ものを大切に長く使うようにすべきである。

2012年12月2日日曜日

泰緬鉄道について→貴重なコメント・・そして、その後について

題: 泰緬鉄道について→貴重なコメント・・
      .........................そして、その後について
(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか、切なる希望について)
.
 [ 村田信雄氏のコメント ]
・泰緬鉄道の論点 (村田信雄) 2012-09-13 10:25:46
 欧米植民地への日本の進出によって、植民地経済は完全に
破壊されました。
 多くの東南アジア人労働者が失業し、植民地通貨に代わって
裏付けの無い軍票・銀行券が乱発されて、人々の生活は大変な
状況でした。
 その中で募集されたのが、泰緬鉄道の建設なのです。
 募集状況や労働環境は絶望的なものでした。
 加えて、日本軍管理下での連合国側捕虜の死亡率は27%、
東南アジア人労働者は50%に及びました。
 悪夢のシベリア抑留ですら死亡率は10%、復讐心に燃える連
合国管理下では5%以下となっています。
 自虐史観や自慰史観といったイデオロギー的な歴史観が取り
沙汰される昨今ですが、日本側、連合国側の学術的研究資料を
全く無視した話です。
 感情的に一部分だけを拡大視して、それを以ってすべての事
例を語ろうとするのは愚かなことです。
 先の大戦では天皇陛下の御為に私たちは戦いました。
 しかし、一部の不忠者たちが日本の名誉を汚し、敗戦に導い
たことは確かです。
 国に殉じた方々を軽んずることは軽蔑に値すべきことです。
 しかし、不忠者を擁護して、忠君愛国の士までもが正当な評
価を受けられない現状には憤りを感じます。
 どうか、先の大戦の英霊こそを取り上げ、不忠者を正当化
するような愚をやめていただきたい。
 よろしくお願いします。
(私見)
 村田信雄氏は、泰緬鉄道の日本の与えた死亡率は異常。
 その点で糾弾されるべき『当然の理由がある』とおっしゃっ
ているのだと理解いたしました。
 それ故、カニの事件によって死に至らしめられた方々(泰緬
鉄道の責任者の日本人捕虜)は、その責任を取ったのだと言わ
れていると解釈しました。
 復讐心があったとはいえ連合国側の日本人に対する死亡率は
低率であった。
 故に、一つの事件(カニの事件)によって判断を急ぐこと(
結論を急ぐこと)は止めなさいと言われて居られます。
 先の大戦で亡くなられた英霊こそ、大切にその功績を讃える
行為をしなさいと言われて居られます。
 まったく、村田様のおっしゃる通りと感じました。
 ありがとうございました。 
 また、村田様はじめ忠君愛国の士の方々、そして、先の
大戦で亡くなられた多くの英霊の方々の御蔭で、私たちは
平和な日本に生活することが出来ております。心から感謝
の意を申し上げます。
 『有難う御座いました』。
 今後とも、御指導を賜りたくお願い申し上げます。
☆そして、その後について・・・
(読売新聞2012・11・25)に、泰緬鉄道についてのその
後の動きの記事がありました。
(内容:抜き書き)・・、3か月前の対日戦勝記念日(20
12・8・15日本の終戦記念日)後に英南部ベッドフォードの
教会で行われたミサを思い出した。
 第2次大戦で旧日本軍の捕虜となり、泰緬鉄道建設に従事
させられた人を含む元英兵たちと日本人との和解に向けた
行事だった。
 参加したのは、旧ビルマ戦線に送られた元英兵で組織する
「ビルマ星協会」のベッドフォード支部のメンバーだ。
 元兵士の相互理解を目指す日英の民間団体「ビルマ作戦
協会」は、「星協会」に和解行事への参加を長年申し入れて
来たが、同協会は、多くの仲間が日本兵から虐待を受け、
殺されたなどとして拒んできた。
 1998年に天皇陛下が訪英した際も、陛下のパレードに背を
向けて日の丸を焼いたほどだ。
 だが、星協会ベッドフォード支部の幹部ビル・スマイリー
さん(90)は今回、同協会として初めて作戦協会の要請を
受け入れ、ミサが実現した。
 終戦から67年。
 元英兵たちは若い世代でも80歳代半ばになる。
 スマイリーさんは「戦友が次々と世を去る。和解せずに
自分は死ねないと思った。まだ賛同者は少ないがね」と静か
に語る。
 国家間の戦後処理とは別に、元英兵との間で人として互い
を理解し、和することを目指したのは故・平久保正男さん
だった。
 旧日本陸軍士官で、日本の商社を退職後、80年代から元
英兵たちを訪ね歩いた。
 旧日本軍の捕虜になった経験を持つ元英兵は、現われた
平久保さんを前に、一様に30分ほど罵詈雑言を浴びせたと
いう。
 だが、いったん感情を吐き出すと、「なぜ自分だけ生き
残ったのか」と戦争体験を話し始める。
 会話を重ねるうちに、旧敵同士であっても戦争という共通
体験を持つ2人の男は心が結ばれ、涙を流しながら抱き合
う。
 平久保さんはそんな元英兵との出会いを何百回と重ね、
2008年に他界した。
 「作戦協会」は、その遺志を受け継ぐ組織だ。
 日本人と英国人の会員約50人が慰霊祭開催や戦争を語り
継ぐ事業を続けている。
 父親が旧日本兵としてビルマ戦線で戦った、会長のマクド
ナルド昭子さん(61)は「歴史の理解を通じた和解が大切
です」と思いを語る。
 英国は戦勝国だが、大英帝国崩壊に伴う喪失感も絡み、
戦争による傷は深い。
 今の日英関係は両国財界や文化人、若者らが交流を重ねて
築いた結晶だ。
 一人でも多くの老兵たちとの和解の上に未来を築く。
 その努力にエールを送る。  欧州総局長 林路郎氏
.
(追記)
戦わざれば亡国、
 戦うもまた亡国であれば、
戦わずしての亡国は身も心も
 民族永遠の亡国である。
戦って死中に活を見出し
護国の精神に徹するならば
 たとい戦い勝たずとも、
護国に徹した
 日本精神さえ残せば、
 我らの子孫は必ずや
再起、三起するであろう。
  永野修身元帥海軍大将
.
ある玉砕兵の吐露した言葉
 もし玉砕して、そのことによって
 祖国の人達が、少しでも
 生を楽しむことができればと
 せつに祈るのみである
.
特攻は終戦の日まで続き
特攻作戦の戦死者数は5845名
みな前途有望な若者達だった。
.
約10万人の学徒達が
ペンを捨て銃剣をとり、戦地に赴いた。
敗色濃い前線で彼等が投入されたのは、
あらゆる種類の「特攻」作戦だった。
.
今の日本の繁栄は、
 先人達の犠牲の上に成立っている。
私達が生きている今は、
 先人達が命懸けで守ろうとした
 「未来」なのだ。
YouTube:大東亜戦争【不屈の武士道精神】より

2012年11月27日火曜日

抜き書き・・平和維持・・・

☆題: 《抜き書き・・平和維持・・・》: 

・米国が「世界の警察」を任じられなくなった時、日本は?

・景気低迷で疲弊する米国。 

・横浜でオバマ大統領と会談した菅首相は、思いやり予算の
削減が頭にあったが、逆に大統領から「増額」を求められた。

・厳しい見方の米国議員、
その1:中国の軍事的脅威が増すのに、日本は米軍のあり
がたみが分かっていない。 

その2:沖縄の1万5000人の海兵隊員が中国に上陸して、
何百万もの人民解放軍と戦うなんて誰も思っていない・・と、
在日米軍の大規模な撤収を提唱。

・米国の2010会計年度の赤字、約135兆円。

・アフガニスタン戦費の重荷。 

・米国議会の本音:地球の裏側まで面倒を見切れない。

・オバマ大統領は、今のところ、アジアへの軍事的方向性は、
強める方向。
しかし、厳しい財政から続けられるかに大きな疑問符が
周囲に・・。 

・北朝鮮とは事を荒立てたくないという心持ちか?

・米国防総省のラパン副報道官の言葉:在韓米軍を増強する
予定はない。

・米軍のある幹部の言葉:北朝鮮の軍事施設を空爆するのは
簡単だが、中国がどう反応するかが分からない。
軍事行動はあり得ない。

・危機管理が専門のユーラシア・グループのイアン・ブレマ
ー社長の言葉:
北朝鮮はソウル攻撃以外の挑発ならば反抗はないと算段し
ているとみえる。 

・長引くアフガン戦争、長引く景気低迷で、疲弊する米国。
(参考:日経2010・12・2)

追伸:
自民党が、2012年、「集団的自衛権」を言い出した。
憲法改正も言い出した。
.
(参考:Wikipedia)
☆集団的自衛権(しゅうだんてきじえいけん、英語:right of
collective self-defense、フランス語:droit de légitime
défense)は、他の国家が武力攻撃を受けた場合に、直接に攻
撃を受けていない第三国がこれを援助し、攻撃に対して共同で
防衛を行う国際法上の権利である。
集団的自衛権の本質は、自衛権を行使している他国を援助し
て、これと共同で武力攻撃に対処するというところにある。
.
☆ 集団的自衛権は、1945年に署名・発効した国連憲章の第51条
において初めて承認された権利である。
憲章第51条を以下に引用する。
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻
撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全
の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の
固有の権利を害するものではない。
この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに
安全保障理事会に報告しなければならない。
また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の
維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの
憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼす
ものではない。 (国連憲章第51条)

2012年11月6日火曜日

「許される悪はあるのか?」について(改訂版)

題:  「許される悪はあるのか?」について(改訂版)
.
 書評:慶応大学教授・○○○○氏、
 本「許される悪はあるのか?」マイケル・イグナティエフ著
 書評文(抜書き):
 テロリズムからの安全を確保するためには、拘留、拷問、予防的
戦争が必要かもしれない。
 しかし、この考えを是認すれば「市民の自由が制限される」。
 市民的自由を絶対化すれば、テロリズムを未然に防げない。
 国民の生命を犠牲にするかもしれない。
 この本の著者は、中間の立場を選んだ。
 「道徳上の絶対主義にも、冷徹な現実主義にも加担しないように
努めた」という。
 それは、「より小さな悪のモラリティ」という考え方である。
 ーー(略)ーー
 現在では、テクノロジーの進歩と自由の拡大によって、「自由な
国民」の頭上には、大量破壊兵器を用いたテロ攻撃という「ハルマ
ゲドン」がもたらされる危険がある。
 それゆえ、「より小さな悪」を選択せねばならない。
 だがそうであっても、それがより大きな悪へと変化するのを阻止
せねばならない。ーー(略)--
 日本では「道徳上の完璧主義」が好まれるあまり、「より小さな
悪」という思考が浸透しにくい。
 緊張感溢(あふ)れる現実世界で、我々が正しい道を見失わない
ための、偉大な知的貢献である。」 (読売新聞2012・4・29)
 (私見): 
 「日本が『道徳上の完璧主義』を好む」とは、見誤りの見方では
ないでしょうか。
 「好む」ではなく、「それが正しい」と判断しているからです。
 あなた様は「より大きな悪にならないように、小さな悪を行なわ
せる」とのお考えの様ですが、1例と致しまして、キリスト教の「
魔女事件」は、最初からこの様な悲惨な、非人道的な事件ではあり
ませんでした。
 あなた様は「小さな悪=拷問」は許されると言われますが、例え
ば、この人類の負の遺産の魔女事件のどのレベルの拷問まで許すと
お考えになられているのでしょうか?
 可哀想な女性が沢山おられますが、「鼻そぎ」ぐらいまでなら良
いなどとお考えなのでしょうか?
 命を奪われる女性が大勢いましたから、命を奪われるよりましだ
と・・などと、お考えになられて居られるのでしょうか?
 「小さければ良い」という「程度の問題ではない」と思います。
 例えば、「少人数だし」とか、「小さな拷問だから良いのだ」と
いうお考えなら「それは絵に描いた餅」「机上の空論」ではないの
でしょうか。
 「だから、大きくならないように監視するのだ」と言われますが、
今の魔女事件のどの時点で貴方様ならストップをかけられることが
できるとお考えなのでしょうか?
 このキリスト教が主導した魔女事件の問題も「最後は、ヨーロッ
パ中が空転する大惨事のレベルまで達し」、それが絵空ごとでない
こと、現実の地獄の世界が、この世に現出しました。
 何故、
 このキリスト教の方たちは止められなかったのでしょうか?
 貴方様は、「できる」とそれこそ増上慢になって居られるのでは
ないでしょうか。
 また、別の例で・・・またまた、急に、貴方のお宅に、警察が踏
み込み、「予防的逮捕です」と身に覚えのない拘束を受けたとした
ら、どう思われますか? 
 素直に納得して従いますか? 予防的逮捕だと・・。
 かつての日本の暗い世情的になるでしょう。「官憲に怯(おび)
える社会です」。
 何もしていないという確固たる安心が存在しない世界なのです。
 予防的範囲で逮捕もありうるのかとの葛藤の中に存在する生活す
る不安定さを意識した生活になるのです。
 それが、戦争までの大きな場合もあり得るという論理は空恐ろし
くなります。
 「予防的戦争なんて恐ろしい行為を是認しないでください」。
 (「これからの戦死者を減らすために広島・長崎に原爆を落とし
ました」まで行きます。
  『予防という観点から』、現実に、悲惨なハルマゲドンが起こ
されたのです)
 この様なお考えを、是非、考え直していただきたいのです。
(追記):
  必要悪の話は、「ジェノサイド肯定論へ繋(つな)がっていく」。
  より優秀な人種の世界になるためには「劣等な人種を減らすこと
が必要なのだ」となる。
  キリスト教にあるこの様な恐ろしい考え方、過去にあったこの様
な悪行を二度と起こしてはならない。
 (参考)モラル【moral】 道徳。倫理。「―に欠ける」
 (参考)せ‐じょう【世情】 1 世の中のありさま。せいじょう。
      2 世間の人情。俗人の心。せいじょう。
.
::『愚かな人間は、考え一つで次の様な事をします』
.
 記録CD:「ヒロシマ ナガサキ 私たちは忘れない」
               (被爆者の声を記録する会編)
☆ 妻と被爆した当時、33歳の男性の声
 もう焼けただれた、オバケの様な避難者の群れで、その公園が
一杯なんですよね。
 この大きな桜の幹のそばに、まだ年若い母親が、乳のみ子を抱い
て、お乳を飲ましている。
 ところがその母親は、年若い母親は、もう既に死んでいるんです
がね、この乳飲み児は、母の死もしらないで、無心に死んだ母の
乳房をしゃぶっている。
 しばらく、二人で待っていたところがですね、私の前に一人の男
が立ちはだかったんですね。
 私、キヨシ、と申しますが「おい、キヨシじゃないか?」と、私
の名前を呼んでくれたものですから、初めて父親だってわかったん
です。
 一目でわからないんですよね。
 父親、もう素っ裸で、それこそ頭のテッペンから足まで全部焼い
てしまってるんですよ。
 顔はですね、もうはれあがってますしね、まるで目が糸を引いた
様なんです。
 唇はブタのくちびるの様に腫れあがってるし、睾丸は膨れあがっ
てる。
 ところが父親は、そんな自分の身体に気が付かないで、私共夫婦
が焼けただれた身体を見て、心配してくれたんです。
 「お前はヒドイ事になってるやないか!」という事で、兎に角、
お前等に会えてワシは安心した・・・。
(ほんの少し前まで、おだやかな市民生活を送っていた人々が、奈
落の底に突き落とされる事になった)。
☆ 当時29歳の男性の声
 もー、死んだ人の転げとる、転げとる。
 その人はもういっぱい・・・這いよってですな。
 ところが、「助けてくれ」「助けてくれ」言うばってん、こっち
も自分のことがアレやし。
 そりゃ一人や二人こうしたっちゃ(助けても)どっちつかんと。
 その間を、こう堰切ってですね。
 その間にそのー。水槽があったでしょう。
 それに飛び込んどるんですね。
 もう、それ、かぁーって手曲げて、頭上げ、黒こげで、こう浮い
とるです。
 それがもう、水槽、あらゆる水槽にですね、それこそ五人、七人、
十人ちゅうように飛び込んじゃもう、黒こげになったままで死んど
る。
 それこそ形相なもんですなぁ。
 その姿たるや、もう虚空をつかんでですね。
 とにかくもう話しにならん。
 川下、川上、それこそああた、川の淵に寝とる人、それがもう「
助けて」「助けて」て言うばってん、赤剥けになった、芋虫のごと
ごげんしょるばってん。
 それを助けるような、とにかく一人や二人どうこうしたってしょ
うがないんだから、一杯だから。
・・(この様な耳を塞ぎたくなるような回想が延々と続く)・・・
           (本「人類は宗教の勝てるか」232頁より)

2012年10月30日火曜日

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その10-2)

題: 子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています
      (その10-2)
.    (真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 ・リンカーンには、『家族や近所の者の中には彼が怠け者だ
 と考える者もいた』というリンカーンに関する資料がありま
 すが、
 その様な、本の主人公のマイナス面の記述は、当然、記さ
れていない。削除されている。
 そして、勤勉だという記述になっている。
 また1つのサンプル本は、随所に「朝はだれよりも早くおき
 てはたらき、夕がたもおそくまではたらきました」などの記
 述が多い。
 ・キリスト教的洗脳の記述は、「美しい讃美歌の大合唱にな
 った」とか、「深い海から聞こえて来るような厳かな音にな
 った」とか、「リンカーンをつつんで行った」「合唱の輪は
 広がり、町中が厳かな雰囲気」「リンカーンの恵みに満ちた
 様子」「優しい振る舞い、リンカーンのために祈る、リンカ
 ーンを神として祈る、リンカーンは神の守りたもうこの国、
 ひざまづき、リンカーンを神の様に拝みました、リンカーン
 大統領様。あなた様を神様と思っているのでごぜえます」、
 キリスト教から異端として退けられた例外少数宗派のクエー
 カー教が黒人を助けた。など。
 リンカーンを偉大に見せるためか、黒人の方たちの言葉づか
いを「・・・ごぜえますだ」「・・・いただきやした」と蔑視
的な記述もしている。
 そして、
 リンカーンの話言葉は、上から目線の殿様的発言となって
いる。
 ・リンカーンの大統領就任演説で、リンカーンは、一言も奴
隷解放の事を話さず、
 逆に、奴隷財産の擁護をする演説内容だったが、
 子供の伝記には、このことは当然のように両サンプル共に
書かれていない。
 また、一方のサンプル本は、リンカーンが常に奴隷解放の
意思を持っていたようにあっちこっちに書いている。
 リンカーンが、強い奴隷解放の意思を最初から常に持って
いたと、繰り返し繰り返し、
 洗脳的にちりばめて書いている。
 ・結局、子供の伝記本の中には、子供の伝記作家の想像の記
述で出来あがっていると言える本が存在している。
 取捨選択も作家の独断で、選ばれた材料を大きく膨らませ
て、作家の宗教心(キリスト教の美化)を巧妙に伝道する場
の書物と言えてしまう本が存在している。
 ・最近の歴史家は、「リンカーンが奴隷解放者だ」という論
点から離れて、
 黒人の方たちが自ら奴隷制を離れた、
 あるいは少なくとも政府に解放への圧力を掛けたものである
という議論に移ってきている。
 ・また、歴史家のバリー・シュワーツは、2009年に、
 リンカーンのイメージは、「20世紀において、風化し、権威
が衰え、無害な冷笑の対象に」なっていると表明した。
 この様な歴史家の見解は、
 子供向けの言葉に直して伝えているかと言うと、まったくの
「なし状態」です。
.
(追伸)
 本シリーズを書き始めるにあたって思ったことは・・・、
 今のアメリカの原点は、独立戦争で勝ち得た国の形と共に、
 そして、第二の大切な原点が、
 「現在のアメリカ政府をたどって行くと、『南北戦争時の北
軍政府』へと行き着く」。
 それ故に、アメリカは、
 当時の北軍の最高の位置にいた『リンカーン大統領』を誇り
とし、
 この時の理念を「美しくしていたい」という気持ちが強い。
 それ故に、そのリンカーンに関して、
プロパガンダする点が少なからず見られ、存在する。
 そのプロパガンダされたために見えない「隠された真実」は、
 世界の善良の方達のために、
 明らかにされねばならない。明かされなければならない。
 それは、回り回ってアメリカ合衆国のためにもなり、
 また、これからの人類の行く末にも貢献すると確信する。

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その10-1)

題: 子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています
                 (その10-1)
 .
 ・リンカーンの「子供たちの伝記」の調査結果を以下に記しま
  す。
 ・調査方法は:公立図書館および児童書専門のNPO施設の本に
  目を通しました。
 ・調査結果の記述は:それらの本の内、代表的な2冊を比較し
  ながら論じるとその差異が明確になるので、その比較を記し
  ます。
 ・サンプル本は:サンプル1:発行所:Ko社、著者:YM
  女史。サンプル2:発行所:Ka社、著者:外国人、訳者:
  MK氏。
 ・まず、お勧めは:お父さん・お母さん方は、良い子になって
  もらいたいと「偉人伝」を子供たちに買い与えられていると
  思いますが、
  特に、
  子供の伝記は、『全国学校図書館協議会選定図書』の表示の
  ある本を読ませるようにして下さい。
  それ以外は『読ませない方が良い』と言えるくらいです。
  特に、
  「児童向けの偉人伝」は注意して下さい。
  例えば1例、
  子供の感受性の強いところを狙って、巧妙なる宗教的洗脳、
  キリスト教の伝道がしたいという意図がはっきり見られる本
  があります。
  そして、
  その事が目的だと感じられる本に限って、子供の勉強的な
  記述は薄くなっています。
  普通は、
  当時のアメリカの時代背景など、豊富な地理的、歴史的な
  記述になるのだが、その様な点が欠け、宣教の意図の伏線が
  見えます。
 ・サンプルの一つは、
  写真や演説中の言葉のメモ、ノートや絵、当時の新聞などの
  資料を豊富に示し、
  忠実に伝記を子供向けに分かりやすく描こうという姿勢が見
  られますが、
  一方は、
  想像的に描いているカット絵のみとなっていて、
  記述内容も著者の創作的な事柄が多い。
  そして、著者は、キリスト教に強く賛同している方か、また
  は、キリスト教徒の方なのか、
  隋所に、キリスト教の美化記述が入いり、「リンカーンは
  キリスト教会には行かない」という信仰レベルであったが
  (演説には聖書の引用文は少しは入れているが)、リンカー
  ンが強いキリスト教の信仰者の様に描いている。
  (リンカーンは、自分の過去を語りたがらない性格だった
  ため、不明なことが多く、
  リンカーンの伝記は、本人以外の情報から作られているとい
  う面が多い。
  なのに、細かい状況など完全に創作の連続という感じの記述
  となっている)
 ・また、一方のサンプル本は、
  リンカーンが、うつ病に悩まされたことも書き、リンカーン
  のマイナス面も色々と書き、偏した内容ではなく。
  誠実に「人間リンカーン」を書くという書き方で、
  また、リンカーンが、迷信深い人で夢や前兆や予感などを信
  じる人だったことなども紹介したり、
  豊富な「人となり」を紹介している(一方的な美化一本やり
  にはなっていない)。
  また、
  南北戦争中、リンカーンほど人気のない人はいなかったと記
  し、反対者からは暴君とか、田舎者とか、大ばか野郎とかと
  非難されたことも紹介している。
  そして、軍隊の事をこれっぽっちも知らないくせに、あれ
  これ口出しばかりすると「こき下ろされていること」を紹介
  している。
  また、
  はっきり「奴隷制度を廃止するかどうかではない」と最優先
  事項としてないことも紹介し、後に変わったとも書いている。
  また、
  黒人の奴隷解放戦士フレデリック・ダグラスも紹介し、彼の
  事も詳細に書いている(他方のサンプルには全く出て来な
  い)。
  そして、
  フレデリック・ダグラスが、リンカーンに「白人の事しか考
  えていない」と糾弾したことも書いている。
  比較的、真実を書こうという姿勢がある。
  が、一方のサンプル本は全くこれらの兆しも書かれていな
  い。
  美しく、リンカーンの人間性から、自ら奴隷解放の政治家
  になったという美しい記述(嘘記述)一点張りとなってい
  ます。
 ・リンカーンは、インディアンによって目の前で祖父を失った
  ことから、インディアンに対して非情な行動・態度を示し
  ますが、
  「全滅を指示する」とかは、さすがに、この「偉人にある
  まじき事柄」は両サンプル本にも完全カットされている。
  リンカーンが弁護士職なったのも、
  その事柄が関係していると推察できるが、
  そして、インディアンの土地取り上げを執念を持ってし続
  けたことなど、まったく記述されていない。
  その点については、偉人を美しく作り上げようとの記述に
  なっている。
  インディアンを外出できない強制収容所に閉じ込めた話も、
  当然のごとく、まったくの記述なし。
  また、インディアンの首に賞金を付けて全滅を目指したと
  いう事も記されていません。
  『リンカーンの美しい面のみ強調され、黒人の方たちに対し
  ても、人道的なリンカーンの姿が必要以上に強調されて書か
  れている状況です。
  黒人の方たちが、政治的社会的に白人の下の地位にいて良い
  という発言についても全く記されて居りません。
  一つの方は、その様な極端な美化はしない様に事実を伝え
  ようと努めている姿が見られますが。

 

2012年10月11日木曜日

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その9)


 題: 子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています
      (その9)
 リンカーンは、
 対抗する大統領候補から「論理の一貫性がない」と非難され
るように、奴隷解放について種々の発言をしていた。
 「奴隷解放の父」と言われてはいるが・・
 その面が全く見られない面が多々見られる。
 リンカーンは、優柔不断の面もあるのかとも思える。

 リンカーンの黒人奴隷の解放に関する発言:
 「私は、白人種と黒人種の社会的政治的平等を如何なる形で
も、もたらすことに賛成はしていないし、これまでもそうでは
なかった。
 私は、黒人を有権者にすることも陪審員にすることにも、賛
成していないし、
 彼等が役職者になる資格を与えることとか、白人と結婚する
とかいうことにも賛成しておらず、これまでもそうだった。
 さらには、
 白人種と黒人種の間には身体的な違いがあり、
 2つの人種が社会的政治的平等という条件で共に暮らすことを
永久に禁じることになると考えている。
 彼等が、そのような生活をできない限り、
 彼等は、上等と下等の地位があるべき状態に留まり、
 他の人と同様に、私は上等の地位が白人種に割り当てられて
いることに賛成する・・・」。
 これは、
 リンカーンが、アメリカ市民から「奴隷制廃止論者」と非難
があったことに対し、それを打ち消すためにこの発言をしたと
いう。
.
 リンカーンは、
 少なくとも、確実に、すべての人種に対して人道主義的であ
るとは言えない。
 リンカーンのインディアンに対する態度は、異常・極悪であ
った。
 リンカーンのインディアンに対する態度は、常に徹底排除の
姿勢を崩さず、彼らの大量虐殺の指揮を取り続けた。
 民族浄化とも言われるロング・ウォーク・オブ・ナバホや、
ダコタ戦争を始めとする多くのインディアン戦争は、リンカー
ン政権下で行われた。
 そして、
 リンカーンは、弁護士時代から大統領時代にかけて、
 インディアンの土地取り上げに奔走している。
 ことに、西部方面へのインディアン領土への鉄道拡張に関し
て、インディアンの土地権利の抹消処理を、多数、手がけた。
 リンカーンが「無効(neutralized)」としたインディアン
部族の土地に対する書類は、現在も数多く残されている。
 リンカーンは、
 執念を掛けて、インディアン民族に対して、
 終始徹底排除の方針を採り続け、大量虐殺を指揮している。
 当時の保留地は、外に出ることを許されない完全強制収容所
だった。
 また、
 リンカーンは、ミネソタのダコタ族との連邦条約を一方的に
破棄して、
 ミネソタ州にある彼らの保留地を強制没収し、
 彼らをノースダコタ等の他のスー族の保留地に強制連行した。
 ミネソタに、それでも残っていたダコタ族に対しては、
 州を挙げての皆殺し政策が行われ、
 女子供を問わず賞金首とし、徹底絶滅が図られた。
 リンカーンは、
 この虐殺方針に対しても、責任者として、全く異議を唱えな
かった。
 1863年、この夏、
 リンカーンは、ジェームズ・カールトン准将に、南西部のナ
バホ族インディアンの討伐を命じた。
 ナバホ族は、ダコタ族同様に、抵抗していた。
 カールトンは、ナバホ族の土地に金鉱があると睨んでおり、
以下のように声明を行ったが、今回もダコタ暴動の際と同様、
司令者であるリンカーンはこれを是認した。
 1864年、リンカーンは、
 ナバホ族8500人の、300マイル(483キロメートル)離れた東に
あるアパッチ族の強制収容所「ボスク・レドンド」への徒歩連行
を命じた(ロング・ウォーク・オブ・ナバホ)。
 この強制連行の途上で、数百人の死者が出たが、
 そのほとんどが子供や老人だった。
 「ボスク・レドンド」で、ナバホ族は強制労働を課され、
 女性は、米軍兵士から強姦され、
 また、乳幼児のほとんどが生まれて間もなく過酷な環境下で
死んだ。
 結局、リンカーンの死後の1868年に、和平条約が調印される
までに、2000人以上のナバホ族が死んだ。
 など、多数のリンカーンの先住民・インディアンいじめの事
例が多々ある。
 上記の原因の一つに、リンカーンが、インディアンに殺害さ
れた父方の祖父エイブラハム・リンカーンにちなんで命名され
たというところからも推察できる。
.
 そしてまた、リンカーンは、
 白人と黒人が平等であるとは思っていなかった。
 リンカーンは、はっきり
 「奴隷制と奴隷制廃止論のどちらにも反対する」と発言もし
ている。
 また、
 「奴隷制度は不正と悪政にねざすことを信じるが、しかし、
 奴隷廃止論の公布は、その害悪を減ずるよりはむしろ増大さ
せるものと信ずる」と、奴隷解放の反対理由を言っている。
 そして、リンカーンの発言:
 「これまで私は、黒人が投票権をもったり、陪審員になった
りすることに賛成したことは一度もない。
 彼らが、代議士になったり白人と結婚できるようにすること
も反対だ。
 皆さんと同じように、白人の優位性を疑ったことはない」。
.
 更に、リンカーンの発言:
 「奴隷制度が布かれている州におけるこの制度に、直接にも
間接にも干渉する意図はない。
 私はそうする法律上の権限がないと思うし、またそうしたい
という意思もない」。
 また、リンカーンには、
 俗な言い方をすれば「連邦を救いたいのだ、黒人の奴隷解放
は二の次なのだ。黒人奴隷解放が、どの様な結果になろうが連
邦が救えれば私はそのことをする」がある。
.
 黒人歴史家のレローヌ・ベネットは、1968年に、
 リンカーンを白人至上主義者と呼んだ。この時、広く注目を
集めた。
 批評家は、リンカーンが、民族的な中傷を用い、黒人を冷笑
するジョークを話し、社会的平等に反対すると主張し、解放奴
隷を別の国に送ることを提案したことに苦情を言っている。
 リンカーンの擁護派は、
 彼が大半の政治家ほど悪くはなく、
 政治的に可能な限り奴隷制廃止論の側で巧みに進展させた「
道徳的先見家」だったと弁護している。
 (参考)じんどう‐しゅぎ【人道主義】 人間性を重んじ、
人間愛を実践し、併せて人類の福祉向上を目指す立場。ヒュー
マニズム・博愛主義と共通する面が多い。

2012年10月10日水曜日

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その8)

題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています
      (その8)
[ 関連事項 ]
 アメリカの最高裁判所が「黒人を隔離しても平等」という判
決を出した。また、人種の違いで黒人と白人を別々の学校で教
育することという法律もあった。
 これはおかしなこと。「隔離しても平等の原理は無い」ので
ある。
 「隔離したら不平等」なのである。人種差別なのである。
 何でこの様な基本的な当り前のことが通らないアメリカ社会
なのか?
 キリスト教の教義・考え方に洗脳されたアメリカにおいては
隔離して平等なのである。
 水飲み場や公園などの公共施設には、どこに行っても「白人
専用」とか「黒人専用」とかと書かれていた。
 バスの座席は、後部が黒人用だった。
 「黒人席」が満席になり、前の「白人席」に空席がいくらあ
っても、黒人の方たちは後方に立っていなければならなかった。
 公の圧力や法的にも虐げられた黒人の方たちでした。
 黒人の方たちは、この様な差別に反対する行動を起こした。
 1953年の事である。
 アメリカでは最近までこの様な差別が公的機関を先頭にして
行なわれている。
 この不合理さに気付いている良心的な白人は少なかった。
 人間の尊厳という最も大切な基本を傷付けている事に気付い
ている白人は少数だった。
 黒人の方たちも含めて、総べてのアメリカ人に、当然、享受
すべき自由、平等、正義があるべきなのに、その大切なものが
一部の方たちに対し、ないがしろにされていた。
 それに気付く白人は少数だった。
 愚かにも南部の白人権力は、特に、白人群衆を巻き込みなが
ら、この歴史の歯車を逆に押し戻そうと必死だった。
 黒人と白人の共学の問題などが起きていた。
 KKKというテロ集団が、特有の異様な白装束に身を固め、キ
リスト教の十字架に火をつけて夜空に燃やしたりした。
 翌日、騒ぎは大きくなり、町には暴徒の群れが充ち溢れた。
 黒人の方たちに投石や棍棒による暴力が加えられた。
 人種暴動の状態だった。
 南部は、特に、人種共学は遅々として進まなかった。
 若者たちが組織した人種差別撤廃闘争は、「入り込み」運動
を展開した。
 黒人の方たちが、集団をつくり、白人専用の海水浴場に入り
込んだり、映画館や公園、そして、黒人の方たちを差別してい
たキリスト教会へ「入り込み」運動を展開した。
 愚劣な白人の言葉「黒人は、われわれ白人とは違う。神が、
黒人を罰するために、かれらを白人とはちがう姿におつくりに
なったのだ」。
 白人暴徒が、黒人の方たちが作った黒人教会を焼き打
ちし、幼い黒人少女たちが亡くなるという悲惨な事件など
が続いた。
 頭をめった撃ちに銃弾を浴びて、また鉄鎖で全身をめった
打ちにされた黒人の方、頭蓋骨を割られ、特に、黒人の活
動家がターゲットになった。
 しかし、無罪になる白人。
 今、アメリカでは、黒人の貧困家庭は白人の4倍である。
 『総べての面で、社会的平等が達成されなければならない』。

2012年10月8日月曜日

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その7)

題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています
       (その7)
ーーー 真を求めて 皆様と共に幸せになりたい ーーー
[ 関連事項 ]
(11)・アメリカの1850年の逃亡奴隷取締法(逃亡奴隷は
生殺自由・・など)と、1854年のカンザス=ネブラスカ法に
反対する闘いの中から、より大きな奴隷制反対政党として共和党
が誕生してくる(現在の共和党の始まり)。
1857年の黒人奴隷と奴隷所有者のある裁判で、アメリカ最高裁
判所の下した判決は「黒人奴隷ならびにその子孫は、所有者の
財産であって合衆国の市民ではない。
 劣等人種であるかれらは、白人と同等の権利をもつことはで
きない。
 だから、黒人である原告には連邦裁判所に提訴する権利は与
えられていない(黒人奴隷が起こした裁判、黒人奴隷の原告は
裁判に負けた。敗訴となった)。
 裁判長はじめその過半数が南部人によって構成されていた。
 1858年、当時49歳のエイブラハム・リンカーンが共和党から
初めて上院議員に立候補した頃の事である。
 ここで、黒人の黒人解放戦士『フレデリック・ダグラス』が
記憶にとどめておくべき『偉人』である。
 彼は、リンカーン大統領の黒人に対する意思を変えた人であ
った。
 リンカーンは、初め、奴隷解放への強い意思は持っていなか
った。
 フレデリックの功績によって目覚めたのである。
 真に黒人解放に寄与したフレデリック・ダグラスの名は、リ
ンカーンと共に並びおかれて然るべき偉人なのである。
 長年、黒人の方達の歴史が、埋没され、歪められてきたアメ
リカ白人国家。
 黒人を白人と平等の地位に置くことを頑なに拒絶してきたア
メリカなのである。
 アメリカにはキリスト教から来る黒人蔑視の観念が根強く根底
に存在していた。
 黒人の方達の正しい歴史も、最近になって陽が当たる様にな
った。
 日本の子供たちの伝記「リンカーン」は書き変えるべきです。
.
(12) キリスト教の聖書に書かれ、そして、是認された奴隷制。
 また、「黒人を人と見ない」というキリスト教の考え方・教義。
 このキリスト教に影響され、ここ、アメリカにおいて、黒人を
奴隷として差別する種々の法制化という行為に至った。
 「黒人差別制度(もしくは黒人差別主義)」の州法や市条例が
でき、黒人の方たちを縛り付けた。
 アメリカ南部ではこれらの考え方が、特に、全体的風土として
定着し、非合法の黒人へのテロ集団の蛮行のみならず、合法と
いう形をとった圧迫によって黒人の方たちは虐げられ、第二級
市民の地位に落とされ、押し留められた。
 この様な状況の中で、独占的になったアメリカ資本主義(とく
に北部)が、たんに黒人を搾取するだけでなく、労働者階級全体
を搾取する動きで、法制的に、また、暴力的に、収奪体系を作り
出していく。
 黒人蔑視から肌の色の相違を越えて広がっていく。
 そして、地域的にも広がっていく。
 南部の黒人が虐げから離脱して、北部の諸都市へ移住しても
黒人差別が、そこにも存在した。
 黒人差別は、アメリカのどこでも広く行き渡っていた。
 この頃の皮肉を込めた言葉:「アトランタの博覧会には、テネシ
ー州の黒人リンチも南部の特産物として出品されるべきだ」。
 第一次世界大戦前後から以降、特に、黒人の方たちの南部から
の流出は増大し、100万人以上と推定されている。
 彼らを待っていたものは、南部と変わらない差別待遇だった。
 賃金は安く、住居もゲットーと呼ばれる隔離された貧民街に
押し込められた。
 黒人の方たちには、激しい抵抗心と同時に、不安と焦燥(しょ
うそう)の念がみなぎった。
 黒人の方たちは、第一次世界大戦で勇敢に戦った。
 その戦場においてさえ、自国(アメリカ)の差別の苦渋をいや
というほど受けた。
 他方、フランスをはじめ同盟軍である他国の将兵から、初めて
人間としての扱いを受け、ますます人種差別制度に対する反感を
強めて帰って来た。
 1919年に、この様な社会的背景から、シカゴで人種暴動が起き
た。
 黒人が泳ぐことが禁止された白人専用の場所で、黒人青年が
泳いだというのが事の発端だった。
 白人の群衆は黒人青年に対し石の雨を降らせた。
 黒人青年は可哀想に溺れ死んでしまった。
 これが暴動の発端だった。
 13日間の人種戦争と化し、白人15人、黒人23人が殺され、
178人の白人と342人の黒人が傷つき、数百軒の家が焼かれた。
 大半が黒人の家だった。
 この頃、白人たちは、アフリカを侵略し、白人の植民地主義
と人種的抑圧の愚行が続いていた(白人は、アフリカで、黒人の
国アフリカを強奪し、黒人の方たちを隷属状態にする愚かな行い
をしていた)。

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その6)

題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています
       (その6)
[ 関連事項 ]
(8)・綿花という新しい商品作物を得て、プランテーション
経営者=奴隷所有者(白人キリスト教徒)は、安い労働力を欲
し、黒人奴隷制度を強化しようと懸命だった。
 キリスト教の教義から黒人の奴隷としての使役に何ら罪悪感
は持っていなかった。
 この黒人奴隷制度を脅(おびや)かすものは、少数だが「自
由黒人の存在」だった。
 黒人奴隷は、自由黒人になりたいとした。
 自由黒人は「軍役に服して自由の身」になったり、「勤勉に
貯え、主人から自由を購入」したり、「逃亡によって自由」を
得たりしていた。
 この黒人奴隷制崩壊を孕(はら)んだ「自由黒人の存在」を、
白人たちは煙たく思っていた。
 ここに、「自由黒人をアフリカに送還してしまおう」という
考えが生まれ、キリスト教聖職者のロバート・フィンガーが提
唱した。
 この提唱により「アメリカ植民協会」が結成された。
 この事の本質は「白人社会の中で、黒人は、白人と一緒に生
活することは出来ない」という白人優越=黒人蔑視の人種的偏
見であった。
 そして、黒人を「隔離」し「追放」することだった。
 話は、「植民」とか、「解放」とかの言葉によって美しそう
に脚色されていたが、実態は「放逐」だった。
 これは、キリスト教がよくやるプロパガンダ(嘘宣伝行為)
だった。
 そして、アフリカ象牙海岸近くに4万平方キロメートルの地
が確保され、用意された。
 そして、計画は実行に移された。
 首都は、アメリカ大統領のジェームズ・モンローの名前から
「モンロヴィア」と名付けられた。
 これが、こんにちのリベリア共和国である。
 エイブラハム・リンカーン大統領も真剣に、非人道的なこの
「黒人隔離」を考えた。
 また、リンカーン大統領は「黒人の軍隊編入をためらった大
統領」だった。
 しかし、ここで正しく歴史を認識するために記す必要がある
ことは、黒人の黒人解放戦士フレデリック・ダグラスの働きに
より「黒人の軍隊編入が陽の目をみた」。
 戦争における黒人の方達の働きは素晴らしかった。
 この黒人のダグラスの功績も、白人社会の歴史は「忘却の彼
方へ埋没させようとしていた」。
 最近になって、長年、埋没され、歪(ゆが)められてきた黒
人の方たちの過去の歴史を発掘し、正しく再発見しようという
努力の結果なのである。
 黒人が、どれ程、偉大なことをなし遂げようと、抹殺される
社会にアメリカがあることを、この事は示している。
 「黒人の行為・功績を正しく記録する社会システムではない、
その歴史もない社会」なのである。
(9)・奴隷州と呼ぶべきアメリカ南部地域は、奴隷制を守ろ
うと残忍なまでの弾圧と必死の防備策を取った。
 南部は「武装した奴隷収容所」と呼ばれた。
 逃亡した奴隷を取り戻すため「逃亡奴隷取締法」を制定した。
 獰猛な犬どもと銃口の追跡を受けて、逃亡に失敗し捕えられ
た奴隷は二度と同じ罪を犯す事がないよう、また、他の奴隷へ
の見せしめのために、数十回も激しく鞭打たれたうえ焼印を押
されたり、耳を削(そ)がれたりされた。
 なんとか逃亡に成功した奴隷の首には、賞金がかけられ、生
かすも殺すも、これを捕えた者の裁量にまかされた。逃亡奴隷
取締法とは、このような残虐行為を法によって承認したものだ
った。
(10)・あるアメリカの黒人(奴隷)の述懐「・・・反対に、
もしも、我々(黒人)が、かれら(白人とくに奴隷所有者)を
奴隷にして残忍な奴隷制度の中に縛り付ける様な事をしたとし
たら、かれらは、いったい、どんな気がするだろうか?・・・
私は、君たちにたずねたい。君たちの母親や妻や幼い子どもの
生命を奪う暴君の奴隷となるくらいなら、君たちは、むしろ殺
される事を望むのではないか?・・・信じ給え、君たちを殺そ
うとするような、そんな人間を君たちが殺すのは、喉が渇いた
時に一杯の水を飲むのと同じくらい当然のことではないか」と。
 これは奴隷所有者に大きな衝撃を与えた。

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その5)

題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています
       (その5)
ーーー 真を求めて 皆様と共に幸せになりたい ーーー
[ 関連事項 ]
(5)・1970年に制定されたルイジアナ州の州法では、32分の
1以上の黒人の血が混じっている住民は黒人とみなされた。
 黒人詩人ラングストン・ヒューズの言葉:「アメリカ合衆国
では、黒人という言葉は、ともかく血管の中にいくらかでも黒
人の血が流れている者には誰にでも適用されるのだ」。
 黒人の血が一滴でも確認されれば、その人は「白人」ではな
くて、れっきとした「黒人」だという事である。
(6)・アメリカ合衆国では、白人との混血は「黒人の血の割
合がどんなに少なくても黒人として申告しなければならない」
となっていた。
 商務省国勢調査局が指示していた黒人に関する分類上の基準
となっていた。
 まったく非人道的な、差別の基準である。
 キリスト教の聖職者の言葉に「黒人は人間ではない」が残さ
れているが、1970年に制定されたルイジアナ州の州法では、32
分の1以上の黒人の血が混じっている住民は黒人とみなされ、
出生、結婚、死亡などの証明書に「黒人と明記されてしまう事」
になっている。
(7)・アメリカ・白人・キリスト教徒が行なった黒人奴隷を
用いるプランテーション経営は(バイブル・ベルトと呼ばれる
キリスト教が根強いアメリカ南部にプランテーション経営者が
多い)、経営者の下に白人の奴隷監督を置き、更にその下に黒
人奴隷の中から選ばれた黒人班長を置いた。
 そして、あらゆる手段を用いて少しでも多く奴隷を酷使する
ことを目指した。
 奴隷がその日にしなければならない1日の仕事の分量が前もっ
て指示された。
 それを完遂するまでその日の労働から解放されることはなか
った。
 何故、同じ人間が? アフリカから連れて来られ、キリスト
教聖書にも書かれ、キリスト教の神もする事と免罪符的意識の
下に人間が同じ人間を「人家畜」として当然の様な顔をして「
鞭と監視」で使い果たす。
 宗教から来る是認されるキリスト教において当然の行為の意
識ゆえに罪悪感は全くない。
 そのキリスト教の教義は、今なお存在する。聖書に記されて
いる。
 「夜明けから日没まで」力の限り働かなければ生かしてもら
えない人々がいた。

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その4)

題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています
                      (その4)
ーーー 真を求めて 皆様と共に幸せになりたい ---
[ 関連事項 ]
(1)・アメリカ人は原住民のインディアンを、南米などで殺
戮の限りを尽くしたキリスト教徒スペイン人の様に奴隷化しよ
うとした。そして、殺戮した。
 しかし、インディアンは狩猟民族で農耕的ではなかった。
 また、頑強な諸種族の抵抗があった。
 また、奴隷化された者への逃亡の援助が絶えず繰り返された。
 それでも、インディアンの奴隷化は熱心に行われ、サウスカ
ロライナのインディアンの15%が奴隷だった。
 新しいキリスト教の国を作ろうとアメリカに移住してきた当
初、アメリカ人は、あまりにも過酷な状況で餓死者が続出して、
植民をあきらめた頃、生活の仕方を先住民インディアンに教え
てもらった。
 その恩のある先住民インディアンを奴隷にするとは? 人の
形をした家畜にするとは? 
 また卑劣にも、その後に、維持費が安いと黒人の方たちを奴
隷としてアメリカに導入した。
 一生涯が奴隷であり、子供が生まれれば自分の奴隷とした。
 キリスト教は「人間は生まれながらに原罪がある」という考
え方・教義であるが、生まれた奴隷の子供は奴隷だと考え、
自由にはしなかった。
 肌が黒い黒人奴隷は逃亡してもすぐ見分けられ捕まった。
 アメリカ白人は、何ら法律上の権利を黒人奴隷に、一切、与
 えなかった。
 白人は、黒人の方たちを「本来的に奴隷に適する」と言い切
った。
 キリスト教の聖書は教える、免罪符の「神の義がある」とし
て、キリスト教の神が隣国を攻め込ませ、殺戮の限りを尽くし、
隣国の富を奪い、キリスト教の神は「奴隷にせよ、奴隷にせよ」
と絶叫する。
 キリスト教の教義ゆえに、人間の歴史に連綿と忘れられずに
伝えられ、奴隷制が人々の心に常に想念させられ、洗脳されて
きた。
(2)・アメリカ合衆国に来た「最初の黒人奴隷」は、1619年
8月、1隻のオランダ船が20人のアフリカ黒人を陸揚げして売り
渡したときにはじまる。
 初期のイギリスからの植民者は、冬を超える事に苦労した。
 特に、1609~10年の冬はとりわけ厳しく「餓死の時期」と呼
ばれ、当時、500人に達していた植民者は60人に減って、生存
者の多くが植民を断念しようとしていた。
 この窮地を救ったのは「インディアン」だった。生活の仕方
を植民者は教わった。
 また、煙草の栽培も彼等から教えられた。
 当初、植民者たちが求めたものは、南米などで悲惨な行為を
したスペインの征服者と同様、金銀だった。
 しかし、金鉱は、この最初の植民地・ヴァージニアには発見
されなかった。
 後に、窮地を救った煙草栽培で、労働力を求めるほどの規模
になった。黒人輸入でその労働力を求めた。
(3)・アメリカは、イギリスから独立を勝ち取った後、合衆
国憲法をつくるための会議を秘密会議とした。
 それは、アメリカの支配者層の利益を守るためだった。
 より一層の革命の進展を恐れたのである。
 秘密の憲法制定会議の出席者の大部分が有産者階級で、合衆
国憲法はこの支配階級の利益の産物で、「大衆の犠牲」の上に
生まれていた。
 その犠牲の1つは、「奴隷」という言葉こそ用いられなかった
が、「その他のすべての人びと」という言葉で表現された70
万人の黒人奴隷だった。
 キリスト教徒のピューリタンが理想のキリスト教国家を建設
しようと行動した結果が、これであった。
 また、広大な土地を奪われた先住民インディアンに対しても
何らの配慮がなされていなかった。
 すべてキリスト教が教える「自分たち隣人だけの利益」を求
めた。
 合衆国憲法は、はっきり「黒人は人に非ず」と宣した形にな
っていた。非民主主義的な奴隷制を憲法が保障する形になって
いた。
 奴隷制度の都合のよいところを自分の利のみで採用し、奴隷
制度を進展させる憲法の形になっていた。
 「黒人は人に非ず」という言葉は、キリスト教の教義上から
来ていて、キリスト教聖職者もこの言葉を残している。 
(4)・アメリカのイギリスからの独立する意義の一つに、「
国家とキリスト教会を分離した近代的民主共和国を造り上げた
い」という意思があった。
 そして、アメリカの独立宣言の草案の中で、独立宣言起草委
員のトーマス・ジェファーソンは言う、「イギリス国王(ジョ
ージ3世)は、人間性そのものに反する残忍な行為を行なってい
る。
 いまだかつて彼に逆らったことなどない僻遠の地の人々(ア
フリカ黒人)の、生命と自由という最も神聖な権利を侵犯し、
彼らを捕えては西半球の奴隷制度の中に連れ込んでしまうか、
あるいは運搬の途上にて悲惨な死に至らしめた。
 異端な力によって行われて来た恥ずべきこの海賊的行為は、
キリスト教徒たる大英帝国の国王によってなされて来た行為で
ある。
 人間が売り買いされなければならない様な市場を、あくまで
も開放しておこうと決意して、この憂うべき取引の禁止、ない
しは、制限を企画したあらゆる法律の成立を妨げるために、彼
等は拒否権を行使してきたのである。・・・」。・・・アメリ
カも最初は美しいことを言っていた。
 しかし、この先、やることはやはり黒人の方達を虐げる行為
だった。イギリスと同じことを、それ以上の規模で行った。

2012年10月2日火曜日

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その3)

題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
       (その3)

 南北戦争後のアメリカ南部には、
 黒人を虐げ、殺す暴力集団=KKK(クー・クラックス・ク
ラン)という組織ができ、
 またそれ以外にも、
 「黒十字騎士団」や「白バラ騎士団」や「白ツバキ騎士団」
など軽蔑すべき集団ができました。
 この様な、黒人の方たちを暴力的に虐げる秘密結社が林立し
ました。
 黒人の方達へのテロが横行する暗黒のアメリカに化して行き
ました。
 黒人の方たちは、白人優越=黒人蔑視の人種差別に耐え抜く
しかありませんでした。
 しかし、
 黒人の方たちは耐え忍んだとしても、
 黒人と白人の関係改善の社会の動きは、
 それらの動きに対して、耐え抜く事が出来ませんでした。
.
 奴隷解放の動きにあった共和党でさえ、
 何と、分裂し、
 民主党と手を結び事態を悪化させました。
 黒人の方たちの期待は、完全に裏切られました。
.
 解放民局は活動を停止しました。
.
 そしてまた、
 反動的な「大赦法」という法律がが成立しました。
 その法律によって、
 黒人奴隷を虐げた旧南部の支配階級の政治的諸権利が全面的
に復活しました。
 旧組織人たちの追放は、完全に解除されました。
 このことにより、
 以前の虐げ状態に戻りました。
 南北戦争の黒人奴隷の方たちの働きは無に帰してしまいまし
た。
 事態は、完全に悪化し、決定的となりました。
 民主党が、選挙で議会の議席の多数を制しました。
 これは、奴隷解放の民主的再建の終焉を意味しました。
 そして、
 続いた大統領選で面倒なことが起こりました。
 この解決のため共和党は、
 南部に駐屯していた連邦軍を撤退することで事態の解決を
はかりました。
 南部は、民主党の支配下にゆだね、黒人の方たちの期待は
完全に裏切られました。
.
 南部の再建運動は、完全に挫折となりました。
.
 南北戦争は、そして、その戦争で亡くなった方々は何だった
のか?
 また、
 黒人の方たちの頼りだった北部も、
 独占資本家による厳しい状況から、労働者のストライキが続
出し、軍が出動しなければならない状況でした。
 黒人の方たちは、
 北部の独占資本家と南部のプランテーション経営者との連合
支配下に置かれるという「より厳しい状況」に置かれました。
 (北部の独占資本家にとって、南部は有望な国内市場と映り
ました)
.
 黒人の方たちは、強靭さがより増した圧迫状況に、また、置
かれてしまいました。
.

 


(参考-1):wikipediaより
 リンカーンは、
 奴隷解放宣言によって黒人(混血のものも含む)の奴隷を解
放したことで賞賛される。
 しかしながら、
 リンカーンは、本来、奴隷解放論者ではなく、
 実際には連邦軍によって制圧された南部連合支配地域の奴隷
が解放されただけであって、奴隷制が認められていた北部領域
では奴隷の解放は行われなかった。
 宣言は、南部州における奴隷の反乱・逃亡・ボイコットの効
果を狙い、実施されたものであった。
.
(参考-2)
 アメリカは、1789年に合衆国憲法制定(「3/5条項」や奴隷
貿易存続などを承認したことにより、憲法が黒人奴隷制度を容
認した)。
 1793年、逃亡した奴隷は殺しても良いという条項もある逃亡
奴隷取締法が成立。
 そして、アメリカの事実上の奴隷解放は、1865年の憲法修正
第13条(奴隷制度廃止)の成立時である。
 そして、1868年の憲法修正第14条(黒人の公民権付与)の
成立時である。
 そして、1870年の憲法修正第15条(黒人の選挙権付与)の
成立時である。
 デンマークは、すでに、1802年に、自国領内での奴隷貿易を
禁止し、イギリスは、1808年に、奴隷貿易を禁止し、フランス
は1819年に、奴隷貿易を禁止している。
 1850年には、アメリカは、いっそう強力な逃亡奴隷取締法を
制定している。
 1860年にリンカーンが大統領に当選し、1865年に、リンカ
ーンが暗殺されおり、この年に、悪名高い黒人殺戮集団KKK
が結成されている。尚、1924年頃には第2次KKKの活動が盛
んになっている(会員数は約500万人)。
.
(参考3)1860年に出されたリンカーンの予備宣言は、南部
諸州が治安回復に努めるならば、奴隷解放の必要はないと明記
されている)
.
(参考4)北部軍が戦いで占領した地の南部軍の奴隷をどうす
るかについて議論がなされた。
 北部軍の将軍の名に、その奴隷を解放するよう指令をした者
も居たが、リンカーンはそれを取り下げた。

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その2)

題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
       (その2)
 リンカーンも仕方なく、
 国会の動きもあって、
 奴隷解放予備宣言を公付する事に踏み切りました。
 しかし、
 この時点に於いても、
 リンカーンは、奴隷の即時、無条件、全面解放をためらって
いました。
 宣言に、布告に縛(しば)られない例外地域を作ったり、反
乱してない地域は含まれないなどと例外規定を作ったりしてい
ました。
 この後、2年も続く血みどろの戦いを経て、
 黒人の方たちの目覚ましい戦いぶりも加わって、
 1865年に憲法修正第13条が制定されるまで、
 リンカーンの不決断の影響は続きました。
 この憲法に及んで、やっと、
 このアメリカ黒人奴隷の方たちは自由を勝ち取りました。
 しかし、悲しいかな、
 これもつかの間の事でした。
 黒人の方たちのこの戦争における果たした役割は目覚ましい
働きでした。
 それは、
 北部の軍事的勝利を最終的なものに導いた原動力の中でも、
 際立って大きく重要なものでした。
 それは、
 黒人の方たちが、決してこの戦争を「白人の戦争」と考えて
いなかったことに由来しています。
 その働きに至る一つの査証・1事例が、
 ニューヨークの黒人たちが、
 北部軍に参加して、戦うために、自分たちで軍事組織をつく
り、軍事訓練に励みました。
 そしてそれらは、
 リンカーンの黒人の軍隊参加の不決断に対する行動でした。
 ボストンでは、
 黒人集会の宣言:
 「私たちは、すでに用意が出来ています。私たちは、私たち
の生命と財産と名誉をかけて、自由のために、良き市民として、
私たちの政府を守る覚悟が出来ています。私たちは、みなさん
に、このことを訴えたいのです」・・・と、宣言しました。
 しかし、
 リンカーンは、黒人の軍隊編入をためらい続けました。
 リンカーンのためらいに、しびれを切らした、多くの黒人奴
隷の方たちが、
 北部軍の将軍の元に馳せ参じる事態が起きました。
 そして、
 その多くの黒人の方たちは、
 戦争のあらゆる軍務に挺身しました。
 (てい‐しん【挺身】 [名](スル)率先して身を投げ出し、
困難な物事にあたること)。
 この時点になって、
 やっと、
 リンカーンは、
 黒人の軍隊編入を承認しました(これを「事後承認」と言い
ます。「後追い承認」とも)。
 しかし、黒人兵は、
 白人兵の給料の半分などと、さまざまな差別を受けました。
 それでも南部軍に捕えられると殺される黒人兵士は、
 白人兵士にみられないほどの果敢な働きをしました。
 可哀想な事に、
 黒人兵士の死亡率は、
 白人兵士の死亡率より35%も高かったのです。
 厳しい戦況の中におかれたのかもしれません。
 1865年、4年に渡った南北戦争も終結しました。
 ここには、
 初めに黒人を「目覚めさせ」、「希望を与え」、そして、
「まとめ」、「指導した」黒人の黒人解放戦士『フレデリック
・ダグラス』が、これらの根幹に存在しました。
.
 子供たちの「リンカーンの伝記は間違い」なのです。
.
 リンカーンが、黒人を解放していないことがお分かり戴けた
と思います。
.
 子供たちの伝記は、書き直しの必要があります。
.
 リンカーンは、1865年、ブースという凶漢の手によって殺さ
れ、生涯を閉じました。
 しかしここで、
 卑劣な事ですが、
 この南北戦争の後、
 黒人の方たちの戦いの血によって勝ち得た「黒人奴隷の解放」
という輝かしい成果が無に帰して行きました。
 敗北した南部の諸州は、
 次々に自前の『仮の政府』を組織するという事態が発生しま
した。
 こともあろうに、
 旧奴隷所有者は、政権へ復帰して行きました。
 そしてまた、
 こともあろうに、
 奴隷制の復活の企てをしました。
 それを示す1事例、
 サウスカロライナ州の憲法制定会議での演説は最悪です。
 「これは白人の政府であり、白人だけの目的としたものであ
る。最高裁判所は、黒人はアメリカ市民ではないとの決定を下
している」・・・と、公然と述べています。
 また、
 フロリダ州では
 「解放令によって、黒人奴隷は、自由の身になったと宣言さ
れても、黒ン坊はどっちみち奴隷みたいなものだ」との軽蔑す
べき声がある様な有様でした。
 この様な中で、
 悪名高い「黒人法」がつくられました。
 この法によって、
 黒人の方たちに、多くの制限が加えられ、
 黒人を土地に緊縛(きんばく)し、
 強制労働や不払い労働に服させる結果となりました。
 そして、
 黒人の方たちを経済的に締め付けました。
 (アメリカでは、現代でも黒人の方たちへの人種差別や偏見
の改善闘争が続いています)。
 この様な様相の底流には、キリスト教によって強く洗脳され
た「黒人の方達への偏見」があります。
 

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その1)


題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
    (その1)
 リンカーンは、
 「黒人奴隷を解放した」と言われていますが、間違いです。
 彼には、
 黒人奴隷を解放したいという希望や意志は全く有りませんで
した。
 リンカーンの黒人奴隷解放の意思は、「事の成り行きから持
った」という状態でした。
 その様に仕向けたのは、
 黒人の黒人奴隷解放戦士『フレデリック・ダグラス』でした。
 また、
 その組織の働きかけがあったから、その方向に流れただけ
です。
 これが真実なのです。
 子供たちの伝記には間違いが書かれて居ります。
 正しい内容に書き換えられなければならないのです。
 キリスト教は「黒人は人ではない」とみる歴史があります。
 この様な見方に影響された人々がしたことは、
 黒人の奴隷解放に一旦ちょっぴり至っても、直ぐに自分たち
の利にとらわれて、元に戻ってしまうという事でした。
 悲しいかな、黒人の方たちは、
 「人間ではない、奴隷という原罪」があると理由づけられた
考え方をされていました。
 特に、
 アメリカ南部は、現在も「バイブル・ベルト」と言われてい
る様にキリスト教徒が多い地帯。
 ここの地に、黒人奴隷の悲しい歴史が刻まれました。
.
 奴隷制は、疑問なく容認する考え方の地でありました。
 キリスト教聖書に説かれている奴隷制、アメリカ南部の人達
は、当然のごとく、奴隷制を容認し、黒人の方達を奴隷として
虐げました。
 そして、この南部の奴隷制寡頭勢力は、(かとう‐せい【寡
頭制】 少数者が権力を握って行う独裁的な形態)、自分たちの
利が脅(おびや)かされるに及んで剣を引き抜き南北戦争を起
こしました。
 自分の意に合わない相手を殺す教義「異教徒は殺せ」の教義
のままに「考え方の違うものは滅ぼせ」の教義どおりの行動と
なってしまいました。
 その様なアメリカの中でも共和党は、アメリカ全土の奴隷制
反対勢力が応援し、育て、そして、強固にした党でした。
 (ちなみに、民主党は、奴隷制を容認する党です)。
 くすぶりの中にあったアメリカは、1861年に南北戦争が起き、
リンカーンはこの年に大統領に就任しました。
 後代の歴史家が「南北戦争は奴隷解放戦争」と位置付けして
いますが、、リンカーンの大統領就任演説は、「奴隷財産を擁
護する論理展開をするという演説」でした。
 何と愚かな演説でしょう。
 奴隷制について、反対するか賛成するかわからない州が存在
したからと言い訳する人たちもいますが、リンカーンのその後
の行動からみても「彼は奴隷解放の大統領」とは言えません。
 南北戦争の戦況は、
 リンカーンの奴隷解放への意思がなく、不決断もあって、ま
た、軍の首脳部の腐敗もあって北部軍は敗北が続きました。
 北部のシンボルである首都=ワシントンが、陥落する危険に
さらされる緊急事態にもなりました。
 この状況を救ったのが、黒人の黒人奴隷解放戦士『フレデリ
ック・ダグラス』でした。
 奴隷解放に不決断だったリンカーンは、
 黒人の軍への参加をも容認していませんでした。
 フレデリックは、
 「黒人奴隷も、自由黒人も、黒人を軍務につかせよ」・・・
と、訴えました。
 「奴隷に対する自由が、今こそ国会議事堂から全戦場の砲焔
の空高く宣言されなければならない」・・・と、叫びました。
 「黒人を軍務につかせよ、そして黒人解放軍を組織せよ。か
れらは南部に進軍し奴隷たちの間に解放の旗を揚げるであろう」
・・・と、世論に訴えました。
 愚かにも、
 首都ワシントンが陥落の事態になっても、
 リンカーンは、
 「黒人奴隷は漸進的に解放したい、
 一気に解放という事はしたくない」の意思でした。
 また、
 リンカーンは、
 卑劣な事に「解放された黒人はアフリカかどこかに植民させ
たい」と考えていました。
 黒人の方たちを捨てるということです。
 「棄民」の考えです。
 当然、黒人の方たちからは、強い反対の声が沸き起こりまし
た。
.
(追伸)
 本シリーズを書き始めるにあたって・・・、
 今のアメリカの原点は、独立戦争で勝ち得た国の形と共に、
 そして、第二の大切な原点が、
 「現在のアメリカ政府をたどって行くと、『南北戦争時の北
軍政府』へと行き着く」。
 それ故に、アメリカは、
 当時の北軍の最高の位置にいた『リンカーン大統領』を誇り
とし、
 この時の理念を「美しくしていたい」という気持ちが強い。
 それ故に、そのリンカーンに関して、
プロパガンダする点が少なからず見られ、存在する。
 そのプロパガンダされたために見えない「隠された真実」は、
 世界の善良の方達のために、
 明らかにされねばならない。明かされなければならない。
 それは、回り回ってアメリカ合衆国のためにもなり、
 また、これからの人類の行く末にも貢献すると確信する。

2012年9月21日金曜日

泰緬鉄道について・・・村田信雄氏の貴重なコメント

題: 泰緬鉄道についての小生のブログに、
         非常に貴重なコメントが寄せられました
.
 [ 村田信雄氏のコメント ]
・泰緬鉄道の論点 (村田信雄) 2012-09-13 10:25:46
 欧米植民地への日本の進出によって、植民地経済は完全に
破壊されました。
 多くの東南アジア人労働者が失業し、植民地通貨に代わって
裏付けの無い軍票・銀行券が乱発されて、人々の生活は大変な
状況でした。
 その中で募集されたのが、泰緬鉄道の建設なのです。
 募集状況や労働環境は絶望的なものでした。
 加えて、日本軍管理下での連合国側捕虜の死亡率は27%、
東南アジア人労働者は50%に及びました。
 悪夢のシベリア抑留ですら死亡率は10%、復讐心に燃える連
合国管理下では5%以下となっています。
 自虐史観や自慰史観といったイデオロギー的な歴史観が取り
沙汰される昨今ですが、日本側、連合国側の学術的研究資料を
全く無視した話です。
 感情的に一部分だけを拡大視して、それを以ってすべての事
例を語ろうとするのは愚かなことです。
 先の大戦では天皇陛下の御為に私たちは戦いました。
 しかし、一部の不忠者たちが日本の名誉を汚し、敗戦に導い
たことは確かです。
 国に殉じた方々を軽んずることは軽蔑に値すべきことです。
 しかし、不忠者を擁護して、忠君愛国の士までもが正当な評
価を受けられない現状には憤りを感じます。
 どうか、先の大戦の英霊こそを取り上げ、不忠者を正当化
するような愚をやめていただきたい。
 よろしくお願いします。
(私見)
 村田信雄氏は、泰緬鉄道の日本の与えた死亡率は異常。
 その点で糾弾されるべき『当然の理由がある』とおっしゃっ
ているのだと理解いたしました。
 それ故、カニの事件によって死に至らしめられた方々(泰緬
鉄道の責任者の日本人捕虜)は、その責任を取ったのだと言わ
れていると解釈しました。
 復讐心があったとはいえ連合国側の日本人に対する死亡率は
低率であった。
 故に、一つの事件(カニの事件)によって判断を急ぐこと(
結論を急ぐこと)は止めなさいと言われて居られます。
 先の大戦で亡くなられた英霊こそ、大切にその功績を讃える
行為をしなさいと言われて居られます。
 まったく、村田様のおっしゃる通りと感じました。
 ありがとうございました。
 
 また、村田様はじめ忠君愛国の士の方々、そして、先の
大戦で亡くなられた多くの英霊の方々の御蔭で、私たちは
平和な日本に生活することが出来ております。心から感謝
の意を申し上げます。
 『有難う御座いました』。
 今後とも、ご指導を賜りたくお願い申し上げます。

2012年9月15日土曜日

NHKは愛国心について・・・

 題 : NHKは愛国心について・・・
.
 NHKは愛国心について、『NHK独特の
イデオロギー』を日本の国民に押し付けて
いる。
 例えば、NHKは、「番組開始時と終了時」
に放送してきた「日本の国歌と国旗掲揚の
放送」を取り止めた。
 軌(き)を一(いつ)にして、キリスト教
団体が国旗・国歌の反対集会を開いている。
 NHKがキリスト教に偏することはずーっ
と指摘させて戴いてきていますが、本件に
ついても同一行動をしている。
 また、NHKは、今回のオリンピックおよ
びパラリンピックにおいて、金メダル受賞
時に演じられる「センターポールに国旗が
掲揚され、国家が演奏される」その重要な
シーンを一度も放送していない。
 金メダル受賞者の健闘を讃える大切なシ
ーンを一度も放送していない。
 国旗掲揚と国歌演奏を仰ぎ見る「表彰台
の晴れがましい選手の顔」を見る事が出来
なかった。
 まったく公共放送の役を果たしていなか
った。
 前記の放送取りやめ処置は、NHK内の一
部組織の独断による処置とのことだった。
 国旗と国歌は大切に処し、公共放送NHK
は放送しなさい。

(追伸)
 気が付いたことを追記しますが、NHKは、
種々の番組で、アメリカ国旗やイギリス国
旗は、放送するが、日本の国旗は放送しな
い。
 例えば1例、番組名:「ニュースで英会話
」で米国国旗のはためく姿を放送していた。
(2012・9・6、午後10時10分)。

 (追伸の追伸)
 NHKのEテレが パラリンピックの放送をし
ていた。
 そして、頑張った選手が金メダルを取って
も、国旗掲揚する治具は見せても、やっぱり
国旗と国歌は放送しなかった・・が、何故か?
キリスト教会の鐘の音は放送をしていた。
 やはり、キリスト教に偏するNHKだと感じた。
 (2012・9・15、pm3:50)

2012年9月11日火曜日

追記 泰緬鉄道

 題 : 泰緬鉄道のできごと 追記

(追記:wikipedia)
 この鉄道の建設は、20世紀初頭の英領ビルマ時代にイギ
リスが検討していたが、地形が複雑で建設を断念した。
 戦時中、旧日本軍は海上輸送の危険を避けるべく1942年、
ビルマ戦線の物資輸送のためのルートを確保するため、建
設を開始した。
(イギリスが検討した複数の案の内の1つを踏襲している。)
 建設は、迅速さを要求されたためビルマ側・タイ側両
方から開始した。
 ビルマ・タイには、すでに、多少の鉄道が建設されてお
りタイ側はノーンプラードックから、ビルマ側からはタン
ビュザヤより建設を開始した。
 建設の作業員には日本軍1万2000人、連合国の捕虜6万
2000人(1万2619人死亡)、募集で集まったタイ人数万(未
知数)・ミャンマー人18万人(4万死亡)・マレーシア人
(華人・印僑含む)8万人(4万2000死亡)、インドネシア
人(華僑含む)4万5000人の労働者が使われた。
 建設現場は劣悪で特に工事の後半は雨季にも拘らずさら
なる迅速さが要求され、食料不足からくる栄養失調とコレ
ラやマラリアにかかって死者数が莫大な数(日本側とタイ
・ミャンマー側の調査で食い違いが出るが、約半数と言わ
れる)に上り、戦後に問題となった。
 特に、巨大な一枚岩を掘り下げるなどした「ヘルファイ
アー・パス(英語版)」と呼ばれる箇所や、断崖絶壁に沿
わせるように木橋を建設した「アルヒル桟道橋」など未開
発の地帯では、工作機械不足と突貫工事による人海戦術の
ため死者が多かったという。
 これらの労働者の多くの犠牲のもと、当初5年は掛かると
言われた建設が翌年10月には完成した。

(私見)以上の様に、日本側のイギリス人捕虜に対する扱
いは、イギリス人捕虜をターゲットにして死者を出した訳
ではなく、日本人労働者や現地人にも死者は出ている訳で、
過酷な状況からその様な結果になってしまった。
 その点から、その後のイギリスの日本人捕虜に対する死
に至る扱いは非難されるべきで、また、糾弾されるべき行
為となっている。

2012年9月10日月曜日

泰緬鉄道のできごと

 題 : 泰緬鉄道のできごと

 泰緬鉄道(たいめん)の工事で、多くの方が亡くなった。
 この鉄道は、日本の作戦上重要な鉄道だった(下記の「参考」を
ご覧ください)。
 早く作る必要があった。
 日本からの補給もままならない中で、日本人や現地人に加え、イ
ギリス人捕虜も工事に加えねばならない理由・大義があった。
 しかし、過酷な状況下の工事により、戦時であり、また、戦闘の
最前線の地でもあり、この環境下でイギリス人捕虜に限らずに多く
の死者が出た。
 しかし、イギリスは、このイギリス人捕虜の死に対する仕返し・
復讐をした。
 この工事にかかわった、戦争が終わって捕虜となった「日本人捕
虜」に仕返しがなされた。
 卑劣なやり方で、この泰緬鉄道に関係する日本人捕虜は全滅させ
られた。
 日本人は、イギリス人捕虜に対する怨恨はなく、ただ過酷な工事
からイギリス人捕虜の死があっただけであるが(イギリス人捕虜に
限らず多くの死があったわけだが・・・)、
 イギリス人の日本人捕虜に対して、完全に怨恨の心情からの復讐
がなされた。
 また、その復讐の全滅のさせ方が、卑劣な非人道的軽蔑行為だっ
た。
 キリスト教の「目には目を」の卑劣教義そのままの復讐行為だっ
た。
 以下、本「アーロン収容所」の抜書きです。
・・・しかし、とうとう一人の人と話す様になった。
 関東の人で、名も所属も言わない。
 歯切れのよい東京弁で素直な感じである。
 「私はミッチーナで重傷を負い、倒れていて英軍に収容されまし
た。
 意識を失っていて収容されたのです。
 でも、それはどうでもよいのです。
 私たちは(日本へ)帰れないかもしれません。
 ですから、この話だけはしておきたい。
 日本の人に知らせて下さい」

 「英軍はひどいことをします。
 私たちは、イワラジ河のずっと河下の方に一時いました。
 その中洲に戦犯部隊とかいう鉄道隊の人が百何十人か入っていま
した。
 泰緬国境でイギリス人捕虜を虐待して大勢を殺したという疑いで
す。
 その人たちが本当にやったのかどうか知りません。
 イギリス人は、あの人たちは裁判を待っているのだと言ってまし
た。
 狂暴で逃走や反乱の危険があるというので、そういうところへ収
容したのだそうです。
 でもその必要はありませんでした。
 私たちは食糧がすくなく飢えに苦しみました。
 ああ、やはりあなたたちもそうでしたか。
 あの人たちも苦しみました。
 あそこには「毛ガニ」がたくさんいます。
 うまい奴です。
 それをとって食べたのです。
 あなたもあのカニがアミーバ赤痢の巣だということを知っていま
すね。
 あの中洲は潮がさしてくると全部水に没し、1尺(30センチメー
トル)ぐらいの深さになります。
 みんな背嚢(はいのう)を頭に乗せて潮がひくまで何時間もしゃ
がんでいるのです。
 そんなところですから、もちろん薪の材料はありません。
 みんな生のままたべました。
 英軍はカニには病原菌がいるから生食いしてはいめないという命
令を出していました。
 兵隊たちも食べては危険なことは知っていたでしょう。
 でも食べないではいられなかったのです。
 そして、みんな赤痢にやられ、血便を出し血へどをはいて死にま
した。
 水を呑みに行って力つき、水の中へうつぶして死ぬ、あの例の死
に方です。
 看視のイギリス兵はみんなが死に絶えるまで、岸から双眼鏡で毎
日観測していました。
 全部死んだのを見とどけて、『日本兵は衛生観念不足で、自制心
も乏しく、英軍のたび重なる警告にもかかわらず、生ガニを捕食し、
疫病にかかって全滅した。
 まことに遺憾である』と上司に報告したそうです。
 何もかも英軍の計算どおりにいったというわけです」・・・

 イギリスは、表面的な残虐行為はしないが、深い復讐欲でなされ
た行為を加えた。
 表面的にははなはだ合理的。
 非難に対してうまく言い抜け出来る様にしていた。
 冷静に冷酷に事をした。
 表面的には残虐ではなく様に見えても、人間が人間に対してなし
うる最も残忍な行為をした。
 同じことを相手に加えて、与えて良いとするキリスト教の教義が
心底にある。

 (参考)たいめん‐てつどう【泰緬鉄道】 《「泰」はタイ、「緬」
はビルマのこと》太平洋戦争中、日本軍がインパール作戦の物資輸
送のため、タイ・ビルマ間に建設した鉄道。タイ側はクワイ川に沿
う。連合国捕虜や現地人が動員され、数万の死者を出し、...
 (参考文献)「アーロン収容所」会田雄次著

2012年9月8日土曜日

日米開戦、クジラが発端?

題 : 日米開戦、クジラが発端?

 かつて、ワシントンの日本大使館で、
 大東亜戦争の宣戦布告の大切な電文を、
 留守をしていて見るのが遅れ、
 「真珠湾はだまし討ちだ」の汚名と
 国辱を末代まで残した歴史の過去があった。
 しかし、これより前に、
 アメリカの軍艦が、
 日本の潜水艦を攻撃し、すでに戦端は開かれていた。

 れっきとして、日本潜水艦が、
 これ以前に、アメリカ軍の軍艦から攻撃されていた。

 アメリカは「あれはクジラだった」と言い訳を言うが、
 日本の潜水艦が攻撃されたのは動かしえない事実なのだ。

 事実面から確定されているのだ。
 これが開戦の端緒なのだ。

 日本は真珠湾の奇襲をしたと言われる筋合いはない。

 私はお前を殴ったが「動物」だと思った・・・
 などという理屈が通るのか? 

 だから、
 その後、お前がぶち返して来たのが最初なのだ。

 だから、お前が先に手を出して来た事になるのだ。

 ・・・という自分勝手な理屈を
 世界に喧伝している。

 一触即発で戦争になるかもしれないという時に、
 クジラだったとは、よく言うものだ。

 総べて日本の動きを予想し、
 知り得ていたのに「とぼけを演じている」。
 そして、
 クジラがいたからと発砲する軍艦が存在するわけがない。

 そうであるなら、
 年がら年中、発砲していなくてはならない事になる。

2012年9月7日金曜日

ポーカー と TPP

題 : ポーカー と TPP

 アメリカ人の好きな「ポーカー」。

 「ポーカー民族」などとも言われているが、その
道の日本人の「通」は言う。

 「ポーカーは、相手を即座に見抜ける人間性
への洞察力が不可欠」と。

 また、「個人の合理に徹した才能とせこさの
極限が要求される」と。

 そして、「長期の戦略が不可欠で、悪知恵の
限りを尽くさねば勝てない。二重人格、時には
三重四重の人格が要求される」と。

 そして、「1回1回の勝ち負けなど、まったく関
係がない。
 相手が1文なしになる最後の最後までむしり
取ることが勝負全体を支える必須条件になる」
と。

 この文を、つい、TPPと絡(から)めて読んで
いた。

2012年8月21日火曜日

世界が平和になりますように

題 : 世界が平和になりますように

 キリスト教が,「人類救済とか」「世界宗教とか」と言うのは
後から付けた話。
 キリスト教には、「キリスト教のプロパガンダ=嘘宣伝」と
いう有名な言葉があるが、この話もまったくこれ。
 キリスト教の性格付けをしているのは、キリスト教を生んだ
民族であるユダヤ民族の性格に多くが関係している。
 ユダヤ民族は四方から他民族の侵入・攻撃を受けていた。
 この事から「非常に排他的」になっている。
 他民族=異教徒は、即、敵である。
 自分たちの生活を奪う敵である。
 命を奪い、自分たちの民族を絶滅させもする敵対民族である、
ここから「異教徒は殺せのキリスト教の教義」が生まれて来る。
 キリスト教は、心底にこの精神がある。
 何ら「他と協調することは微塵も出来ない環境」なのである。
 協調していたら殺されてしまうからである。
 この様な精神を生んだのが砂漠地帯に生まれた宗教という環
境条件に左右される。
 天からの降雨に恵まれ、あちこちに萌え出ずる生命に満ち満
ちる「農耕の地の宗教」とは違うのである。
 少ない降雨、その少ない降雨を探して芽生えた草を食み、体
にその僅かな恵みを蓄積する羊、その「メカニズム」を利用し
なければ生存できない地に生まれた宗教=キリスト教なのであ
る。
 その僅かな恵みを取り合う地の宗教なのである。
 常に「飢餓と背中合わせの地の宗教」なのである、故に、飢
餓の時は、隣国の富を奪いに行くことがキリスト教の教義とな
る。
 その行為に免罪符を与える教義なのである。
 「(キリスト教の)神の義があれば 人を誅しても良い」で
ある。
 「人類救済の宗教ではないのである」。
 「世界宗教となってはいけない宗教なのである」。
 キリスト教の得意なプロパガンダ=嘘宣伝で、その全く逆が
印象付けられているが、まったく、その様な宗教ではない。
 世界宗教とはなりえない宗教なのである。
 キリスト教の歴史には戦争の歴史が刻まれているのは、この
ためなのである。
 キリスト教のこの性格から生まれた戦争なのである。
 そして、人類の歴史において、何人の方々が亡くなられたと
いうのでしょうか、憤りが湧くぐらいの大勢の方々なのである。
 本当に「世界宗教でも何でもない宗教が、世界宗教の顔をし
て、起こした戦争による亡くなられた人々の数なのである」。
 「その教義ゆえに、世界に広まってはいけない宗教=キリス
ト教なのである」。
 嘘宣伝によるカモフラージュに惑わされてはいけないのであ
る。
 ヨーロッパの地では「キリスト教同士」が「キリスト教の卑
劣な教義により」「自らの正義を掲(かか)げ合いながら長い
年月、執念深く戦った」。
 ヨーロッパの方たちの30%も亡くなったという。
 自分の家が、特別、不幸であったのではない、隣の家庭も、
また、その隣の家庭も、1人か2人の家族が亡くなるという悲惨
な事をしでかした宗教=キリスト教なのである。
 ブラジル・インカの南米、そして、中米、北米(メキシコ)、
そして、それらの離島の殺戮。
 民を全滅させる、そして、その後に、もぬけの殻になった誰
も居なくなった地に乗り込む、その誰もいない地にキリスト教会
を建てる。
 しかし、これだけではない、それも屋上屋を重ねる様な悪行
をするキリスト教。
 やはり、キリスト教の教義なのである。
 キリスト教の聖書で教えている奴隷制度である。
 アフリカの方たちを奴隷として連れてキリスト教徒は誰も居
なくなった地に乗り込む、そして、山の頂に「自分たちが『偶
像を崇拝するな』というキリスト教の教義を持っているのに、
その教義をそっちのけで、山の頂に大きなイエス・キリストの
像を立てる」。
 卑劣にも、キリスト教は、今現在でも「この卑劣な教義を削
除しないで、教義としている」。

2012年8月1日水曜日

オーストラリアにおける蛮行

題 : オーストラリアにおけるキリスト教徒の蛮行

 18世紀、オーストラリア(シドニー湾)に上陸したキリスト
教徒のイギリス人は1200人で、すべてが囚人だった。
 この後、オーストラリアは、イギリスの政治犯やコソ泥など
の囚人が、宗主国イギリスの国から送られる流刑地としての歴
史が始まる。
 当時、オーストラリアには、先住民のアポリジニが、推定で
100万人が生活していた。
 しかし、南米・中米・北米メキシコ、および、それらの離島
で繰り広げられたキリスト教徒スペイン人と同行したキリスト
教聖職者等による殺戮・全滅の愚行と同様なことを、この地・
オーストラリアにおいてもキリスト教徒イギリス人は行なう。
 100万人が居ただろうという先住民アポリジニは、またたく
間の内に、このキリスト教徒イギリス人に虐殺され、駆逐され
てしまった。
 狩猟でもやる様にアポリジニは撃たれ、殺されていった。
 先住民アポリジニは4万年前、一説で6万年前から住んで先住
権があったが、まったく無視され、先祖代々の土地は奪われ
た。
 キリスト教は、アフリカ黒人を「人とは見ない」というキリ
スト教聖職者の言葉が残されているが、キリスト教の判断基準
・教義からこのオーストラリアのアポリジニの人権も無視され
た。
 今、約1900万人の人口のオーストラリア。
 その95パーセントはアングロサクソン(コーカシアン)で、
アポリジニはその中の1パーセント(19万人)にも満たない。
 3分の2のアポリジニは、当時、殺戮された。
 今、彼等は、不毛の砂漠地帯に追いやられている。
 環境の悪さから、平均寿命が白人より20歳も少ない50歳であ
り、失業率も白人の4倍以上と悲惨な状況となっている。
  (参考:「日本を捨てて、日本を知った」林秀彦著)

2012年7月30日月曜日

ハロウィンについて

題 : ハロウィンについて

 拝 啓
 突然の送信をお許し下さい。 
 是非、ご一読 賜りたくお願い申し上げます。
 貴方様に関連しているハロウィンについて送信させていただきま
した。
 宜しくお願い致します。
 ハロウィンは魔女が関係するキリスト教の祭りです。
 キリスト教には「(キリスト教の)神の義によって、人を誅して
も良い」との教義があり、多くの悲惨な戦争の原因になってまいり
ました。
 また、魔女事件は「魔女は生かしておいてはならない」という
キリスト教の教義から多くの罪のない方達が長い年月において苦し
められて来た悲惨な事件です。
 可哀想な方々が何百万と居られます。
 殺され方も火あぶりです。それも乾いた木でなく生の木で焼く
陰湿なやり方です。
 ハロウィンにはこの様な悲惨な可哀想な事情が多々あります。
 貴方様の深いご理解を賜りたいと思います。                  
 下記に魔女に関する一部の資料ですが「拷問を伴う魔女裁判」の
記述の一部分を記させて戴きます。
 尚、国際的にも、ISOで、企業は宗教的に中立でなければならな
いとされています(特定宗教のキリスト教にのみ偏して、美化し伝
道する行為は、禁止し控えるのが国際の常識・意識です)。
 参考:ISO26000(企業の社会的責任)で、企業の特定宗教の偏向
行為を止める(宗教的差別行為の禁止)が定められています。
 日本もISOの加盟国です。           敬 具
・・・(資 料)・・・
 16世紀のなかばのトレドのキリスト教の異端審問で、エルヴィ
ラという人妻に対して行われた「尋問」の経過を、忍耐強い書記が
被告の悲鳴や絶叫にいたるまで、細大洩らさず書きとめた長文記録
です。
 また、日本では安易に「魔女」言葉が使われますが控えたいもの
です。
 裁判には拷問が必ず行われました。以下その一部。
 ・・(エルヴィラの両腕を縛った綱がさらに締め付けられ、捻じ
られる。悲鳴。)
 「裁判官さま。何を申し上げたらいいか、言ってください。私が
どんなことをしたのか私にはわからないのです。綱をゆるめてくだ
さい、本当のことを申しますから。何を言えとお望みなのか、私に
は分かりません。おっしゃってください。その通りに申します。」
 (さらに綱が締められる。「真実を言え」と迫られる。「どう言
ったらいいか教えてください。何でも申し上げますから」と彼女は
繰り返す。)
(「おまえは豚肉を食べただろう」と誘導される。)
 「いいえ、食べた事はありません。豚肉を食べると私は気持ちが
悪くなるのです。豚肉は好きじゃないんです。私は何も悪い事はし
ていないんです。どうぞ放して下さい。何でも申しますから。何を
申し上げれば宜しいのですか。何を言ったらいいのか分からないん
です。
言って下さい。何でも申します。放して下さい。何でも申します。
・・・言って下さい、言って下さい。」
 (綱はゆるめられず、「カトリック教会にそむく事をしただろう
」と尋ねられる。)
 「放して下さい。・・・(うめき声)・・・ここからおろして下
さい。何を言ったらいいか、言ってください。ああ・・・苦しい。
お望み通りのことをみんな申し上げますから・・・。裁判官さま、
もう腕が砕けます・・・。ゆるめてください・・・」
 (「お前がした事を詳しく言え」と迫られる。)
 「何を申し上げたらいいのか・・・。そうです、いたしました。
なんでもいたしました。・・・ああ、ゆるめて下さい。申し上げね
ばならない事が、私には思い出せないんです。弱い女の身です。腕
が砕けそうです。弱い女に、憐れみをお持ちではないのでしょうか
。・・・」
(裁判官は、「本当の事を言えば憐れみを持つであろう」という)
 「裁判官さま、言って下さい。本当の事というのを教えて下さい
・・・。(泣きむせぶ)・・・分からない・・・何を言ったらいい
のか・・・。」
 (同じ言葉の繰り返しと拷問が続いたのち、「おまえは土曜日に
麻の着物を着替えただろう」と尋ねられる。)
 「はい、着替えました。着替える時が来ていたからです。悪意が
あっての事ではありません。何をお考えになっているのでしょう。
・・・」
 (裸にして拷問台に寝かされる。四肢は四方に、綱で引っ張られ
る。口に水管が差し込まれ、水差しから水が注がれる。その合間合
間に彼女は前と同じことを繰り返えす。ここで、拷問は一時「中断
」。)
 それから4日後、拷問は再開された。岩波新書「魔女狩り」より
ーー(関連資料)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2009年8月13日(木)13:00 毎日新聞 
◆被爆者が生きている間に、核兵器が廃絶される日を見せてあげた
い。井田薫(仮称)
「原爆投下の良かった面を考えよう」
 早稲田大4年、井田薫(仮称)さん(22)は6年前、留学先の
米ミシガン州の高校で、アメリカ史の教師が出した課題に耳を疑っ
た。
 幼少期を長崎市で過ごし、毎年8月9日には静かに祈る人たちの
姿を見てきた。「広島と長崎の悲劇は世界に共有されていると思っ
ていたのに」。頭の中が真っ白になった。
 他の生徒たちが「戦争を終わらせた」「祖国の防衛になった」な
どと答えるのを聞きながら、「違う」と思った。だが、その一言が
言えない。沈黙するしかなかった。
 帰国して大学に進み、祖父の妹(80)宅に下宿した。そこで、
亡き祖母が長崎で被爆したことを知った。自分が被爆3世だという
ことも。
 ある夜、祖父の妹が涙を流しながら被爆した時のことを語ってく
れた。
 焼けただれて助けを求める人たち、空襲警報のたびに防空壕(ご
う)で震えた記憶……。「同じ苦しみを味わわせたくない」。その
言葉が胸に響いた。
 2年前、再び米国に留学した。「今度は自分の思いを伝えよう」
小さな決意を秘めて向かった留学先の大学で、原爆を扱った映画の
上映会を開いた。学生から「原爆の苦しみを教えてくれてありがと
う」という言葉が返ってきた。「伝えれば伝わる」と思えた。
 今は、ジャーナリストを志し、中東向けのニュース配信会社「パ
ンオリエントニュース」(東京都港区)で「修業中」だ。
 いつか、自分の記事で世界に発信したい。「良い戦争なんてない
」と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(悲惨な戦争を無くせないでしょうか。切なる希望について。)
拝 啓
 下記は、番組を提供された企業様とその番組に出演された女優様
へ送信したメールです。
 是非、御一読 賜りたくお願い申し上げます。
 尚、下記において、番組提供の企業(○○と標記)と出演された
女優(☆☆と標記)、及び放送した放送局(□□と標記)は匿名と
させて戴いて居ります。           敬 具
         ( 記 )                   
 ○○株式会社様
 拝 啓
 下記は、貴社提供のテレビ番組(□□チャンネル、地球街道「
長崎街道、憧れの教会」)について、☆☆様へ送信したメールです
 御多忙とは存じますが、是非、御一読 賜りたく お願い申し上
げます。            敬 具
           記
 ☆☆ 様
 拝 啓
 御活躍のご様子、何時も拝見させて戴いて居ります。
 本日(10月18日)午後10時30分からの□□チャンネル「
地球街道(長崎街道、憧れの教会)」を拝見させて戴きました。
 この番組は、今回の様に、「キリスト教徒によるキリスト教を美
しく見せる番組」を度々放送しております。
 これに比較して、仏教関係は皆無の状況です(公共放送として公
平性の無い偏した現況です)。
 また、キリスト教は『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅
しても良い』との教義から「人をあやめる行為」を残念ながら行っ
て来て居ります(この悲惨な事例は、いにしえから長い歴史と共に
数知れずあります)。
 近年では、ブッシュさんがイラクで(多くのアメリカの青年が亡
くなっております。また、本戦争に関係のないイラクの多くの方々
も亡くなられております)。
 そして、次期米国大統領候補の方々は、いずれの方もイラクの悲
惨なこの戦争の中止を意思表明して居ります。
 ブッシュさんの支持母体のキリスト教徒の希望により行われた(
上記の教義の論理から行われた)この戦争は「悲惨な結果」をもた
らしただけでした。
 ブッシュさんのお父さんも、中近東の湾岸戦争で、今回と同様に
、支持母体のキリスト教徒の希望により同じ行為をして居ります。
 キリスト教は、いにしえの古代の十字軍もそうですが、上記の教
義により、可哀想な多くの方々を残念ながら作ってまいりました。
 この教義は間違っておりますという声を、是非、上げて戴きたく
お願い申し上げます。
 また、キリスト教に偏する番組作りをしている本番組へ、公共放
送として公平性のある番組作りになる様、お力をお貸し戴ければと
お願い申し上げます。         敬 具 
ーー(以上を送信させて戴きました。以下は御参考として付記させ
て戴きました)ーーーーーーーーー
(参考)テレビに於ける公開討論において、米国大統領候補のいず
れの方も、直ぐ撤退するか、否かの意見の違いだけで、両候補とも
撤退の意見となっております。
 ☆ 己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。
 ☆ 以和為貴・・・(和をもって貴しとなす)。
 ☆ 一切衆生、悉有佛性 :
  (いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう)・・・この世のあ
らゆる生きとし生けるものは、ことごとく皆、佛性(佛の性質・佛
と成り得る資質)が備わっています。そうした生きとし生けるもの
でもって宇宙は構成され、すべて(万物)が繋がり、時は流れてい
ます。そのつながりの中で育んで行きましょう。
 [参考比較] キリスト教の人間生来の 原罪 : 原罪(げん
ざい)とは、エデンの園において人類の始祖であるアダムとイヴが
最初に犯したとされる罪、およびその罪が人間の本性を損ね、ある
いは変えてしまったため、以来人間は神の救い・助けなしには克服
し得ない罪への傾きを持つことになったという、キリスト教の多く
の教派において共有される思想。
 (ここを原点として、信じなければ救いを拒否し、切り捨てると
いうキリスト教がある)
☆ 真実の声 :
 すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。 己が
身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。  
              ・・・ 仏典『ダンマパダ』より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(若い方達へ)
 キリスト教は贈り物とか、讃美歌とか、外見上は優しく見えます
が、若い方達は特にご注意ください。
 虐殺や戦争の事例が実に多い宗教です。
 それは『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い』
という教義から来ております。
 他人を絶対にあやめてはいけません。
 間違った宗教に幸せな未来はありません。

 キリスト教の罪悪の一例である、ヨーロッパの30%もの方々が
亡くなった戦争事例がどの様なものかをお調べ下さい。
 そしてまた、この%の異常さをお感じ下さい。
 どの宗教も同じという話は無くなると思います。
 やはり、教え・教義からくる悲惨な結末なのです。

2012年7月27日金曜日

マザー・テレサさんのこと

題 : マザー・テレサさんのこと

 マザー・テレサさんが、初めて、インドの社会に入って行っ
た時は大変でした。
 彼女にあったのは自分の志(こころざし)だけ。
 彼女を受け入れたのは、インドの「ヒンズー教の方たち」で
した。
 彼女の活動のための家を貸し、彼女の活動のための手助けの
人達が駆け付けました。
 元々、マザー・テレサさんのやりたい志の事は「ヒンズー教
の方達はしていました」。
 だから、正確に言えば、「マザー・テレサさんが、志を同じ
くする人たちの中に入って行った」なのです。
 ヒンズー教の方達は、多神教。
 イエス・キリストやマリアもヒンズー教の神々の一人として
いる宗教。
 この様な宗教教義の面からも、マザー・テレサさんもスムー
ズに受け入れられました。
 一神教のキリスト教には「異教徒を殺せ」の教義がある様に、
異教徒を忌む宗教ですので、この様なスムーズな受け入れとは
ならなかったでしょう。
 マザー・テレサさんは、最初、キリスト教からは、まったく、
孤立無援。
 手助けはヒンズー教の方達だけでした。
 彼女が、アメリカの映画の題材にされ、注目されるようにな
って後、キリスト教が、今までは何も彼女に注目せず、手助け
もしなかったが、世界の注目を集める様になってから、彼女と
行動をする様になった。
 今、キリスト教は、彼女を「広告塔」にしていますが、そし
て、ヒンズー教の方達は黙っていますが、真実は、この様な経過
をたどった。
 マザー・テレサさんが「ノーベル平和賞」を受賞しましたが、
同時に「ヒンズー教の方達も受賞すべき」でした。
 ノーベル賞選考委員はキリスト教徒だけ、その点、「お手盛
り」となった。
 インド政府は、彼女が亡くなられた時、国葬として大きな葬儀
を行ないましたが、キリスト教組織にも、この様な、大きな度量
が欲しいところです。 
 また、彼女のキリスト教は、ビンズ‐教との共同生活から宗教的
にも影響され、彼女独特のキリスト教となっている。ヒンズー・
キリスト教とか、テレサ・キリスト教と呼ぶべき形となっている。

2012年7月25日水曜日

TPP 弱肉強食の世界の「 強者 」は、ここまでする事を、歴史が示している(改訂版)

題:TPP 弱肉強食の世界の「 強者 」は、
       ここまでする事を、歴史が示している」(改訂版)

 TPP、締結か?否か?
 TPPは、グローバリゼーションを是とする考え方。

 当然その時、「良いものは良いのだ」との意識が基本に働く。

 アフリカの草原で、弱った個体が餌として狙われ、
 その個体が餌として存在することにより、
 「捕食した動物は生を伸ばす事が出来」、
 また、
 「捕食された動物も、その餌になった個体のお陰で、死を逃れる
事が出来、且つ、より健全な個体の集団へと変わることができる」
と言える。
 いわゆる、弱肉強食のメカニズムである。

 「供犠(くぎ)が捧げられる世界」であるとも言える。

 良い、且つ、優れているからこそ 皆が求める、
 また、その求めに応じる。
 「それが正義」なのであるという。

 キリスト教は、強い民族が、困った時に、
 隣国の富を奪いに行く事を
 「(キリスト教の)神の正義」としている。

 日本も、強国によって、この奪いに行く国の、対象の国の如くに
なってくるのか?・・とも思える。

 キリスト教の神は、『神の正義があるなら』やっても良い、人の
命を奪う事、誅しても良いとする。

 聖書の申命記に、キリスト教の神は、「○○人は男を殺せ」「○
○人は、皆殺しにせよ」「生娘は生かしておけ」「奴隷にせよ」と
指示し、叫ぶ。悲惨な殺戮の世界になる。
 そして、
 キリスト教は「(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても
良い」と説く。
 現代ではない、古代の地に、現出した実際の世界である。
 弱肉強食の『 実際に現出した 』世界である。
 (現代では そのようなことは形を変えて起きている)。

 強い者が弱い者に『 配慮せずに 』行動すれば、この様になる
という史実である。

 強い者の論理が 『正義として』 世界を制覇する論理である。

 その強い者は、
 「戦い方のみが優れているだけ」かもしれない・・・が、
 結局、強い者が、
 南米・中米・北米メキシコ・そして離島の各所で、
繰り広げられた「キリスト教徒と同行したキリスト教聖職者」たち
の仕業(しわざ)の事例。
 全滅・すべての命を奪う行為と、
 それ以外にも、この部屋一杯に黄金を満たせば「王様の命を助け
てやる」と言い、
 結局、王様の命は奪うという、策略まで用いて、徹底的に「 富
をも 」奪い(人命と富の略奪)と、
 更に、インカの様に、結局、どの様な文化だったのか、不明?
 まったく不明な状態になる例の様に 「文化をも『めちゃめちゃ
に破壊』し、文化のすべてを奪う」(命と富と文化の略奪)。

 そして、その地に、
 キリスト教徒の征服者たちは、アフリカの人々を「奴隷として(
キリスト教聖書には、奴隷というものを教義として教え、
 キリスト教の教義ゆえに、歴史を連綿と伝えられ、
 歴史を経ながら、個々の悪行は行なわれ、
 教義ゆえ忘れられずに 保ち続けられている」。

 人のいなくなった地に、
 このキリスト教の教義の悪行による奴隷を、
 連れて、
 キリスト教徒の征服者たちは、インディオスの絶滅した地に
 乗り込む。
 そして、
 キリスト教徒は、その地も奪う(命と富と文化と土地を奪い、奴
隷の人生を奪う)。
 そして、
 山の頂には「イエス像」を建て、
 「宗教をも奪い、征服者の宗教の像」を立てる
  (命と富と文化と土地と奴隷の人生と宗教を奪う)。
 「偶像崇拝を忌む自分たちの宗教教義をそっちのけでイエス像を
立てる」。

 「弱肉強食の強者は、ここまでする事を歴史は示している」。
 弱肉強食論理には、『何らかの歯止め』が「必ず必要なのだ」。

 総べてをまな板に乗せ、規制や歯止めは一切認めない。
 あるのは、弱肉強食の論理だけという世界。

 強者は「安価」「経済的」「効率的」「品質的(美味いなど)」
などの長所が、「積極的に美化され」「強調され」ているが、
 果たして本当にそれで良いのか?
 正しいのか?

 かつて
 「効率を追い過ぎた」の声を良く聞いた時もあったが。
 総べての面で、強者がよいと
 「強者の論理が」
 「強者ゆえの立場を利用して」
 「巷にその論理が良いような錯覚をまきちらしながら」流れてい
く。
 強者の論理以外の価値は総べて否定される。

 「安全保障」「リスク」「弱者の論理」など、まだまだ、検討・
討論すべき面は多い状況のはずです。

(参考:関連記述)
 ダーウィンは、進化論において、「生物の進化は弱肉強食の結果
だ」と言う。
 「生物界は優勝劣敗、適者生存、弱肉強食で自然淘汰される」と
言う。
 「強者が栄え、弱者が滅びるのはやむを得ない自然界の定めだ」
と言う。
 この進化論の考え方は、生物の進化にとどまらず、人間社会、社
会活動の新しいパラダイム(規範、枠組み)の誕生の導火線ともな
った。
 「強者はいよいよ強く、富を独占し、弱者が切り捨てられるのは
進化のためにやむを得ない」という非情な独占資本主義へと進むこ
とになった。
 日本の今西錦司(いまにしきんじ)氏(京都大学名誉教授)は、
「棲(す)み分け原理」を提唱した。
 「自然界は食うか食われるかの弱肉強食の関係ではなく、相互に
テリトリーを持っていて、
 できるだけ争いを避けて棲み分けている。
 動物たちは棲み分けによって『共存』している」。

 しかし、歴史は、キリスト教的なダーウィンの方向へ進みました
(ダーウィンはキリスト教聖職者)。
 そして、弱者は、人間の飽(あ)くなき欲望の渦の中で、一方的
に支配・搾取される立場に追い込まれました。

 (参考)ダーウィンについて:
 ダーウィンは裕福な家庭に育ち、
 ダーウィンの父は、ダーウィンを牧師とするために1827年にケン
ブリッジ大学クライスト・カレッジに入れ、神学や古典、数学を学
ばせました。
 ダーウィンは、牧師なら空いた時間の多くを博物学に費やすこと
が出来ると考え、父の提案を喜んで受け入れました。
 ダーウィンは、キリスト教徒として、25年間もクリスチャン生活
を営んだものの、とうとうキリスト教を捨てました。
 キ リスト教への疑問が大きく膨らんだ結果でした。
 ダーウィンは、大学でキリスト教を専門に学んでいましたし、教
義面については誰よりも精通していました。
 しかし、愛娘(まなむすめ)が亡くなった時が、キリスト教を棄
てるきっかけの一つでした。
 キリスト教は、人間の死の原因を罪に求める。
 「しかし、私の幼い娘がどんな罪を犯したというのか」。
 ダーウィンのキリスト教の教義への不信が、この時、炸裂しまし
た。
 以後、ダーウィンは、キリスト教に「完全に」背を向けてしまい
ました。
 彼は、ビー グル号での航行の途上でさえ、正統派のキリスト教信
者であり、船の中で聖書を絶対規準として道徳を語ったため、同乗
者から 「失笑を買った」くらいでしたのに。
 ダーウィンは、決して無神論者では ありませんでした。
 イギリスのキリスト教の国教会は、ダーウィンに謝罪しました。
 「チャールズ・ダーウィンへ。あなたの生誕から約200年を経た
今、英国国教会はあなたの考えを誤解し、最初の対応を誤ったため
に、今もなお偏見が消えない状況を生みだしたことを謝罪します」。
 だが、「今でもなお、進化論に反対することが、キリスト教徒に
とって『信仰のリトマス試験』になっています。

 (参考)今西 錦司(いまにし きんじ):
 1902年1月6日 - 1992年6月15日)は、日本の生態学者、文化人
類学者、登山家。京都大学名誉教授、岐阜大学名誉教授。日本の霊
長類研究の創始者として知られる。理学博士(京都帝国大学、193
9年)。京都の織屋「錦屋」の生まれ。
 (参考)グローバリゼーション【globalization】 国家などの境界
を越えて広がり一体化していくこと。特に、経済活動やものの考え
方などを世界的規模に広げること。グローバライゼーション。
(参考)く‐ぎ【供犠】 神に、いけにえを供える宗教的・呪術的(じ
ゅじゅつてき)儀式。また、そのいけにえ。きょうぎ。
(参考)い・む【忌む/斎む】 [動マ五(四)] 1 (忌む) ①呪
術的な信仰などから、不吉なものとして避ける。禁忌とする。「葬
式は友引の日を―・む」「宗教上、肉食を―・む」 ②嫌って、避け
る。「革新を―・む」「退屈を―・む」...

2012年7月10日火曜日

感受性の強い子供の心を、結果的に、弄(もてあそ)ぶような事が起きています

題 : 感受性の強い子供の心を、結果的に、弄(もてあそ)ぶ
       ような事が起きています

 今、キリスト教のお祭り「ハロウィン」が、日本で、無邪気に
行われておりますが、
 そして、この魔女が関連するこのお祭りに、小さい子供が参加し
ていますが、
 また、小学校では「国際感覚を身につけよう」という美名のもと
に、公的小学校も含めて「ハロウィン」が行なわれ、
 キリスト教系の学生が喜々として駆けつけ、一緒になってやって
いますが、これは美名の下の「キリスト教の巧妙なる伝道行為」で
す。
 アメリカでも問題となり、裁判事例の多い「巧妙なる伝道」です。
 そして、この魔女が関連しているこの事例で、子供たちに何が起
きたか?、影響したか?という事例です。
 キリスト教には「神を恐れよ」という教義があります。
 魔女事件の場合、キリスト教はこの教義によって権威を得ようと
しました。
 また、教勢を拡大したいとしました。
 その為に、「魔女は生かしておいてはならない」の教義がある
キリスト教は「死も辞さない」という姿勢でした。
 「死も辞さない」と言っても自分ではなく、相手を死に至らしめ
る行為でもって権威を得ようという行為です。
 この結果、キリスト教は、周りに死の影や戦争が満ち、まとわり
付いた歴史となりました。
 魔女事件の場合、年端(としは)の行かない3歳・5歳・7歳・12
歳の子供達が憑依(ひょうい)しました。
 悲しい事です。
 これは広がりやすい性質を持っていました。
 17世紀、キリスト教司教領で、子供だけでなく、地域全体が憑依
するという事件となって起きました。
 魔女だと言われた女性が、自(みずか)らキリスト教聖職者の居
る魔女委員会に申し出て、「多くの人々の体内に悪霊を祈り込んだ」
と言いました。
 すると、町に憑依した、憑(つ)かれた主婦や子供達、大勢の群
れが、この司祭領や隣接する地域にさ迷い出て来ました。
 憑依した人たちは未成年者が多い状況でした。
 町は混乱しました。
 飛び火しやすいこの現象は飛び火して行きました。
 スウェーデンの場合は、プロテスタントの村でした。
 憑依した子供たちが現われました。
 子供達は意外と大人が何をやっているかを知っていました。
 大人たちの言動から魔女とはどういうものかを見聞きし、よく知
っていました。
 日頃から、キリスト教聖職者は魔女の定型を話をしていました。
 怖い事に感受性の強い子供達は、特に、憑依しやすい状況で、親
たちは自分たちで救う事を断念するくらいでした。
 親たちは、当局へ原因の魔女の撲滅をする様にと押しかけるとい
う騒ぎ。
 国王の調査委員会が取り調べるという事になり、騒ぎはますます
拡大して行きました。
 また、多くの他の村々へ伝染して行きました。
 憑依した魔児は無数の大人たちを告発しました。
 「魔女の踊りをしていた」「悪魔のシナゴーグへ行ったりしてい
る」、それを見たと。
 ある村は、70人の女性と15人の子供が火炙りとなりました。
 これは、国境も越えて広がって行きました。
 ドイツで起きた事例では、ほとんどが10歳以下の子供でした。
 子供達は、キリスト教の教義と魔女を自己流に織りなして語りま
した。
 想像力の強い子供達は「魔女のサバト」「天国の幻視」「最後の
審判と地獄の使者」を語り、告げるという状態でした。
 驚くことに「デーモン(悪魔)との性交渉」の詳細な証言に裁判
官(キリスト教裁判所の聖職者の裁判官)もびっくりしている状況
でした。
 (参考)とし‐は【年端/年歯】 年齢のほど。年齢。としのは。
「―のいかない子」
 (参考)ひょう‐い【憑依】 [名](スル) 霊などがのりうつるこ
と。「悪霊が―する」 」

2012年6月19日火曜日

日本を救う、救いたい(その3・完) ・・・大学教授の言葉・・・

題:日本を救う、救いたい(その3・完)・・・大学教授の言葉・・
         岩田規久男氏(学習院大学教授)の言葉

 日本では、
 日銀と多くのエコノミストが、
 この金融政策の波及経路を理解していないため、
 「日銀がおカネをばら撒いても、人々は買いたいものがないから
買わない」とか、
 「日銀が貨幣を増やそうとしても、資金需要がないため、銀行貸
出が増えないから、貨幣を増やすことはできない。
 したがって、
 金融政策ではデフレから脱却できない」といった
 誤解や神話が横行している。
 著者は、こうした誤解と神話を打ち砕くために、
 何年もの間、
 著書や論文などを発表してきたが、
 いつまでたっても、
 日銀と多くのエコノミストは、
 まるでオウムのように、右の様な誤解と神話を繰り返すだけであ
る。
 しかし、
 本書で示す様に、
 日銀の金融政策のレジーム(金融政策のスタンス)を
 「デフレ・ターゲティング」から「おだやかなインフレ・ターゲ
ティング」に転換させれば、
 インフレ予想が形成され、
 デフレと超円高から脱却することができる。

 読者に是非理解していただきたい点は、
 デフレと円高から脱却する上で、
 銀行の貸出が増えて、
 貨幣が増える必要はないことである。
 日本は、
 デフレのために、
 家計も企業もモノやサービスへの支出を控えており、
 金余りだからである。
 金融政策によってインフレ予想が形成されると、
 家計や機関投資家は、
 今まで眠らせていたお金を、
 株式投資や外貨投資に振り向けるようになる。
 これにより、
 株価が大きく上昇して、
 デフレで痛んだバランス・シートが改善され、
 為替相場は円安になる。
 予想インフレ率が上昇すると、
 予想実質金利が低下するため、
 これまでは有利でなかった設備投資の採算が取れるようになる。
 そこで、
 企業は余っているお金で設備投資を始める。
 同様にして、
 家計は余ったお金で耐久消費財を買い始め、
 さらに、
 それに借入金を加えて、住宅投資を開始する。
 このようにして、
 これまで眠っていたお金(貨幣)が取引を媒介するようになる。
 これを貨幣の流通速度が速くなるという。
 デフレと超円高からの脱却過程では、
 しばらくの間は、
 銀行貸出と貨幣は増えずに、
 貨幣の流通速度が速くなって、
 活発化した取引を媒介するのである。

 つまり、
 「銀行貸出と貨幣が増えなくても、インフレ予想が形成されて、
おだやかなインフレが始まり、円安への転換が始まる」という点こ
そが、「おだやかなインフレ・ターゲティング」へのレジーム転換
の要諦なのである。

 銀行貸出と貨幣が増え始めるのは、
 貨幣の流通速度の加速化が限界に達するほど、
 経済取引が活発化してからである。
 著者は、
 本書によって、
 一人でも多くの読者が、
 日銀が流布している金融政策に関する誤解と神話から目覚めて、
 日銀をまともな中央銀行に返る運動が高まり、
 それによって、
 日本経済が1日も早く、
 デフレと超円高から脱却して、
 人々の生活が安定すること願っている。
 ーー略ーー 
             2011年1月31日 岩田規久男
☆教授の主な著書に:『金融入門新版』『国際金融入門新版』(岩
波新書)、『経済学を学ぶ』『日本経済を学ぶ』『世界同時不況』
(ちくま新書)、『景気ってなんだろう』(ちくまプリマー新書)
、『インフレとデフレ』『日本銀行は信用できるか』(講談社現代
新書)などがある。

2012年6月18日月曜日

日本を救う、救いたい (その2) ・・・大学教授の言葉・・・

題:日本を救う、救いたい(その2)・・・大学教授の言葉・・・ 
         岩田規久男氏(学習院大学教授)の言葉

 こうした企業行動により、
 雇用はますます減少し、
 増えるのは非正社員雇用ばかりになってしまう。

 日本は少子・高齢化が急速に進み、
 生産年齢人口が減少する時代に入った。
 そうであれば、
 本来、
 労働市場は人手不足で、
 「売り手市場」になるはずである。

 ところが、
 実際に起きているのは、
 就職氷河期に象徴される「買い手市場」で、
 大量の就職浪人の発生である。

 いったい、
 どうしてこんな馬鹿げたことがおきるのであろうか。
 たまたま、
 高校や大学を卒業した時が不景気のために、
 正社員になれなかった人の多くは、
 セカンド・チャンスがほとんどないため、
 一生、
 非正社員として働かなければならない。
 正社員と非正社員の生涯所得には
 約2.5倍もの格差がつく
             (2009年年次経済政報告による)。
 以上の様な雇用状況では、
 多くの人が将来不安から、
 財布のひもを締めて、
 支出を控える。
 その支出の抑制がデフレを促進する。
 特に、
 若い人には希望がなく、
 かれらが内向きになるのも当然である。
 菅直人首相は
 「一に雇用、ニに雇用、三に雇用」といって首相になった。
 しかし、
 政府には雇用を増やす手段はほとんどない。
 なぜならば、
 雇用が悪化しているのは、
 デフレと超円高のためだからである。
 そして、
 超円高の原因はデフレである。
 政府にできる事は、
 税金を使って、
 デフレと超円高で悪化する雇用の痛みを和らげることぐらいしか
ない。

 経済界は、
 政府に成長戦略を求めているが、
 デフレと超円高のままでは、
 どんな成長戦略をとってもその成果は望めない。

 それは、
 成長戦略とは、
 規制緩和などによって
 供給能力を増強する政策だからである。

 日本経済はデフレと超円高で、
 大幅な需要不足である。
 需要が大幅に不足している時に、
 供給増強政策をとれば、
 ますます、
 需要が供給に対して不足するようになり、
 雇用が悪化するだけである。

 成長戦略が成果を上げるためには、
 まず、
 デフレを止めなければならない。

 デフレを止めれば、円高も止まる。

 デフレと超円高を止める事が出来る唯一の機関は、
 政府ではなく、
 日本銀行である。

 これを逆に言えば、
 デフレと超円高をもたらしている真犯人は、
 日銀だという事である。

 本来、
 政府が日銀の政策目標を決め、
 その目標達成を日銀に義務付けなければならない。
 つまり、
 本来、
 日銀には金融政策の目標を決定する自由はなく、
 あるのは、
 目標を達成するための手段を選ぶ自由である。
 これが、
 政府からの日銀の独立の本来の意味である。
 すなわち、
 右の意味で、
 日銀は政府の子会社であり、
 親会社の政府の目的に従わなければ、
 国家経営は成り立たないのである。

 ところが、
 1998年から施行された「新日銀法」は
 日銀に目的達成の手段だけでなく、
 政策目標の決定についても政府からの独立を認めてしまった。
 その為、
 それ以後、
 日銀は何らの責任も取ることなく、
 「いいたい放題、やりたい放題」の独善的機関になってしまい、
 子会社の日銀が
 多少とも「デフレ脱却」のポーズをとると、
 親会社の社長や取締役が「ご協力いただいて、感謝します」とい
う始末である。
 親会社が子会社をコントロールできない会社が
 まともな経営をできるはずがない。
 小泉純一郎内閣も
 「デフレ脱却」を掲げたが、
 日銀に対しては何も注文しなかった。
 それが「政府からの日銀の独立」であると勘違いしていたからで
ある。
 そのため、
 小泉元首相はデフレ脱却を果たすことなく、
 郵政民営化の目途をつけるとさっさと政権を降りてしまった。
 小泉元首相に
 デフレ脱却の意図はまったくなく、
 あったのは郵政民営化だけだったのである。
 国民も新聞などのメディアも
 政府や首相をとっかえ、ひっかえしても、
 何も変わらないこと、
 攻めるべき本丸は「日銀にある」ことに気が付くべきである。

 金融政策は分かりにくいといって敬遠するのではなく、
 金融政策こそが、
 雇用をはじめとする、
 私たちの生活の良し悪しを決定する政策であることを
 理解しなければならない。

 この本は、
 日銀の金融政策をどのように変えれば、
 デフレと超円高から脱却して、
 雇用も、財政も、年金も
 大きく改善できるかを明らかにしようとするものである。
 とくに、
 本書で強調していることは、
 デフレ下の金融政策とは、
 人々の間におだやかなインフレ予想の形成を促すことによって、
 デフレと超円高から脱却する政策である、
 という点である。    (つづく)

2012年6月17日日曜日

日本を救う、救いたい (その1) ・・・大学教授の言葉・・・

題:日本を救う、救いたい(その1)・・・大学教授の言葉・・・ 

 岩田規久男氏(学習院大学教授)の言葉:
 「経済界は、
 政府に成長戦略を求めているが、
 デフレと超円高のままでは、
 どんな成長戦略を取ってもその成果は望めない」・・と、先生は
言われる。
 素晴らしい言葉が続く。
 今(2012・6・14)も超円高ですが
 (米ドル79.38、ユーロ99.72)、
 一度は読んでいただきたい本です。
 本:「デフレと超円高」(講談社現代新書)。

 著者略歴:
 1942年、大阪府に生まれる。1966年、東京大学経済学部卒、
 1973年、同大学大学院博士課程修了。1998年、学習院大学経済
 大学教授。この間1976年~1978年までカリフォルニア大学バー
 クレー校において客員研究員を務める。専門は金融・都市経済学。

 (内容抜粋):
 2010年の日本経済は、
 急速な超円高に振り回された1年であった。
 2010年12月30日の円ドルレートの終値は81円50銭で、
 年初(2010年1月4日)よりも14%の円高・ドル安だった。
 2008年9月半ばのリーマン・ショック以降の世界同時不況化で見
ると、
 円の対外相場の急騰は猛烈を極めている。
 すなわち、ドル、ポンド、ユーロ、元、ウォンに対して、
 それぞれ、32%(2010年12月30日終値の2008年9月12日比)、
 51%(2010年12月29日終値の2008年9月12日比。以下同じ)、
 41%、27%、35%もの円高である。
 円は、
 資源国で世界同時不況からいち早く立ち直った高金利通貨国(長
期国債金利は5%台)のオーストラリア・ドルに対してさえも、
 世界同時不況下で5%の円高である。
 実質実行為替相場で見ると、
 円はリーマン・ショック後、
 2010年末までに26.5%も上昇しており、
 その通貨高は突出している。
 この様に、
 デフレに加えて、
 円がどの通貨に対しても軒並み高騰したままでは、
 政府がどんな成長戦略をとろうとも、
 日本経済が安定した成長を達成し、
 それを維持することは不可能である。

 一部には、
 こうした超円高を歓迎すべきであると捉える向きがあるが、
 超円高は、
 日本経済の強さの結果生じたものではなく、
 単に、
 世界中で日本だけがデフレであるために生じているに過ぎない。
 超円高を歓迎する人は、
 日本だけがデフレであることを歓迎しているのである。
 超円高でも、
 2010年9月頃までは、
 日本経済は何とか持ちこたえて来た。
 それは、
 世界同時不況下でいち早く立ち直った新興国経済への輸出が好調
だったことと、
 エコカー補助金・減税と家電エコ・ポイント制が、
 消費の大幅増をもたらしたからである。
 しかし、
 エコカー補助金が2010年9月初めに終了すると、
 10月と11月の乗用車新車販売台数は前年同月比で、
 それぞれ、29%減、34%減となった。
 家電エコ・ポイント制は、
 2011年3月末まで延長されたが、
 予算がなくなれば、その前でも打ち切りになる。
 一方、
 中国などの新興国は、
 インフレ警戒に入っており、
 金融引き締め政策への転換により、
 今後、その成長は鈍化する可能性がある。
 ギリシャやアイルランドなど、
 財政危機を抱えたヨーロッパ経済にも暗雲が垂れ込めている。

 以上の様に、
 これまで日本経済を支えて来た二つの要因が、
 剥落するにつれて、
 今後、
 デフレと超円高の大きな負の効果が本格化すると懸念される。
 デフレと超円高は何よりも雇用を直撃する。
 失業率は、5%台で高止まりしているが、
 失業率がこの程度で止まっているのは、
 企業内が国から雇用調整助成金の支給を受けて、
 必死に正社員の雇用を守っているからである。
 企業内の潜在的失業者は、
 528万人から607万人にも達すると推計されている(2009年度年
次経済政報告による)。
 これは、
 雇用者の10%から12%は
 実質的には失業者であることを意味する。
 したがって、
 企業内潜在的失業者を加えた実質的な失業率は、
 13%から14%にも達することになる。
 さらに、
 雇用は失業率だけでは測れないほど悪化している。
 リーマン・ショック以降、
 正社員は減少し続け、
 増えるのは賃金が低く、
 雇用の不安定な非正社員ばかりで、
 雇用者に占める非正社員は、
 35%(2010年7~9月期。以下同じ)にも達する。
 男性非正社員のうち36%は、
 これからの日本経済を担うべき15歳から34歳の若年層である。
 失業期間は長期化し、
 失業者336万人のうち38%の人は、
 1年以上も失業している。
 デフレが始まって以降、実質賃金も低下した。
 2009年上期と2010年上期の実質賃金(5人以上の事業所)は、
 デフレが始まる前の1997年上期よりも、
 それぞれ、7%と6%の低下である。
 2010年上期の実質賃金は、
 17年も前の1993年と同じ水準でしかない。
 超円高は、
 製造業の海外流出を促進するが、
 いまや、内需型産業と思われていたサービス産業も、
 デフレと超円高で内需が増えないため、
 海外企業を買収して、
 海外事業展開を進め始めた。      (つづく)

2012年5月25日金曜日

「許される悪はあるのか?」 について

題: 「許される悪はあるのか?」について

 書評:慶応大学教授・○○○○氏、
 本「許される悪はあるのか?」
              マイケル・イグナティエフ著、
 書評文(抜書き):
 テロリズムからの安全を確保するためには、
 拘留、拷問、予防的戦争が必要かもしれない。
 しかし、
 この考えを是認すれば「市民の自由が制限される」。
 市民的自由を絶対化すれば、テロリズムを未然に防げない。
 国民の生命を犠牲にするかもしれない。
 この本の著者は、
 中間の立場を選んだ。
 「道徳上の絶対主義にも、
 冷徹な現実主義にも加担しないように努めた」という。
 それは、
 「より小さな悪のモラリティ」という考え方である。ーー(略)ーー
 現在では、
 テクノロジーの進歩と自由の拡大によって、
 「自由な国民」の頭上には、
 大量破壊兵器を用いたテロ攻撃という「ハルマゲドン」がもたら
される危険がある。
 それゆえ、「より小さな悪」を選択せねばならない。
 だがそうであっても、それがより大きな悪へと変化するのを阻止
せねばならない。ーー(略)--
 日本では「道徳上の完璧主義」が好まれるあまり、
 「より小さな悪」という思考が浸透しにくい。
 緊張感溢(あふ)れる現実世界で、
 我々が正しい道を見失わないための、偉大な知的貢献である。」
                 (読売新聞2012・4・29)
(私見):
 「日本が『道徳上の完璧主義』を好む」とは、
 見誤りの見方です。
 「好む」ではなく、「それが正しい」と判断しているからです。
 あなた様は「より大きな悪にならないように、小さな悪を行なわ
せる」とのお考えの様ですが、
 1例として、キリスト教の「魔女事件」は、
 最初からこの様な悲惨な、非人道的な事件ではありませんでした。
 あなた様は「小さな悪=拷問」は許されると言われますが、
 例えば、この人類の負の遺産の魔女事件のどのレベルの拷問まで
許すと考えられているのでしょうか?
 可哀想な女性が沢山おられますが、「鼻そぎ」ぐらいまでなら良
いなどとお考えなのでしょうか?
 このキリスト教の魔女裁判、拷問でいじめ抜かれ、挙句に命を
奪われる女性が大勢いましたから、
 命を奪われるよりましだと・・などと、考えられて居られるので
しょうか?
 「小さければ良い」という「程度の問題ではない」と思います。
 例えば、
 「少人数だし」とか、「小さな拷問だから良いのだ」というお考
えなら「それは絵に描いた餅」「机上の空論」ではないでしょうか。
 「だから、大きくならないように監視するのだ」と言われますが、
今の魔女事件のどの時点で貴方様ならストップをかけられることが
できるとお考えですか?
 このキリスト教が主導した魔女事件の問題も、
 「最後は、ヨーロッパ中が空転する大惨事のレベルまで達し」、
 それが絵空ごとでないことが、この世に現出しました。
 何故、
 このキリスト教の方たちは止められなかったのでしょうか?
 貴方様は、「できる」とそれこそ増上慢になって居られるのでは
ないでしょうか。
 また、別の例で・・・
 またまた、急に、貴方のお宅に、警察が踏み込み、
 「予防的逮捕です」と身に覚えのない拘束を受けたとしたら、
 どう思われますか? 
 素直に納得して従いますか? 予防的逮捕だと・・。
 かつての日本の暗い世情的になるでしょう。「官憲に怯(おび)
える社会です」。
 何もしていないという確固たる安心が存在しない世界なのです。
 予防的範囲で逮捕もありうるのかとの葛藤の中に存在する生活す
る不安定さを意識した生活になるのです。
 それが、
 戦争までの大きな場合もあり得るという論理は 空恐ろしくなり
ます。
 「予防的戦争なんて恐ろしい行為を是認しないでください」。
 (「これからの戦死者を減らすために広島・長崎に原爆を落とし
ました」まで行きます。
 『予防という観点から』現実に悲惨なハルマゲドンが起こされた
のです)
 この様なお考えを考え直していただきたいのです。
(追記):
 必要悪の話は、「ジェノサイド肯定論へ繋(つな)がっていく」。
 より優秀な人種の世界になるためには「劣等な人種を減らすこと
が必要なのだ」となる。
 キリスト教にあるこの様な恐ろしい考え方、過去にあったこの様
な悪行を二度と起こしてはならない。
 (参考)モラル【moral】 道徳。倫理。「―に欠ける」
 (参考)せ‐じょう【世情】 1 世の中のありさま。せいじょう。
     2 世間の人情。俗人の心。せいじょう。

(蛇足的なことなのですが)ーーー: 
 ①:そんなことを言う貴方様こそ危険人物になることが予想され
ます、なので「予防的拘留をしますよ」・・・と、伝えて下さいと
いう方が居られました。
 ②:より大きくならないように見張り・監視する・・「貴方の様
な人こそ、見張らなければならないと感じます」。・・との意見も
ありました。
 ③:貴方様の意見は、「一々小さな事にとやかく言うな」という
悪漢と通じます。少しくらいの悪なら許してくれよー、少しは世間
のためになっているところもあるんだからさー。・・の意見も。
 ④:小さい子供を持つお母さんの言葉:小さなことでも、悪いこ
とをしていれば、少なくとも1回は言わなければならないでしょう。
悪いことを悪いと教えるのが正しいのでしょう? 貴方様の意見で
は、それをやってはいけないという悪もある・・・と、聞こえます
・・という、意見です。
 ⑤:より大きな「電車内の女性に対するいやらしい行為」を防ぐ
ため・・・より小さな悪は許す・・・「ケツ触るぐらいいいだろう」
になりますが? そのくらいでも駄目なのでは?・・この意見も記
させて戴きました。
(参考)だ‐そく【蛇足】 《昔、中国の楚(そ)の国で、蛇の絵をは
やく描く競争をした時、最初に描き上げた者がつい足まで描いてし
まったために負けたという「戦国策」斉策上の故事から》付け加え
る必要のないもの。無用の長物。
(必要悪をインターネットで調べると)ーーー:
1、ない方が望ましいが、組織などの運営上また社会生活上、やむ
をえず必要とされる物事。悪いこと、悪い人は本来あってはいけな
いことですが、あったほうがいい悪もあるということです。現代社
会で言うと「ヤクザ」さんの中の暴力団さんたち。暴力振るったり、
拳銃持ち歩いていたりと何かと悪いことばかりする暴力団の方々で
すが、この人たちが借金取り立てないと、平気で借金踏み倒す不届
き者が後を絶えません。社会からはみ出してしまった人たちも、ど
こかの組に属していれば、親分の目が光っていますから、堅気の人
にめったやたらに迷惑などかけないわけです。
2、違法若しくは倫理・商習慣・習慣上問題があるものであっても、
当該人・物・状態が存在しなければ、更に違法若しくは倫理・商習
慣・習慣上好ましくない人・物・状態が発生するような場合、より
悪くならないために存在する人・物・状態のことを必要悪という。
3、最悪の事態にならないように 歯止めとして存在するもの。たと
えば風俗産業など。
4、必要悪の教会(ネセサリウス)【元ネタ】 ラテン語。necessari
us:避けられない。 【解説】 イギリス清教第零聖堂区。 魔女狩り・
宗教裁判と言った『対魔術師』の技術に特化した人材が多く見られ
る。 解りやすい例では、ステイルやインデックスあたりがまさしく
ソレ。 そもそも「魔術は穢れたモノ」と見なされている渦中にいて魔
術を習得しているこの部署は、 異端中の異端たる「汚れを一手に引
き受ける」機関。故に「必要悪」とよばれる。 なのだが、それは同
時に最も力を持つ部署ということでもあり、 いつしかイギリス清教会
全体の実権を握ってしまった。 某魔術師曰く「最近はとある少年の
影響か、随分と角が取れてきている」との事。 国家宗教の関係組織
に所属しているため、公務員級に安定した収入がもらえる。
(喫煙神父でも) なお、給料は国から支払われている(イギリス国
民の血税で賄われている)ようだ。
5、道徳的・法的に悪であるが、それが存在しないとより大きな無
法状態や混乱を招いてしまうために超法規または見て見ぬ振りで存
在を許されている道徳・法・人・物事・物体。
6、ひつよう‐あく 〔ヒツエウ‐〕 【必要悪】 よくないことではある
が、組織や社会などにとって、やむをえず必要とされること。

2012年5月22日火曜日

今、国は緊急事態なのです。

題 : 今、国は緊急事態なのです。

 「官僚は駄目だ、駄目だ」と、
 スケープゴートするが、

 そして、
 官僚の改革が民への増税の前にしな
ければならないこと・・・との論理で、
 民への増税を先延ばしにする。

 国の緊急事態を知りながら、
 民への半分ゴマスリもあるのだろうと
思えてしまう発言。
 緊急に救わねばならない国の救う道の
一方を封じる。

 官の改革・官をスリムにするは、
 遠の昔から叫ばれて来たこと。
 それが出来なかったから
 今がある。
 これは「政治家の責任」。
 それを「官が悪い」と官のみに原因が
ある様に言い、
 自分自身の責任に気付かない様に思
える。
 増税を含む救国の手立てを封じるは
 間違っている。

 発言者も含め政治の怠慢で、
 若しくは、
 能力不足で、
 今に至っている。
 ここに来て、
 官の改革の後では、
 間に合わない。

 故に、
 同時並行策しかない。
 救国策の総動員を、政治家の皆様の意見として戴きたい。
 
(追記)(読売新聞2012・5・11)によると、「国の借金960兆円 2011年度末」の表題で、[内容]:財務省は10日、2011年度末の国債と借入金、政府短期証券を合わせた「国の借金」が、前年度末より35兆5907億円増えて959兆9503億円となり、過去最大を更新したと発表した。今年4月1日時点の推計人口(1億2765万人)で割ると、国民1人当たりの借金は約752万円となる。「国の借金」全体の約7割を占める普通国債の残高は33兆5558億円増え、669兆8674億円。

2012年5月17日木曜日

真に民を憂える、強い意志のリーダー

題 : 真に民を憂える、強い意志のリーダー

 フランス・ギリシャの選挙を話題にする新聞。
 それを考えると。
 「欧州連合(EU)などが求める緊縮財政に
 民はどの様な断を下すか?」が
 ポイントとなる。
 現状、
 民は財政拡大に支持を送る。
 それとは逆に、
 増税や歳出削減には背を向けている。
 緊縮財政は不支持なのだ。
 つまり、
 財政の健全化につながる路線を
 否定していると言える。
 この路線を否定し続ければ、
 ユーロ圏は崩壊すると知っている
 ・・・「が、しかし」なのだろう。
 それとも、民は、全く、何も知らないのだろうか? 
 民の多くが選択を否定している健全化路線と呼ばれる路線を
回避しても、民が大切にしたいと考えているだろうユーロ圏は、
崩壊しないという衆の知があるのだろうか? 
 専門家は、
 少なくとも1~2年は大丈夫だが、
 それ以後、
 破壊的状態に陥(おちい)るとしている。
 専門家の目からは、
 「それが確実なのだ」の声である。
 その、近未来に
 確実に崩壊するとの専門家の声に対し、
 民の選択は逆にある。
 キリスト教発祥地の古代の民は、
 この様な時、
 飢餓に苦しんだ時、
 隣の国の富を神の正義として奪い取りに行った。
 または、流離(さすら)った。
 流浪の民となった。
 現在、
 日本も似たような状況に置かれている。
 しかし、今まで、
 政権与党も野党も
 共に
 民へ甘い施策を示し勝だった。
 この様な経済不安の時、
 過去に、
 危険な路線に入って行って、
 辛酸をなめた時があった。
 そして、
 より辛い歴史を刻んだ。
 今は、
 真に民を憂える 強い意志のリーダーが 望まれる時である。

2012年5月10日木曜日

インディアスの破壊についての簡潔な報告・・・

本:「インディアスの破壊についての簡潔な報告」は
 キリスト教徒とキリスト教聖職者たちが行なった史
上最悪の愚行(南北アメリカ大陸などの卑劣な殺戮)
を記した書であが
・・・その49頁に・・・
 キリスト教徒等に、300人のインディオを分配され
て、3か月のうちに、
 そのうちの270人が鉱山労働で死んでしまい、
 生き残ったのは30人に過ぎなかった。
 3か月か4か月の間に、約7000人以上の子供が
 餓死した。 
 両親が鉱山へ連れ去られてしまったからである。
 また、
 私(キリスト教聖職者)は、
 そのほか数々の身の毛がよだつような出来事を
目撃した。
 (この聖職者は何らインディオを助けようとしなかっ
た悪漢)
 その後、インディオ達を狩り出しに行くことになった。
 結局、
 キューバ島を荒廃させ、全滅させてしまった。
 総督は、無慈悲で無分別で、
 (今さら、インディオたちが死んでしまった後、こんな
ことを言ったって、この聖職者は殺すがままにさせて
いた悪漢)
 彼の行った忌まわしい行為は、それまでのものを
ことごとく凌いでいた。
 (他人に悪さを転嫁するな、誰もいなくなった荒れ地
に教会を建てただろう)。
 金も非常に豊かであった。
 それまでは、地上にそんなにも多くの金があろうとは
思いつかなかった。
 金の在所(ありか)を白状させ、
 数々の新しい虐待や拷問の方法を考え出した。
 (止めろとも言わなかったキリスト教聖職者、今頃、
弁解したって死んでしまったではないか)。
 その聖なる使命をいつもないがしろにしていた。
 (おまえさん、キリスト教聖職者が聖ではないのだ)。
 全世界に行ってすべての人々に福音を述べ伝えよ。
 (福音じゃないよ、殺しに行っただけではないか、総
べてを殺して)
 さもなくば、妻子ともども生命をも失なうことになるで
あろう。
 盗賊と変わらない部下たちを先に派遣し、
 われらは神とローマ教皇、それに、この地の君主
であるカスティーリャの国王についてお前たちに知ら
せにやってきた・・・云々。
 さもなければ、われらが即刻、戦さを仕掛け、お前
たちを殺したり捕えたりすることになると心得よ。
 夜の明けそめる頃、大半が藁造りのインディオ達の
家に火を放った。
 (キリスト教聖職者は止めもしない)、
 殺戮をほしいままにし、彼らに奴隷の焼印を押した。
 火勢が弱まるか、火が消えると、彼らは焼け落ちた
家の中にある金を探しに出かけた。
 官吏たちとて例外ではなかった。
 キリスト教の司教も、その御利益にあずかろうと
側近の者たちを派遣した。
 (ほら見ろ、キリスト教聖職者も欲にまみれた悪漢
だったのだ)。
 数人の無法者の総督が引き続きその地へ赴いた。
 生きのびたインディオ達を暴虐的な奴隷状態へ陥
れ、挙句の果てに殺害した。
 また、彼らは部下たちが同じように振る舞うのを認
めていた。 (キリスト教聖職者も同罪)・馬鹿め。
 (これらの行為はキリスト教の教義から来る行為
です・・・キリスト教はこの様な宗教なのです・・・)

2012年4月15日日曜日

NHKの、まったく私的な『思想操作的』な放送行為について

題:NHKの、まったく私的な『思想操作的』な放送行為について

 NHKは、「頑張るな」というキャンペーン放送を、長期の間、
放送をし続けました。
 そして、NHKは、あらゆるNHKの放送番組でこの主張を企画し
ました。
 NHKがキリスト教に偏することは、ずーっと指摘させて戴いて
まいりましたが、NHKの討論番組においても、NHKが招聘した
国際基督教大学の先生は、NHKの主張とまったく同じ「頑張るな」を
主張し続けました。
 討論番組としては論理の拡がりは全く無く、「頑張るな」を、
ただ教示的に同じ発言を言い続ける討論番組でした。
 この討論番組に出席されていた、当時の文部科学大臣に
『頑張っている方が、社会から感謝され、報われていく社会でなけ
ればならない』との御発言(正論)がありました。

 過去に、キリスト教は、異端審問という死刑にすることができる
制度を使って、思想統制をしました。
 ネオプラトン主義には「人は存在の連鎖を上昇して行くことによ
って神に到達できる」という考え方がありました。
 キリスト教は、「ネオプラトニズムは被造物崇拝につながるもの
であり、多神教に手を貸すということになる」と主張し、キリスト
教会は、ネオプラトニズムを異端として危険視し、取り締まり対象
にしました。

 キリスト教は、神を頂点にして、下位に位置する人間は、神からの
上意を下達してもらい、それで神の意思を窺(うかが)い知るという
宗教です。
 それ故、キリスト教の神には到達できないもの、「隔絶の上に
位置する神」という教義で成立させている教理です。
 人側から言えば、努力しても神へは至れない、故に、常に受動的に
神の意思を知るという行為を続けなければならないという考え方の
宗教です。
 そこで、人は努力しても神に至れない、努力してもしょうがないに
なります。神のみぞ知る、だから、「頑張るな」のキリスト教になり
ます。

 NHKは、このキリスト教の「頑張るな」をキャンペーン放送を
しました。
 社会から重く糾弾されるべきNHKの汚点の1例となっています。
 重大な罪ある放送行為となっています。
 努力すべき行為を否定する主張をキャンペーン放送するという
反社会的行為の1つの例です。
 しかし、NHKは、この重大なこの罪の反省の弁は今だにしていま
せん。それ故勿論、その様な弁も公表していません。
 この様な、思想操作的な、宗教(キリスト教の教義)の洗脳的
放送行為の再発の危険性は残されたままになっています。
 NHKの超強力な放送媒体を使ってこの様な私的な思想(キリスト
教の教義)の洗脳放送行為は厳に二度とさせない体制を作るべき
です。
 NHKは、まったく私的な思想操作放送をし続けています。

2012年4月7日土曜日

TPP : 戦争直後の 日本とアメリカの姿が ダブる

題: TPP :
     戦争直後の日本とアメリカの姿がダブる。

 このTPPの加入の検討に湧く
 『今・現在』と、
 連想される過去の時
     =『第二次世界大戦後の日本』。
 日本がアメリカによって
 占領政策がなされている頃。
 それは、
 「戦勝国(アメリカ)に絶対的に従うという
 従属政権を日本に樹立する」という
 基本的考え方が存在した頃である。

 今・現在、
 アメリカに新しい安定のための
 基本政策がある。
 それに
 日本が協力することを必須としているアメリカ。

 それ故、
 日本がTPPに参加し、
 協力しなければならないと
 している。
 日本のTPPの不参加の選択肢は
 ないとしている。

 日本の不明確さに
 アメリカは苛立(いらだ)っているとのこと。

 (参考)ダブ・る [動ラ五]《名詞「ダブル」の動詞化》 1 二重になる。重複する。同じ物事が二つ重なる。「字が―・って見える」「昨日は会合が二つ―・った」 2 落第して同じ学年を二度する。留年する。「卒業単位が足...
 (参考)いらだつ【苛立つ】 [共通する意味] ★思いどおりにいかないので気持ちがたかぶる。[英] to be irritated[使い方]〔じれる〕(ラ下一)〔苛立つ〕(タ五)〔苛つく〕(カ五)[使い分け]【1】「苛立つ」...
 (参考)キリスト教は、隣国でさえ、(キリスト教の)神の義があればという大義名分を与え、その富を奪いに行く。キリスト教の聖書・申命記をお読みください。