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2015年1月31日土曜日

(増補版)5A:気になった事柄を集めた年表(紀元前200万年~紀元前1万年)

 題:(増補版)5A:気になった事柄を集めた年表(紀元前200万年~紀元前1万年)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
紀元前160万年、人類の先祖は、草原の生活で洗練された
 歩きをした。
  160万年前のホモエレクトス。
   画期的な進化・・言葉が話せる脳の進化である。
  まっすぐ立つことによって、喉の奥に空間が出来、複
 雑な音が出せるようになったからだった。
  脳の拡大は、足や手が発達した後に与えられた。
  木から降りて、猿と違って、二本の足で歩った。
  アファール猿人から400万年が経っていた。
  人類は、またたく間に、地球の隅々に広がって行った。
紀元前150万年、この年から現代までを、新生代第四紀と言
 う。古い順に、洪積世、沖積世。
紀元前150万年~紀元前350万年、新生代、第四紀、洪積世。
紀元前100万年~紀元前200万年、絶滅した猿人の祖先の
 ロブストス猿人やボイセイ猿人が生息した。
紀元前100万年、現代人の祖先のホモ・エレクトス(原人)
 が生息した。
紀元前70万年、ジャワ原人:まっすぐ立って歩く。身長:
 約150センチメートル、脳の大きさ:約900立方センチ。
 ~紀元前50万年まで。
紀元前70万年、ペキン原人:石器や火を使っていた。家族
 で生活をしていた。身長:約150センチメートル、脳の
 大きさ:約1000立方センチ。~紀元前20万年まで。
紀元前50万年、アフリカに50万年前のアトラントロプスに
 至る化石人類が存在する。
紀元前20万年、現生人類が生まれた。
紀元前10万年、現代人が生まれた。生命の発生を1月1日と
 すると人類の誕生は12月31日午後11時47分である。そ
 の時から、脳の大きさは変わってないと言われている。
 新しい進化を人類はしている。
紀元前10万年、ネアンデルタール人が生きた。
  石を叩いたり、削ったりして、尖らせて石槍や石斧を
 作った。
  火も使って、肉を焼いて食べた。
  身長:約170センチメートル、脳の大きさ:約1400立
 方センチ。~紀元前3万5000年まで。
紀元前9万年、9万年前、阿蘇山が大爆発した。20Km
 のカルデラが出来た。溶岩流が山口県まで達した。
紀元前5万7000年~5万年、古生代、カンブリア紀、
  オパビニア(分類不明)、カンブリア紀後期、体長:
 約8センチメートル、5つの目を持ち、象の鼻の様なパイ
 プで獲物を捕らえて食べる。
  ハルキゲニア(分類不明)、カンブリア紀後期、体長:
 約5~25ミリメートル、7対のトゲと7対の歩脚を持ち、
 前後上下が分からない最も奇妙な動物。
  ウィワクシア(分類不明)、カンブリア紀後期、体長:
 約5センチメートル、2列に並んだトゲと硬いウロコで敵
 から身を守っていた。
  アノマロカリス(分類不明)、カンブリア紀後期、体
 長:約60センチメートル、エイのように海中を泳ぎ、エ
 ビのような腕を持つカンブリア紀最大最強の捕食動物。
  アユシュアイア(有爪類?)、カンブリア紀後期、体
 長:約4センチメートル、脚のトゲを使って海綿を傷つけ、
 体の末端にある口でその組織を食べる。
紀元前5万年、オーストラリアに住む先住民族のアボリジニ
 の方々がアジアから海を渡って、オーストラリアに住み
 着いた。
  1998年現在の人口は、約28万人。
  ほとんどが、シドニーなど都市化の進んだ南部に住み、
 都市部のライフスタイルで生活している。
  しかし、中には、中央砂漠や北部海岸にある保護区な
 どで、昔ながらの狩猟採集生活を送る人も居る。
  昔の様な槍やブーメランで獲物を仕留めるわけではない。
  四輪駆動車に乗って、銃でカンガルーなどを獲っている。
  イギリスから白人たちがオーストラリアに来て、あた
 かも動物の狩りをするように殺された先住民・アボリジ
 ニの方々。
  民族絶滅の道を歩んでいる。
紀元前3万5000年、クロマニヨン人:現代人を含む新人類
 で最初に現れた人類。
  精密な道具を作ったり、言葉を話したり、絵を描くこ
 とも出来た。
  身長:約175センチメートル、脳の大きさ:約1450立
 方センチ。~紀元前1万年まで。
紀元前2万年、この頃の人類最古の縫い針がある。
紀元前2万年、フランスの遺跡に、集団で馬を崖下に落とし、
 狩りをしていた。
  集団で複雑な役割分担をし、言葉で情報をやり取りし
 ていた。
紀元前1万7000年~紀元前1万4000年、沖縄県南城市のサ
 キタリ洞遺跡で、旧石器時代の、国内で例のない貝殻で
 作った道具類と人骨片が出土した。
  本土から独立した「貝器文化」の存在が浮かんだ。
  また、DNA分析で、現代の沖縄住民の方々に多い「南
 方系タイプ」と、
  ロシア沿海州の先住民に多い「北方系タイプ」が混在
 していたと判明した。
  沖縄人の方々が、従来、考えられてきたより複雑な出
 自を持つと示唆された。
紀元前1万1600年頃、鳥に歯がなくなった。
紀元前1万5000年、ハルーラ(シリア)で、人類定着の遺
 跡がある。
  これまでは移動の生活であった。
  かまどの跡もある。
  定住の証拠の一つ。
  気候の温暖化が定住に必要であった。
  この頃、雨が多くなった。
  温暖にもなった。
  豊かな食料に恵まれた。
  人口も増大した。
  草原に、森に、豊かな獲物に恵まれた。
  定住の家もあった。
  村も作っていた。
  豊かな実りがあった。
紀元前1万2000年、およそ、地質学上の沖積世(完新世)
 が始まる。
紀元前1万1000年、その時、北米で異変が起きた。
  当時、氷河は後退を続けていた。
  溶け出した水は湖を作った。
  北米大陸の中央に大きな湖が出来た。
  ある日、堰き止めていた氷河が崩れ、湖の水は流れ出
 し、洪水となり、大西洋に流れ出した。
  冷たい水で蓋をされた海によって、気候変動が起きた。
  その証拠が、グリーンランドの氷の中にある。
  1万年前の氷には情報が詰まっている。
  1万1000年前の気温が急に下がり始めている。
  それは、1000年も続いた低温であった。
  豊かな森や草原の実りは無くなった。
  狩猟・採集の生活では支えきれない人口に、当時はな
 っていた。
  危機に直面した人類は、必死に食料を探しただろう。
  人口が増えていたので、事態は緊急であった。
  その時に、人類が集めた種子も見つかっている。
  村の周囲の種子が、食べられるのかを探していたので
 あろう。
  野生の麦も見つかっている。
  シリアの地層の中から、小麦やイネ科の種子が見つか
 っている。
  多くは野生のものであった。
  野生の中には、栽培していたとする花粉も見つかって
 いる。
  寒冷化が食料の危機をもたらし、人類は、やむにやま
 れず農耕を始めたと考えられる。
  シリアの人たちは麦と出会い、栽培して食料としだした。
  食料を作り出した人類。
  最初は小麦を選んだ。
  小麦は、理想的な性質を持っていた。
  それをテストしているフランスの研究所では、10年間
 栽培し実験した。
  野生種は変化が早く起きた。
  殻が剥がれやすくなり、実も2倍と大きくなった。
  石器で出来た鎌も見つかった。
  ヨルダンで発見された鎌は、動物の骨に石の刃を埋め
 込んであり、金属のものと性能は変わらない。
紀元前1万年~紀元前400年頃、日本の縄文時代。偉大なる
 日本、この様に日本の歴史は遡(さかのぼ)る。
紀元前1万年、人類は、シベリアに出て、広がって行った。
  氷河期であった。
  極寒の大地を北へ北へと行った。
  当時のシベリアには、トナカイなどの獲物が居た。
  槍に使われた鋭く尖った石器がある。
  2万年前の最古の縫い針がある。
  極寒の地で生きる知恵を持っていた。
  氷河によって、アジアとアメリカは地続きであった。
  人類は、北米へ発展した。
  気温が、少しづつ上昇していた、氷河が、少しづつ溶
 け出していた。
  草原が、森に代わって行った。
  暖かくなった北米は、獲物に恵まれていた。
  石器は、首筋や肋骨の間などにあった。
  当時の人類が、集団で攻撃した証拠である。
  豊富な獲物を獲り尽くして行った。
  北極圏の獲物をうまく獲った。
  北米のマンモス、バイソン、ナマケモノは、敵を知ら
 なかった。
  人類は、南米大陸にも獲物を追って行った。
  南米パタゴニア草原に、獲物の壁画がある。
  狩猟・採集の生活だと、土地が一人当たり10平方キロ
 メートル必要である。
  当時の人口は500万人だった。
  この方々には、後の時代になって、スペインのキリス
 ト教徒とキリスト教聖職者たちに、絶滅される運命が待
 っている。
紀元前1万年、ヨルダンのペイダ遺跡も同じような農耕の状
 況が見られる。
  1万年前の石臼も見られる。
  パンの製造に欠かせない臼である。
  この後、人類の人口は増加し、5000年前は1億人にな
 っている。
  農業はバイオと同じ知恵が必要。
  パンを焼く。豆を植える。
  輪作の障害防止のため、家畜の糞も利用した。
  ビッグサイエンスであった。
  複雑な社会も生まれて行った。
  エブラ宮殿(シリア)古代都市、20万人の人口。
  市場もあり、周辺の人たちも集まった。
  最古の図書館で、15000枚の陶器の記録が発見された。
  大半が経済のもの。
  小麦で支払った給料。
  金の装飾品。
  文化の芽生えが感じられる。
  農業の発見は、新しい人類の発展をもたらした。
  チグリスユーフラテス、インド、中国でも、農業が発
 展した。
  シリア中部に、1万年前の水車がある。
  巨大な灌漑用の水車。
  灌漑技術の進歩で収穫も増えて行った。
紀元前10000年、キリスト教聖書に系図がある。
  その系図に、人類最初の人が書いてある。
  その人類の初めの人から計算すると1万年となる。
  キリスト教は、人類は1万年前に誕生したとしている。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
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2015年1月30日金曜日

(増補版)4A:気になった事柄を集めた年表(紀元前500万年~紀元前200万年)

 題:(増補版)4A:気になった事柄を集めた年表(紀元前500万年~紀元前200万年)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
紀元前440万年、(朝日新聞、H6/9/22)に「人類最古の
 化石発見、エチオピア、440万年前の猿人」と報道がさ
 れていた。
  エチオピアで、日本・アメリカ・エチオピアなどの研
 究者による共同調査の成果。
  新種の猿人で、名前をアウストラロピテクス・ラミダ
 ス(ラミダス猿人)と名付けられた。
  この発見で、人類の歴史は、従来、考えられて来た事
 より、少なくとも数十万年はさかのぼることになる。
  猿人から、人類の祖先が進化したという過程の新たな
 化石が見つかったという事は、人類の起源と進化を探る
 大きな手掛かりとなりそうだ。
  化石が見つかったのは、アウシュ川中流のアラミス地
 域。
  発掘と調査は、東京大学の諏訪元講師たちのグループ
 が進めた。
  化石は、あごや腕の骨など計17点。
  数キロに渡って、鮮新世(約530万年前~約160万年
 前)の地層から発見された。
  年代測定の結果、約440万年前のものと分かり、これ
 まで見つかっているものの中で、最も古い人類のアファ
 ール猿人の化石より、更に、50万年~100万年近く古い。
  化石には、猿人と類人猿との中間的な要素が多くみら
 れる。
  だが、犬歯や頭骨底部の構造などに猿人の特徴が強く
 表れており、猿人の一種で人類の祖先にあたると判断さ
 れた。
  名前のラミダスは現地語の「根(ルーツ)」を意味す
 る。
  腕や歯の特徴から、森林に近い環境で生活していたと
 考えられるが、足の骨などが見つかっておらず、どんな
 行動をしていたかまでは明らかではない。
  これまでの化石で見つかった最古の人類は、エチオピ
 アやタンザニアから発掘されたアファール猿人(アウス
 トラロピテクス・アファレンシス)だ。
  300万年前~400万年前頃に居たと考えられ、これを
 祖先としてアフリカヌス猿人やエチオピクス猿人などに
 つながったとみられる。
  人類の起源は、最近の遺伝子や化石の形態的な研究か
 ら500万年前頃との見方が強まっていたが、アファール
 猿人以前の人類の祖先を知る具体的な証拠はなかった。
  今回、見つかったラミダス猿人は、正に、このアファ
 ール猿人と人類の起源とのギャップを埋める「ミッシン
 グリンク(失われた環)」だ。
  500万年前からのわずか100万年ほどの間に、類人猿
 から猿人へ、二足歩行への移行を含む大きな変化があっ
 たかどうか、疑問視する見方もある。
  しかし、今回の化石は、中間的な特徴をかなり備えて
 おり、急速な進化を裏付けているようだ。
  「ヒトとサルとの分岐点が、500万年前ごろだったと
 考える上では有力な知見になる」という。
  「これが人類の第1号とは思わないが、見つかった最
 古の人類化石というだけで大きな意味がある」と、人類
 学者の間の評価は高い。
紀元前400万年、人類登場。アウストラロピテクス(猿人・
 エンジン)、現在、認められている最初の人類。身長:
 約125センチメートル、脳の大きさ:約450立方センチ。
  前かがみだが二本足で歩く。~160万年前。前記の朝
 日新聞の報道の通り、人類の歴史はさかのぼった。
紀元前400万年、ダーウィンは、1859年に大論争を巻き起
 こした。
  猿から人へのこの道筋を、彼も示すことが出来なかった。
  猿から人間が生まれたという、この中間の猿を見つけ
 なければ。
  ピテカントロプスと名付けられた。その化石を探そう
 とした。進化論。
  その後、ジャワ原人や北京原人が発見された。
  歯の形は現代人に近かった。
  猿と人との違いは、脳の大きさである。
  仮説を裏付ける化石がイギリスで見つかった。
  ピルトダウン人。猿に近い特徴であったが、脳の大き
 さは人に近かった。
  脳の大きさは、750グラムが猿と人間との境。しかし、
 偽物と分かった。
  人とオランウータンとを組み合わせたものであった。
  アフリカで、その20年後に発見があった。
  カタールという枯れた川と言う土地で発見があった。
  ルーシーと呼ばれた、アファール猿人である。
  450グラムの脳で、猿に近い脳の大きさであった。
  人間に近い二本足で歩く特徴もあった。
  ルーシーの歩き方は骨格から類推した。
  二本足で歩いていたという特徴が発見された。
  骨盤の形が、内蔵の重さを支えるように横に広がって
 いる、チンパンジーでは縦に広がっている。
  大腿骨の形も歩行をしてるという特徴を備えていた。
  二本で歩くという所は現代人と似ているが、脳は小さ
 い、チンパンジーと同じである。
  発達の最初は、二本足で歩くという事から始まった。
  腰が少し曲がっているが、しっかりと二本足で歩いて
 いる。
紀元前350万年、アフリカ大陸で人類が生まれた。
  人間の足跡の350万年前の化石がある。
  立って歩くという事は人間だけの特徴である。
  人は森にすむ猿から発達した。ある時、二本足で立った。
  ホモサピエンスと呼ばれる人間。
  人間の特徴は、言葉を話す、家族を持っている、など
 だが、二本で立って歩くのは最大の特徴である。
  恐竜の仲間のティラノサウルスも二本で立って歩くが、
 背骨をまっすぐにしていない。
  また、前後を天秤の様にバランスを取って歩いている。
  人間の歩き方は非常な特徴がある。バランスを取って
 歩いている最大の特徴であり、いつから歩いたかが最大
 の謎であった。
紀元前340万年~紀元前390万年、これまで見つかってい
 る最も古い人類の先祖=アファール猿人が生息した。
紀元前300万年~紀元前400万年、最古の人類であるエチ
 オピアやタンザニアから発掘されたアファール猿人(ア
 ウストラロピテクス・アファレンシス)。これを先祖と
 してアフリカヌス猿人やエチオピクス猿人などにつなが
 ったとみられる。
紀元前250万年、(朝日新聞、H11/4/23)に、「250万年
 前の人類、道具使い肉食」猿人から、現代人など「ホモ
 属」の人類につながる進化の道筋で、これまでの空白域
 を埋める約250万年前の新種猿人の化石を、日本・アメ
 リカ・エチオピアの研究チームがエチオピアで見つけた。
  23日付の米科学誌サイエンスに発表した。
  一緒に見つかった石器などから、道具を使って肉食を
 した最古の人類とみられている。
  化石が見つかったのは、アディスアベバから約250キ
 ロ北東の乾燥地帯。
  東京大学の諏訪元助教授や、米カリフォルニア大学バ
 ークリー校のティム・ホワイト教授らのチームが、1996
 年~1998年12月にかけて調査と発掘をした。
  6人分の頭部や腕、足の骨が得られ、年代測定で約250
 万年前のものと分かった。
  一部の頭骨と歯の大きさから新種の猿人と判定し、現
 地語の「驚き」を意味するアウストラロピテクス・ガル
 ヒと名付けられた。
  腕の長さは、過去に見つかった猿人に近いが、脚の長
 さは現代人に近かった。
  また、同じ地層から見つかった石器や馬などの骨の状
 態から、この猿人は、石器を使ってこれらの動物の肉を
 そいだり、骨髄を取るなどしたりしていたらしいと分か
 った。
  研究グループは、道具を使って肉食する種としては最
 古とみられるとしている。
  これまで道具を使って肉食をした例としては、約200
 万年前に居たホモ・ハビリスが最も古いとされていた。
  諏訪さんは、「肉食になって栄養状態も良くなり、そ
 の後の脳の発達につながった可能性もある」としている。
  アフリカでは、様々な猿人の化石が見つかっているが、
 300万年前~400万年前に居たと見られえるアファール
 猿人以降に、ホモ・ハビリスなど、ホモ属への枝分かれ
 が始まったとみられている。
  その途中をつなぐものとしては、200万年~300万年
 前に居たとされるアフリカヌス猿人が候補だったが、は
 っきりした証拠はなかった。
  今回の化石は、頭骨や歯の形などがアフリカヌス猿人
 とは異なり、アファール猿人の特徴を残していた。
  諏訪さんは、「今回の化石は、アファール猿人とホモ
 属とをつなぎ、現代人の祖先となり得ることが分かった」
 と話して居る。
  馬場国立科学博物館人類研究部長の話:「猿人からホ
 モ属へ進化する道筋としては、これまでアフリカヌス猿
 人から進化したのか、そうでないのかがあいまいだった
 が、今回の化石でアフリカヌスを経由しないで進化して
 いたことが、かなりはっきりしてきた。我々の祖先に直
 接つながる道筋が明らかになったことは、非常に意義深
 い」。
紀元前200万年、アフリカに、200万年前と思われる頃の
 ホモ・ハビリスから、アウストラロピテクス群、ジンジ
 ャントロプスを経て、50万年前のアトラントロプスに至
 る化石人類が存在する。
紀元前200万年、現代人の祖先のホモ・ハビリスが生息した。
紀元前200万年、人類の先祖が南アフリカの草原に出現する。
紀元前200万年~紀元前1万年、旧石器時代と言い、土器を
 作る知恵を持たない。石器だけの人類の時代。
紀元前200万年、ロブストス猿人が居た。脳の重さは500
 グラム。
  同じ地層から石器が発見された。
  脳が小さな猿人に石器が出来たのか?
  手の構造が石器を作るのを可能にしたのではないか。
  親指の骨が猿と違う。
  親指と人差し指で物を持つことができた。
  アファール猿人の手は、チンパンジーと似ている。
  ロブストス猿人は、器用で石器が作れた。
紀元前200万年~紀元前300万年、現代人の先祖のアフリカ
 ヌス猿人、絶滅したロブストス猿人やボイセイ猿人の祖
 先のエチオピクス猿人が生息した。
紀元前160万年、人類の先祖は、草原の生活で洗練された歩
 きをした。
  160万年前のホモエレクトス。
  画期的な進化が現れた。
  言葉が話せる脳の進化である。
  アファール猿人の場合は、喉の奥が広くなく、音の種
 類が狭かった。
  まっすぐ立つことによって、喉の奥に空間が出来た。
  複雑な音が出せるようになった。
  脳は、足や手が発達した後に与えられた。
  木から降りて、猿と違って、二本の足で歩った。
  2万年前のフランスの遺跡には、集団で馬を崖下に落と
 し、狩りをしていた。
  集団で複雑な役割分担をし、言葉で情報をやり取りした。
  アファール猿人から400万年が経っていた。
  人類は、またたく間に、地球の隅々に広がって行った。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
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(増補版)3A:気になった事柄を集めた年表(紀元前1億2000万年~紀元前500万年)

 題:(増補版)3A:気になった事柄を集めた年表(紀元前1億2000万年~紀元前500万年)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
紀元前1億2000万年、日本で原始的な鳥類の化石が発見さ
 れた。
  福井県立恐竜博物館が発見した。
  全身骨格として国内最古。
  全長60センチメートル。
  翼を広げると1メートルの成体(読売、2015・1・6)
紀元前1億年、テラノサウルスという恐竜は、この白亜紀に
 大いに栄えたが、この後は、急に姿を消した。
紀元前1億年~紀元前1億3600万年、中生代 白亜紀 古白
 亜紀
紀元前9750万年、北海道夕張市の中生代白亜紀の地層から
 見つかった化石が草食恐竜・ノドサウルス科の頭骨の一
 部と歯と分かった。アジアでは初めての発見。
  化石は、露出した白亜紀後期セノマニアン(紀元前
 9750万年頃~紀元前9100万年頃)の地層から発見され
 た。
  推定体長は6~8メートル。
  ノドサウルスの化石は、これまで、北米やヨーロッパ
 で見つかっている。
  アジアでは、近縁のアンキロサウルス科の化石が、中
 国などで多数発見されているが、ノドザウルス科が見つ
 かったのは初めて。
紀元前6500万年、衛星が地球に衝突した。
  恐竜絶滅の原因とされているこの隕石落下は、ユカタ
 ン半島に落ちた隕石とされている。
  その為に気候変動が起きた。
  メキシコのユカタン半島には、直径、約180キロの大
 クレーターが見つかっている。
  巨大隕石が落ちると、舞い上がった大量のチリが天空
 に舞い、太陽光を遮り、また、地表を覆って、気温が急
 激に低下すると言われている。
紀元前6600万年、大型恐竜が絶滅した。300種類以上、居
 ただろうと想像されている(中生代の終わり)。
  哺乳類は、体温が一定で一年中活動ができ、この頃か
 ら動物の王者となる。
紀元前6500万年~紀元前1億3500万年、中生代、白亜紀、
 新白亜紀、哺乳類の先祖が現れた。
紀元前6500万年~紀元前150万年、新生代第三紀(クジラ、
 鳥類、食肉類、サル、ヒト、ウマ、ゾウ、有袋類)。
  古い順に暁新生、始新生、漸新生、中新生、鮮新生と
 いう。
紀元前6500万年、衛星衝突の影響から生き残れたグルガト
 リウス(猿の仲間)は、果物や昆虫を食べていた。
  これが猿の先祖であり、遠い人類の先祖である。
  恐竜の絶滅以後、熱帯雨林が繁殖していた。
  猿もこの森の中に居た。
  森は、豊富な果物に恵まれていた。
  豊かな安全な森の中で猿は種類を増やした。
  人類の先祖につながる猿もこの森で生まれた。
  キリスト教は、突然、アダムと言う男が飛び出してく
 るが、キリスト教の神が創ったと言って、
  そして、そのアダムの体の一部の骨でイブと言う女性
 を、キリスト教の神が創ったと言って作り出すが、こん
 な話は、当然、あり得ない。
  男に従属して創られたというキリスト教女性像は、キ
 リスト教の底流に大きく流れている『女性蔑視観念』。
  それは、地域宗教観に大きく影響を受けている。
紀元前5400万年~紀元前6500万年、新生代、第三紀、暁
 新生、
紀元前5000万年、恐竜も居ない世界、400種の昆虫がいた。
  哺乳類も種類を増やしていた。
  恐竜が居た時は、ひっそりと生きていた生物たちであ
 る。
  リスは、木の実を集め、土に埋める。
  食べられなかった木の実は、春に確実に芽を出す事が
 できる。
  生態系のネットワークが発達した。
  多種多様な生物が森を形成していった。
  木が倒れるとキノコの菌類が生え、それを餌にする虫
 がつく。
  シロアリは、枯れ木のクズを餌にしている。そして、
 肥料化している。
  シロアリは、窒素を取り込んで肥料を作っている。シ
 ロアリの体内のバクテリアの作用である。
  森の肥沃な土地は、小さな生物によって作られている。
  水の循環と関係がある。
  大量の水分が雲を生む。雨を生む。
  植物は、大気の炭酸ガスを吸い、酸素を生む。
  熱帯雨林では、半分の酸素が作られている。地球の生
 命は共生態である。
紀元前5000万年前、この頃、鳥の種類が爆発的に増えた。
  これは、日本を含む世界の20か国が鳥ゲノム分析を4
 年をかけて解読して分かった。
紀元前3700万年~紀元前5400万年、新生代、第三紀、始
 新生、
紀元前2600万年~紀元前3700万年、新生代、第三紀、漸
 新生、
紀元前1800万年、ルシンガ島で、人類の先祖につながる猿
 の手掛かりが発見された。
  1800万年前の骨で、人類につながる猿の骨だった。
  プロコンスルと呼ばれた猿で、指が長く、木をしっか
 り掴んでいた。
  歯にも特徴があった。
  現在、奥歯の奥がふくらんでいる(臼歯)のは類人猿
 と人間だけである。
  この猿は、1日のほとんどを木の上に住んでいた。
紀元前1800万年、400万年前に現代人は生まれていたが、
 プロポンスルは4本足で歩いていた。1800万年前~400
 万年前の間の空白の時間が謎であった。森にその謎を解
 くヒントがあった。
  森には豊富な食料があった。
  1800万年前のプロホンスルは、豊富な果物を食べてい
 ただろう。
  その子孫が、アフリカにいるチンパンジーである。
  遺伝子が人間に一番近く、人間の先祖もチンパンジー
 と同じような生活をしていた。
  ニューヨーク州立大学は、チンパンジーを歩かせ、筋
 肉の使われ方を研究している。
  その結果、二本足歩行で中殿筋が一番使われる事が分
 かった。
  中殿筋は、バランスをとって歩くには大切な筋肉で、
 普通の動作時には、この筋肉は使われていない。
  しかし、木の幹を登る時には、盛んに中殿筋は使われ
 る事が分かった。
  幹をよじ登る時の後ろ足が、体を持ち上げる動作や二
 本足で歩く動作の練習となっていたのである。
  木から木へ移る時は手でぶら下がる、これも背筋が伸
 び、歩く動作に必要な背骨を真っ直ぐにする練習となっ
 ていた。
  森の木の上のプロポンスル、その子孫で次第に大型に
 なったものもあった。
  それが、人類とチンパンジーとの共通の先祖であった。
  では、人類とチンパンジーを分けた出来事とは何か?
紀元前1350万年、西南日本・中央構造線の北側に噴出した
 溶岩で、主に讃岐(香川県坂出市付近)で算出する石。
紀元前700万年~紀元前2600万年、新生代、第三紀、中新
 生、
紀元前500万年、アフリカで人類の先祖が生まれた。
  最初の人類は、猿と同じ能力しか持っていなかった。
  草原に出た人類は、脳を大きくして行った。
  そして、アジア、ヨーロッパ、オセアニアに広がって
 行った。
紀元前500万年、人類とチンパンジーを分けた出来事とは
 何か?
  国立遺伝子学研究所の宝来博士は、遺伝子を調べてい
 る。
  人類とチンパンジーは、490万年前頃に分岐した(誤
 差は20万年)。
  500万年前に分かれたと考えても良い。
  アフリカを襲った大異変があった。
  地下変動である。
  火山は火を噴いた。
  アフリカ大陸の下のマントルが地表を100メートルも
 押し上げた。
  隆起させられた地表は、広大なアフリカ大陸の森の中
 を南北に走り、山脈を形成し、大陸を東西に分けた。
  その東西を分断した山脈は、東西の行き来を出来なく
 した。
  東側の土地は乾燥し、西側の土地には雨が降った。
  東側は草原となって行った。そして、森林は消えて行
 った。
  木の上に居た人類とチンパンジーの共通の先祖は草原
 の生活を強いられた。
  それが『人類への進化』をもたらした。
  東側の地域で化石が発見された。それはラハール猿人
 と呼ばれた。
  発掘された骨と同じ土壌の花粉を分析し、猿人の住ん
 でいた環境を調べてみた。
  草原の植物であるイネ科の植物が発見された。
  ラハール猿人は、草原に住んでいたことが証明された。
  森は次第に消えて行き、草原が開けて行った。
  ラハール猿人は木から降り、だんだん地上で生活する
 ようになって行った。
  豊かな森は消え、ラハール猿人は、小さな森から森へ
 と草原を歩いて渡って行った。
  住み慣れた森から森へ渡るときには、二本足で歩く歩
 行現象が起こった。
  現在のチンパンジーは、西側の大陸の木のある森で生
 活し、そのまま現在まで進化してきた。
  二本足で歩く機能を持ちながら、それを発達させなか
 った。
  草原が無ければ、東側も二本足で歩くことが起こらな
 かったかもしれない。
  森は楽園であったが、その森が無くなった事が二本足
 で歩くきっかけを作った。
  現在の人類は、二本足で歩いているが、猿の特徴をま
 だいっぱい持っている。
  草原は新しい環境であった。
  ラハール猿人は、だんだんその環境に適応していった。
  草原は、森と違って危険がいっぱいあった。
  肉食動物であるヒョウは、木の上に獲物を引っ張り上
 げた。
  そのヒョウの食べ残しがある洞窟の中で、ラハール猿
 人の化石は発見された。
  当時の人類も、ヒョウの餌食になっていたという事で
 ある。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009

2015年1月29日木曜日

(増補版)2A:気になった事柄を集めた年表(紀元前4億年~紀元前1億2000万年)

 題:(増補版)2A:気になった事柄を集めた年表(紀元前4億年~紀元前1億2000万年)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
紀元前4億年、アメリカのデスバレーは、4億年前、大河が
 流れ込む場所だった、
  そこでステラノビスという魚の化石が見つかった、
  鱗のある魚である、
  鱗によって塩分濃度に耐えられる魚である、
  また、ステラノビスは腎臓が発達していた、
  体の中に浸透した水分を体外に腎臓は排出した、
  そして、淡水に住むことができた、
紀元前3億9500万年~紀元前4億4000万年、古生代 ゴト
 ランド紀
紀元前3億9000万年、この頃のケイロビデスという魚は背
 骨があった、
  運動能力が向上した、
  背骨が陸への上陸の役立った、
  骨にはミネラルの貯蔵という役目もあった、
  カルシウムは生命活動に欠かせない栄養素である、
  川のカルシウムは海の10分の1であり、その濃度を補
 充する意味で骨が出来た、
  カルシウムの薄い時は骨からカルシウムを補充した、
  そして、川に住む事ができた、
  ユースノトプレドンはヒレに指を持っている、
  川底は植物が腐って酸素不足になった、
  この魚は空気中の酸素を吸う肺を持っていた、
  イクチオステナは陸への第一歩をしるした魚である、
  そして、声明は空を目指す、
  ドイツに始祖鳥の化石が見つかった、
  爬虫類か?鳥類か?の議論があった、
  羽を持っていた、
  羽はウロコが変わってなったと考えられている、
  始祖鳥は、現在の鳥と同様の完成された羽を持っていた、
紀元前3億6000万年、やがて、その植物も10メートルを越
 えるようになった、
  昆虫たちも陸に進出していった、
  みどり豊かな環境になった、
  脊椎動物も、その豊かな環境の中に生まれた、
  様々な生物が生まれた、
紀元前3億5000万年~4億年、デボン紀、陸に植物が繁った、
  水が減って陸が広がる、
  魚類の中には陸で空気を呼吸するものが現れた、
  その中から両生類が進化して分かれ、石炭紀頃(紀元
 前3億5000万年~紀元前2億7000万年)から栄えた、
  石炭紀になると気温が高く、温度も高くなった、
  それにつれて大きなシダ植物の大森林が出来た、
紀元前3億5000万年、マグマでオレンジの地球が最初であ
 った、灼熱の炭酸ガスに包まれたせかいだった、温室効
 果も弱まり、紀元前3億5000万年前に現在と同様な大気
 の環境になった、
紀元前3億4500万年~3億9500万年、古生代 デボン紀
紀元前3億年、石炭の原料は、この頃の木である、
紀元前2億8000万年~紀元前3億4500万年、古生代 石炭紀
紀元前2億5000万年、この頃まで、大陸は地球の裏でふた
 たび合体した時、地球は温暖な環境であり、陸地には豊
 かな森林があり、多様な生命がいた、
  ふたたび大陸が集まろうとしていた、この頃、生物が
 一掃されるという大変化が起こった、
  原因は、様々な事が考えられる、
  日本の岐阜県の木曽川の河原で、東工大の磯崎教授の
 研究が行われている、
  河原の赤く染まった岩は、この頃の海底の地層である、
  その岩にプランクトンが含まれている、
  酸化鉄が岩を赤く染めている、
  含まれているプランクトンは、0.5ミリぐらいの大き
 さである、
  近くに炭の様に黒い地層もあった、
  そこにはプランクトンが居ない、
  プランクトンがいる赤い地層がその前後にある、
  黒い地層に、何故、プランクトンが居ないのか?
  絶滅したのか?
  その地層だけ居ないのである、
  その原因は、地球のマントルの異常であると考えられ
 ている、
  マントルの落下が起き、その反動でマントルの上昇も
 起こった、
  そして、地表に達し、大爆発が起こった
  粉じんが大気に噴き出された、
  太陽の光が遮られ、光合成が出来なくなり、プランク
 トンが陸や海から居なくなった、
  多くの動植物が絶滅した、
  96パーセントの種が絶滅したと言われている、
紀元前2億3000万年、この頃、大陸は、ふたたび分裂しだ
 した、
  豊かな大地と、また、なって行った、
  これから、1億5000万年の間、続く、温暖な環境の時
 代、大型動物も生まれた、
  翼竜、陸上には恐竜、バロザウルス、豊富な植物によ
 って、この様な生物が生きた、
  生命は、地球と密接にして生き、そして、進化した、
紀元前2億2500万年~紀元前2億8000万年、古生代 二畳紀
紀元前2億2500万年、中生代に入り、爬虫類が増えてくる、
紀元前2億2500万年~紀元前6500万年、中生代と言い、古
 い順に三畳紀(この時代の動物、アンモナイト)、ジュ
 ラ紀(長頭竜、翼竜、始祖鳥、魚竜、昆虫)、古白亜紀
 (カメ、ベビ、恐竜、原始哺乳類、ワニ)、新白亜紀(
 同左)という、
紀元前2億2000万年~紀元前5億7000万年、古生代といい、
 古い順にカンブリア紀(腕足類、甲殻類)、
紀元前2億2000万年、三葉虫、環形動物、オルドビス紀(
 腔腸動物、きょく皮動物、甲冑魚、軟体動物、ウミサソ
 リ)、ゴトランド紀(板皮類、カブトガニ)、デボン紀
 (ウミリンゴ、ヒトデ、クモ形類)、石炭紀(ウミツボ
 ミ、ウミユリ、両生類、サメ、サソリ)、二畳紀(原始
 爬虫類)
紀元前2億年、イチョウが誕生した。
  世界中に分布して行ったが、人が出現するころの大氷
 河時代に絶滅寸前まで行った。
  なんとか中国南部の谷間で生き延びた。
  イチョウは、恐竜が絶滅するほどの窮地を耐えた。
  1000年ほど前から、人による栽培が始まった。
  中国から朝鮮を経て、日本に入ると、長崎の出島でオ
 ランダ人の手に渡り、一度、絶えていたヨーロッパへ渡
 った。
  そして、世界各地へと広まって行き、復活した。
紀元前1億9500万年~紀元前2億2500万年、中生代 三畳紀
紀元前1億8000万年、ジュラ紀、爬虫類の中でも大型の恐
 竜が現れて栄えた、
紀元前1億6000万年~紀元前1億4000万年~紀元前9600万
 年(白亜紀前期)、恐竜の卵管の化石や哺乳動物を飲み
 込んだ恐竜、さらに羽毛の痕跡らしいものがある恐竜な
 ど200以上の化石が中国東北部で発見されたと、米国・
 ドイツの古生物学者が発表した、
  恐竜の生活環境や恐竜と鳥類とのつながりを解くカギ
 になると注目されている、
  発掘場所は、中国遼寧省の北部、
  恐竜の卵管の化石が卵が入った状態で見つかったほか、
 食べたばかりとみられる哺乳動物の約2.5センチのあごの
 骨を含む恐竜の化石が発見された、
  さらに、背骨に沿う形で羽毛か毛の痕跡とみられる黒
 い線が走っている恐竜の化石も見つかった、
  鳥類が恐竜から進化したことを裏付けるものとみられ
 ている、いずれも、シノサウロプテリクス(中華恐竜)
 の化石だった、
紀元前1億3600万年~紀元前1億9500万年、中生代 ジュ
 ラ紀
紀元前1億3000万年、鳥類の祖先が地球上に現れる、
紀元前1億2000万年、日本の領土の南鳥島は、この頃、南
 太平洋のタヒチ島の近くにあった。
   南鳥島は、太平洋プレートと呼ばれる巨大な岩盤に
 乗って、北西へ年間10センチメートルというスピードで
 動き、現在の位置となった。
  タヒチ島の東3500キロにある東太平洋海膨(かいぼう)
 という海底山脈から噴出する熱水から出た鉄やマンガン
 に、海水中のレア・アースが吸着し、海底にあるアパタ
 イトなどと結合し、堆積して、レア・アース泥の資源の
 層ができた。
..
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(増補版)1A:気になった事柄を集めた年表(紀元前380億年~紀元前4億年)

 題:(増補版)1A:気になった事柄を集めた年表(紀元前380億年~紀元前4億年)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 気になった事柄を、年代順に並べていたら、以下の様な、
年表が出来上がりました。これは増補版です。
 第二次世界大戦前の、アメリカの対日感情は、どうなの
かなどなどを・・お読みください。
 [内容]:::
紀元前380億年~紀元前100億年、宇宙の始まりと言われて
 いる各説の範囲。
  ビックバン理論(ビックバン仮説)は、「宇宙の始まり
 には爆発があったとする説。故に、爆発はあり得ない過程
 かもしれないが、最初に爆発があって宇宙が膨張し始めて、
 現在に至っているのだろうとする説」。
 そして、その経過は、「ハッブルの法則」に従った膨張だ
 と仮定する。それだと、始まった時点は138億年前となる。
  キリスト教は、この説が生まれた時にこの説に乗っかっ
 た。この時に、キリスト教の神の創造神が創造したのだと。
  宇宙の始まりには、いろいろな説があり、膨張と収縮が
 繰り返えされているという説などがある。
  また、急にはビックバンには至らないという、ビックバ
 ンに至るまでの前の時間があるという科学的裏付けを説く
 研究者も居る。
  因みに、仏教は「無始無終」。
紀元前46億5000年、月探査船アポロが持ち帰った月の石を
 調べた結果、月が出来た時と判定された年。
紀元前46億年、太陽の周りにはガスがあった。やがて冷え、
 塊が合体して行った。
  原始の地球に隕石が落ちた。
  その隕石こそ生命の原料、起源である。
紀元前46億年、沢山の小さな惑星の衝突で地球が出来た。
  出来たばかりの地球に隕石が盛んに落ちた。
紀元前46億年、地球はマグマの灼熱の世界だった。
  地球は冷えて行くと多量の雨が降った。
  そして、海が出来た。
  厚い雲の下の海は200度。硫酸の溶け込む海だった。
  アカブルコの海で溶岩流の海底がある。煙を吹きだすと
 ころもある。硫化水素も噴出している。
  後の時代に、生命の誕生したところもこの様な環境だっ
 た。科学者が置いた金属の板にバクテリアが付いていた。
 原始の地球に生まれた生命と似ていた。
  地球は、海で冷えて行った。
  大気の炭酸ガスの温室効果で温かく、地表は70度あった。
  このままでは、金星の様な海のない世界になってしまう
 訳であるが、雨が降ったのと同じような重要な事が起こっ
 た。陸の誕生である。
  大気中の炭酸ガスが海に溶け込む作用の助けを陸はした。
  炭酸ガスが少なくなり、温室効果も下がった。陸地はそ
 の様な役目をした。
  陸地は点々と生まれた。
  雨は、カルシウムを海に流し、カルシウムは、炭酸ガス
 と結びつき石灰岩となった。
  大気の炭酸ガスは、次々と石灰岩となって海に取り込ま
 れた。そして雲も晴れて行った。
  厚い雲もなくなって行った。光が差し込みだした。
  ビルバラ地方の岩の中に生命の証拠があった。
  100分の1ミリ、シアノバクテリア、太陽の光の中で生
 きるバクテリアである。
  太陽の光を光合成でエネルギーを得ているバクテリアだ
 った。酸素を吐き出した。
紀元前45億年、地球誕生(科学的推定値:生誕当時の鉛の同
 位元素比を推定し、それから方鉛鉱が生まれるまでに経過
 した時間を計算して求めた年齢)。
40数億年前、生誕後まもない地球では、地表から約400~
 650キロのマグマの海深くに、ぷかぷかとダイヤモンドが
 集まって漂う層が出来ていた。
  東北大学理学研究所は、高温・高圧状態の再現実験から、
 この様な可能性を明らかにした。
  ダイヤモンドは、地球が冷える過程で、炭素が結晶化し
 てできたと考えられている。
紀元前44億年、地球の中が熱くなり、割れ目からマグマが
 噴出した。
紀元前42億年、陸地と大気が出来た。
  まだ、大気の中に酸素は無かった。
紀元前40億年、地球が冷え始めると初めて雨が降った。
  何年も降り続いたという。
紀元前40億年、生命が生まれた。
  その時、地球は灼熱の世界だった。
  その時、一つの細胞が発達しだした。
  これを端緒として、長い歴史が刻まれ、細胞が生まれた
 と言えるのは20億年前である。
  今・現在、多様な生命が居ると言われる、その数、約
 3000万種。
紀元前38億年、川が出来た。
  海に流れ込んで行った。
紀元前36億年、海の中で最初の生物である小さな生物(ラン
 ソウ)が誕生した。~35億年前まで。
紀元前34億年、酸素は、まだほとんど無かった。
紀元前32億年、海の中で沢山のランソウが酸素を作り始めた。
紀元前30億年、生命が発生する。
  地球はすこしずつ穏やかになって行った。
紀元前27億年、潮の満ち引きは、今よりも激しかったらしい。
紀元前27億年、放射性元素崩壊で岩石の年齢を測定すると、
 今、最古の岩石の年齢はこの年。
紀元前26億年~紀元前27億年、カナダ楯状地の造山運動が
 あった。
紀元前25億年、オーストラリアのビルバラ地方の鉄鉱石の
 年齢。
紀元前22億年、海の中で、今の鉄の元になる物が積もって行
 った。
  酸素は、海から大気の中まで増えて行った。
紀元前20億年、細胞が生まれた。
  細胞の中央の核とミトコンドリア。この両方は別の生物
 であった。
  20億年前、酸素はそれまでの生物には猛毒であった。
  それから酸素に溶け込んでエネルギーに変える生物もあ
 った。
  2つの生態系に変化があった。敵対していた両者は合体
 した。突然の合体だった。
  ミトコンドリアは、エネルギーを作る生物で、合体した
 核によってミトコンドリアは安定した環境を得た。
  植物は、恐竜に食べられていた。
  しかし、森の片隅で昆虫と植物との関係が芽生えた。
  その植物の革命は、花の誕生だった。
  雪の様に舞う花粉。
  コガネムシの足の花粉が次の植物へ運ばれ、種ができ生
 殖できる様になった。
  植物に昆虫を呼ぶ花が出来た。被子植物の誕生である。
  蜜も作りハチや蝶を呼んだ。
  昆虫の種類も爆発的に増えた。花の種類も増えた。
紀元前17億年、カナダ楯状地の造山運動があった。
紀元前16億年、酸素が大気中にどんどん増えた。
 大地が真っ赤になった。
紀元前14億年、カナダ楯状地の造山運動があった。
紀元前13億年、地上が氷で覆われる。
  氷河期が繰り返し訪れた。
紀元前10億年、バクテリアやランソウなどが進化して少し
 ずつ複雑になった(そう類、アメーバ、原生動物)。
  ローレンス・スペコフェン造山運動があった。
紀元前10億年、大陸の移動は規則的に動いている。
  10億年前に移動しだした。
紀元前10億年以前、太古代、始生代、先カンブリア紀、
紀元前7億5000万年、大気中の酸素濃度が増えた。
  地球上の大大陸は、やがて分裂していった。
  分裂した大陸の間に浅い海が広がって行った。
紀元前6億年~紀元前8億年、アルゴマン・カレリア造山運
 動があった。
紀元前6億年、複雑な生物が現れる。
  殻を持った動物が急に栄えだす。(カイメン、ゴカイ、
 ウミユリ、貝、ウミサソリ)。
  この年代以前を古生代(カンブリア紀)という。
  これ以降を先カンブリア時代という。
紀元前5億7000万年、この年以前を太古代(先カンブリア紀)、
 この時代の生物(原生動物、海綿動物)。
紀元前5億5000万年、生物の進化をもとにして、詳しい地史
 を編む事が出来る年はこの年。
紀元前5億3000万年、カナダ西部のロッキー山脈の化石が
 5億3000万年前のカンブリア紀と判明、 
  この頃、生物は1万種に増えた。
  オパビニア、デチノミスクスは、口と肛門が隣り合わ
 せについている動物、
  オドビイルス、アノマロカロスは肉食である、
  肉食動物の出現で生物は多様化した。
  オットイアは土の中に隠れた。
  生命の多様化、ピカイアは脊椎動物につながる生物で
 ある、
紀元前5億年、生命(呼吸動物)の誕生、
  植物(6~4億年前)も増大し、大気中の酸素も増え、
 その生命の一部は陸へ上陸し始める。
  世界中に海が広がり、生物も増えた。
  三葉虫など節足動物が現れた、~4億年前まで、
紀元前5億年、そして、哺乳動物か生まれた。
紀元前5億年、地球の変動は多彩な状態を造った、
  5億年前、また大陸が合体しだした、
  大量の雨が流れを造った、川という環境が出来た、
  生き物は、その中にも進出した、
  新しい魚もできた、
  カンブリアの生命は淡水の環境にも生きて行った、
  しかし、陸は荒涼とした大地であった、
  太陽の紫外線があった、
  オゾン層が出来た、
  地球を包み、紫外線を遮断した、
  それで、植物が出来るようになった、
紀元前5億年~5億7000万年、古生代、カンブリア紀
紀元前4億6000万年、海から川へそして陸へ、生命は進出
 した、
  4億6000万年前にオウム貝の先祖の貝がいた、
  魚もいた、その魚はオウム貝の餌食だった、
  魚は川へ逃げた、
  川は、容易に移り住む事が出来る所でなかった、
  海水と淡水という塩分濃度の違いが最大の障害であった、
紀元前4億5000万年、初めて、魚が現れた、
紀元前4億4000万年~5億年、古生代 オルドビス紀
紀元前4億年、植物が陸に現れる、
  魚から両生類へ、
  カブトウオ類が栄え、クラドセラケなどの軟骨魚類も現
 れた、
  ~両生類から爬虫類へ ~恐竜が繁栄 ~哺乳類へ、
紀元前4億年、アメリカのデスバレーは、4億年前、大河が流
 れ込む場所だった、
  そこでステラノビスという魚の化石が見つかった、
  鱗のある魚である、
  鱗によって塩分濃度に耐えられる魚である、
  また、ステラノビスは腎臓が発達していた、
  体の中に浸透した水分を体外に腎臓は排出した、
  そして、淡水に住むことができた、
..
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2015年1月28日水曜日

(その42)安倍総理は、今、『自由と繁栄の弧』という明確な目的意識を持った外交を着々とやられている・・

題:(その42)性善説の日本人には、性悪説のキリスト教の様な、悪い人は虐殺しても自由、墓を暴いても自由なんていう発想はない・・ロシア人も性善説で日本人に似ている・・ロシア人も日本人も、個人主義ではなくて集団思考・・自分だけ儲かればよいという思考ではない、利他主義・・キリスト教聖書には、困ったならば、選民思想の我々には神の義があるからと言って、隣国の富を奪う事を正義としている、これが聖書に書いてあり、これを洗脳している、まったくの個人主義・・なでしこジャパンの優勝も、集団主義の利他主義のチーム力があったから、個人の力を倍する力があったから・・過去の日本式経営もこうだったが、今、忘れ去られている・・安倍総理は、今、『自由と繁栄の弧』という明確な目的意識を持った外交を着々とやられている・・ロシアが大賛成してくれた、ロシアの姿勢に合うと・・中国はグローバリズムに組して、一部の者が利益を独占している、想像を絶する資産が外国に隠されている、習近平さんが、その大問題の中国の腐敗した経済を是正をしようとしている、尖閣なんかを相手にしていられない、反政府デモになり易い今の中国、追い詰められている中国・・ロシアは、グローバリズムに、さんざんやられてコリゴリしている・・急に、世界の工場となった中国も、アメリカの儲けの仕掛けの思惑、そして日本の企業もその思惑に乗っかって中国へ・・日本のメディアは中国の肩を持つ・・「人民は搾取の対象だ」が共産主義国の見方・・
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
You Tubeの題:2/2【馬渕睦夫】グローバリズムの罠 国難の正体 後半 (54分19秒)
https://www.youtube.com/watch?v=d9BwAEI82Fw&list=PL1WW2onRUfalYgXJescddoDsEbZBiTN6v&index=2
2013/08/06 に公開
講師:馬渕 睦夫 氏(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)
演題:グローバリズムの罠 国難の正体
日時:平成25年7月28日(日)午後2時?
会場:栃木県護国神社 護国会館
.
内容:(タイム44:45)
(馬淵氏):だから、私は、もう、ロシア正教ってのは、
キリスト教じゃないと思っているぐらいですね、
 ロシア教でいいと思う、
 日本人も性善説ですね、
 人間は、良きもので、良き存在ですよね、
 絶対に、日本人は、100パーセント悪人は居ない、
 村八分ですからね、
 八分でしか、やっぱり、どんな極悪人でも、2分は取っ
ておく訳ですね、
 ご承知の様に、火事とお葬式の場合は、極悪人でも、協
力してあげるっていうね、
 日本人は、(性悪説のキリスト教の様な)悪い人は虐殺
しても自由、しかも、墓を暴(あば)いても自由なんて、
そういう発想はない、
 ぜいぜい、と言ったら語弊がありますが、村八分までし
かない、
 日本人は性善説なんです、この点もロシア人と似ている、
 で、最後に同じ、先ほど申し上げましたが、
 実は、ロシア人も日本人も、個人主義ではなくて、集団
思考なんです、どちらかと言うと、
 プーチン自身も、その事を言ってますが、
 どうも、ロシア人というのは個人主義には合わないって
言っている、
 集団主義と言っても別にね、北朝鮮の軍隊みたいに、あ
んな行動をする事じゃない、
 全体の一部である事によって、自分が、安心を得られる
という思想なんです、
 だから、その全体が、その全体を束ねるのが、神であっ
たり、独裁者であったりするんですが、ロシアの場合、
 集団主義とは、そういうものだと言っているんですね、
 日本のチーム力と言うのも、あのー、似てますよね、
 集団の中にあって、日本は力を発揮できるって、と言う
事ですね、
 それは、何故、発揮できるかと言うと、答えは簡単なん
ですが、
 それは、利他主義だからですね、
 自分の事だけを考えると、やっぱり、ここまでしが力が
でないけども、他の事を考えると、もっと出るんですね、
 これは、そういう法則なんですね、法則としか言いよう
がない、そういうものだと思います、
 だから、日本は、なでしこジャパンは、ワールドカップ
に優勝できたんですよ、
 個人的な力量は、劣ったと思いますね、
 だから、11人の選手、全部、足したものは、アメリカの
11人の選手を足したものには、弱かったかもしれないけれど、
 チームとしては、アメリカを凌駕(りょうが)しちゃっ
たわけですね、
 これが、日本のチーム力だと思います、
 同じ事が、日本の会社にも言えたんですね、過去は、
 日本式経営と言うのは、単に、日本の労働力の総和だけ
ではない、もっと上のものが出たんです、
 それを、いま、日本が、忘れているという気がしました、
 だから、最後に、一言だけ申し上げますが、
 そういう意味では、私は、安倍さんの訪ロというのは、
非常に大きな、日本外交を画する様な大きな出来事であっ
たと思います、
 えー、それは、安倍総理が、一つの、明確な問題意識を
持って、行かれたからだと感じておりますが、
 まだ、表には出て来て居りませんが、
 今度も、ASEAN(アセアン)も回られましたね、
 何をやって居られるのかと言うとね、
 丁度、私が、ウクライナの大使をしている時に打ち上げ
られた、『自由と繁栄の弧』という構想があるんです、
 ここに詳しく書きましたが、それを、やって、居られる
のですよ、実は、
 そうとは、おっしゃいませんよ、そういう言葉を使って
居られませんが、
 安倍さんは、その、この重要な国を、ずーっと回って居
られる、
 それは、中国の周りの国、中国包囲網じゃないですが、
 えー、外堀を、ぱっぱっぱと埋めて回って居られる、
 で、当初、この自由と繁栄の弧という、弧というのは、
この弧ですが(手を丸く示す)、ユーラシア大陸の外縁に
沿った弧ですね、
 その自由と繁栄の弧と言うのは、ロシアが入っていなか
った、
 ロシアが、こりゃなんだと言って、大分、最初は、疑心
暗鬼だった、
 で、その時に、あのー、私も、その一翼を担ったんですが、
 その当時の外務次官の谷内正太郎というのが居ましてね、
彼とも相談して、彼が、ウクライナに行った時も、相談して、
 彼が、音頭をとって、麻生総理の構想という事で、打ち
上げたんですが、
 ロシアは、最初、すごく警戒してた、
 それで、谷内外務次官が、訪ロした時に、
 当時、ラブロフという外務大臣ですよ、
 まあ、表敬訪問というのは、よくやるんですがね、一つ
ランクの上の人に、挨拶だけ、
 表敬訪問のつもりが、何と、実質会談が、1時間半になっ
てしまった、
 それは、何を話したかというと、私も、その一部しか知
りませんが、自由と繁栄の弧を話している、
 で、ロシアは、今、自由と繁栄の弧というのは、正に、
ロシアの利益になると分かったんですね、
 中国は、ずーっと警戒してますが、ある意味で、それは、
正しいんですが、
 別に、それは、中国包囲網じゃないんです、中国の、や
っぱり、今の姿勢というのが合わないからです、日本の外
交とね、
 でも、ロシアの姿勢というのは、合うんです、
 元に戻りますが、これで、結論にしますが、
 中国のグローバリズムに組しているんですよ、最初に申
し上げました様に、
 中国共産党エリートは、あるいは、中国人民解放軍の軍
管区のエリートは、ウォールストリートなんかと組んで、
ビジネスやっている訳です、がっちりと、
 それが、いつまで続くか?
 そういう発想は、日本にはなじまないし、ロシアにもな
じまない、実は、
 もう、ロシアは、いやと言うほど、ウォールストリート
のやり方には懲りている、
 ロシアの富を、全部、奪うやり方、全部と言ったら、ち
ょっと言い過ぎですね、
 だけども、ロシアの富を奪っちゃうやり方、民営化、
 で、そんな民間経済になってもない様なロシアに、突然、
民営化しろなんて言われたって、どうなりますか、
 全部、一部の人が富を独占しちゃったですよね、
 ところが、中国の場合は、何故、それを、アメリカが、
やらなかったかと言うと、中国には天然資源が無かったか
らですよ、私に言わしてみればね、
 何も、中国が偉大だった訳でも、何でもない、
 天然資源が無かったから、
 じゃ、中国から、どの様にして富を収奪するか、悪い言
葉ですが、金儲けするかと、
 中国の安い労働力を利用しよう、
 だから、キッシンジャーが、鄧小平と組んで、アメリカ
の製造業を中国に移した訳です、
 それだけなら、まだ、良かったんですが、
 日本もやれって言われて、日本も行ちゃった訳です、
 だから、突然、中国は、世界の工場になりましたけど、
 あれは、中国の経済じゃないんです、
 だから、私は、そういう意味では、中国国民には同情し
てますよ、
 一握りのエリートだけが儲けて、自分たちは資産を外国
に送ったり、隠している訳でしょ、
 もう、想像を絶する資産ですよ、
 だから、今、習近平さんも、とんでもない、尖閣なんて
相手に出来ない、
 どの様にして、この中国の腐敗した経済を少しでも是正
するか、
 それが最大の問題です。
 中国、静かにしているでしょ、今、
 で、今度、もし、何でもいいですよ、尖閣で、私は、安
倍総理が、そんな挑発的な行動をされるとは思いませんし、
そういう事はないですけどね、
 何かを、機会にとられて、中国のほうが、半日デモを仕
掛けようとしても、仕掛けられない、
 仕掛けたら反政府デモになるからですよ、
 この前は、なりかけちゃったですね、この前、1年前、な
りかけたですね、あのー、(尖閣を)国有化した時にね、
 だから、日本のメディアは、嘘ばっかりついている訳で
すよ、
 いやー、中国を怒らせちゃいけないとかね、
 中国が、あんなに言うからテーブルに着くべきだとかね、
 外務省の有名な某先輩も、そういう事を言ってますわな、
 だけどもね、そうじゃない、
 中国は、もう、反日デモは出来ない、
 やったら、反中国共産党デモになる、
 極論すれば、天安門が占拠される危険すらあると、私は
思います、
 そこまで、追い詰められているんだと思いますね、
 えー、そういう事で、私は、あのー、中国は嫌いじゃな
いんですが、
 中国共産党は嫌いです、共産主義は嫌い、
 中国のエリートは、平気で、中国の民衆を搾取する、
 共産主義、人民の味方なんて、関係ないですよ、
 「人民は、搾取する対象だ」というのが共産主義国です、
 これは、是非、日本の共産党にも理解して戴きたいと思
いました、
 一応、これで、今日のお話を終わりたいと思いますが、
 あのー、今日は2時間という事でしたので、これで終わ
りますので、後は、司会者の方にお任せしますが、あのー、
リラックスした形で、茶話会の様な形で、ご質問っていう
か、自由な意見交換をさして戴いてもいいと思いますが、
これで、一旦、お話は終わらせて戴きます、今日は、あり
がとうございました。(完)
 (タイム53:47)
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
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2015年1月26日月曜日

(その41)ロシアにとって大事な安全保障のこの要望に応えられれば北方領土は帰って来る、北方領土が解決できて、平和条約が締結されればヤルタ体制は終わる・・

題:(その41)タイのバーツもヘッジファンドにやられた・・タイもグローバル化に悩んでいる、伝統的価値観を大切にしたいと言っている・・日本に両立する秘訣を聞いて来ている・・タイ以外のその他の国も悩んでいる、そして中国も悩んでいるはず、全世界の国々が悩んでいる・・その悩みを明確に言って来たのがロシアのプーチンさん、そして日本に秘訣を学びたいと・・ロシアにとって大事な安全保障のこの要望に応えられれば北方領土は帰って来る・・ロシアはすでにアメリカで失敗している、アメリカ資本が上陸してくるだけ・・アメリカ財閥がロシア国民の富を簒奪しただけ・・北方領土が解決できて、平和条約が締結されればヤルタ体制は終わる・・ロシアの国民性と日本の国民性は似ている、国土観、宗教観も同じ・・ロシア正教は性善説でキリスト教とま反対・・ロシア正教はキリスト教ではない、ロシア教と言うべき・・日本人も、人間は良きもので良き存在の性善説・・
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
You Tubeの題:2/2【馬渕睦夫】グローバリズムの罠 国難の正体 後半 (54分19秒)
https://www.youtube.com/watch?v=d9BwAEI82Fw&list=PL1WW2onRUfalYgXJescddoDsEbZBiTN6v&index=2
2013/08/06 に公開
講師:馬渕 睦夫 氏(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)
演題:グローバリズムの罠 国難の正体
日時:平成25年7月28日(日)午後2時?
会場:栃木県護国神社 護国会館
.
内容:(タイム36:47)
(馬淵氏): 日本が、正に、明治維新以来、この両立を
図って来た、両立に苦心して、まあ一応、成功した、
 その、明治維新以来、欧米近代化をやりましたけれども、
 同時に、日本の伝統文化も守って来た。
 これは、我々にとっては、普通の事で、何でもない、当
然だと、思うかもしれませんが、世界にとっては、大変な
事なんです。
 私は、タイにも勤務しましたが、タイの人が、いつも、
言っている、タイにもバーツ危機がありましたね、
 で、ヘッジファンドにやられましたが、
 自分たちも、欧米の近代化と言いますか、ある意味での
グローバル化が必要なことは、十分、分かっている、
 しかし、自分たちは、やっぱり、仏教を信仰する、そう
いう伝統的な価値観を大切にしたいんだと、
 日本は、この二つを、どの様に両立して発展したんですか、
 その両立の秘訣を教えてくださいと・・言うんですよ、
 これを、教えてあげなきゃいけない、日本は、
 その両立の秘訣は、先ほど申し上げましたけれども、土
着化する力と言うか、外来のものを、日本の国状に合うよ
うに、作り替えて、日本的なものにしてしまうと、
 そういう力だと思うんですね、
 だから、タイも、今だに、まだ揉めてますわな、
 その他の国も、多かれ少なかれそうです、
 完全に、もう、アメリカ化というか、欧米化でいいと、
もう、開き直る国は別として、
 総ての国が、ヨーロッパとアメリカを除いた、すべての
国が、今、悩んでいる事、
 それは、中国も含めて悩んでいるはずなんです、
 中国では、表向きは言いませんけれどね、
 それを、明確に、日本にメッセージで示してくれている
のが、プーチンさんなんです、
 だから、プーチンは、どうしても二つを両立させたい、
 その秘訣を、日本に学びたいと言っているんですよ、
 だから、それに対して、阿部さんが、その秘訣はこうだ
と、いう風に答えられれば、プーチンさんは北方領土を返
してくれますよ、
 それは、何故かと言うと、北方領土は、ロシアの安全保
障には役立たないから、
 ロシアにとっての安全保障、ロシアという国家をまとめ
る事、
 つまり、安全保障が、ロシアの指導者にとっては、最大
の関心ごとですね、
 そしたら、今、ロシアの安全保障をどういう風に達成し
ようかと、プーチンさんが考えているかと言うと、それは、
ロシア型の近代産業国家なんです、
 どういう事かと言うと、ロシアの今の経済は、ほとんど、
50パーセント以上、GDPの、資源輸出で成り立っている、
 サウジアラビアと似ている訳ですね、
 つまり、資源だけ輸出して外貨を稼ぐ、
 それでは、天然資源の国際価格が上下したら、それによ
って、当然のこと、ロシアのGDPも上下する訳、
 そんな脆弱な経済も、是非、もっと安定的な、経済に変
えたいという事、
 その為には、ロシア式の産業国家、メイド・イン・ロシ
アの製品を世界に輸出できるようにならなきゃならない、
 その知恵を、日本に学びたいと言うんです、
 アメリカに学んでも駄目なんです、
 アメリカに学んだら、そりゃ、もう、すでに失敗した訳
ですね、エリツィン時代に、
 数人の経済財閥が出来て、オルガルヒといいますが、
 そういう人たちが、アメリカの財閥と組んで、ロシア国
民の富を簒奪(さんだつ)しようとしたわけです、
 だから、プーチンさんが怒って、ホドロコフスキーを牢
屋にぶち込んじゃった訳ですね、
 ホドロコフスキーって、石油の大手だったんですが、
 それが、ニクソン・モービルと組んでロシアの石油を売
り渡そうと、
 まあ、悪く言えば、売り渡そうとした訳です、
 それに、待ったを掛けたのが、プーチンさんなんですね、
 だから、メイド・イン・ロシアが、世界に通用するよう
なメイド・イン・ロシア、
 あのー、製品を作りたい、
 それには、ただ、アメリカの言っているようなグローバ
リズム、グローバル化した経済では駄目なんだ、
 そりゃーできないですよ、アメリカの資本が入って来る
だけですから、
 それじゃだめで、ロシア独自の産業国家を作りたいんだと、
 そのモデルは、日本だと言っているんですよ、
 そこをね、どこまで、阿部さんや、外務省がとらまえたか、
 私も、阿部周辺とか、外務省には、この本を、詳しく書
いてあるんですが、この本を渡しておきましたが、
 どれ程、じつげんしたか分かりませんが、
 そこに、プーチンさんの日本に対する思いがあって、
 もし、北方領土で解決できて、日ロの平和条約が結ばれ
れば、これでヤルタ体制は終わります。
 はっきりと、終わるんです、
 孤立する、孤立するってのは悪いんですが、中国と韓国
は孤立します、
 で、具体的に、日本は、アメリカと、というか、ウォー
ルストリートと、ちゃんと、気脈を通じて、対ロ関係を進
める必要がありますが、
 それはまあ、技術的な事なんで、割愛しますが、
 私は、単に、東アジア秩序が変わると言った、そういう
権力政治的観点だけから、あのー、ロシアと関係強化すべ
きだと言ってんじゃないんですね、
 あのー、先ほど申し上げました様に、グローバリズムに
対抗しているロシアという観点もあり、
 しかも、それは、何故、ロシアが、グローバリズムに対
抗しているかと言うと、
 ロシア人の国民性と言うか、ロシア人の国民性ですね、
一言で言えば、日本人と似ているんです、実はね、皆さん、
ぎょっとされる、あのソ連のイメージがありますから、
 あのシベリア抑留をやったソ連じゃないか、
 満州で暴行の限りを尽くしたソ連兵じゃないか、
 それも、事実なんですが、それは、ソ連なんです、
 で、だからと言って、当時のソ連の、ま、そういう意味
では犯罪が、帳消しになる訳じゃありませんが、
 それは、今後、時間をかけて、日本とロシアとの間で、
検証されなければならないもんだと思いますけどね、
 ロシア人と日本人とは似ているんです、
 そこに書きました、一つは国土観、
 母なる大地という事は聞かれましたね、
 ロシアは、日本の45倍もの広い国ですが、
 やっぱり大地に対して、自分たちの母だと思っている、
 日本は、同じですよ、母だ、つまり神々が生まれた、お
生みになった列島ですよ、日本はね、
 神々の子供なんです、同じ事なんです、
 だから、日本人は、日本列島と言うのは、神と同じで、
同胞意識を持っている訳ですね、
 ロシアも、母なる大地だと言っている、
 自分たちを生んでくれた大地なんです、
 よく言われますが、ロシア人と言うのは、なんやかんや
と言いながらも、やれ独裁国だとか、やれ共産主義時代の
ロシアですら、そうだった、
 ソリズニーツィンというのが、亡命しましたけどね、ア
メリカに、
 で、結局、帰って来ちゃった、
 アメリカじゃ執筆出来ない、本が書けない、
 つまり、インスピレーションが来ないんだと思います、
私は、
 ロシアという大地に居てこそ、初めて書けた話、
 つまり、大地の持つそういう力、
 先ほどの松尾芭蕉のところでも言いましたね、インスピ
レーションの源なんです、日本の自然は、
 ロシアの自然も、ロシア人にとってインスピレーション
の源と、
 宗教観も似ているんです、
 ロシア正教というのは、原罪否定という言い方で、クリ
スチャン以外の方には理解が難しいかもしれませんが、
 性善説なんです、
 ところが、キリスト教と言うのは、クリスチャンの方が
居られたら申し訳ないのですが、
 性悪説ですね、
 原罪を作っている人間は、それを購(あがな)ってくれ
たキリストを信じれば天国に行けるということですが、
 ロシア正教は、どう教えているかと言うと、人間は良き
ものとして神に創られたという教えですよ、
 だから、私は、もうロシア正教はキリスト教じゃないと
思っているぐらいですね、
 ロシア教でいいと思う、
 日本人も性善説ですね、人間は良きもので、良き存在で
すよね、
       (タイム44:45)
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
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(その40)日本の大東亜戦争(第二次世界大戦)には大義があった、それは共産主義・物質主義の阻止だった・・外国に言われて、東京裁判史観を勉強する事ではない・・

題:(その40)見方には様々な見方がある、ある固定的な見方にとらわれるな・・その様な多様な見方・視点を教えてくれる日本の古事記・・日本の大東亜戦争には大義があった、それは共産主義・物質主義の阻止だった・・外国に言われて、東京裁判史観を勉強する事ではない・・世界を物質主義化するのを防ぐ大切さは今でもある・・精神主義だけでも駄目、唯物主義だけでも駄目、日本にはそこの絶妙なバランスが感覚があった・・ごり押しされているグローバリズム・TPPは、奇禍として換骨奪胎して、日本の原理、日本の国体に沿って日本的に作り替えて行く・・その土着化のヒントは日本のそのバランス感覚を取り戻す事・・そして日本型、日本的国民経済を再生する事・・グローバリズムは思想戦、グローバリズム対ナショナリズム・・グローバリズムに抵抗しているのは日本だけでなくロシアもそう・・阿部総理の訪露でガラリと東アジアの力関係が変わった・・アメリカが後ろに居て、そして、日本のマスコミの支援を受けた中国や韓国が焦った・・阿部総理の訪露での合意は相当あった、北方領土も・・日本は、明治維新以来、欧米近代化をやり遂げ、また、伝統文化も守り、両立に苦心し、成功した国、この様な国は世界にとって大変なこと・・
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
You Tubeの題:2/2【馬渕睦夫】グローバリズムの罠 国難の正体 後半 (54分19秒)
https://www.youtube.com/watch?v=d9BwAEI82Fw&list=PL1WW2onRUfalYgXJescddoDsEbZBiTN6v&index=2
2013/08/06 に公開
講師:馬渕 睦夫 氏(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)
演題:グローバリズムの罠 国難の正体
日時:平成25年7月28日(日)午後2時?
会場:栃木県護国神社 護国会館
.
内容:(タイム29:22)
(馬淵氏):つまり、物質的に見れば、肉体が朽ち果てれ
ば、汚いという感情を持ってしまう、
 しかし、それは、物質主義の目から見るからなんです、
 人間の本質というのは、変わってないという所から見れ
ば、見方は変わって来るはず、
 そういう事も教えているのじゃないかと、
 だから、後で、ご承知の様に、伊弉諾(いざなぎ)が禊
(みそぎ)をしますね、
 あれは、死の穢(けが)れの禊と言われていますが、そ
れだけではない、
 物質主義に陥った自分を禊したと、考える事も出来る訳
ですね、
 そういう風に読んで行くと、古事記というのは、実に、
味わいが深いと思います。
 えー、その次の事は申し上げました。大東亜戦争の大義、
 まさに、共産主義、物質主義の権化だからなんです。
 だから、日本は、阻止しなければならなかった、そうい
う大義はあったんです、
 ただ一つ、注意しなければならないのは、当時の政府な
り、軍部が、その大義をどれだけ分かっていたかと言う事、
 そこは、まだ、私たちが、日本人の問題として、歴史を
検証しなきゃならない、
 外国に言われて、東京裁判史観を勉強する事じゃないん
ですね、
 日本人には、大義のある戦争だったんです、
 だけども、本当に、今、申し上げたような、世界が物質
主義化するのを防ぐというその大義を、
 どれだけうまく、当時の政府が、軍部が理解して、体現
出来たかどうかと言うかは、また、別問題なところがある
んで、
 この辺は、私たちも虚心坦懐に、歴史を振り返る必要が
あるという事は、一言、述べさせて戴きたいと思いますね、
 要するに、日本という国は、どういう国かと、次に書き
ました、
 天っ神的世界と、地の神的世界の、地の神的生き方の調
和を地上に実現する事、
 それが、日本国家の使命だ、
 つまり、霊魂、目に見えない価値と、物質、物質と言う
のは損得勘定ですからね、
 これが何円だと、その共存であると、
 どっちかだけに走っちゃダメなんですね、
 精神主義だけでもダメだし、勿論、唯物主義でも駄目だ、
 そこのバランスをどうするかというのが、日本の生き方
であり、
 そこを絶妙に、日本は、そこのバランス感覚があったと、
私は、そういう風に理解しているんですね、
 で、だから、ちょっと、途中を十分説明せずに、申し上
げたんで、分かり難かったかもしれませんが、
 グローバリズムにどう対応するか、TTPも含めて、
 これは、むしろ、今、もう、私が、ここまで来たら、も
う今更、TPP反対と言ってもしょうがないんで、
 むしろ、TPPを奇禍(きか、思いがけないわざわい)と
して、
 如何に、TPPを換骨奪胎(かんこつだったい、先人の詩
や文章などの着想・形式などを借用し、新味を加えて独自
の作品にすること)して、
 日本的な、その、我々が、古事記の昔から伝わっている
日本の根本原理、日本の国体に沿って、
 そのTPPの国難、TPPを、どう日本的に作り替えていくか、
 グローバリズムを、どう、土着化するかという事が、今、
さしあたっての、問題となって来ていると思うんですね、
 その土着化のヒントは、もう、申し上げました、
 つまり、日本のそういうバランス感覚を取り戻す事です
ね、社会、経済活動にね、
 日本型、日本的国民経済を再生する事と申し上げました
が、そういうことです、
 つまり、それは、結局は、現代の思想戦に勝利する事だ
と言いました、
 結局、今の思想戦とは何かというと、グローバリズム対
ナショナリズムの戦いとも言えるんですね、
 グローバリズムも一種の思想戦なんです、
 だから、その末端では、その思想の究極のところが忘れ
られて、
 やれ国際人だとか、やれ地球市民だとか、やれリベラル
だとか、やれ人権だとか、やれフリーセックスだとか、そ
ういう事ばかりが、強調されている、危険がある、
 だけども、その根本を、もう一度、根本を見直して、そ
れを、日本の国体に合った形に作り替えると、
 それが、私の言う「土着化」という意味ですね、
 作り替える云々については、これだけでも一回ぐらい分
の講義になるんですが、
 関心のある方は『感動的な日本の力』の中に日本の力、
伝統的な国難を克服して来た日本の力って事で上げてあり
ますので、読んで戴きたいと思います、
 そして、最後に、究極のウルトラC、
 実は、グローバリズムに抵抗しているのは、日本だけじ
ゃなくて、ロシアがそうなんです、
 ロシアと言うより、プーチン大統領がそうなんです、
 で、そこで、ロシアとの関係強化という事を、最後にあ
げておきます、
 で、この間、阿部総理が訪露されました、
 これは、これで東アジアの秩序と言うか、東アジアの力
関係がガラッと変わりましたね、
 だから、習近平さんも、朴槿恵さんも、焦(あせ)っち
ゃった訳です、
 つまり、ロシアが、今まで東アジアに、ていうか日本に
出て来なかったから、出て来なかったというのはおかしい
ですね、日本との関係が弱かったから、
 つまり、東アジア秩序と言うか、アメリカが後ろに居て、
中国と韓国が、日本に色々いちゃもんをつける、こういう
東アジア秩序が、
 それが、日本のマスコミの支援を得て成り立っていた訳
です、
 ところが、阿部さんが訪露して、プーチンと、私は、相
当な部分を合意されたと思いますね、
 で、あの訪露の記者会見を見てまして、2つの事に気が
付きました、
 一つは、阿部総理は、阿部総理自身の口では、北方領土
という言葉は使われなかった、あえて、
 それは、使わなくても良かったというか、えー、つまり、
プーチンとの間で、何かの合意があったんだと思いますね、
 もう一つは、プーチン大統領の阿部さんを見る目です、
 私なりに解釈すれば、『あー、やっと、来てくれたか』
という感じですよ、あのプーチンさん、
 プーチンが、今、ロシアを、どういう国家にしたいかと
言うと、そこに書いておきました、
 ロシア型の近代産業国家を作りたいんです、
 それを、プーチンは、『新しいロシアの理念』と言って
いるんですね、
 つまり、それは何かというと、これは、プーチンさん自
身の言葉ですが、「全人類的価値と、ロシアの伝統的価値
との有機的結合から生まれる」、
 これは、どういう事かと言いますと、今の言葉で言えば、
例えばグローバリズムですね、
 やれ市場経済だとか、やれ自由と民主主義、やれ人権尊
重、法の支配、そういう全人類的価値と、ロシアの伝統的
価値、スラブ主義ですね、と、有機的に結合させると、
 つまり、ロシアは、グローバリズムを、そのまま受け入
れて、ロシアの近代産業化を達成するんじゃないんだと、
 勿論、グローバリズム、そういう普遍的な価値にも、考
慮は払うけれども、同時に、ロシアの伝統的価値を、その
両立を図ります・・という事なんです、
 じゃ、何故、プーチンが、こういう事を、日本に言って
いるのかというと、
 日本が、正に、明治維新以来、この両立を図って来た、
 両立に苦心して、まあ一応、成功した、
 その、明治維新以来、欧米近代化をやりましたけれども、
 同時に、日本の伝統文化も守って来た。
 これは、我々にとっては、普通の事、何でもない、当然
だと、思うかもしれませんが、世界にとっては、大変な事
なんです。
 (タイム36:47)
..
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