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2014年1月27日月曜日

TPP、日本の農業は潰されるのか?(その4)

 題:TPP、日本の農業は潰されるのか?(その4)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 皆で話し合って改善していった。
 土地改良事業となった。
 皆が得するやり方が確立したかった。
 大きな田へ変えたことだけで『25%のコストダウン』が
図れた。
 堆肥を入れる伝統も受け継いだ。
 土が肥えてこそ、うまい米が出来るのだ・・と。
 化学肥料はダメとした。
 元農家の地元の主婦も、社員として参加してもらった。
 土地を守り、農業を守り、そこの人も守る。
 ただ貸すだけでなく、一緒に見守って貰いたいだった。
 農家の方の声も「安心して任せられる」の評価だった。
 働く女性も、「会社の形態なので、お金が確実にもらえ
るのが有難いです」だった。
 この方式が、今、全国に広がっている。
 国も、担い手の無い田を集積して行こうとなった。
 「人・農地プラン」。
 国からの補助金も出る。
 『農業政策がころころ変わるのが怖い』という声もあっ
た。
 『他から入った人が百姓するのはダメだ』の声もあった。
 TPPのこと。
 何しろ不明なTPPダ・・という声。
 どうなるのだ・・のこえ。
 反対するの声。
 減反見直しの方針が国から出た(減反に国はお金を出さ
ないと変えた)。
 「今、組合は、努力を続けている、がしかし、これでは
行き詰ることになる」の声が。
 『努力している人を困らせる国策』の声が。
 米価を下げる競争と、その努力なのだが、国は、そのと
ころを明確に示していない・・と。
 息子の将来を案じる父と、最近、農業のあとを継いだ息
子・・、この様な父子を、国は見捨てるのか?
 『中国への輸出』も検討し始めた。
 国内は飽和なので、外国へ向かおうとの考えだ。
 40年前からの高畠の有機農法。
 農政が色々と変わって来たが、それらの荒波を何とか乗
り越えてきたが、今回のTPPは、完全に足を救われる様な
ものだの声。
 いままで、何とか乗り越えたが、今回は大き過ぎる・・
と。
 今まで、何とか、国の人たちの食糧を支え、供給して来
てくれた方々、そして、山形県高畠の人たちは、大きな壁・
TPPにぶつかっている。
 国は見放す形にしているが、これで良いのか? 
 国民の大切な、食の問題だ。
 アメリカは、農民に大きな補助金を与えて支えているの
に、日本は逆のことをしようとしている。(完)
.
 この記述は、NHKのEテレ『日本人は何を目指してき
たか?』の番組を参考にしています。
 放送を私なりにメモして書かせて戴いて居ります。
 尚、この番組は、2014・1・25、pm23:00~am0:30に
放送されました。
.
 (参考)しっ‐こく【桎梏】 《「桎」は足かせ、「梏」は
   手かせの意》人の行動を厳しく制限して自由を束縛
   するもの。
 (参考)唐鍬:鍬の一種。長方形の鉄板の一端に刃をつ
   け、他の端に木の柄をはめたもの。開墾や根切りに
   使う。
 (参考)まさかり:木を切ったり、削ったりするための
   刃幅の広い斧(おの) 。
 (参考)減反政策:戦後~1960年代について:戦後は農
   地改革により自作農が大量に発生し、食糧管理法(
   食管法)によって米は政府が全量固定価格で買い上
   げること(政府米)となっていたため、農家は生活
   の安定が保証されたことから、意欲的に生産に取り
   組むようになった。また、肥料の投入や農業機械の
   導入などによる生産技術の向上から生産量が飛躍的
   に増加した。一方で、日本国民の食事の欧風化など
   に伴って、米の消費量は漸減したため、政府が過剰
   な在庫を抱えることとなった。一方で、他の農作物
   が自給率が100%に達しない状況が続いた。元々、
   買取価格よりも売渡価格が安い逆ザヤ制度であった
   ことに加え、過剰となった在庫米を家畜の飼料など
   に処分した結果、歳入が不足し赤字が拡大した。
 (参考)オイルショック、オイル・ショック(和製英語:
   oil + shock)は、1973年と1979年に始まった(ピ
   ークは1980年)、原油の供給逼迫および価格高騰と、
   それによる世界の経済混乱である。石油危機(せき
   ゆきき、英語: oil crisis)または石油ショックとも称
   される。世界同時不況(せかいどうじふきょう)と
   も呼ばれた。
 (参考)地力(ちりょく):その土地が作物を生育させ
   ることのできる能力。土地の生産力。
 (参考)いもち病(稲熱病)とは、イネに発生する主要
   な病気の1つ。単に「いもち」と呼ばれることも多い。
   欧米では、「イネの爆発(Blast of rice)」、「イネ
   の疫病(Rice blight)」などと呼ばれる。
   そもそも、「いもち」という名前が付けられている
   ことから推察できるように、古来から稲に発生する
   定型的な病気であり、最も恐れられてきた。いもち
   が広範囲に発生した圃場では十分な登熟が期待出来
   なくなり、大幅な減収と共に食味の低下を招く。
..
   (詳しくは、以下のブログへ)
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TPP、日本の農業は潰されるのか?(その3)

 題:TPP、日本の農業は潰されるのか?(その3)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 この様な方法による、大量の化学薬剤散布は、危険を感
じさせた。
 『散布されない田圃がない』というくらいに、実際は、
どの田にも薬剤がかかっているという状態だった。
 パイロットに難しい要求をしていることが分かった。
 この空中薬剤散布で、有機農法の米だと言えない状態が
現出した。
 消費者の気持ちは、『農薬がかかったコメでもいい』と
いう消費者はいないというのが実態だった。
 しかし、生産現場の田圃は、実際とは違う状態だった。
 折角、信頼関係が築かれて来た有機米に対する信頼が、
崩れていった。
 研究会が動き出した。
 そして、空中散布の停止の申し入れをした。
 その返事は、『経済的価値を持たせるには空中散布に頼
らざるを得ない』が返事だった。
 視点はまったく違っていた。
 空中散布賛成側は、「しょうがない、一番いいやり方な
のだから」と言った。
 それでなくても、散布するための重い農薬散布ホースを
抱えて散布作業をする状況だった。
 散布作業は重労働だった。
 また、老齢化が、その作業を困難にした。
 また、農作業者が娘さんなどの働き手の場合の問題が、
空中散布に頼らざるを得ないという事情にもあった。
 中には、理解度が低い人もいたけど・・。
 環境汚染は、空中散布だけの問題ではないとの発言もあ
ったり、
 河川の汚染は農薬だけではない、問題は色々あるとの声
もあり、除草剤も汚しているという声もあった。
 その様な河川の水を使ってと、問題をすり替える様な事
もあった。
 議論を続けた。
 有機農法の基本が問われているのだなと思える部分もあ
った。
 消費者が問いたいのもそれではないかという声もあった。
 どういう農法であればいいかを一生懸命、もがき、討論
した。
 消費者の理解を得たいというだけに偏っているのではな
いかの声もあった。
 対立を生む場面もあった。
 でも、空中散布だけは受け入れられなかった。
 空中散布がまだ行われていない地区があった。
 その場所で、除草剤散布を1回だけにするという『減農薬
の農法』を広げたいとした。
 なぜなら、有機農法の広がらない最大の理由が、除草作
業の大変さ、辛さ、重労働さであった。
 なので1回の除草剤散布で、ハードルを低くしたいとの
発想となった。
 空中散布の実施を回避することができた。
 有機農法組合を結成した。
 今までの農業のやり方が180°近く変わった「違う農法」
だった。
 農法の限界に突き当たっていた方々も、組合に参加した。
 地域の農業を守りたいという有志の方々が集まった。
 近隣の山からはミネラル豊富な水が流れ出て、おいしい
コメが育った。
 また、その様な状況になる様に目指した。
 有機肥料も新しいものを開発した。
 技術の改良・開発もした。
 そして、みんなでその益が享受できるようにした。
 組合内で、品質の差が出ないよう、差のないコメが産出
したかった。
 人の考えも確実に変えて行きたかった。
 飽くなき研究もし、研究を続けた。
 浸水も研究した。
 長くて、低温なほど丈夫な苗になるのことも突き止めた。
 雪解け水に20日間、浸した。
 60°Cにもなる堆肥、牛糞など独自の堆肥、それらの研究
した堆肥を、秋に撒いて、豊かな土壌にして行った。
 『全国、米の食味コンクール』で、米のソムリエが判定
する会で、組合員の米が4年連続で優勝した。
 米は、3倍の価格で売れるようになった。
 耕作放棄地が増えているが、実態調査をしてる。
 道路が無いので大型機械が入らない、引き受ける人もな
かなか現れない、それらは色々な課題を抱えていた。
 5%が、高畠地区の耕作放棄地となっていた。
 小曾野塚地区の話。
 ここには高齢化と、後継者が後を継がないという問題が
あった。
 やむを得ず、高齢者が、農業をやっているという現状。
 85%が、後継者が居ないところだった。
 親も継がせたいと言えなかった。
 土地に対する執着はあるが、農業に対する執着はない・
・が、息子の想いだった。
 農協は多額の金を貸していた。
 親が死ぬと多額の借金が残った。
 コメの価格が年々下がっていた。
 この米価低落が問題だった。
 この様な状況の中で、耕作依頼をする農家ばかりが出た。
 株式会社を立ち上げた。
 子供へ継がせるという形から、会社へお願いするという
形へ変わった。
 借金返済問題を解決するために・・。
 優秀な後継者がやれば、継いでいける・・が、この考え
のポイントだった。
 小さな田で、作業効率が悪いところを改善したいがポイ
ントだった。
 皆で話し合って改善していった。(その4へ つづく)
..
   (詳しくは、以下のブログへ)
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TPP、日本の農業は潰されるのか?(その2)

 題:TPP、日本の農業は潰されるのか?(その2)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 最初の1年目は減反ができない、しない人も居た。
 しかし、既に、米は、消費者離れが起きていた。
 コメの消費量は、昭和28年(1953年)がピークだった。
 これにも、アメリカの思惑が働いていた。
 アメリカは余った小麦を日本に売りたかった。
 小麦を消費するよう、パン食を、日本人に慣れて貰おう
という思惑で種々の策が採られた。
 制度的には、日本政府のコメの全量買い取りであった。
 しかし、先に記したアメリカのパン食の事もあり、米の
消費が減り、日本政府が買い取ったコメの在庫は積み上が
った。
 粒状のコメは、粉状のパンより健康的との話もあるが、
 そこでの減反政策であった。
 農家の方々は、政府の農業政策に不信感を抱いた。
 畜産の方向へ向かう方々もいた。
 しかし、5年後(1973年)、オイルショックが襲う。
 大きな壁に当たる。家畜のえさが高騰した。
 輸入品のすべてが、そして、飼料が値上がった。
 牛を売る時は安く、買うものはすべて高かったと、ため
息をつく、当時を思い出しての農家の方だった。
 『牛に万円札を貼って売るような感じだった』と辛い当
時を語った。
 また、殺虫剤の有機銀が問題となった。
 農薬で体を壊す農家の方々が多発した。
 生産性は向上したが、農家の方々の体が壊れたと言われ
た。
 その様な時、「有機農業にするべきだ】との声をあげる
方が現われた。
 今の農業は、「健康を忘れた農業だ」、また「地力を忘
れた農業だ」と説く方だった。
 農家の方々の中にも、「今までは、国に振り回された形
であったが、自主的に、自分たちの考えで働こう」と言う
人たちが現われた。
 視点が変わり、消費者の方々の姿が見えてきた。
 化学肥料を使わず、除草剤も使わなかった。
 しかし、過酷な除草作業が必要となった。
 その行動を見た親たちには、『近代化を、息子たちは否
定している』・・と、映った。
 また、『頭が変になったと思った』と当時を振り返って
語る。
 有機農業を目指す方々に、圧力もかかった。
 村八分状態にもなった。
 有機農業に踏み出すと、雑草がびっくりするぐらい、た
くさん生えた。
 初めは、堆肥(たいひ)が入って無いので、雑草がいっ
ぱい生えるという状態になった。
 結果、その雑草に敗北した。
 雑草にやられた。
 収量は、半作(半分)の散々だった。
 出来るという自信が消失した。
 まず、農家の方は、実りが悪いと駄目となるのだった。
 1年目は、10倍の労力をかけたが、その努力も水泡に帰
した。
 収量は半分の収穫だった。
 2年目は堆肥を多くした。多く入れた。
 3年目にやっと、順調になった。
 しかし、梅雨明けに低温状態に襲われた。
 「やませ」に会った。大冷害だった。
 夏、気温が上がらず、稲の穂は出なかった。
 『いもち病』で田圃(たんぼ)の稲は茶褐色になった。
 しかし、その様な田圃の中に、ポツン・ポツンと緑で実
った田圃があった。
 それが有機の田圃だった。
 有機栽培は、冷害に強いと分かった。
 根が太く長く育っていた。
 また、堆肥が地温を上げ、丈夫に育った。
 複合汚染の取材で、有吉佐和子さんが来た。
 その取材の時に出た農家の方のふとした言葉が、「ミミ
ズの居ない田は、土がかたくなって駄目だ」だった。
 『化学肥料でミミズが死ぬんです』と、取材時に、声と
して聞こえた。
 有機農業の本は売れ、話題になった。
 消費者の方々が、有機米を買いたいと言い出した。
 また、農家の方々を応援しようと、「援農」しようとい
うボランティアの、消費者の方々も出だした。
 ある朝、ご飯のときに、消費者の方が、「朝採り野菜で、
炊きたてご飯、こんな贅沢はありません」と言われた。
 この様な生活は、都会ではできないとの話が出た。
 また、その経験が、かけがえのない体験となって消費者
の方々に印象的に残った。
 おいしい味が脳裏に残った。
 産直の話が広がった。
 自主流通米の話が始まった。
 価格は、消費者と農家とで決めた。
 この頃、農薬の空中散布が始まった。
 農薬の濃度は、『30倍』という高濃度だった。
 動・植物が大量に死んだり、枯れたりした。
 農薬は、住宅地にも飛んで行った。
 畑の作物も枯れるなどという被害が出た。
 田圃に白旗と赤旗を立てて、『散布する』か、『散布し
ない』かの『意思表示』をした。
 その様な形で『散布拒否』を、空中散布のパイロットに
知らせたが、その様な散布はできなかった。難しかった。
 消費者は、不安の声を上げた。
 この様な方法による、大量の化学薬剤散布は、危険を感
じさせた。(その3へ つづく)
..
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TPP、日本の農業は潰されるのか?(その1)

 題:TPP、日本の農業は潰されるのか?(その1)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 生き延びるために重要な食糧。
 国民の重要な・第一の安全保障項目。
 その為に必須の『日本の大切な農業』。
 国民の安全保障の要(かなめ)である。
 今、TPPで、かつてない大きな壁にぶつかっている日本
の『農業』。
 日本の有能な農家の方々が口にもする『大きな壁だ』
という指摘。
 日本の『食の安全保障』が大変な危機に直面している。
 TPPは、日本が望んで参加したわけではない。
 ある小さな国が始めたものに、アメリカが目を付け、参
加し、イニシアチブは何時しかアメリカのものとなり、
 日本は、そのいきさつから参加せざるを得ない『いきさ
つの中』に居る。
 今、秘密会議で進んでいるが、この様な中、NHKは、
第二次世界大戦後の日本の占領政策を行ったGHQの『農
地解放』から農業を考える番組を始めた。
 以下はそれをメモして、小生なりの記述。
 昭和20年、GHQの最高司令官・マッカーサーは、日本
政府にSCAPINー411「農地改革に関する覚書」を送った。
 それには、
 「数世紀にわたる封建的圧制の下、日本農民を奴隷化し
てきた経済的桎梏(しっこく・足かせの事)を打破する」
と言って、指示した。
 まったく、日本人を上から目線で蛮民的に断定している。
 また、奴隷観念を聖書に記して、長い歴史の中、連綿と
伝えてきたキリスト教の教義の見方・有色人種蔑視に感化
され、洗脳されている如くの言い方だ。
 これ以前に、日本政府により国会に提案されていた第一
次農地改革法は、GHQに拒否され、日本政府はGHQの指示
により、より徹底的な第二次農地改革法を作成した。
 そして、同法は1946年(昭和21年)10月に成立した。
 この法律の下に、農地が、政府によって強制的に安値で
買い上げられ、実際に耕作していた小作人に売り渡された。
 そして、その農地に、開田政策がとられ、唐鍬(とうく
わ)やまさかりで、開墾が行われた。 
 まったく、人力に頼る農業だった。
 地域の結びつきの力で田畑が作られていった。
 過酷な重労働だった。
 田に這う作業が人々を苦しめた。
 特に、草取りの四つん這いの作業は過酷だった。
 その労働を支える為の食事・飯は、『いっぱい喰わない
と持たなかった』と農家の方々は言う。
 その体力勝負が、その辛さを表していた。
 子供たちも皆、手伝い、家族総出の農作業の風景だった。
 昭和30年代から、日本は工業化していった。
 年率10%で、国民総生産(GDP)は伸びた。
 その伸びが、労働力を欲した。
 農村の労働力が食われた。
 そして、今も、TPPで農業が餌にされそうになっている。
 しかし、工業の伸びに比して、農業の伸びは少なく問題
となった。
 昭和36年(1961年)、「農業基本法」が制定された。
 農業に関する政策の目標を示す目的があった。
 別名「農業界の憲法」と言われた。
 基本的なものだった。
 補助金が投入された。
 農地は、曲がりくねった小さな田だったが、整然とした
広い田となって行った。
 農機具メーカーは、次々と新しい農機具を作り出した。
 かつて、農家の方々を苦しめた「手作業の労働」は無く
なっていった。
 農家の方々は重労働から解放されていった。
 『化学肥料』や『農薬』も導入された。
 収量も増えていった。
 農家も豊かになって行き、農業機器や化学肥料や農薬を、
農家の方たちは喜んで買い、使った。
 一方、若者達は都市へ向かった。村を離れて行った。
 農業地帯は労働力の供給地であった。
 村に残った人たちも、農機具を買うために、農閑期には
都市へ向かう様になった。
 米どころ山形県高畠町からも900人もの人たちが、都市
へ出稼ぎとして出た。
 工事現場の飯場の寝泊まりとなった。
 寒い風の入る環境だった。
 『人間というより道具のように扱われた』とそのころを
思い出して語る。
 この頃、「村の女は眠れない」という詩集が出た。
 残された女は心で泣いていると詠った。
 若者たちは、嫁がもらえるのか?・・と、その状況を見
ていた。
 青年団活動で生き方の模索もなされた。
 出稼ぎを止めるか?・・と。
 地元で冬場でも働こうと、切り替える人も出始めた。
 出稼ぎを止めた人は、米作りに励んだ。
 収量の多い品種を選んだ。
 しかし、国は、農家の方々の思いと全く逆の方向へ動い
た。
 国はコメの増産から逆転した策を示した。
 昭和45年(1970年)から減反政策が始まった(下記の
参考を参照下さい)。
 農家の方々は「青田刈り」をした。
 せっかく育てた稲を、草を刈る様に、まだ、穂の出ない、
田の稲を草刈り機で刈った。
 『大変なショックを心に受けました』と、農家の方は、
当時を語る。
 そしてまた、『怒り心頭だった』とも言う。
 最初の1年目は減反ができない、しない人も居た。
        (その2へ つづく)
..
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2014年1月24日金曜日

TPPの妥結に備えて・・、

 題:TPPの妥結に備えて・・、
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 TPPの妥結に備えて日本の農業を強化する・・と。
 そのため、まず『補助支援策を止める』・・と。
 新聞報道で日本政府の方針を見た。
 これは正しいか? 
 アメリカは逆である。
 アメリカの農業は、どんどん支援され、その様な支援さ
れた『アメリカ・トウモロコシ農家』が、メキシコ農家を
食って、破産に追い込み、メキシコのトウモロコシは『ア
メリカのトウモロコシに駆逐された』という。
 破産したメキシコ農民は、難民状態になってアメリカに
流入しているという。
 日本もアメリカと同様に、TPPの妥結に備え、日本の
農業を強化するため、ドンドン補助支援しなければならな
いのではないのか? 
 日本は、逆を行っていているのではないのか?
 そして、
 アメリカは、健康保険制度が崩壊してるという。
 アメリカで、入院すると凄まじい医療費を請求されると
いう。
 アメリカの中流家庭(中間所得層)が崩壊して居なくな
った理由がこれだという。
 TPPだ、グローバル化だと、結局、アメリカ方式を押
し付けられて、日本の保険制度が崩壊したら、大変なこと
になる。
 難産で、やむを得ず帝王切開をしたナンシー。
 ナンシーが、最初に聞いた看護師の言葉は、「奥さん、
一人で起きられますか」だった。
 看護師は、非情さからこう言ったのではなかった。
 すべてを知っていた。
 長くいれば居るほど費用がかかることを・・。
 患者が動けるようなら、動ける患者から出来るだけ早く
病室から出して次の患者を入れる。
 回転させるために。
 「出産したその日にですか?回転って、なんですか?」。
 ナンシーは聞いた。
 「難産で帝王切開の出産の私の場合も、日帰りです」と。
 そして、ナンシーは続ける、「入院すると、1日大体40
00ドル~8000ドル(本日、2014・1・23のレートは103.
63であるので約41.5万円~82.9万円)かかるんです。
 今、アメリカの多くの女性は、高すぎる医療費のために
入院出産なんてできません」と。
 また、アメリカには、日本の様な一律42万円の出産育児
一時金制度が無い(下記の参考の日本の場合を参照下さい)。
 すべてが民営化による自己負担。
 入院出産費用のアメリカの相場は、1万5000ドル(155
万円相当)となっている。
 (参考)公正労働省のホームページに、以下の記載があ
  ります。
  「平成23年4月以降も、引き続き、支給額を42万
  円とします。また、直接支払制度を改善し、窓口での
  負担軽減を図ります。直接支払制度の導入による負担
  が大きい小規模施設等においては、新たに受取代理制
  度を利用できます」。
..
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL:http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /

2014年1月22日水曜日

キリスト教のローマ法王が、『キリスト教は改革しなければならない』と表明した。

 題:キリスト教のローマ法王が、『キリスト教は改革し
   なければならない』と表明した。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教のローマ法王が、キリスト教を改革しなけれ
ばならないと表明した。
 キリスト教の、今のローマ法王は、2013年に就任した。
 ローマ法王の名前はフランシスコ(詳細は、下記の参考
を参照下さい)。
 今、法王出身の中南米ですら、キリスト教離れが進行し
ている。
 法王は、それを意識している。
 (法王は、カトリック。南米、中米、そして、北米・メ
キシコなどでインディオスの殺戮をほしいままにしたイエ
ズス会所属)。
 そのキリスト教離れの背景の一端となっているのが、ス
キャンダル続きのバチカンであった。
 その為、法王は、そのバチカンを立て直さなければなら
ないと、まず、考えた。
 そして、それらの課題の中から、特に喫緊(きっきん)
の課題などについて、重要と考えている事柄について言葉
にした。
 その課題の遂行のため、バチカンや、カトリック世界の
体質や、文化や、意識の変容をはかろうと言っている。
 そしてまた、そこまでしなければならないと考えた。
 その第一は、教会の使命を、もう一度、根本から考え直
し、『再定義』をしたいと言った。
 それは、従来は、「聖職者を中心にし、考える主義」で
あったが、しかし、それを戒(いまし)めて・・、
 (1)、教会は、聖職者のためにあるという考えを改め
る。そして、当然のことであるが、信徒のためにあるとす
るという。
 その『信徒に尽(つく)してこそ』が、聖職者の本分で
ある・・と。この本来のことを、しっかり認識することと
する・・と。
 ②、そして、その本分とは、
 今までは、神に祈れば良いのだと、教会にこもって、た
だ、祈るだけであったというところを改め・・、
 教会から出て、貧困者や弱者に献身的に寄り添うように
しますと・・、改める・・という。
 これをして初めて、聖職者の本分が達成されるとした、
 また、そう認識した・・と。
 ③、だから、すなわち、今まで豊かな状況の中にあった
教会を変えますと、そして、改めます・・と。
 教会は、貧しくなければならないとします・・と、
 そして、貧しい人たちのためにあると認識します・・と。
 第二は、神を最上位に置き、そして、その下にキリスト
教聖職者を置いていて、
 信徒は、最下層に置いていたが・・そう考えていたが、
 そしてまた、神の下の聖職者の序列自体も、いやらしい
くらいの身分序列があり、また、上下関係があったが・・、
 その様な、『集権構造』から脱却します・・と、
 分権型構造へと転換をはかっていきます・・と、
 法王は、また、はっきり言う・・、
 法王庁を中心とする過剰な権力が集中する集権構造は改
めます・・と。
 そしてまた、各現場の実情を踏まえた、分権となる構造
にして行きます・・と。
 そして、これは、急務なんです・・と言う。
 法王は言う、法王は神の代理人と言われましたが、法王
や法王庁の中央は、各地の現場は分からないので、素直に
分からないという認識を表明し、現場を中心にする主義に
します・・と。
 第三には、キリスト教の教義は、また、キリスト教のD
NAは、異教徒は殺せや、異端の抹殺・排除のキリスト教
でありましたが、
 これを、「(佛教の様な)包摂(ほうせつ)」の宗教へ
転換します・・と。
 そして、法王は、強調する、キリスト教会は、(古来か
らのものであり、現代の倫理や人々の観念にそぐわない教
義)、そのキリスト教の教義の番人にこだわって来ました
・・と、
 例えば、同性愛者や、離婚をしてしまった人々に対し、
冷たく『排除する』という行為をして来た。
 しかし、神の精神に背く行為だと認識し、万人にあまね
く向けられねばならないと、しなければならないと、表明
します・・と。
 無神論者も含め、従来の対応は誤(あやま)りであった
・・と。
.
 (参考:読売新聞2014・1・20、(原文の記述者):
  上野景文氏:杏林大学客員教授、元駐バチカン大使。
 (参考)フランシスコ(羅: Franciscus、伊: Francesc
  o、西: Francisco、英: Francis、1936年12月17日 )
  は、第266代ローマ教皇(在位:2013年3月13日  )。
  就任は3月19日であり、この日にサン・ピエトロ広場
  に於いて就任ミサを執り行った。Wikipedia
 (参考)きっ‐きん【喫緊/吃緊】 [名・形動]差し迫
  って重要なこと。また、そのさま。緊要。「―の問題」
 (参考)ほう‐せつ【包摂】 [名](スル) 1 一定の範囲
   の中につつみ込むこと。「知識はその中に―されて
   いる」 2 論理学で、ある概念が、より一般的な概
   念につつみこまれること。特殊が普遍に従属する...
..
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2014年1月19日日曜日

俺は正しいから、今から攻めるゾ・・

 題:俺は正しいから、今から攻めるゾ・・
   「潜在的危険」に対して「先制攻撃」を行なう事が
     できる・・正しいか?
...(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか。切なる希望について)
.
 「もし、
 罪の無い人々の生活に対する危険が存在する事が確実で、
 侵略者の動機が、無慈悲な敵意に満ちている場合には・・
 釣り合いの取れた範囲での武力の行使は、
 道徳的に正当化される」。
 これは正しいのか?
 これによって、武力は行使できるのか?
 これは、誰が言ったか?
 これによって、誰が殺されたか?
 言っている側が『圧倒的な武力』をもっていて、
 バランスの全くない(相手は弱小者)の武力衝突の場合
なのですが、
 貴方はどう思いますか? 
 言っている側が、戦った場合、戦争には『絶対』負ける
状況にならない状況にあります。
 この考え方の延長線上にあったのは、「危機に対する予
防的武力行使を認める(是認)」となり、
 「予防行為」が正義だとされた。
 予防のための情報収集の「予防拘束(逮捕)」が正義と
され、
 法律で『行為が認められた』(法治国家において、法的
に正義とお墨付きが与えられた)。
 また、予防のための情報収集から「盗聴をして良い」と
された。
 そして、この法律の名前が、
 『愛国者法』と名付けられた。
 つまり、「この法律はおかしい」と発言すると、愛国者
ではない、「非国民だ」と、皆に、言われる国の雰囲気の
中に、国の状態が仕組まれた。
 この様に仕組んだのは誰で、どこの国か?
 当然、国民の権利・市民権は制約され、制限された。
 そして、この法律が『強行され』、『強行実施』された。
 この様な法律が通るくらいだから、国の雰囲気はファッ
ショ化し、その様な方向へと導かれて行った。
 そして、「愛国者では無い、非国民だ」の合唱が、違う
考え方を出しにくくしていた。
 国は、熱にうなされるようにさ迷い、アフガニスタンの
空爆を始めた。
 『不朽の自由』作戦と名付けられた。
 作戦は「朽ちる事の無い自由」という意味である。
 こちらには自由という『錦の御旗』があり『正しいのだ』
と。
 そして、その正しい自由は、朽ちる事は無いのだと、フ
ァッショ的に国民を『煽動し洗脳した』。
 国民は、皆、一定の方向へ向いて、同じ考えをし、事を
行なっていた。
 時は、2001年10月である。
 米軍による激しい空爆と、地上軍が連携して攻め込んだ。
 12月にタリバーン政権は崩壊した。
 米軍が目指したオサマ・ビンラディンの逮捕には失敗し
た。
 そして、次の照準が「イラクのフセイン」にあわされて
行った。
 そして、いつも、『我々の側』に『正義があるのだ』が
叫ばれていた。
 『当然の行為なのだ』と、『良いのだ』と、国民の方々
も、世界も、当然の行為との声に違和感を感じない意識に
なって行った、ならされていった。
 いつもやるように、父が「中東のヒトラー」と、アジ的
標語を付けたが、この行為の実施者であるその子供は、「
悪の枢軸」と名指しした。
 そして、「大量破壊兵器を持つ独裁者だ」とした。
 子は、父の仕事を引き受け、「それは当然なのだ」との
意識で、自分なりに真剣に考えたのでしょうか?と問うて
みたく思われた。
 「潜在的危険」に過ぎない事を、「潜在的危険」だけで、
相手を攻撃する事を『しでかして行った』。
 それを正義とし、それは正義だとした。
 明日、貴方に、「危険を感じたので予防の意味から『予
防拘束(逮捕)します』」と言われたら・・、
 貴方はどう思いますか?
 そして、貴方は武力を持っていますので、『戦争行為で
もって』それを実施しますと言われたら・・、
 貴方はどうしますか?
 正義の名の下に、当然の様に、そうされるかもしれない
世界なのです。お前は悪なのだ・・。だから、仕方ない・・。
 ブッシュ(子)大統領は、それを、「正しいんだからや
るんだ」とした。
 当然、その行為は、戦争状態になり(戦争状態にして)、
戦争の中に、未来あるアメリカの青年の方たちは亡くなっ
て行った。
 そして、このイラク戦争に、何にも関係が無い「イラク
の方たち」も、大勢、亡くなった。
 無慈悲な、可哀想な死となった。
 ブッシュ大統領は、「我々の生命を守るために、必要な
場合には、先制的行動を、前向きかつ決然と、準備する必
要がある」と言った。
 『我々の生命』という言葉である。
 そして、先制的行動=奇襲攻撃がオーケーの考え方であ
る。
 「潜在的危険」に対して「先制攻撃」を行なう論理を
 『ブッシュ・ドクトリン』と言った。
 「内政不干渉」の原則は『無視するどころか』、積極的
に否定するという『蛮行の論理』で、
 アメリカ南部のバイブル・ベルト地帯のキリスト教徒に
支持母体を持つ大統領は、
 「イエスの夢を見たから決断した」と言って、戦争に突
入して行った。
----そして-------------------------------------------
 『我々の味方で無ければ敵だ』とブッシュ(子)大統領
は何度も言った。
 9・11に、世界貿易センタービルが攻撃された時、世界
に生きている人類が何度も死ぬという大量殺戮兵器を持っ
ているアメリカの最上位の地位の大統領が感情的に言った
言葉だった。
 議会は、全権を大統領に与える決議をした。
 冷静さを欠いた議決の様にも思えた。
 大統領は、キリスト教の神への祈りを公式の場の発言で
あるが繰り返し発言した。
 演説したそのほとんどを「(キリスト教の)神よ、アメ
リカに祝福を」という言葉でキリスト教聖職者の様に使い、
締めくくった。
 1980年代のアメリカ大統領は、地域の介入について、
アメリカのすべての国民へ対し、国民の世論を気にしなが
らしていた。
 が、今はその反対に、ほとんど神がかり的に、「悪に対
する正義の戦い」と国民に向けて呼びかけていた。
 アフガニスタンが、アメリカの軍事力行使の地となった。
 行動や手段について、合理的な議論がなされたという訳
でも無く、また、倫理的な事についても、許されるのか?
の議論は無く、相手は「絶対悪なのだ」で議論の余地など
無いという論理で、民主主義国家としての議論による理知
的結論を経て、行っていくという姿とは程遠い状況だった。
 「絶対悪に対する自衛で、手段なんて選んではいけない」
という姿だった。
 「揺るがぬ正義が我にあり」だけであった。
 テロに対し、法的な悪行為だとして、警察行為で処理し
た、これ以前の事例もあったが、
 これは「戦争によって反撃する」のだと、論理的な裏付
けなど無い行動が採用された。
 そして、「新しい戦争」という意味不明・内容不明の言
葉が使われ、戦争行為の選択が正しいのだの印象をアメリ
カの国民の方たちや世界の人々へ与えた。
 また、戦争の選択だとしても、戦時国際法で、当然、認
められる地位や権利の保護もまったく認められない状態で、
「絶対悪」なのでそれで良いのだとされた。
 「捕虜」の権利もほとんど認められなかった。
 そして、捕虜なのか?犯罪者なのか?もまったく不明状
態だったうえ、相手から総てを奪(うば)うことも辞さな
いという、『宗教戦争』の形体だった。
 行為も『壊滅作戦』が採(と)られ、新しいと名付けら
れた戦争だったが、時代が逆流した『中世の宗教戦争の行
体』が現出した。
 誰が誰のために戦うのか?不明の状態だった。
 アメリカは攻撃を受け、だから、アメリカは反撃をした
という形はあるが、リーダーのブッシュ大統領は、「世界」
や「文明」がテロとの戦争を始めたのだと、抽象的な発言
を繰り返した。
 ブッシュ大統領の発言、「これはアメリカだけの戦いで
はない。脅かされているのはアメリカだけでの自由ではな
い。これは世界の戦いだ。これは文明の戦いだ。これは、
進歩と、多元主義と寛容と自由を信じる、総べての人々の
戦いだ」とアジ演説的な演説をした。
 世界や文明が戦うのなら、アメリカ大統領だけが全権を
持って代表の様にやれるはずはないのだが・・・。
 国連はつんぼ桟敷だし、軍事行動をおこすなどもっての
ほかだった。
 ブッシュ大統領は、これを「自衛戦争なのだから、国連
の承認は不要」と言った。
 都合良く、ここにアメリカの自衛戦争の論理が顔を出す。
 アメリカの自衛のためなのか?「世界」や「文明世界」
が自衛の主体なのか?が都合良く、右の手の論理を出した
り、左の手の論理を出したり・・・。
 論理の統一性・整合性はまったく無い論理展開の中を、
武力だけは行使されて行った。
 そして、アメリカの若い方達の命や、相手の国の戦争と
何ら関係の無い方達の命が失われて行った。
 テロ組織を捕まえるという戦争だったはずが、タリバン
との戦争に変わるという行動自体もあやふやさがあった。
 そして、圧政下の民衆を救うのだに変わる戦争行為だっ
た。
 しかし、アメリカの若い命や、本戦争と何ら関係のない
相手国の方達の命が亡くなっていった。
 アフガン空爆を好きにやり、「無力な民」をと抽象的シ
ンボルに仕立てて、救出するのだと・・・。
 この構図を押し付け、「我々の寛容を知るだろう」と叫
ぶ。
 アメリカ国民だけが聞けるだろう場で、我々は爆弾と前
後して飢えに苦しむ人々や子供たちに「食糧・衣料品や物
資」を投下していると述べる。
 そして、寛容と述べる。
 そして、爆弾で人々が居なくなった村から撤退して行っ
た。
 戦争は終結した訳ではなかった。
 アルカイダとの目的も達した訳ではなかった。
 繰り返された数々の空爆で、山岳地は地形が変わるほど
だった。
 残ったのは昔の面影のない、山の稜線が目に見えて変わ
った姿だった。
 ビンラディンは逃げた。
---そして------------------------------------------
「対テロ戦争」の進行の中で、アメリカに「軍事協力」す
る事が日本の「国際貢献」であるかの様な議論が横行して
いた。果たしてそうなのか?
 アメリカの軍事思想や軍事文化の「特殊性」を本当に理
解した上だったのか?
..
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2014年1月18日土曜日

NHKの不適切報道、(2014・1・17)

 題:NHKの不適切報道:
『見えない亀裂が』という不安感を煽(あお)るだけ・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 NHKのニュースで、19年前の阪神・淡路大震災起きた
日という事で、その地震に関した報道をしていた。
 このNHKの報道の罪なところは、ぐしゃぐしゃに壊れ
た家々の写真で作った中をNHKアナウンサーに歩かせ、
 しかもこの写真は、実写では無くて、作られた写真を張
り付けて作ったもので、
 それを視聴者に見せて、視聴者に地震による建物の破壊
の恐ろしさを、まず、強烈に植え付け・印象付ける行為を
した。
 そして言った。
 その言葉は、「壊れていない建物にも
  『目に見えない亀裂』があります」・・
 という。
 これは脅しだけの言葉です。
 何ら理知的・理論的ではない、ただ感情的に伝えるだけ
の意味しかありません。
 つまり、この報道は、理論的に整理された報道ではあり
ませんでした。
 壊れていない様に見えて建っている建物でも、『実際は
壊れています』という恐怖心を煽る言い方である。
 これは、不安感をあおるだけの報道で、何の報道価値も
ありません。
 阪神・淡路大震災は、今まで、建築界が想像をしなかっ
た震度を受けた地震でした。
 震度が測れないくらいの強烈な地震動があったのです。
 存在しないだろうと思われた震度8が存在したと後に分
かりました。
 故に、その想定外の振動に対して、当然、建物は、その
振動に対して想定した耐震策をとっていなかった訳です。
 故に、その地震動入力エネルギーに対して、倒壊した建
物もあっただろうし、
 倒壊していない建物も『目に見える亀裂』もあるだろうし、
 『ぎりぎり見える亀裂』もあるだろうし、
 『目に見えないくらいだが破断しているという亀裂』も
あるだろう。
 その様な破断の形態なのです。
 目に見えないくらいの亀裂で、実際は破断している亀裂
だけの事をことさら言って、視聴者の不安感だけ煽ること
は不適切な報道と言えます。
 NHKは、強烈に、目に見えないが実際は破断している
亀裂があると、不安だけを煽るような報道を特にした。
 想定していない地震動に対し、あらゆる破断形態がある
だけの話。
 理知的に、冷静に、『耐震診断が必要』という啓蒙をす
るならよいが、何らその様な示唆も与えない。
 某建設会社を出して、裏付け的な話をしていたが、
 また、実大実験で破壊するところを、強烈なアップで見
せていたが、
 作為的な報道姿勢である。
 この実験でも、破断まで想定して実験する時もあれば、
 破断に至るまでを実験するために、破断手前の実験を
するときもある。
 それを、破断するケースの実験で、破断した所だけをア
ップで、それも 長時間 見せて、不安感を煽るだけの
報道であった。
 ゼネコンの宣伝報道という感じでもある。
 要は、耐震診断で大丈夫ならそのまま使うし、
 補強が必要なら『合理的な、経済的な補強策を探せばよ
い』し、
 取り壊しが良いと判定されれば取り壊しをするまでで、
 NHKは、すべてが取り壊しの様な報道姿勢で、
 ゼネコンが喜ぶ報道姿勢で、
 何ら理知的・理論的な報道ではなかった。
 これは何らかの意図があって、あえてこの様なストーリー
で報道したのかと思える不適切な報道であった。
 知らない人の不安だけを煽ったという、見ていて憤りが
沸く報道であった。
.
 (追伸)
 桂文珍さんは、阪神・淡路大震災の被害者だった。
 「家財道具も、ほとんど持ち出すことができませんでし
た」と言っている。
 そしてまた、「街は、地震の傷痕で大変な状態。自分の
家が倒れてても、お客さんに笑ってもらわなあかん。正直、
しんどい仕事やなあと思いました」と。
 また、「当時、傾いた我が家の前で撮った家族写真を見
ると、みんなが笑っています。笑うしかなかった」。
 「いつ家が、倒れてくるかという恐怖心が消えないんで
す」。
 文珍さんは、恐怖心から、コンテナ暮らしをしていたと
いう。
 押しつぶされそうもないというコンテナに住んだという。
 「トラウマを乗り越えるのに5年かかりました]と。
 この様な被災者が、NHKの脅(おど)しのニュース映
像を見たら、トラウマがまた思い出されるだろう。
 何ら示唆を与えるでもない、ただ、脅(おど)しだけを
与えたNHKだった。
..
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2014年1月15日水曜日

日本企業の問答無用の崩壊姿勢と放送局の「巧妙なる伝道』姿勢

題:日本企業の問答無用の崩壊姿勢と放送局の「巧妙なる伝道』姿勢
.
 拝 啓、
 御公務、ありがとうございます。
 最近、日本の大企業に意見を承るという欄を設けない会社が多
くなっております。
 社会の公器という意識が欠如していると感じます。
 本日も、山崎製パン株式会社へ送信しようとしましたが、その
様な欄がありませんでした。
 10日ほど前にも日本を背負うという大企業のパナソニック株式
会社にもそのような欄がありませんでした。
 意見を取り交わす手段を断つこの様な経団連所属企業に、日本
の崩壊の序章があるのではと畏れております。
 下記は、山崎製パン株式会社へ送信できなかった文です。
 根本的な改革・改善を、是非、お願い申し上げます。  
 尚、この様な企業の姿勢であるため、川上に居られる方々を煩
わせる世の中になっているのかと憂えております
                         敬 具
ーーー山崎製パンへの未送信文ーーー
 山崎製パン株式会社殿、
 前 略、
 社会の公器であるなら、意見を聞く姿勢を確立しなさい。
 貴社には意見の承り欄が無いではありませんか?
 下記は貴社へ申し上げたい文でした。
 この欄(Twitter)を借りて公表いたしますから、良くご覧頂い
て、御検討下さい。
・・・
 拝 啓、
 貴社が提供している番組「テレビ朝日:ワイド!スクランブル」
は、卑劣な放送行為をしています。
 この様な番組を提供して、広告効果はあるのでしょうか? 
 また、公正であるべき企業が、特定宗教の偏することは、
『ISO26000』違反ともなっております。
 又、本行為は、直接、放送法違反の行為ともなっております。
 提供しているという事によって、貴社の責任は免れません。
 責任の一端を御認識ください。
 下記は、テレビ朝日に送信した文です。
 御一読をお願い致します。
               敬 具
尚、参考URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009/.
ーーー送信文ーーー
 テレビ朝日の番組「ワイド!スクランブル」は、卑劣な方法で
キリスト教の『巧妙なる伝道行為』をしている。
 この番組のメインのコメンテーターの背後を、キリスト教会の
ステンドグラスの様にして、その前にキリスト教の十字架を配し
た格子としている。
 番組のセンターであるから、長時間の番組中、何度も何度も繰
り返し映し出され、放送される。
 特定宗教(キリスト教)に偏した行為で、放送法の法律違反行
為となっている。
 本日(2014・1・15)も現認した。
 これは、国民の公共の電波の『盗み行為』だ。
 am11:25~pm13:05という長時間番組中、その卑劣な巧妙な
る伝道はえんえんと続く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 (追伸)
   良く企業は放送局の問題だと責任逃れいたします。提供
  企業の意思表示はぜひ必要で、責任の一端はあると思い
 ます。
  でなければ、世の中は良くはなりません。
.
 (追伸の追伸)
  小泉さん親子は「帯に短し、たすきに長し」という感じ。
  政治家なら、政治家とした理念を、何時でもどこでも、
 はっきり言えなければ…???です。
  そして、細川さんと組んで原発の事を言ったが・・、
  その他の政策は?・・と、聞かれて『17日です』とは、
 クエスチョン。
  『『 今でしょ 』』。
  この様に、出馬の表明で、マスコミが寄って来た時こそ、
 自分の政治理念を、後から後から、言わなければいけない
 でしょ。
  言いきれないぐらいいっぱいの理念を持っていなければ
 いけないでしょ。
  (17日まで整理するから)『待って』とは、おかしいで
 しょ。
  都政は1分1秒で動いている所。
  もう、これで分かった感じです。
  細川さんも同罪。

キリスト教の言うとおり行動をする人間となっている。

 題:キリスト教の言うとおり行動をする人間となっている。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教(Y派)の信者獲得の近づき方・・
 その過程は・・、
 まず、個別訪問などにおいて、最初に会う時、最初にチ
ェックされるのは、「心を開いているかどうか」である。
 やはり、狙われるのは、孤独で、現状に不安や不満を抱
えている人である。
 恋人に裏切られたなど、心が不安定な人などである。
 友達が居ないなどもターゲットとなる。
 一度、ターゲットとされると、
 書籍などが手渡される。
 そして、型通りの、体系化された話がなされる。
 そして、訪問が繰り返される。
 書籍なども最新版などのものが置いて行かれる。
 その様な繰り返しの中から、
 そのうち、質問や異論などの対話が成立すると、「無料
の聖書研究」に誘われる。
 決まった時間の聖書中心の話が始まる。
 その中に、「楽園で生きられる」という利益のキーワー
ドの刷り込みなども始まる。
 「死なない話」なども話される。
 そして、キリスト教の信仰が、希望に満ちた、夢の様な
ものであるかが、話され、思い込まされる。
 そしてまた、事前に、家族や友人からの反対の言葉に対
する警告も刷り込まされる。
 家族や友人が止めさせるのは『悪魔・サタンの仕業』な
のだと。
 ズーット聞かされて来たので、ターゲットにされた人は、
異常を知った家族や友人が忠告しても、かねてから言われ
ていた「サタンの手先」とみなすようになる。
 そして、続けて、他の宗教に対する攻撃も刷り込まれ始
める。
 お金ばかり要求されるとか、だらしないとか・・と。
 まことしやかに、繰り返し伝えられる。
 ここまで来ると、聖書を読んでも、自分が、かつて問題
と思っていた事も、矛盾していると思った箇所も、すべて
飛ばして読む習慣が身について来ている。
 そして、集会に出席することに対し、その誘いが半強制
的になってくる。
 そして、さらに時を経るとともに、その半強制的が、だ
んだん強制的なものに変わって行く。
 そして、さらに学ぶか?などの、態度の選択を求められ、
 止める人は、「見放される状況に落ちる」などと迫られ
る。
 そして、受け入れる事が出来ない部分は部分として、教
理が話されて行く。
 そして、ターゲットとされた人の受け入れる部分が多く
なって来ると、キリスト教が行動規範としている「国旗へ
の反発」などが叩きこまれたりし始める。
 受け入れられない規範は、そのまま置いておいて、次々
と守るべき規範が教えられる。
 そして、これ等が、繰り返し繰り返し、繰り返される。
 これらが『洗脳の鍵』となる。
 出版物は、端から端まで読み、集会の予習をし、集会ま
でには5~6回は読むようになる。
 思想が頭に詰め込まれていく。
 常に、家に居る時も、洗脳状態に、精神は陥(おちい)
らされる。
 精神的ダメージを常に受けているという状態に置かれる。
 受け入れる、受けざるを得ない状況に置かれる。
 そして、以前の信仰していなかった頃の友人から離れる
ように促(うなが)される。
 「つまずきの石」とされる。
 また、テレビや読む物から影響を受けないため、その様
なものは「悪いもの」とされ、止めるように言われる。
 そして、ここまで、マインド・コントロールが進んで来
ると、家族からもらったプレゼントを返したり、常識では
考えられないことをする様になる。
 家族の絆(きずな)も切れていく。
 完全に別人格になっている。
 挨拶もしないこともある。
 ここまで立ち入ったマインド・コントロールがなされて
いるからで・・。
 家族・親戚・友人から離れていく。
 これは、洗脳に必要な孤立状態にされて行くからで、
 この様にし向かれ、完全を目指される。
 周りの家族はもちろん、周りの人たちには、理解ができ
ない状態となる。
 普通の考え方では出ないことが出たり、変な『ものの見
方』をする。
 何カ月も、何年も、偏った考えだけを聞き続けて、完全
にマインド・コントロールされている。
 そして言う、「自分で決定することは危険です。神の意
思を、神の指導を聞かなければ、やっていけません」と。
 怖いところは、自分で変だと理解していても、神の指導
を受け入れ、行なう人となっている。
 キリスト教の言うとおり行動をする人間となっている。
..
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2014年1月14日火曜日

マインド・コントロールに精を出すキリスト教。

 題:マインド・コントロールに精を出すキリスト教。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 ノアの方舟のキリスト教の話は、『科学的に成立しない』。
 大洪水の水か引いて、ノアの方舟は、アララト山の頂上
に、その舟が着いたという。
 アララト山は、標高が5137メートルある。
 これは海抜である。
 『地球上の全表面が水に満たされるという洪水になった
のだ』と、キリスト教は言うが・・、
 地球上の全表面積を覆う水。陸地がないと言う水。
 『アララト山の頂上も隠れるという水』が、
 『雨が長く降ったから」と、その根拠をキリスト教は言
うが・・。
 その様に、キリスト教が言ったって、ちょっとした日数。
 一日にどのくらいの雨が降ったのだと言うのだ。
 全地球上の水位が、海抜が、1日に100メートル以上も
上がるという雨が降る訳ない。
 1時間に4000ミリ以上の降水量など、あり得ないもあり
得ない。
 4000ミリと言ったら4メートル。こんな雨が1時間に降
る訳ない。
 年単位ではないのと聞き返したいくらい。
 その位の雨が降らないと、雨量がないと、キリスト教の
聖書の日数では、アララト山が隠れるくらいの海抜の『水
面の上昇』がないのだ。
 そしてまた、その空の水はどこから供給されたの?・・
と、キリスト教に問いたい。
 非科学的な話に『沸いている』キリスト教である。
 キリスト教は、長い歴史、「この話に、花を咲かせて来
た」。馬鹿馬鹿しい限りである。
 ノアの方舟が本当かどうかを調査団を組織して、行った
という。お金がもったいないということだ。
 そして、その事を、キリスト教に偏するNHKが放送し
た。
 その様なくだらない外国の映像を買っているNHKであ
る。
 そして、放送までしている。
 そして、くだらない言いがかり的な事で『本当だった。
本当だ』という結論をNHKは放送した。
 視聴者の大切な受信料の無駄遣いである。
 キリスト教は、「ノアの方舟」が起こり得ないと心では
思っているので、その様な気持ちがあるから、この様な調
査をしたり、必死に「大洪水はあった」「あった」とプロ
パガンダ(嘘宣伝)しているのだ。その位の科学知識はある
だろう。
 そして言う、英国人探検家が、古代シュメールの都・ウ
ルで発掘してたら、紀元前2000年期の洪水跡を発見したと
、これは、ノアの方舟の頃だと言う。
 その様な事なら、日本においても、紀元前2000年頃の地
層を掘れば、洪水の堆積層はあるだろう。
 だから、全地球がノアの方舟の洪水だった、日本でも見
つかったなどと言わないでください。
 キリスト教は飽きずに言い続ける。
 イラクのバクダッド近くのキシという所でも発見された
と。
 「ウルクでも云々」
 「シュルパク云々」・・など。
 ノアの方舟の史実は一杯あると言いたいのだろう。
 チグリス・ユーフラテス川は、毎年のように洪水を起こ
していたと言える。
 キリスト教徒は、この例の様な、この類いの話などで、
マインド・コントロールされている。
 元々、この地方は洪水が頻繁に起きる地方だという知識
があれば、『一笑に付す』ことができるのだが。
 また、このノアの方舟の話は色々ある。
 古代とは、この様な時代なのだ。
 例えば、主人公ウト・ナピシュテムは、エア神の命に従
って方舟を作るという話もある。
 話の展開が、ノアの方舟とまったく同じ。
 雨の降る日数が違うくらい。
 そして、山の名が違うくらい。
 何しろ、キリスト教は、架空の話とはっきりしている事
でも、マインド・コントロールで真実にする事をするとい
う宗教。
 アララト山の頂上が見えない大洪水が起きる訳がない。
 しかも、その大洪水は、全地球的に起きたという。
 嘘付き宗教です。当然、信じるに足る宗教ではありませ
ん。
 ただ、人は大勢何だかんだと殺されました。
 「ちくしょう」と言いたい。『残念だ』と言いたい。
..
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http://www.youtube.com/watch?v=v0OE1OsgjKU

2014年1月10日金曜日

キリスト教のマインド・コントロール

 題:キリスト教のマインド・コントロール
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教(Y派など)の組織に入って怖(こわ)いと
ころは、
 最初は、違和感を感じるのだが、その状態から、精神的
に、その集団内だけが「安全な場所だ」と錯覚させられ、
思い込まされて行くところにある。
 その集団の外は、または、その集団の外に出ることは、
危険と思い込まされるところ・・。
 その集団の外に出ると、身の破壊につながると思い込ま
され、『出る恐怖』という『神経症的な恐怖感』が植え付
けられていくところである。
 だから、集団内で、しっかり活動しなければ、自分だけ
でなく、家族へも破滅がおよびますと言われる。そして、
破滅しかないと、思い込まされていく。
 また、人類までもが破滅しかないと信じさせられてしま
っていく。
 故に、その会の中に居れば、安全で笑顔(真実は作った
笑顔なのだが、安住感・安心感が与えられる)に囲まれて
いる。
 そして、会からはさらに、なんだかんだと、宗教面以外
の衣・食・住の面にまで、つながりを持ってこられ、
 ある意味、コントロールされた状態となってしまってい
く。
 それは、自分の意思のおよばない、及ぼせない状態であ
って、そしてまた、それは、自分に選択肢がないという状
態となっていく。
 それは、その会のトップや上位のメンバーからの命令と
服従をさせられるという姿となっている。
 完全な自由はない。
 気がつかないうちに、支配と隷属の関係が出来あがって
しまっていく。
 そしてさらに、それは、驚くべき領域にまで立ち入って
来るという。
 「結婚」「夫婦のこと」「生死の権利」にまでもおよぶ
という事が少なくないという。
 また、子供の教育や、医療の受診や治療法などにもおよ
ぶという。
 アメリカでは、この様な危害に対し、監視の組織が出来
た。
 また、ヨーロッパの報告書では、その危険性に気付くた
めの「危険性判断基準」が示されている。
 それは、
 ①、精神の不安定化。
 ②、法外な金銭的要求。
 ③、生まれ育った環境からの誘導的断絶。
 ④、健康的な肉体への危害。
 ⑤、子供への強制的な入信。
 ⑥、大きい小さいに関(かか)わらず、社会に敵対する
  説教(例えば、キリスト教の国旗や国歌に対する忌避
  の様な)。
 ⑦、公共の秩序を乱す行ない。
 ⑧、多くの訴訟問題。
 ⑨、通常の経済流通からの逸脱。
 ⑩、国家権力への浸透の企て(例えば、キリスト教の祭
  りを国家的規模で行わせる国家の部署が現存している。
  また、準国家的組織のNHKに浸透し、キリスト教の
  巧妙なる伝道放送となる番組を、数限りなく放送する。
  これは、アメリカで効果があったのでとのこと。
 キリスト教(Y派)は、普段から、組織から離脱したら、
『いかに悲惨な目に遭うか』を教え込んでいる。マインド
・コントロールしている。
 信者の心の中では、『恐れの感情』が絶えず満ちている。
 歴史的に見てもも、キリスト教の教義には「神を畏れよ」
という教義があるが、中世ヨーロッパにおいて、盛んにキ
リスト教は、殺人までして、民に、神を畏れさせ、恐怖心
を抱(いだ)かせ、同時に権威を持とうとした歴史的な史
実もある。
 この様に、恐怖心が植え付けられている。
 脱会した人が、不幸な目にあったなどのことを、繰り返
し、繰り返し強調される。
 また、離脱したら、離脱した人との交流は禁じられてい
る。
 離脱した人は、悪魔にやられた人だと、また、罪を犯し
た人だとされ、接すると悪に染まるのだと恐怖心が抱かせ
られる。
 これは、脱会の制裁の「見せしめ効果」も目論んでいる。
 この様なマインド・コントロールの研究先駆者として
スティーヴン・ハッサン氏が居る。
 氏は言う、
 「それは、個人の人格である信念・行動・思考・感情を
破壊し、それを、新しい人格と置き換えてしまう」と説明
している。
 また、その様な、影響力のある体系(システム)だと言
う。
 これは、本人は、脅(おど)されてはいないのだが、強
い催眠作用が本人に与えられ、
 またこれを、グループで行なう事によって「グループ・
ダイナミックス(集団力学)」が働いて来るという。
 その両方が結合し、強力な『教え込み効果』が作り出さ
れるという。
 本人は、直接に脅されてはいないのでと思っているが、
だまされ、操作されていて、結果、人格はなくなり、決め
られた通りの選択をしてしまう様な人となっている。
 人格破壊をなされた危険性が大きいとされる。
 キリスト教(Y派)の脱会した元信者の言葉:
 「長いこと、キリスト教のこうした学びを続けると、
 (神に頼り)、自分で解決しようと自発的にしなくなり、
 思考が停止し、組織に頼る人間が作られ、脱会不可能と
なる」。
 同じ様な事の『繰り返しの教え込み』、
 キリスト教のやり取りが続く状況だという、
 そして、その様な事が次々と続くという、
 例えば、違う事を言ったりすると、指導的立場の人から
怒られる。
 その指導的立場の人たちのマニュアルには、「もっとも
重要な論点は繰り返すこと」と書かれている。
 この様な集会は、子供と大人の区別がないという。
 子供たちは、大人と同じ訓練を受けるという。
..
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL:http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
http://www.youtube.com/watch?v=v0OE1OsgjKU

2014年1月9日木曜日

元々は多神の教えを信じていた民族が・・、

 題:元々は多神の教えを信じていた民族が・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 元々は多神の教えを信じていた民族が、
 そして、ひたすら過酷な自然環境の下に、
 生存する努力をし、
 世代を重ねて来た民族=カナンの地の人々。
 そして、
 唯一最大に大切な『その生存を祈る宗教を形成』し、
 その生存のために祈り、
 その生存のために戦う、
 その生存の戦いの戦勝を祈って来た信仰。
 大切な大切な戦いの戦勝には恵まれず、
 戦いに敗れた時には、戦勝を祈り、そして、信じて来て
いた神を捨てることを常としていた民族宗教。
 また、生存の種々の理由から他国へ行けば、
 その地の神にかぶれ、
 その様な民族・カナンの人々の宗教が、
 ある時から、
 勝負は「信仰側に因がある」とし、
 原因者は民族のサイドとした民は、
 戦いに敗れても神を変えなくなる。
 その様な経緯の中にあるキリスト教。
 その「一神に選ばれた民」なのだという「おぞましき選
民思想」へ至る。
 神への意識を昇華した末に至った「独善の意識」である。
 必然的にそうではない他者を「非選民」という下げた意
識で見る、
 人種差別の性癖を持つ宗教のDNAはここから生まれる。
 そうした差を意識した教義・考え方となる。
 自民族のみの生存を意識し、
 希求する意識と共に、
 他者に優越する意識を持ち、
 他者の『非生存の教義・意識』に至る。
 異教徒は、我々の生存のために存在する・・と。
 「異教徒は殺せ」の考え方・教義である。
 「唯一至高の神」の意識は、
 その神がキリスト教の聖書のあちこちで叫ぶ。
 「○○人は男だけを殺せ」
 「△△人は全滅せよ」
 「生娘は生かしておけ」、
 そして、「奴隷にせよ、奴隷にせよ」・・と。
 そして、神は、
 叫びながら戦争を鼓舞する、キリスト教の神。
 キリスト教は民族宗教であり、
 民族の利にのみ、
 そして、その利のためには
 「(キリスト教の)神の義があれば、人を誅しても良い」
と、
 他者の殺戮に免罪符を与える教義・考え方の宗教・・と
なっている。
 この様な宗教が、
 全人類の救済の宗教となり得ず、
 その歴史は、
 連綿と戦争に次ぐ戦争の悲惨な歴史となっている。
 全面的に聖書を捨て、
 教義を捨てなければ、
 この悲惨さから脱却はできない。
 人類は破綻の道に至る。
.
(追記)
 寄金をするなら、
 キリスト教の伝道費用に多くの費用が消えるキリスト教系
組織に寄金するより、『 国境なき医師団 』へ寄付してく
ださい。ノーベル平和賞も貰っています。
 キリスト教団体は宣教に多くの費用が消えます。
 『命を救うのに、理由なんていらない。国境なき医師団』。
 郵便局口座名義:特定非営利活動法人 国境なき医師団日本
・・へ。税優遇措置の対象となります。
 また、食糧が欲しい子供たちに十字架を配るキリスト教
団体は反省してください。
 一粒でも食糧を多く子供達へ、そして、、寄付をしてくれ
た方々の善意を大切にして下さい。
 また、宣教師派遣も多すぎます。
 教会建設には『絶対』使用しないでください。
 また、あなたたちキリスト教系の方たちは、テレビ・新聞
・雑誌など、あらゆる所で宣伝し、多額の宣伝費用を使用
し過ぎています。反省してください。 
 長時間のテレビの放送時間を買い切っての宣教放送は、超
高額になるなど、あなた方は宣伝過多です。寄付金は大切に
使って下さい。
 そして、寄付を募(つの)って、恵まれない子供を助ける
という『善行為』が本来の目的なのですから、
 寄付を募る広告の画面などで、『キリスト教の十字架を
目立たせて書いたりする行為はおかしいです』・・と、申
し上げさせて戴いたのですが、
 止めずに、相変わらず、続けています、
 これが目的なのですと言う如くに、
 子供たちより、キリスト教の宣伝に精を出しています。
..
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL:http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
http://www.youtube.com/watch?v=v0OE1OsgjKU

2014年1月7日火曜日

アメリカン・ドリームは、虹の彼方に消えて・・、

 題:アメリカン・ドリームは、虹の彼方に消えて・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 果たしてアメリカは、どこに向かうのか?
 私たちの生活に、大きく関(かか)わるアメリカだから、
多いに気になるが・・。
 ならば、そのことを知ろうとすれば・・、
 その今のアメリカを、語れるのか?
 難しい。
 そこで次に、過去、アメリカが、何を目指したかを考え
てみると、
 アメリカは、何と言っても『自由主義の国』だった。
 「だった」と過去形に書いて居るが、深い意味はない。
 そして又、アメリカ国民も「アメリカの自由主義を誇り
にしていた」。
 そして、近隣諸国はもちろん、世界からそのアメリカの
自由主義を『羨望の眼』で見ていた。
 そして、アメリカへ行けば、未来を掴(つか)めるとの、
しっかりした根拠もないのだが、その様な夢を、アメリカ
は与えていた。
 それを『アメリカン・ドリーム』と称していた。
 チャンスを求めて、多くの人たちが、アメリカへ渡った。
 キューバから亡命した人も、
 果たして、アメリカへ渡ってどうだったか?
 「幻想でした」という人が多い。
 そして、「アメリカは、一部の富裕層の人たちの為の国
だ」と言う。
 そして、「その他大勢の人たちは苦しみ、その大勢の国
民の苦しみの上に成立している国です」と言う。
 例えば、低所得者には『医療保険に入れない国』、
 その為、低所得者の子供たちが、医者にかかれず死ぬ例
が多いという。
 そしてまた、アメリカは、
 「世界一高い医療費で破産する中間層」と言われている。
 今、何でもかんでも『TPPだ』と、何でもかんでも『
打ち合わせテーブルに上がって、
 『強引にアメリカナイズされ』
 日本の健全な医療制度が崩れるのが・・恐ろしい。
 アメリカで、小さな子供を亡くした母親は、夫に嘆いた
という
 「もしもこれがキューバだったら、あの子は死ぬような
事はなかったわね、助かったわね」・・と。
 アメリカの乳児死亡率は、年間平均1000人に6.3人とい
う先進国で最も悪い割合だ。
 (日本は3.9人、日本より6割以上も多いアメリカの乳児
死亡率)。
 キューバはこうでなく、医療費は無料だという。
 アメリカは政策転換し、大企業擁護へ向かってから、
 中間層の人たちも次々破産するようになったとのこと。
 2005年、企業破産はわずか4万件に減り、
 逆に、個人破産は204万件に増えたという。
 その破産原因の理由が、半数以上が、
 『あまりに高額な医療費の負担』だったという。
 破産宣告された人の声、
 『原因は医療費です』。
 『急性虫垂炎で入院して手術を受けました。たった1日の
入院だけなのに請求書は1万2000ドル(132万円)でした。
 会社の保険ではとてもカバーしきれなくてクレジットカ
ードで払って行く内に、妻の出産と重なって、
 あっという間に借金が膨れ上がったんです』・・と。
 ごく普通に、電気会社に技師として、勤めをしていた人
が、破産者へと転落した。
 所得の再配分がうまくいってない国。
 逆に言えば、『ある一部の者』が、うまいものを『独り
占め』している国だと言える。
 搾取されている中間層と言える。
 搾取されるものがない低所得者も苦しんでいる。
.
(追記)
 寄金をするなら、
 キリスト教の伝道費用に多くの費用が消えるキリスト教系
組織に寄金するより、『 国境なき医師団 』へ寄付してく
ださい。ノーベル平和賞も貰っています。
 キリスト教団体は宣教に多くの費用が消えます。
 『命を救うのに、理由なんていらない。国境なき医師団』。
 郵便局口座名義:特定非営利活動法人 国境なき医師団日本
・・へ。税優遇措置の対象となります。
 また、食糧が欲しい子供たちに十字架を配るキリスト教
団体は反省してください。
 一粒でも食糧を多く子供達へ、そして、、寄付をしてくれ
た方々の善意を大切にして下さい。
 また、宣教師派遣も多すぎます。
 教会建設には『絶対』使用しないでください。
 また、あなたたちキリスト教系の方たちは、テレビ・新聞
・雑誌など、あらゆる所で宣伝し、多額の宣伝費用を使用
し過ぎています。反省してください。 
 長時間のテレビの放送時間を買い切っての宣教放送は、超
高額になるなど、あなた方は宣伝過多です。寄付金は大切に
使って下さい。
 そして、寄付を募(つの)って、恵まれない子供を助ける
という『善行為』が本来の目的なのですから、
 寄付を募る広告の画面などで、『キリスト教の十字架を
目立たせて書いたりする行為はおかしいです』・・と、申
し上げさせて戴いたのですが、
 止めずに、相変わらず、続けています、
 これが目的なのですと言う如くに、
 子供たちより、キリスト教の宣伝に精を出しています。
..
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL:http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
http://www.youtube.com/watch?v=v0OE1OsgjKU

2014年1月6日月曜日

NHK、キリスト教に偏する。放送法違反組織。

 題:NHK、キリスト教に偏する。放送法違反組織。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 NHKのこの正月(2014年)の番組出演者を見ていると、
 何と、キリスト教の十字架を付けて、テレビ出演し、視
聴者に対して『巧妙なるキリスト教の伝道行為』をしてい
る出演者たちが、なんと多いことかと、びっくりする。
 放送法の法律違反者たち・・だらけである。
 この様な、放送法という法律違反までして、それも指摘
されても法律違反行為をする人たち、
 指摘されて分かっていても、なかなか止めなかった人た
ちを、NHKは優遇している。
 この様な事は、他社番組でも話されていた。
 『NHKは、キリスト教でなければだめだ』・・と。
 故に、NHK出演をしたいがために、
 この様な行為をする人がいると、大いに予測ができる。
 そして、この正月も、NHKの番組で再犯罪を繰り返し
ている『たちの悪い人』がいる。
 NHKは、見て見ぬふりをして、テレビ出演という「ご
褒美をあげている」。
 当然、NHKも共犯者の放送法の法律違反者である。
 『受信料の支払いを、したくなくなる行為』である。
 NHK職員は、高い給料をもらって、それも4人分以上
の異常な高額の給料・・、
 そして、自分の信仰する宗教・キリスト教の『巧妙なる
伝道行為をする』。
 国民のものである『放送機器や放送媒体』を使って・・。
 この様な犯罪行為は、NHK職員が見ていて、また、N
HKのスタイリストが見ていて、そして、十字架を付けた
姿を見ていて、容認している、そして、させている。
 共同してやっていることも考えられる。
 また、NHKが、キリスト教の十字架を付けさせて出演
させているとも考えられる。
 『もうやりません的な謝罪のメール』を貰ったこともあ
ったが、今の時点の、今年の正月の時点でさえ、やってい
る。
 いずれの場合も、NHKは放送法という法律違反の犯罪
性は免れ得ない、
 NHKは法律を違反しているのです。
.
(追記)
 寄金をするなら、
 キリスト教の伝道費用に多くの費用が消えるキリスト教系
組織に寄金するより、『 国境なき医師団 』へ寄付してく
ださい。ノーベル平和賞も貰っています。
 キリスト教団体は宣教に多くの費用が消えます。
 『命を救うのに、理由なんていらない。国境なき医師団』。
 郵便局口座名義:特定非営利活動法人 国境なき医師団日本
・・へ。税優遇措置の対象となります。
 また、食糧が欲しい子供たちに十字架を配るキリスト教
団体は反省してください。
 一粒でも食糧を多く子供達へ、そして、、寄付をしてくれ
た方々の善意を大切にして下さい。
 また、宣教師派遣も多すぎます。
 教会建設には『絶対』使用しないでください。
 また、あなたたちキリスト教系の方たちは、テレビ・新聞
・雑誌など、あらゆる所で宣伝し、多額の宣伝費用を使用
し過ぎています。反省してください。 
 長時間のテレビの放送時間を買い切っての宣教放送は、超
高額になるなど、あなた方は宣伝過多です。寄付金は大切に
使って下さい。
 そして、寄付を募(つの)って、恵まれない子供を助ける
という『善行為』が本来の目的なのですから、
 寄付を募る広告の画面などで、『キリスト教の十字架を
目立たせて書いたりする行為はおかしいです』・・と、申
し上げさせて戴いたのですが、
 止めずに、相変わらず、続けています、
 これが目的なのですと言う如くに、
 子供たちより、キリスト教の宣伝に精を出しています。
..
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http://www.youtube.com/watch?v=v0OE1OsgjKU

2014年1月5日日曜日

キリスト教は、一人前の男の人生を狂わせた。

 題:キリスト教は、一人前の男の人生を狂わせた。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教のマインド・コントロールは、まじめに生き
て来た、一人前の男の人を、
 社会で立派に役を果たしていた男の人を、
 また、その男の人生も、
 いとも簡単に狂わした。
 根底から全部ぶち壊した。
 そして、キリスト教はその男に言った、『あらゆる人の
意見は、皆、悪魔だ』・・と。
 そして又、「そんな人の意見は無視せよ」・・と。
 そして、「私たちだけが、私たちの言う事だけが、正し
いのだ』・・と。
 この様なマインド・コントロールも、最初は、『変だ』
と思っていても・・、
 マインド・コントロールが、効いて来ると、
 だんだん信じて行き・・、
 家の人の意見も遠のいて行き・・、
 家の人の意見の違いが、次第に、深刻なものとなって行
き、
 マインド・コントロールされた人の心には、『宗教側の
意見』が正しく聞こえるようになり、
 家の人の意見は、サタンの意見だと感じられ、
 しだい次第に、一家離散への道へ進んで行く。
 離婚への道へと進んで行く。
 キリスト教は、組織的に、国家的にも主張している、
 『国旗を形容しては成らない』とか、
 『国歌を斉唱してはならない』とかなどと、
 反社会的な行為・事も・・行っている。
 この様な事を、『キリスト教の聖書の教えだ』・・と、
 宗教の掟を守るようにと仕向けている。
 また、キリスト教には、「什一献金」という「収入の十
分の一は献金しなさい」という守るべき掟があり、
 『収入の10%は献金しなくてはならない』という消費税
ばりの献金の義務がある。
 払わないと、「支払うべき、神の金を盗んでいる」とキ
リスト教聖職者に言う。
 この様な事が、キリスト教聖書に書かれているから、キ
リスト教会も「大きな顔」で催促し、請求する。
 支払わない人は、キリスト教会内で差別される。
 聖職者の態度にも、払った人と払ってない人との差別が
現れる。
 また、子供にも熱心に刷り込みがなされる。
 幼いうちからマインド・コントロールされ、
 キリスト教の事だけを押し付けられ、
 子供の個性が損なわれて育つ。
 キリスト教に熱中し、子供の養育について、夫婦の争い
となり、裁判までなった事例が多い。
 その裁判事例に於いて、
 裁判官は、まさしく言った、
 「自分の信じる宗教の教義を、子供に押し付けることは、
子供の個性を損ないかねず、真の愛情とは言えない」..と
判決した。
 また、キリスト教の別の裁判判決事例に於いて、キリス
ト教信仰者が、「あの行事はいけない」とか、「この行事
はいけない」とかと、
 子供の行動を抑制した事に対して、
 判決は、
 「子供の情操を豊かにする様な行事まで、子供に禁ずる
事は、子供の伸びようとする芽を、固定観念で摘み取るに
等しく、個性のない人間にしてしまいかねない。
 特定の宗教(キリスト教)を信じるのは自由だが、
 子供の権利、自由を侵害するような行為は許されるべき
ではなく、
 被告の養育法は理性に欠かけている」と判決している。
.
 (追記)
 寄金をするなら、
 キリスト教の伝道費用に多くの費用が消えるキリスト教系
組織に寄金するより、『 国境なき医師団 』へ寄付してく
ださい。ノーベル平和賞も貰っています。
 キリスト教団体は宣教に多くの費用が消えます。
 『命を救うのに、理由なんていらない。国境なき医師団』。
 郵便局口座名義:特定非営利活動法人 国境なき医師団日本
・・へ。税優遇措置の対象となります。
 また、食糧が欲しい子供たちに十字架を配るキリスト教
団体は反省してください。
 一粒でも食糧を多く子供達へ、そして、、寄付をしてくれ
た方々の善意を大切にして下さい。
 また、宣教師派遣も多すぎます。
 教会建設には『絶対』使用しないでください。
 また、あなたたちキリスト教系の方たちは、テレビ・新聞
・雑誌など、あらゆる所で宣伝し、多額の宣伝費用を使用
し過ぎています。反省してください。 
 長時間のテレビの放送時間を買い切っての宣教放送は、超
高額になるなど、あなた方は宣伝過多です。寄付金は大切に
使って下さい。
 そして、寄付を募(つの)って、恵まれない子供を助ける
という『善行為』が本来の目的なのですから、
 寄付を募る広告の画面などで、『キリスト教の十字架を
目立たせて書いたりする行為はおかしいです』・・と、申
し上げさせて戴いたのですが、
 止めずに、相変わらず、続けています、
 これが目的なのですと言う如くに、
 子供たちより、キリスト教の宣伝に精を出しています。
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2013年12月27日金曜日

第二の関税自主権の取り上げに・・、

 題:第二の関税自主権の取り上げに・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 日本は、TPPで・・、
 アメリカによる『2回目の、第二の関税自主権の取り上
げ』を受けている。
 『お互いの関税を自由化して、貿易を拡大しよう』とい
う言葉は、TPPを美しく見せ、そして、美しく言い過ぎ
ている。
 嘘なのである。
 民に誤認混同をさせている。
 結局、自由化という話ではなく、「関税の自由設定権を
取り上げて、0%にしなさい」を押しつけていることとな
っている。
 『自由な関税率の設定権を取り上げているのだ。何ら関
係ない美しい言葉を使って』。
 その様に、うまい言い回しで、さすが近代的言い方で、
 日本の関税自主権を取り上げて、貿易の『見た目の嘘の
自由化』を達成することで、『アメリカの雇用と生産』の
拡大をしたいとしている。
 (その実、また、アメリカにとって大切な自国の覇権も
確実化したい、得たいとしている)。
 結局、『アメリカの国益に沿う国になれ』という押し付
けである。
 貿易条件を、『アメリカ国内の隣の州と同様にせよ』と
言っている。
 その他の大勢の項目も、そして、種々の多くの項目も、
『すべてアメリカの国益に沿え』と言っている。
 日本の独立権を奪うような話が秘密会議で話されている。
 日本国民が怒るから公開できないのだ。
 江戸時代末期、日米修好通商条約を始め、各国との同様
な条約によって、この時代も、日本は関税の自主権を失っ
た。色々苦労をした。が、その後、日本は、日本国民は、
尊い血を流すことによって、関税の自主権を取り戻して行
った。そこまでしないと駄目な問題なのだ。
 今、同じ欲が働いているのだ。
 このたび以降も、やはり、同じ道を通らねばならないと
の『覚悟』が必要な様だ。
 この問題は、生きる基本のところに存する古くからある
問題で、今、その再発なのだ。
 『日本国は、国を、また開きます』というフレーズの言
葉が、TPPを『推進したい方たち』によって、意識的に
流されているが、これは、プロパガンダ(嘘宣伝)です。
 マインド・コントロールです。
 本ブログで、以前に、書かせていただきましたが、
 日本は、アメリカより国を開いております。
 と言うより、『日本は、世界で一番、開かれた国の1つに
なっております』。
 日本は、工業製品の関税が、ほぼゼロであることに対し、
アメリカは、日本に敬意を表して頭を下げるべきです。
 アメリカはそうではありません。
 農業国・アメリカは、トウモロコシで、メキシコのトウ
モロコシ農民をやっつけた様に、
 大きな補助金の援助で支えられた、アメリカのトウモロ
コシ農民に、駆逐されたメキシコの農民のように、
 日本への農作物売り込みがしたいのでしょう。
 しかし、日本の穀物自給率は最低です。
 アメリカの150パーセントに対して、日本は何とわずか
28パーセントです。
 ですから、アメリカは日本に売り込みたいとも言えるの
でしょうが、
 でも、日本は、農作物でも、必死に、国を開いているか
ら28パーセントなのだとも言えるのです。これが正解です。
 日本の主食の自給率は最低なのです。
 でもでも、アメリカは、カリフォルニア米を売り込みた
いと言う。
 しかし、これ以上、日本の安全保障上にある重要ポイン
トの米を駆逐してまでしたいと、アメリカは言うのでしょ
うか?
 また、日本政府も、日本国民に責任がとれない事態に追
い込む、その様な事態を容認するのでしょうか?
 食糧自給率向上の政策を放棄するのでしょうか?
 世界有数の食糧を自給できない国で良いのでしょうか?
 良いわけがありません。
 どこのレストランに入っても、皆様は楽しく食事をなさ
っていますが、
 幸せを享受されていますが?
 金に例えれば・・、
 貯金のない『自転車操業的ヤリクリ』なのです。と言え
ば言い過ぎでしょうか?
 言い過ぎではありません。
 実態が最悪なのです。
 今は、日本の輸送船が、食糧を運んで来てくれるから良
いのですが・・。
 また、日本に供給してくれるところがあるから良いので
すが・・。
 尖閣諸島問題も、『将来の資源枯渇』が見えたから、特
に浮上した問題です。
 天然資源に限らず、世界の人類の資源の安定的供給の問
題があるのです。
 メキシコのトウモロコシ農家の壊滅の様に、
 日本の食糧生産者を壊滅されてよいのでしょうか?
 小麦9%、大麦8%、大豆6%、
 これは日本の自給率です。
 すでに、この穀物の日本の生産者は駆逐されているので
す。
 昔は、せっせせっせと『冬の麦踏み』をしていました。
 『麦踏み』と言っても知らない方が多いでしょう、
 生産者の方々の姿が見られたものです。
 その姿が今は、
 上記の、そのすべてが、アメリカに駆逐された穀物なの
です。
 よく言えば、売ってくれているです。
 その多くがアメリカから輸入されています。
 国民の命をつなぐ食糧まで、メキシコの様に崩壊させて
はならない。
 そのため、国民の命のため、高い関税をかけるのは『正
義』です。
 命の安全保障上の正義です。当り前なのです。
 アメリカに、日本の代わりは、ぎりぎりのところで、で
きないのです。
 日本の国民を、『日本が守って当然』なのです。
 最後まで誠実にそれを行うのが正義なのです。
 当然、聖域とか何とか形容されますが、その通りです。
 排他性を持つ、当然です。
 日本がここでも専守防衛をする、これは当然なのです。
 その専守防衛すべき領域は食糧も含め多くの領域がある
のです。
 リスクは回避しなければならない、当然です。
 リスク低減していかねばならないのです。
 大地震の時だけの、いざという時の備えだけではありま
せん。
 国の規模でやるべきことは色々あるのです。
 お寒い状態を看過して、キリギリスの様にバイオリンを
弾いて居てはいけません。
 今、ウナギ資源が枯渇し、高級魚となり、
 マグロが食べられるのは我々の世代だけなどと言われて、
 かつてはニシンで賑(にぎ)わった北海道、ニシン御殿
も朽ちてきていますが・・。
 『ニシンが来たぞー』は、今、『TPPの第二の黒船が
来たぞー』になっています。
 アメリカのニクソン大統領は、大豆が不作となったら、
『やはり、自国民が大事だ』と日本を見殺しにしました。
 輸出を止めました。
 アメリカが、石油を止めた時は、第二次世界大戦となり
ました。
 豆腐が食えないぐらいは我慢が出来ますが・・。
 でも、日本はその時、それだけで『パニックになりまし
た』。
 『アメリカ国民は飢えさせられない』の言葉がアメリカ
から聞こえてきました。
 日本国民よ、ごめんなさいだった。
 第二次大戦の様な、多くの方々が亡くなるようなことは、
無かったが・・。
 2011年のエジプトの『ジャスミン革命』の大混乱も、
 ロシアが旱魃(かんばつ)だと、小麦を、自国民優先と
して、全面的に輸出停止したのが原因の暴動。
 ムバラク政権は、その暴動・騒乱によって倒された。
 食糧が手に入らないは、当然、その様な問題。
 手に入るか入らないかの問題は、その様な重要な安全保
障上の問題。
 関税はその手段として必要なのだ。
 日本は、リスクが大き過ぎる国なのだ。
 それにしても、アメリカには『条約に優先する国内法』
という手があると聞く、都合が悪ければ何とでもするとい
う国。条約を批准しないのだ。京都会議の結果は宙に浮い
ているまま。
 アンフェアな話だ。国だ。
(YouTube・ユーチューブの西部邁ゼミナールで、TPP
に関するところも比較しながらご覧ください)。
.
 (追記)
 寄金をするなら、
 キリスト教の伝道費用に多くの費用が消えるキリスト教系
組織に寄金するより『 国境なき医師団 』へ寄付してくだ
さい。ノーベル平和賞も貰っています。
 キリスト教団体は宣教に多くの費用が消えます。
 『命を救うのに、理由なんていらない。国境なき医師団』。
 郵便局口座名義:特定非営利活動法人 国境なき医師団日本・・へ。
 また、税優遇措置の対象となります。
 また、食糧が欲しい子供たちに十字架を配るキリスト教
団体は反省してください。
 一粒でも食糧を多く、人々の善意を大切にして下さい。
 また、宣教師派遣も多すぎます。
 教会建設には『絶対』使用しないでください。
 また、あなたたちキリスト教系の方たちは、テレビ・新聞
・雑誌など、あらゆる所で宣伝し、多額の宣伝費用を使用
し過ぎています。反省してください。 
..
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL:http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
http://www.youtube.com/watch?v=v0OE1OsgjKU

キリスト教は武力の絶対否定をしない宗教。

 題:キリスト教は武力の絶対否定をしない宗教。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教は、砂漠の地で出来あがって行く、
 その地で、色々な変遷の中で、性格が形成されて行く、
 その砂漠の地は、生きる糧を得るための戦争、糧を求め
る戦争が日常茶飯だった。
 キリスト教の神は、戦勝を祈る神だった。
 それ故、そのDNA・先祖から子孫へ連綿と伝わるものに、
その血が残り、受け継がれている。
 それ故に、戦争が大好き宗教とも言えてしまうキリスト
教となっている。
 しかし、そのキリスト教にある「正当戦争理論」は間違
っている。
 これは、正さねばならないのである。
 それは正当防衛理論でもって、正当の様に言っているが、
実態は自分たちさえよければ良いとの考え方で、(キリス
ト教の)神の義があるから良いのだとしている。
 キリスト教は、武力の絶対否定はしない。
 そして、結局は武力行使を行ない、武力によって私利私
欲を満たす行為となり、する。
 そして、その様なキリスト教の姿がよく見えるのが、日
本の中世のキリスト教の姿である。
 日本の戦国時代のキリシタン宣教師たちは、本国の海外
征服事業の、植民政策の尖兵として悪行を働き、本国から
は武器や軍資金を受けた。
 その規模も、次第に巨大となって行った。
 布教の名の下に、国家間戦争を仕掛けるという『戦争仕
掛け人』ともなった。
 また故に、そのキリスト教組織は、戦争仕掛け組織とな
り下がった。
 キリスト教宣教師たちは、大砲を備えた船を作らせ、
 また、大砲も購入し、
 弾薬及び食糧・資産や衣服、生活に必要な諸物資も備蓄
したりした。軍事家そのものだった
 宣教師の記述「火縄銃や弾薬、その他の武器で有馬の要
塞の工事を行ない、有馬にはいくつかの砲門があった」。
 これは長崎を軍事拠点にしている事を表している(キリ
スト教宣教師たちの軍事要塞づくり)。
 キリスト教組織は、これ等の行為を「軍事的自立だとし
て是認した」。
 在地の政治権力に取り入って、また、本国権力にも取り
入った。
 そして、武力で日本を牛耳(ぎゅうじ)ろうとしていた。
 何でも自分たちに都合よく解釈し、自分たちさえ良けれ
ば良いと、何でもやった。
 キリスト教という宗教性を如実に表していた。
.
 (追記)
 寄金をするなら、
 キリスト教の『伝道費用』に多くの費用が消えるキリス
ト教系組織に寄金するより『 国境なき医師団 』へ寄付
してください。ノーベル平和賞も貰っています。
 キリスト教団体は宣教に多くの費用が消えます。
 『命を救うのに、理由なんていらない。国境なき医師団』。
 郵便局口座名義:特定非営利活動法人 国境なき医師団
日本・・へ。
 また、税優遇措置の対象となります。
 また、食糧が欲しい子供たちに十字架を配るキリスト教
団体は反省してください。
 一粒でも食糧を多く、人々の善意を大切にして下さい。
 また、宣教師派遣も多すぎます。
 教会建設には『絶対』使用しないでください。
 また、あなたたちキリスト教系の方たちは、テレビ・新
聞・雑誌など、あらゆる所で宣伝し、多額の宣伝費用を使
用し過ぎています。反省してください。 
..
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL:http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
http://www.youtube.com/watch?v=v0OE1OsgjKU

2013年12月26日木曜日

(追記)

 (追記)
 
 寄金をするなら、
 
 キリスト教の伝道費用に多くの費用が消えるキリスト教系組織に寄金するより『 国境なき医師団 』へ寄付してください。
 ノーベル平和賞も貰っています。
 
 キリスト教団体は宣教に多くの費用が消えます。
 
 『命を救うのに、理由なんていらない。国境なき医師団』。郵便局口座名義:特定非営利活動法人 国境なき医師団日本・・へ。
 
 また、税優遇措置の対象となります。
 
 また、食糧が欲しい子供たちに十字架を配るキリスト教団体は反省してください。
 
 一粒でも食糧を多く、人々の善意を大切にして下さい。
 
 また、宣教師派遣も多すぎます。
 
 教会建設には『絶対』使用しないでください。
 
 また、あなたたちキリスト教系の方たちは、テレビ・新聞・雑誌など、あらゆる所で宣伝し、多額の宣伝費用を使用し過ぎています。反省してください。

2013年12月24日火曜日

この世の中は、奇跡的とも言うべき絶妙なバランスの上に成り立っている

 題:この世の中は、奇跡的とも言うべき絶妙なバランスの上に成り立っている
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 標題の言葉は、東京大学教授の書評を読んで知ったのだ
が、『この世の中は、奇跡的とも言うべき絶妙なバランス
の上に成り立っている』・・という。
 それは、神が介在するという話ではない。
 本:『人類が絶滅する6つのシナリオ』の書評の中で、
 須藤靖氏(宇宙物理学者、東京大学教授)が(読売新聞
2013・12・8)の中で言っておられる言葉だ。
 氏の話は、『その絶妙なバランスは、現在の科学や、技
術社会の中にあり、
 また、現在の科学・技術社会は、そのバランスを前提と
している』という。
 しかも、これから将来、その方向性は、より「脆弱(ぜ
いじゃく)」な方向、脆弱性をさらに高める方向に働く事
になっていくという。
 起こる可能性の高まりの中にあるという。
 標題の本は、6つの人類絶滅の危機に遭遇(そうぐう)
するシナリオを提示しているが、
 その1つが「コンピュータウイルスによる攻撃」だとい
う。
 社会のインフラ基盤を制御しているコンピュータを乗っ
取る『サイバー攻撃』の脅威が、すぐそこまで迫(せま)
っているという。
 もう、起こりうる世界なのだという。
 須藤教授もこのことに一番びっくりなされたという。
 「もっとも衝撃的であった」と言われている。
 そして、2010年のイランで、実際に、起きたことを言わ
れている。
 それは、2010年、イランの核施設に侵入したコンピュー
タウイルス。
 このウイルスは、イランのウラン濃縮計画を、数年間停
滞させるほどの悪影響を与えたという。
 その様な、強烈なコンピュータウイルスだったという。
 このコンピュータウイルスには、「スタックスネット」
という名前が付けられたという。
 そして、コンピュータウイルス史上の傑作と言われてい
るという。
 このウイルスは、極めて高度な知識と、優れた技術を持
つ少数の優秀な頭脳が、人間が、組織的に行ったという事
は、確かな様だ。
 そして、これを誰が、したのか、
 また、何のために開発したのかなど、
 未(いま)だに、明らかになっていないという。
 つまり、決して絵空事ではないということ。
 絶妙なバランスの上に成立している現代社会。
 どこか一部分がわずかにずれただけでも、
 取り返しのつかない破壊的な事が、引き起こされるとい
う中に居る。
 この回避は、人類絶滅の回避は、教授はおっしゃる、ひ
とえに科学・技術の更なる進展だけにあるのではなく、
 加えて私たち・人々が(精神的向上)良識にかかってい
る・・と。
 そして、教授は、最後に、おっしゃっている、「我々人
類に、1万年後、いや1千年後の未来はやって来るのだろ
うか」・・と。
 因(ちな)みに、この本であげている、人類絶滅の危機
は、
 ①、致死的ウイルスの蔓延(まんえん)。
 ②、地球史で繰り返された大量絶滅。
 ③、突然起こる急激な気候大変動。
 ④、地球規模の食料危機。
 ⑤、バイオテロ。
 ⑥、コンピュータウイルスによる攻撃、以上である。
 そして、これ等は、よくある不安をあおって儲(もう)
けようという、週刊誌やテレビ番組の類いのものではなく、
綿密な取材と調査に裏打ちされた、信頼あるものと、教授
はおっしゃっている。
..
 
 (追記)

 寄金をするなら、

 キリスト教の伝道費用に多くの費用が消えるキリスト教系

組織に寄金するより『 国境なき医師団 』へ寄付してくだ

さい。ノーベル平和賞も貰っています。

 キリスト教団体は宣教に多くの費用が消えます。

 『命を救うのに、理由なんていらない。国境なき医師団』。

 郵便局口座名義:特定非営利活動法人 国境なき医師団日本・・へ。

 また、税優遇措置の対象となります。

 また、食糧が欲しい子供たちに十字架を配るキリスト教

団体は反省してください。

 一粒でも食糧を多く、人々の善意を大切にして下さい。

 また、宣教師派遣も多すぎます。

 教会建設には『絶対』使用しないでください。

 また、あなたたちキリスト教系の方たちは、テレビ・新聞

・雑誌など、あらゆる所で宣伝し、多額の宣伝費用を使用

し過ぎています。反省してください。 
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL:http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
http://www.youtube.com/watch?v=v0OE1OsgjKU

2013年12月20日金曜日

「神を畏れよ」と・・言うが・・、

 題:「神を畏れよ」と・・言うが・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教聖書の(「創世記」22・1~2,6・12,16・
18)に、
 聖書の系図の最初の人・アブラハムが、
 (あきらかに、『人祖』でないのに、『人祖』と呼ばれ
ている人が)
 一人息子のイサクを、神の命令で、死に至る供犠(くぎ)
として捧(ささ)げる行為をする。
 何も知らない幼い子のイサクは、父にたずねる。
 『お父さん、儀式のための「火」と「たきぎ」はありま
すが、子羊はどこにありますか』・・と。
 幼い子は何かを感じ、心配をして聞いたのだろう。可哀
想に。
 父は「神が子羊を備えて下さるであろう」と、幼い我が
息子に、嘘を言う。
 そして、到着し、祭壇をつくり、たきぎを並べた。
 そして、息子イサクをそのたきぎの上にのせる。
 そして、刃物で息子を殺そうとする。
 その時、神のストップがかかる。
 そして、神は言う、「息子に手を掛けるな、あなたのひ
とり子を、私のために惜しまないで、あなたが神を怖れる
者である事を私は今知った」と。
 アブラハムは神を畏れてこの行為をしたのだった。
 キリスト教には「神を畏れよ」という教義がある。
 この教義で、キリスト教は、あまたの人々を、何と多く
の人々を殺したというのか。
 中世のキリスト教聖職者は、ただ、キリスト教の権威が
欲しいと、また、権威を示したいと、民を殺した。
 何だかんだと言って・・。
 そして、民に、神を畏れさそうとして、無益な殺人を数
多くした。まったく卑劣な、軽蔑すべき、馬鹿なキリスト
教である。
 そしてまた、神は、アブラハムへ言った、「あなたのひ
とり子をも惜しまなかったので、私はあなたを祝福する」
と。まったく低劣である。キリスト教は、今・現代でも、
この聖書を読んでいる。
 また、神の思考回路は、まったくの御利益である。
 そして又、神は言う、「あなたは子孫が増やせる」と。
 当時の人々が望んでいたことである。キリスト教の「あ
りがたやで神は釣る」。
 そしてまた、アブラハムに言う「あなたの子孫は敵を打
ち破る事が出来る」・・と。
 このキリスト教の話を聞いた、当時の民は、動物以上の
供犠を、一生懸命供犠としてささげ、命を落とした子供た
ちが多かったでだろう。
 間違った、恐ろしい、刷り込みをするキリスト教である。
 事実、今・現代、発掘によって、エルサレムの西30キロ
メートルのところで発見された遺跡の発掘によって、
 この地も、キリスト教が、異教から盗作し、真似(まね)
ただけの「聖書で高き所で聖なる所なのだ」と称する所の
儀式跡が発見された。
 そこには、悲惨な状況があった。石が血塗られ、誰かの
血が注がれ、そして、幼い子供の多くの骨が発見された。
 子供の血が注がれたのだろう。すべて子供に転嫁(てん
か)した姿だった。大人が、それも聖職者が、勝手に作っ
たことで、可哀想に。
 そして、まだ、キリスト教の神は御利益を刷り込む、
「あなたが私の言葉を聞いて(実行したから)祝福を受け
るであろう」・・と。
 何しろ最初、これは、キリスト教の神が、アブラハムを
疑った事から、まず、スタートしているのではないか・・
と神を糾弾したい。
 キリスト教の神は、本当に疑(うたぐ)り深い。性格が
良くない。可愛い子を殺すような事までさせる。
 キリスト教の神は、ここまでさせておいて「分かった」
「今知った」ではないだろう。
 キリスト教の聖職者は、これを、美談だと言う。人々の
心を打つと言う。本当に恐ろしい話だ。この様な心を端緒
にして、十字軍などの多くのキリスト教の悲劇が、殺戮行
為が、始まった。
 そして最後に、イエスが十字架で亡くなった話しに持っ
ていく、繋(つな)げて行く。
 イエスの刑死は悲劇だった。もっと生きて、イエスが
したかった事をさせたかった。人類の損失だった。
 イエスが生きていれば、パウロの様な、今のキリスト教
は生まれなかったであろう。
 その後に、キリスト教が殺した、数の多い人々も生まれ
なかったであろう。
 イエスは「神よ、何故、お見捨てになったのですか」と
言って亡くなった。やりたい事が、一杯、有ったのであろ
う。どんなにか、刑死に遭う事が残念だったかである。
 何しろ、アブラハムは、キリスト教の神が、息子の命を
供犠にしろと言った時、まず、「私を供犠にして下さい」
と言うべきだった。
 息子を、自分がなるべき供犠の役を、息子にやらせて殺
そうとするのは、神の命令とはいえ、親としての役が、行
動が、まったくなって無い、皆無だ。失格だ。
 この時点で、すでに、この話は成立していない。
 何しろ、キリスト教の聖書の話は、単純で、偏向的で、
勝手に美談に造りあげて行く、そして、洗脳的にふるまう。
 そして、皆で拍手している。
 キリスト教の神は、ここだけでは無く、あちこちで、こ
こにある様な性格で振る舞っている。
 リチャード・ドーキンスが言う、
 「旧約聖書の神は、おそらくまちがいなく、あらゆるフ
ィクションのなかでもっとも不愉快な登場人物である。
 不当で、容赦のない支配魔。
 執念深く、血に飢え、民族浄化を行った人間。
 人種差別主義者。
 大虐殺者、悪疫引き起こし、気まぐれな悪さをするいじ
めっ子、・・
 子供の時から彼のやり口を教え込まれた者は、その恐ろ
しさに鈍感になってしまう」・・と。
 リチャード・ドーキンスの言葉は正義だ。
(注) フィクション : 作り事。虚構。想像力によっ
て作り上げられた架空のはなし。
 また、アメリカでの話であるが、
 イエスの水の上を歩く話しが頭に刷り込まれた子供が、
 自分も出来ると思って水にはまって死にそうになった。
 幸い助かったが、荒唐無稽の話を、キリスト教の話を、
 子供にし、刷り込むのは毒である。害毒そのものである。
 奇跡・奇跡と言い、あり得ないことをあった様に言い、
驚ろかしてばかりいる宗教。
..
  (追記)
 
 寄金をするなら、
 
 キリスト教の伝道費用に多くの費用が消えるキリスト教系組織に寄金するより『 国境なき医師団 』へ寄付してください。
 ノーベル平和賞も貰っています。
 
 キリスト教団体は宣教に多くの費用が消えます。
 
 『命を救うのに、理由なんていらない。国境なき医師団』。郵便局口座名義:特定非営利活動法人 国境なき医師団日本・・へ。
 
 また、税優遇措置の対象となります。
 
 また、食糧が欲しい子供たちに十字架を配るキリスト教団体は反省してください。
 
 一粒でも食糧を多く、人々の善意を大切にして下さい。
 
 また、宣教師派遣も多すぎます。
 
 教会建設には『絶対』使用しないでください。
 
 また、あなたたちキリスト教系の方たちは、テレビ・新聞・雑誌など、あらゆる所で宣伝し、多額の宣伝費用を使用し過ぎています。反省してください。
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL:http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
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2013年12月19日木曜日

「へブル人」は、渡って来たものの意・・、

 題:「へブル人」は、渡って来たものの意・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教の民は、メソポタミアの地「ウル」という町
を出立したという、
 ここから、話は始まる。
 歴史を見ると、紀元前2000年頃から紀元前1500年頃に
「アラム移住団」と呼ばれる民族の移動が、
 メソポタミアの地から地中海方面へ向けて、
 何度か、行われた事が分かっている。
 これは1つの史実であるが、
 キリスト教のカナンの民が、この史実の動きだったとは、
即座に、断定する事は出来ない。
 何しろ、この時代の人々は、生きるために、あちこちに、
移住と言うか、移動をしている。
 また、キリスト教の聖書は、『最初に』、メソポタミア
の「ウル」の町から・・とは言うが、
 「ウル」に定住していたかは不明。
 移動する要件は色々ある。
 やはり、この頃、紀元前19世紀頃に、北方の蛮族が、メ
ソポタミアの地を脅(おびや)かし、圧迫している。
 これが、キリスト教聖書の人々の移住の原因だったかも
しれない。
 この蛮族の圧力は、強烈だったと言える。
 紀元前1720年~1550年頃には、エジプトまで影響を与
えている。
 そして、エジプトまで支配をしている。
 キリスト教の聖書の最初の民のアブラハムは、
 この様な頃に、紀元前1800年頃に、パレスチナの方面
へ向かったと考えられている。
 ただし、出立後は、チグリス・ユーフラテス川の上流の
方向へ向かったと考えられる。
 そして、彼らがメソポタミア「ウル」に定住して居たの
かは不明であるが、(キリスト教は定住していたと言いた
いらしい)が、この時代、人々は生を求め、移住し、移動
しているから、メソポタミアの前の地もあっただろう。
 また、当時良くある、北方からの民族の南下して来る民
との軋轢(あつれき)もあり、移動・移住もし、また、当
時良くある、その民族との混血もあっただろう。
 聖書では、この時代を「族長時代」と言っている。
 キリスト教聖書の「創世記」の第11章以降の部分だ。
 この聖書の、ユダヤ人の祖先とされているアブラハム、
イサク、ヤコブ、ヨセフなどは、遊牧の民の族長と言われ
ている。
 遊牧であるから、本来的に、あちこち移動はしていた。
 また、遊牧の民は、小さな部族の単位だった。
 その様な族が、あちこちに居るという社会だった。
 キリスト教は、『人祖』・アブラハムと言っているが・。
 そして、この様な状況は、今、現在でも、シリアやアラ
ビアの砂漠の地に、昔ながらに、セム系遊牧民が、この様
な生活をし、暮らしている。
 この古代の族長たちの宗教は、キリスト教の『キの字』
も無い。
 また、キリスト教の前のユダヤ教の匂いも無い。
 その様な人々が、遠い存在の族が、あちこちに、存在す
るのだった。
 その様に、キリスト教とは何にも関係は無いが、聖書に
は、さも、あった様に、名前が書きつらねられている。
 はっきり言えば、キリスト教が忌み嫌う異教徒だった。
 キリスト教の教義からすれば、排斥すべき対象の族だっ
た。
 キリスト教の神も、何もかも、形も無い世界だった。
 有るのは、異教のものと異教の神だけ・・。
 彼らは、ただ、そこらにある頼(たよ)るべき物、木、
泉、井戸、川、岩、石、山などを信仰していた。
 また、「家族の結束のための神・テラピム」や、「命を
失う危険な動物の蛇のタセラピム」や、「彼らの生きる命
の綱の牧畜の神・アザゼル」や、「彼らの心を慰める月の
神」や、「エルの神(エルは、ただ、神の意)」だった。
 旧約聖書に出て来る「エル・ロイ」は、キリスト教の神
と何ら関係の無い、また、異教の神となる「泉の神」の事
を言っている。
 また、同じく聖書に出て来る「ぺテル」は地名のぺテル、
 「ぺト・エル」は「エル(神)の家」の意味。
 ここを美しく、キリスト教は無理に、関係づけ様として
いるが、無理に考える事はよした方が良い。理性を無理に
抑え殺し、盲信する事は止めた方が良い。
 今後も、キリスト教は変わって行く。キリスト教は、絶
対のものでは無い。その事は歴史を見れば分かる。
 いつの時代も、その状況の中で、コロコロと変わってい
る。絶対のものでは無い宗教だ。
 因みに、聖書に最初に書かれている人・アブラハムは、
「ベブル人」を意味し、ベブル人は「渡って来たもの」と
いう意味だ。
 そして、供犠(くぎ)を捧(ささ)げる野蛮な信仰の下
に居た。
 スケープ・ゴートの名の様に、ゴートであるヤギ・羊の
類いを、一般的に動物を生け贄(いけにえ)として捧げら
れる宗教儀式。
 幸を求めて、より過激な供犠を捧げることを求めるより
野蛮な宗教性への道をたどるものがある。キリスト教はそ
の様な形の中にある。愛する我が息子を供犠とする話もキ
リスト教聖書に出て来る。一生懸命、美しく語るが、常識
というものがない。その話を美化し、湧(わい)いている。
 キリスト教聖職者は、それを、何ら関係無い様に語ると
ころと、がまた、聖職者によっては、軽蔑してさえ言う時
がある。人身を供犠として美化して語るはるか彼方(かな
た)の昔のセンス。その様な聖職者もいる。注意をしたい
所だ。
 キリスト教聖職者はその場で美しく語る人。口まかせ、
出まかせと言っては可哀想だが、その様な宗教。
..
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL:http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
http://www.youtube.com/watch?v=v0OE1OsgjKU

2013年12月18日水曜日

NHKの給料、高すぎます。高給すぎます。4人分以上です。

国民の皆様へ
 また、世界の皆様へ
 以下の文を、国内の各所へ送信致しましたので公表いたし
ます。
......送信文...................................................
題:NHKの給料、高すぎます。高給すぎます。4人分以上
です。
.
拝 啓、
 御公務、ありがとうございます。
 NHKは、非常に高い給料となっております。
 一般国民の常識から外れ過ぎております。
 下記はTwitterへ投稿させて戴いた文です。
 是非、一般国民も納得する公正な給料体系にして戴けない
でしょうか。
 宜しく、お願い申し上げます。    敬 具
参考URL: http://www.youtube.com/watch?v=v0OE1OsgjKU
ー( 投稿文 )ー
 NHKの給与は、びっくりするくらい高給です。
 何と! 平均給与が1900万円です。
 高い給料をもらっている人たちの平均給与ではなく、N
HKの全体の平均がこんなに高い給料なのです。
 普通の会社員の4人分以上です。
 桁が違いすぎます。
 まず、初めに、半分以下にダウンしても何ら問題はありま
せん。
 それでも2人分以上なのですから。
 そして、委員会から『2割は下げなさい』と指導された
受信料も、何だかんだとゴネテ、7パーセントしか下げま
せんでした。
 あと13パーセントの受信料の値下げは最低限しなさい。
 15000円以上の受信料は高すぎます。
 所得の低い人には低価格受信料にすることもできますは
「逃げ口上」です。
 7000円に、まず、しなさい。
 局員数も多すぎます。 
.
 (追伸)
 珍しくNHKからすぐに返事が来ました。
 結局のところ、NHKが言いたかったところは、
 この様な組織の協議で決まっております。決定事項なの
です。
 そして、その決定事項は以下です
          ・・との返事でした。
.
 小生が申し上げていることは、『それが、結局だめなの
です』と申し上げたわけなのですが、指摘したわけなので
すが・・。
 いつも、NHKはこの様な返事の仕方をします。
 申し訳ないのですが、問い掛けに誠実に答えていないの
です。
 返答を意識的だと思いますが、外すのです。
 答えになって無い返事で答えたという形をとるのです。
 申し訳ありませんが、ピントのずれた返答です。
 そして、全ての問いに答えていません。
 自分の答えたいところだけの返事。
 自分の都合のよいところだけの返信でした。
 都合の悪いところは、口を相変わらず噤(つぐ)んでい
ます。
 これで公的に、また、組織的に、また、上司に、返事を
したとしているのでしょうか?
.
 (参考)つぐ・む【噤む/鉗む】 [動マ五(四)]《古
くは「つくむ」》口を閉じる。ものを言わない。黙る。

キリスト教聖職者が、一番、結局、庶民を泣かせた・・、

 題:キリスト教聖職者が、一番、結局、庶民を泣かせた・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 日本のおとぎ話も・・、
 キリスト教聖職者のアウグスチヌスの様に、解釈し、美
化すれば、1つの宗教が出来あがる・・と言える。
 アウグスチヌスという人は、今までのキリスト教の話を
神の恩寵などを利用し、美化し、ありがたく仕上げていっ
た。
 例えば、日本のおとぎ話の桃太郎の話で(1)「おじい
さんは、神の啓示があったから、おばあさんに川に洗濯に
行くように言った」・・としたり、
 そして、神の恩寵があったから、信仰心のあるおじいさ
んとおばあさんに、川上から大きな桃がドンブラコと流れ
て来ました・・という様に話を進める・・
 そしてまた、(2)アウグスチヌスは、神の権威を高め
ることをした。
 例えば、おじいさんの啓示は、天が光り輝き、まぶしく
光る「光の中」から声だけが、神の声だけが聞こえました
・・と。
(3)そしてまた、おじいさんは、力が必要な仕事、山へ
のしば刈りの仕事を引き受けるのでした。優しい神の愛の
教えが備わっていました・・とかと、
 また、(4)神の恩寵の御蔭で、おじいさんとおばあさ
んに、かわいい男の子ができました・・と続いて行く、
 このほど作用に、アウグスチヌスは、キリスト教の話を
美化し、脚色した。
 つまり、アウグスチヌス(354年~430年)は、キリス
ト教聖書全体を神の救いの思想にまとめあげた。
 アダムの一件も、人祖アダムが、『原罪を背負う』とい
うことにし、神の刑罰を定めた。
 神ではなく、アウグスチヌスという人間がその様に考え、
信仰心が湧く様に仕掛けた・・ということ、
 そして、神は、特別な憐れみで恩寵を賜り、キリスト教
を信じるものを救うとした。
 (ただし、キリスト教はこのところから、キリスト教を
信じる者だけを、特に異常に意識したため、以外の人たち
に対し、異端意識が強く出る。そして、「異教徒は殺せ」
の教義の如く、他宗教徒は殺せとなる。異端や異民族など
を極端に嫌い、排斥するキリスト教が生じて行った)。
 そして、アウグスチヌスは、これ等の事が、キリスト教
会を通じて達成されるとした。
 教会への権威付けである。
 教会は喜び、アウグスチヌスを『聖』とした。
 キリスト教会に力を持たせたことにより、この後、悲惨
な歴史が待っていた。その原因が『ここ』にあった。
 キリスト教会が、これから、考えられないくらいに悪の
横暴にふるまって行く。
 キリスト教会内に『異端審問所』ができ、多くの人を殺
し、また、魔女の『キリスト教裁判所』ができ、人々を殺
しまくった。ヨーロッパのある村は、魔女を焼く煙で曇り
の日の様な状態だったと伝えている。ユダヤ人虐殺など、
まだまだ色々な悪行為をしている。その悪行為の手先が教
会の聖職者たちだった。
 アウグスチヌスは、この様な「神の国思想」を創り上げ
た。
 彼のこの思想は、キリスト教の思想の規準とされた。
 キリスト教は、この彼が作った思想に、あたかも、ここ
に立つ瀬があるとしがみついて行った。
 この様に、アウグスチヌスは、キリスト教文化の支柱を
作ったとあがめられ、「聖」を付けて呼称された。
 この彼の、アウグスチヌスの聖書解釈方は、これ以前に
あった霊や比喩による方法より、過去を引きずって居り、
客観性に乏しいとかの批判がある。また、多分に思いつき
的だとの批判もある。
 彼は、教会の教義に適合させて解釈しようとして、かな
り無理なこじつけやデッチアゲ的な事もした。
 あまりにも教会の立場に立つ形で、教会サイドで解釈を
する人だった。教会は大いに喜んだ。
 これらのことは、16世紀のルネッサンスの時になって、
やっと批判が、ある形となって、日の目を見る事ができた。
 教会の権威が薄められる動き・反動が現れた。
 教会の権威の否定である。
 いずれにしても、キリスト教の枠内なので、人々は救わ
れないのだが、この動きを潰そうと、ヨーロッパでは、キ
リスト教同士の大戦争が勃発した。
 ヨーロッパの方々の3分の1の方が亡くなるという悲惨な
ものだった。
 キリスト教の劣悪な教義ゆえに「起きた戦争」、キリス
ト教の劣悪な教義ゆえに「止められなかった戦争」、
 死ぬのは、何時も、庶民だった。
 それでも、キリスト教は劣悪教義に悶(もだ)えるのだ
った。
 「神の国による救いは、地上でこそ実現すべきではない
のか?」・・と、等。
 イエスの人格にもっと注目すべきだ。パウロの『イエス
の人格無視路線』への批判である。
 イエスはキリストだ。イエスの教えと人格をもっとまと
もに捉え、このイエスの教えと人格から救いがおよぶとし
なければならない・・と。キリスト教はこの救済路線に変
えろ・・と。19世紀になって、やっとこの声が出てきた。
 「リッチュル(1822年~1889年)」という男だった。
 キリスト教は愛の宗教だなどとの宣伝はでっちあげだ、
プロパガンダだ。
 結局、自分の事しか考えない歴史を経過してきた。
 権威が欲しい、そして、魔女殺しの目的はお金だった。
 組織も大きくなっていくと先立つものはお金だった。
 それを得る手段として卑劣な事をしでかした・・など。
..
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2013年12月17日火曜日

周囲の状況から得ただけのもの・・、

 題:周囲の状況から得ただけのもの・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教の「バベルの党」の話。
 この話も、キリスト教のオリジナルの話では無い。
 借りものである。
 この地方にあった話を、ユダヤ的に改変させたもの。
 そして、昔、バビロニア地方に「ジグラット」と呼ばれ
る大きな塔がいくつも建っていた。
 東の地・インドのストゥーパ(塔)の影響を受けたもの
と考えられる。
 この地方で、古代都市国家を作ったシュメール人が、山
地の民だったから、その習慣から神を拝む「高い所」が作
られたとも言われている。
 いずれにしろ、この辺りの民族は生きるために頻繁(ひ
んぱん)に行き来していた。
 平和的な移動のみでも無かったであろう。
 (イスラム教は、インドを通って、遠く東南アジアまで
伝搬している)。
 キリスト教が言う「一神教の壁」などという話しは無い。
 何しろ、この時代、この辺りは、皆、多神教であった。
 キリスト教の「嘘の一神教の壁」という論理は成立しな
いし、まったく無い。
 よくこの様なプロパガンダ(嘘宣伝)をするものと思う。
 シュメール人も、この「ジグラット・高塔」を作った。
 英国人探検家のウーリーによって掘り出された大ジグラ
ットは、紀元前2000年頃のものだという。
 ピラミッド型で、7層になっており、7色に着色されてい
る。
 そして、各層ごとに、別な神が祀られる多神教だと言う。
 これ等のことが、聖書の話「バベルの塔」に反映してい
る。
 紀元前600年頃の、ネブカデネザル2世の碑文によれば、
塔の高さは98メートル、地階の広さ91平方メートル(10
メートル角ぐらい)だったという。
 この様な事から、「バベルの塔」の話は出来た。
 このシュメール人が、元は山地に住んで居た民族ゆえに
出来た「高所に神を拝む所を作るという習慣」が、西へ伝
わり、カナンのキリスト教聖書の舞台の地・パレスチナの
地でも、この様な行為が行われるようになっていく。
 カナンの人々の土着宗教の神聖な場所が「高き所(パー
マー)」と呼ばれ、旧約聖書にも、何度となく出て来る。
.
 (参考)シュメール(アッカド語: Šumeru; シュメール
語: 𒆠𒂗𒂠[1] - ki-en-ĝir15)は、メソポタミア(現在の
イラク・クウェート)南部を占めるバビロニアの南半分の
地域、またはそこに興った最古である都市文明。初期のメ
ソポタミア文明とされ、チグリス川とユーフラテス川の間
に栄えた。シュメールの言語、文化、また、おそらくは外
見も周囲のセム系の民族とは異なっていた。しかしシュメ
ールの男子像を見る限り、大きく彫りの深い目、高い鼻、
巻き毛で髭が多いなどセム系と変わりないような容貌した
像もあり、民族系統は未だ謎である。シュメール人は広範
に征服民か移住民であると信じられている。しかしそのよ
うな移住がいつ行われたのか、またシュメール人の地理的
な起源がどこなのかを正確に決定することは難しい。
                 (wikipediaより)
..
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2013年12月15日日曜日

キリスト教の聖書の書き変え、書き加えが多い理由

 題:キリスト教の聖書の書き変え、書き加えが多い理由
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 「初めに神は天と地とを創造された」・・、
 キリスト教の「創世記」の一説であるが、
 この創世記第1章は、紀元前500年頃に書かれた。
 キリスト教は、キリスト教の聖書は
 『神が啓示し、人間が書いた』・・と、オカシイ所を
繕(つくろ)った説明で聖書記述を説いた。
 宇宙の創造、世界の創造を、キリスト教の神は、紀元前
500年に、人間に啓示し、そして、書かせたという事に
なる。
 キリスト教は繕(つくろ)えないシロモノで、繕えば繕
ったで、また、新たなオカシイところが出て来るシロモノ
です。
 何しろ、1週間で、キリスト教の神は、宇宙のすべてを
造ったのだと言う。
 そして、最後の日は、疲れたので休んだと言う。
 この時に、造った最初の人間が、「アダム」と「イブ」
たったのだと言う。
 そして、キリスト教の聖書に書いてある系図、
 これから分かるのは、最初の人間までは、1万年前だと
言う。
 系図に書かれた人たちの死亡年齢が書かれているので、
積算すると分かる。
 太陽も、人間も、宇宙も、何もかも、1週間の内に造っ
たキリスト教の神。
 その時の人間まで、1万年前だという。
 つまり、宇宙が出来てから1万年が経過しているとキリ
スト教は言っている。
 この宇宙ができた時のことを、紀元前500年に、キリ
スト教の神が、啓示を与えて、そして、書かれたのがキリ
スト教聖書の「創世記」。
 これを、今、キリスト教徒が読んでいる。
 そして、「神はエデンの園の中を足音をたててて歩いた」
と書かれている。
 「キリスト教の神は、体重があったのだ」という事が分
かる。だから、足音がたてられるのだ・・と。
 当然、キリスト教の神は「足」を持っている神なのだ。
 そして、神だって老廃物が溜(た)まって、そして、そ
のため疲れるという現象が現れるという。
 神も頑張ったのだと言うこと。『頑張るな』と、キリス
ト教は『キャンペーン運動』をしているが・・。
 キリスト教は、このキリスト教の神を見習いなさい。
 そして女性の「イブ」は、男性の「アダム」の「あばら
骨』を1つ取って造ったと言う。
 そして、その「アダム」の骨を取るために開けた穴を、
何か? 肉らしいもので、神は埋めたという。
 馬の肉とも、鹿の肉とも、どの肉とも、聖書には書いて
ない。何しろ肉で埋めたと書かれている。
 声だけが聞こえる神が造ったという。
 聖書は、「迷信」とつながる危険もあったという。
 しかし、キリスト教の聖書は、これは、何の示唆も、益
ある事も示さない「迷信そのもの」でしょう。
 神の「絶対性」や、「超越性」を主張していると言うが、
 どこを読んでそんなことを言うのか?
 無理に、その様に思いこませたら、病気になってしまう
でしょう。
 「オウム真理経」の様な、「マインド・コントロール」
はしないで下さい。
 思い込ませ、洗脳は、しないで下さい。
 この古代のこの頃。生きる事に必死だったこの頃。
 この生に追われる民は、
 「信仰を裏切る民は滅ぼされる」というマインド・コン
トロールに掛かっていた。
 キリスト教の聖書は、その時代で、古代で終わっている
のです。
 現代でも、その様に、マインド・コントロールをしよう
としている。そして、されている。そして、現代でも戦争
を起こしている。
 そして過去の、キリスト教の歴史を見ても、マインド・
コントロールされた人々が繰り広げた戦争・人殺し・民族
絶滅、悲惨の連続の歴史が累々とある。あまたある。
 古代においても、その様に信じた神は、民を裏切った。
 戦いは負ける事が多かった。
 1例を言えば、戦い敗れて「バビロン捕囚」にもなった。
 最悪の事態だった。
 戦いに敗れ、王様は目をくり抜かれた。
 そして、民と共に奴隷となって敵国へ連れて行かれた。
 この「イスラエルの民と目を潰された王」のそれ以外の
人々は、すべて殺された。
 王の家族や王朝の臣下たちは露と消えた。
 民は絶望し、神に見捨てられたと思った。
 今までの信仰はインチキだったのだと思った。(今でも
インチキだが)。
 そして、今までの聖書の記述ではダメだと、最初から最
後まで書き変えられて行った。また、種々の事が書き加え
られて行った。
 キリスト教の聖書が書き換え、書き加えが多い理由の1
つがこれ。
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2013年12月12日木曜日

NHKの、日曜大河ドラマは、結局、キリスト教の「巧妙なる伝道放送」です。

題:NHKの、日曜大河ドラマは、結局、キリスト教の
「巧妙なる伝道放送」です。
.
 19世紀、宗教学という新しい学問分野も開けました。
 その結果、新しい知見・知識・発見も盛んに得られまし
た。
 そして、20世紀になると、それらの新しい知見の元から
発生するキリスト教の色々な問題が出て来ました。
 そしてまた、その知見から考察された『色々な学説』が
続々と生まれました。
 今、キリスト教に偏するNHKが、日曜大河ドラマ「八
重の桜」で、美しく新島襄について放送していますが、
 この新島襄が知らなかった知見が、種々色々とあったと
いう事なのです。その様な知見が大いに得られたというこ
となのです。
 キリスト教を、学究的に、また、学問として世界の他宗
教との比較研究も盛んとなり、また、考古学上の発見も相
次いだりして・・・、
 そしてまた、言語学的に、そしてまた、考古学的に、比
較神話的に、そしてまた、比較宗教学的方法がとられまし
た。
 それらは、『それまでの方法』に拘束されない、まった
く新しい研究がなされたのでした。
 当然、旧来の解釈との間とで『激しい論争』がなされま
した。
 NHKは、明治の曙光・・あけぼのの頃の新島襄を、
何もキリスト教のことを知らない新島襄を、美しく放送し
ていますが、
 そして、現代の頭のNHKが、美しく脚色して、
 そしてまた、美しく整えて、放送していますが、
 ある意味、『間違った情報』を視聴者の方々・皆様に、
国民の皆様に、放送している事となります。
 新島襄は、何も新しい情報を知らないキリスト教徒とい
う事で、NHKは、これを隠して放送行為をしました。
 例えば、キリスト教の基本中の基本の「神の国」思想は、
まったく変わった見解となったのです。 
 時代考証などや、その他、裏付け的な事をしっかり調査
し、調べて放送しているのでしょうか?
 ただただ、面白おかしく、また、キリスト教に偏するN
HKが、結果、『キリスト教の巧妙なる伝道放送行為』と
なる放送をしたという事なのです。
 「神の国」というキリスト教の思想・教義は、「発展的
な道徳的な秩序のもとの国」と理想的にキリスト教は言っ
ていっていますが、これは違うのです。 
 実際はその様な事を指すのではありません。
 その様な美しいことを指すのではないという事が分かっ
たのです。
 それは、当然、新島襄が知らないことです。
 新島襄は、『古い知識』の中に居る人なのです。
 当然、キリスト教に偏するNHKは、この様な事は放送
しません。
 何だかんだと、美しく、「巧妙なるキリスト教の伝道行
為の放送をしてしまえばよいの態度」なのです。
 「神の国思想」は、何ら進んだ発展的な道徳的秩序を指
すのではなく、ただ単に「超越的な神」を信じる所から生
まれただけの話だったのです。
 また、ただ単に、「奇跡的な神の意志的働きを信じる所
から生まれただけ」だったのです。
 何も、後からプロパガンダされたものではかったのです。
 突発的な神の意志を憧れ、そして、信じただけだったと
いう事です。
 後から美しく作られた「進んだ道徳的秩序の思想」は、
皆無だったのです。
 この基本中の基本の「神の国思想」が崩れますと、
 この思想・教義と関連している「人の子」や「メシヤ(
救世主)」の解釈も大変更をして説かねばならないという
事になったのです。
 また、今では常識となっている「キリスト教の創設者は、
イエスではなくてパウロだ」という事も、このNHKの新
島襄は知らなかったのです。
 その様な事にもNHKは『ホッカムリ』したまま、
 ただただ、美しく、キリスト教の伝道的放送をしていた
のです。
 パウロが、イエスの言葉や行動の実質的な面を無視した
という事にも、NHKは「ホッカムリ」したのです。
 この様な大問題が、新島襄以後に、キリスト教には起き
ているのです。
 イエスが、語ったと言われる言葉だって、イエスの言葉
 なんて、ほとんどと言ってもよいくらい『無』、無いの
です。
 そのほとんどが、原始キリスト教会の信者達の言葉だと
判明したのです。初代教会の「宣教(ケリュグマ)」なの
です。
 ホッカムリや嘘や思い込ませのNHKの「巧妙なる伝送
放送」なのです。
..
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2013年12月10日火曜日

不沈空母・・・、

 題:不沈空母・・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 あなたは、
 アメリカの準州になる日本を受け入れますか?
 それとも、
 このまま、独立した日本のままで居たいですか?
 アメリカへ、
 ピューリタンが大西洋を渡って、
 そして、母国・イギリスと独立戦争を戦って、
 そして、その独立後に始まった、西への拡大。
 西部への膨張。
 その時、その地、今で言うアメリカ中部及び西部地域を
占領していたイギリス・フランス・スペインと・・戦い、
 フロリダにはスペインの砦が早くからあったが、
 そして、本当の持ち主、元々の持ち主の
 先住民のインディアンの方々と・・戦い、
 ・・・というよりも、せん滅戦。
 前者の白人諸国との戦争は、『限定戦争』と言って
 戦いを繰り広げるにしても、
 むやみやたらと将校は「狙い撃ちをしない」とかの
 差別のある戦い。
 しかし、本当の持ち主の原住民のインディアンの方々に、
 制限事項の無い、『無制限の戦争』の状態。
 卑劣な 絶滅状況も 現出する。
 これは、キリスト教の教義・考え方・哲学から来ている。
 そういえば、日本では、原爆で民間人しか居ない所へ、
 そして、焼夷弾のじゅうたん爆撃、火の海で逃げ惑(ま
ど)って、9割が焼夷弾だと、
 おじいさんが目の前で殺されたリンカーンは、
 インディアンに憎悪を持って対抗した。
 無差別殺戮を許した作戦を命令したり、
 極寒の中を、険しい山道を行く、居留地へ歩く、
 何キロも徒歩で行く、死の行進を命令するリンカーン
 などなど。
 足の弱いおじいさんやおばあさんが居ただろう、
 足の弱い幼い子も居ただろう、
 病気で歩けない方々も居ただろう。
 何キロもの道を、寒い道を、
 歩かせたリンカーン。
 そして、獣(けもの)のように殺戮した、連隊組織の規
模で殺しまくった、近代兵器を装備した『戦い専門集団』
が殺しまくった。一斉射撃の戦法も進んでいた・・、
 キリスト教に洗脳された有色人種蔑視。
 駆逐し尽くし、
 太平洋岸に達したアメリカは、
 それでも満足はしなかった。
 西進を止めなかった。
 パナマ、フィリピン、ハワイと太平洋を渡り、奪って行
く。
 フィリピンは中国を得るための橋頭堡にしたいとの目的
があった。
 この西進の行進は止まっていない。
 西進の意思は続いている。
 日本を経済で、まず、取り込みたいとのTPP。
 属国度は上がっていく。
 このまま行けば、日本は、アメリカの準州になるだろう。
 そして、ゆくゆくは核配備もして、集団的自衛権も必然
となるだろう。
 日本の安全保障のためにはその道を行くことになるだろ
う。中曽根さんが『不沈空母』と言った言葉が思い出され
る。そして、また、東京大空襲の話、民間人を焼き殺すの
が最初からの目的。日本の防空能力がないのを知っている
から爆弾や機関銃をおろして焼夷弾を目いっぱい乗せて、
世界史上最大の犠牲者数、指揮官の米軍ヘイウッド・ハン
セル准将は無差別爆撃は一般市民を巻き込み非人道的と思
っていたが、その後を継いだ・・、、戦争犯罪だが・・、
その指揮官に勲章をあげた日本、そしてその後に、あげた
首相はノーベル平和賞をもらった、勲章をもらったアメリ
カの将軍は、日本のメディアの東京空襲の質問に勲章を見
せたという。
.
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2013年12月9日月曜日

未来の人類のためにも、残してはならない。

 題:未来の人類のためにも、残してはならない。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 
 キリスト教聖職者の書く本の中の一説に、
 「ユダヤ人の長い歴史のどの一こまをとってみても、彼
等(ユダヤ人)が苦難に会わなかったときは無かった。
 聖書全体が、ユダヤ人の苦難の歴史そのものだと言って
もよい。
 苦しみを経験して初めて、人間らしい人間が生まれる」
・・・とある。
 ユダヤの方々が苦難の環境に居たということは同情され
るが、
 このキリスト教聖職者の「苦しみを経験して初めて、人
間らしい人間が生まれる」という論理には賛成しかねる。
 どちらかというと、これは、我田引水的な言い方だ。
 苦難の環境に居たという事と、「買ってでも苦労しろ」
との教えは同じではない。
 ものごとは挑戦することが大切。難しいことに努力して
立ち向かうことは大切。
 しかし、ユダヤの方々の死ぬような戦乱の環境を『人間
のためには良いのだ』と言うキリスト教聖職者の言い方は
我田引水の論理だ。
 本当は、本論は、ポジティブに良いことを言い、そして、
教え、育てなければならない。
 科学的にも、『ポジティブに言う方』に軍配が上がって
いる。
 褒め、育て、見守っていて、そして、いつも寄り添い、
 その時その時に、その子や人々に役に立つことを、
 知ってもらって、理解してもらって、そして、行かなく
てはならない。
 だから、本当は、会わないでも済む苦難は、「会わない
方がよい」・・が、正論である。特に、死ぬような苦難は
起きてはならないのである。特に、戦争は悲惨そのものだ。
ユダヤも戦乱が引き続く地だった。
 苦難と『立ち向かうべき壁』とは違うのである。
 そして、この聖職者は、「苦難の中に生き抜く生命力を
この身に体得することでなくてはならない」・・と言って
いる。
 ものは言いようである。死ぬような体験が役に立つとい
うのである。しかし、リスクの大きいことをして、死んで
はおしまいである。例えば1例、みんながみんな、エべレ
ストに登るのが良いという論理は成り立たない。
 キリスト教はネガで出発するから怖い。
 全体がネガなので出発は必ずネガからの出発である。
 話は少し外れるが、ネガからの発想の出発は、認知症に
もなる確率が高いという結果もある。
 南米のインディオ・・・、
 南米のインディオは殺されてしまっている。
 殺すところまでやっている。
 全滅させられてしまっている。
 死んでしまっては何にもならない。
 パレスチナ・カナン・イスラエルの地も、血を血で洗う
地であったが・・・、
 何をか言わんやである。
 愛する我が子が、死に直面し、死ぬようなことでも「厭
(いと)わず」とでもいうのでしょうか?
 その一方、キリスト教は矛盾したことをしている宗教だ。
 今、キリスト教組織は、「頑張るな」のキャンペーン運
動をしている。
 NHKの討論番組でも、このキリスト教の運動に則(の
っと)って、この類いの討論番組をやっている。
 国際基督教大学の教授が、名前は匿名にするが、この番
組に参加している。
 教授は、この論点のみによって「討論に参加し」、討論
番組であるのに、この論点だけを以って、何の論点の広が
りもないまま、宗教的に、教示的に、この事のみを言い続
けた。
 何の論理の広がりもないNHKの討論番組を、延々と、
長時間、放送し続けた。
 受信料が払いたくなくなってしまう番組であった。
 それにしても、NHKは、キリスト教に偏する。
 何で、こんな人選をするのか?
 論点の深まりもないまま、
 キリスト教の演者も、論点の広がりも、何ら披露する事
が出来ずに、番組は進んだ。
 討論番組としては成立しない大失敗。
 この討論に出席されていた文部科学大臣から「頑張り、
そして、その頑張った結果が、正しく評価される社会でな
ければならない」という正論を言われ、
 キリスト教は、何ら反論もできない状態であったが、
 この事例の様なピントのずれたことを良くする宗教であ
る。
 キリスト教は、3つの共観福音書というものを持ってい
る。
 そして、その共観福音書以外に「ヨハネによる福音書」
という福音書を持っている。
 合計4つの福音書を持っているが、
 この毛色の変わった「ヨハネによる福音書」を、「捨て
よう」との話し、論理の展開があった。その様な動きがあ
った。
 逆に、共観福音書より深い「ヨハネによる福音書」こそ
大切にしなければならないのに、
 『異端抹殺』の性癖のあるキリスト教は、この様に、聖
書の領域までも、この様に考える。
 「異教徒は殺せ」のキリスト教の教義のように、違う意
見を、直ぐ、抹殺する性癖のキリスト教は、すぐこの様な
思考を展開する。
 底の浅い宗教の原因となっている。また、愛など全く存
在などしない。
 この「ヨハネによる福音書」にも、キリスト教の限界が
見える。
 その1例は、(「ヨハネによる福音書」14・6)に、
 「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでも
わたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」
とある。
 結局、キリスト教は、『排他』の宗教性から抜け切れて
いない。
 信じない者を、信じられない者を、信じていない者を、
異端とし、異教徒とし、その様な目で見て、その決定事項
のみによって、判断し、膨らみもない視点で、固定的な判
断基準で、狭い『自己中』の中で、排除し、殺して来た。
その様な、考え方・教義・哲学である。
 キリスト教徒同士でさえ、異論を異端とし、「異端審問
所」を存在させて、なんと多くの方々を殺したと言うのか。
 馬鹿め!
 「一神だから」という言葉で、『だからこの様なことぐ
らいはあるのよ』と言う。
 洗脳されたキリスト教のこの言葉が印象的に残って、記
憶にあるが・・・、
 何が愛の宗教と言うのか。
 キリスト教は異端を殺す事を容認し、
 キリスト教のこの壁・限界を乗り越えられずにいる。
 恐ろしいことに、これを正しいものと誤認混同している。
 わずかに居るオカシイと思う信徒の人たちも、『それで
いいのだ』という気持ちにさせている。
 増上慢である。
 常に、寄り添い、導(みちび)き、喩(さとす)、佛教
の姿に学びなさい。違っても受け入れるのだ。
 「(キリスト教の)神の義があれば、人を誅してもよい」
とまで言う。
 他民族を、異教徒の方々を、どのぐらい殺したら気が済
むというのか?
 卑劣な宗教が、悪行を、いつの時代も、好きなだけやっ
て来た。
 背景に陰湿な「終末思想」の怨が見え隠れしている。
 イエスもこの思想にまみれていたが・・。
 長い歴史の中で、無念の内で殺され、亡くなって行く方々の
無念の姿を思いやり、見ることができない宗教。
 未来の人類のためにも残してはならない。
.
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2013年12月6日金曜日

旧弊も、引きずっている・・・、

 題:旧弊も、引きずっている・・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教の聖書の・・・
 「マルコによる福音書」「マタイによる福音書」「ルカ
による福音書」を、共観福音書と言います。
 これは、この3つの福音書が似ているから、この様に言
われているのです・・が、
 それは、「マルコによる福音書」を手本にして、
 後の2つの福音書が書かれているため、似ているのです。
 似るのが当然なのです。
 キリスト教の聖書は全部で4つ、つまり、あと1冊ありま
す。
 それは、「ヨハネによる福音書」と言います。
 この福音書は、紀元後100年頃に書かれた福音書です。
 イエスの死後、70年ほどが経過した頃でした。
 イエスの姿も見えなくなり、1世代以上・・、いや2世代
も前の人となっている頃に、書かれたものでした。
 おじいちゃんの事を、孫が書くという様な状態でした。
 今の時代と違い、優れた記録媒体が無いという、古代の
ことで、
 頼るものと言えば、人々の記憶に頼るしか方法はありま
せんでした。
 しかし、それも70年という年月は、古代という時代とし
ては、大きな、長い年月であり、
 また、戦乱に明け暮れるこの地の古代としては、
 社会の不安と、不安定の中で、その記憶を維持するとい
うことは、大変な状態で、
 また、大きな重しとなって存在していました。
 伝説の昔の人のことを書くという状態です。
 キリスト教は、この「ヨハネによる福音書」の著者を、
長い間、間違っていました。
 研究が進んできた今、まだ、間違いの確率は高いのです
が、
 その著者を、有力な人を、特定して言える状況にありま
す。
 今まで著者と言われていた人は、『使徒・ヨハネ』と言
われていましたが・・、研究の進んだ今、使徒ヨハネでは
ないという否定される面が、点が、色々浮かび上がってい
ます。
 今・現在、「使徒・ヨハネ」と言われている人は、
 ガリラヤの漁夫で、無学の人とされています。
 イエスからも、「雷の子(ボアネルゲ)」と、半分、さ
げすむように呼ばれ、馬鹿にされていました。
 血の気が強く、決して頭脳明晰ではないと紹介されてい
ます。そして、哲学的思考などできるような人物ではない
とも言われています。
 それにまた、「ヨハネによる福音書」は論証的であり、
 共観福音書よりは知能的で洗練されたレベルであるから
でもあり、
 この福音書を、レベルの高い人のためのものと、聞き様
によっては差別的な事もキリスト教では言われている。
 以上の様に、キリスト教の福音書は、「大きく分けてこ
の2つ・2種類」とも言える状態です。
 当然、「使徒・ヨハネ」は、「ヨハネの黙示録」や「福
音書」を書いたという事になってしまいますが、これも間
違いという事になります。
 では、真の「ヨハネによる福音書」の著者は?という事
になります。
 現在の研究によると、現時点での最終的な著者説は、「
長老・ヨハネ」と言われています。
 「長老・ヨハネ」の存在については、
 小アジアのキリスト教会指導者であるパピアスが、
 紀元後130年頃に書いた本の中に書き記(しる)してい
ます。
 「使徒たちが語ったことを長老たちに問いただし、長老
ヨハネにも問いただした」(エウセビオス「教会史」第3)
と書いています。
 1世紀末に在世した「長老・ヨハネ」は、エペソの教会に
いた。このヨハネが、「福音書」や「手紙」などの著者と
現時点ではされている。
 ヨハネの「手紙」の中にも、「長老のわたしから・・・」
とも書かれている箇所がある。
 使徒なら「使徒」と書いただろうとされ・・。
 キリスト教は、今ここに記した様に、陰に隠れていた著
者が、また新たに浮かび上がってきたが、
 「長老・ヨハネ」というこの新たな人物の著作物も『信
仰の対象』とする形の宗教。
 急に浮上する信仰対象とはと・・半分あきれる形。
 この例の様に、不特定の人々が、書いて、寄せ集まって、
出来て来た形だと、キリスト教はなっている。
 旧約聖書も、まったく、同じ形をとっている。
 この形は、『キリスト教のDNA』となっている。
 心棒のものがない、
 周りにあるものを付けくわえながら・・・
 出来てきた宗教。そしてそれがDNA。
 イエスならイエスを、存命中からその教え・考え・哲学
が宗教という目的でしっかり記録されていれば、
 その目的が、当初から、しっかりあるのならば・・・、
 もっと違ったものとなったであろうが・・・。
 まわりの弟子も少なく、また、知的な集団でもなかった
こと、
 そして、イエス自身も、『ユダヤ教のラビとしての意識』
での活動であったこと
 (イエスの弟子たちでさえ、イエスを、ユダヤ教の聖職
者の呼称『ラビ』という名称で呼称している)から、到底、
宗教としての『出立点は存在し得なかった』。
 イエスの死後、だいぶ経った頃、
 パウロという『元ユダヤ教聖職者』が、
 思い立ったように、
 自分の『勝手な宗教の企画』でもって、
 始めたという出立点があるだけの状態。
 そこに、深い哲学的示唆があったわけではない。
 あとから、付けたしで、たいぎょうなプロパガンダが、
修飾がされ、施されたが・・・
 いつまでも、いつの時代も、キリスト教は、
 この出立点の『底の浅さ』が災いしている。
 そして、いつまでも、いつの時代も、
 ユダヤ教時代の『旧弊も』引きずっている。
 人類の救済になり得ない要因の1つはここにもある。
 逆に人類の歴史に悪結果を残している。それは、歴史を
見れば分かる。
.
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2013年12月5日木曜日

根本のところで、命の大切さを説いてない宗教。

 題:根本のところで、命の大切さを説いてない宗教。
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教には、
 『我が民族の生き残り』のために・・という、宗教に生
まれついた因がある。
 初めは、はっきりと『戦勝を祈る神』だった。
 『勝ち残っていく世界』の神だった。
 多民族が生きるために、『しのぎを削っている世界』の
神だった。
 そのために、『他の人のために』などという精神は、こ
れっぽっちも、微塵(みじん)もない宗教だった。
 1例をあげれば、
 人の命を助ける医療関係に、キリスト教が、関係して行
くときも、
 その第一の目的は、そのことによって『キリスト教の権
威』を得たいだった。
 自分だけに利がある『権威』を求めた。
 人の命を助ける事より、『権威が欲しい』が優先した。
 その為、その当時、医療の部分をカバーしていた人々=
助産婦さん方が、キリスト教の餌食(えじき)となった。
 人々に医療技術を施していた『助産婦の方々』を殺しま
くった。
 また、薬を煎じる姿を『魔女だ』・・と、因縁(いんね
ん)を付け、捕まえて、殺した。
 西洋にも、東洋医学の漢方の様な、『立派な文化』があ
った。
 キリスト教のために、この『人助けの文化』は絶滅した。
 キリスト教は、また、異常に『異教を忌む宗教』で、
 『異教徒は殺せ』の教義が、キリスト教には暗黒の帝王
の様に存在している。
 そして、その精神で、同じキリスト教徒でさえ、『異端』
として捕まえ、殺した。または、放逐した。その数は、
 数知れずだった。
 中国まで逃れ、流れて行った『景教』も、その様な宗教
だった。
 『景教は、キリスト教ではない』とされた。
 キリスト教は、自分と同じ意見なら、「いい子、良い子」
をする。
 意見が違うものなら「処刑だ」・という宗教である。
 なんと多くの方々が、キリスト教の毒牙にかかったとい
うのであろうか。
 キリスト教徒どうしでさえ、殺し合った。
 卑劣な宗教である。
 例えば、ミカエル・セルヴェトゥスのこと。
 医者の彼は、宗教に興味を持ち、「聖書の権威を主張し
た」。
 ここまでは良かった。
 ただ、教会の権威を下げる様に表現をした。
 まず、三位一体神の論理を認めなかった。
 屁理屈だとした。実際、屁理屈なのだが・・、
 そのため、当然のように、権威をかさに横暴なキリスト
教組織から妨害され、圧迫され、迫害された。
 そして、逃げたが、捕縛された。
 そして、可哀想な事に、いつものキリスト教がやる『処
刑という道』が待っていた。
 彼は、「憐れみたまえ」と命乞い(いのちごい)をした。
 非情にも、キリスト教に、その願いも聞き届けられず、
 キリスト教は、彼を焚刑によって殺した。
 何故、この様な悲惨な状況が起きるのか?
 キリスト教は、根本のところで『命の大切さを説いてい
ない』という『非情な宗教性』を持っている。
 今なお、この教義は、訂正されずに残っている。
 人類の未来に害を与え、また、不必要な宗教となってい
る。また、信徒の方々は、絶対に幸せにはなりません。
 そして、もう一話・・・、
 ある話・・・、西部劇でよくある、相手を怒らせて、
 相手が先に銃を抜いたからと、
 「早撃ちガンマン」が、相手を撃ち殺す。
 『正当防衛』で・・・『無罪』・・・と言う。
 態のいい『人殺し』なのだが・・、
 相手は、アメリカ西部の開拓農民。
 勤勉に働くだけの農民。
 銃など使い慣れていない。
 一方、ガンマンは、
 「農民の土地を欲しがったが、売って貰えなかった一家」
に、ただ雇われただけの「雇われガンマン」。
 このガンマン、何の怨念も、相手の勤勉な農民に持って
いないが、「雇われ、依頼されたので、仕事としてやった」。
 このガンマンの寄って立つところが「正当防衛」。
 この様な論理が、国家間の戦争においても成立している。
 「戦争を起こしたものの罪」も、「あいつが先にやった
のだと、バチバチ相手をやっつけた者にも罪」がある。
 その両方が罪なのだ。
 今、国際法はこの様にはなっていない。
 「決闘の法理」で合法。
 この決闘の法理は「名誉が棄損」された場合も成立する。
 根っこにキリスト教の教義がある。
 故に、今まで日本人が考えてきた「戦争は絶対に許しが
たい犯罪だ」を根付かせていかねばならない。
.
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2013年12月3日火曜日

パウロの回心は・・・、

 題:パウロの回心は・・・、
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教を作ったのはパウロ。
 キリスト教の本には、
 「パウロがいなければ、キリスト教は、ユダヤ教の一つ
の派のままで、終わっていたかもしれない」・・と、説明
している。
 原始キリスト教を作った一団の人たちは、当然、それ以
前は、ユダヤ教徒であったのだが、
 ユダヤ教より遊離し、疎(うと)まれていた。
 そして、破門されてしまう。
 すぐに、別の宗派を作るというわけでもなく、
 ユダヤ教のエルサレム神殿などを拠点としていた。
 この本は、ここの部分の説明には触れず、ただ、パウロ
の存在だけが、キリスト教の存立に貢献した的にのみ書い
てあるが、
 「ユダヤ教に破門されたこと」が、大きな一つの転機・
原因・要因になっている。
 パウロの働きかけも、「ユダヤ教からの破門」が無けれ
ば、無かったと考えられる。
 パウロは、ある出来事で回心し、キリスト教になったと
いう。
 そしてまた、彼は、「イエスの十字架の刑死を、旧約聖
書にもある贖(あがな)いの死」と結び付け、
 そして、これまた旧約聖書に記載してある「復活』と結
び付け、
 この2点のみによって、新しい宗教(キリスト教)の宗
教骨格とした。
 パウロは、イエスに会った事も無い。
 パウロは、イエスの『刑死』と『復活』だけを、宗教企
画に採用し、
 イエスの「人となり」や、「イエスの行動や活動」など
のこと、
 また、「イエスの言葉・哲学・考え」などは無視し、棄
てた。
 パウロは、ガリガリのユダヤ教徒だった。
 キリスト教徒を捕まえ、殺害までもした男だった。
 パウロは、小アジアのキリキヤ地方(大分、ギリシャに
近い所)のタルソに生まれた。
 タルソは文化都市だった。
 パウロは、ローマの国籍を持つ、ユダヤ人だった。
 ギリシャの文化と教養を身に付けていた。
 青年時代に、エルサレムに留学し、
 熱心に律法を勉強し、
 ユダヤ教のバリサイ派の人となった。
 そして、せっせとキリスト教徒を捕縛(ほばく)し、牢
屋に入れた。
 この頃、パウロは、サウロと称していた。
 パウロは、ユダヤ教の大祭司から添書を貰い、
 キリスト教徒の脅迫・殺害をしていた。
 その様な行為を、せっせとやっている時に、回心の切っ
掛けとなった出来事の出会ったという。
 これを、キリスト教は、例の如く、オーバーに、過大に
プロパガンダ(嘘宣伝)で言うが、
 この時に、パウロに同行していた同行者たちには、誰に
も見えなかったと言うし、
 声だけが聞こえたと「使徒行伝」に書かれている。
 また、この「使徒行伝」を書いたルカ(ルカによる福音
書を書いたルカ)は、よく嘘を書くという。
 よく言えば、文学的に表現をする癖のある人で、『史実
が二の次になる人』と言われているので、
 真実がどこまでかは、非常に不確定である。
 事実、パウロ自身が、その様な事を何も述べていない。
 まったく、キリスト教のでっち上げの感が強い。
 本当に「嘘つき宗教=キリスト教」だと軽蔑する。
 パウロは、ただ、(「ガラテヤの信徒への手紙」1・16)
で、
 「御子(みこ)をわたしの内に啓示して下さった」・・
とだけ言っている。
 これは、キリスト教についての本にも「精神的な事だけ
のこと」と書いてあるが、
 パウロの心の中に起きた事だけの事といえる。
 精神的な事を、まったく、デッチアゲするキリスト教の
図なのである。
 パウロには、キリスト教徒の「ステパノ」が殺される時
の様子が、影響していたと言われている。
 パウロは、このステパノの死を目撃している。
 この様なことや、自分のしている事に、「すき間風が吹
いて、方向転換をしたのだろう」。
 啓示とのみだけを、自身は言ってるが、
 この事を始点としてできたキリスト教が、何人の人々を
死に追いやったかは、筆舌につくせぬ数、分からぬほどの
膨大な人数が、死んだ・殺された。
 また、パウロ本人が、何人のキリスト教徒を獄舎に繋(
つな)いだか、また、死に追いやったかは分からないが、
その無力感を感じたのだろう。
 何しろ、彼の以後、キリスト教は、南米などで、非常に
多くの人を殺し、また、ヨーロッパ大陸においても、ヨー
ロッパの方々の3分の1が死ぬという悲惨な戦争をしたりと、
酷い宗教の顔を現わす。
 そして、その様な事態が起こやすいという『劣悪な教義』
をキリスト教は持っている。
 これからの人類のためにも、この宗教は、この地球上に
存続させてはならないのである。
.
 (追伸):
 原始キリスト教の人々と言うのは、
 後代の人々が、勝手に、名付けただけであって、
 原始キリスト教の方たちは、『キリスト教でも何でも無
かった』。
 彼らは、後に、新約聖書とされる文を、徐々に、書いて
行くが、
 後に、正典になるなんて思ってもいなかった。
 原始キリスト教の人々は、キリスト教では無かった。
 ユダヤ教の聖典(キリスト教は旧約聖書というが)のみ
を、聖典とするユダヤ教徒だった。
 そして、ユダヤ教から破門されて、キリスト教の方へ流
れて行っただけ。
.
 (参考)そえ‐がき【添(え)書(き)】 [名](スル)
1 書画や器物などに、その由来などを書き添えること。ま
た、その文言。添え筆。 2 手紙などの終わりに、さらに
書き添えること。また、その文章。追って書き。添え筆。
「署名のあとに―する」
 (参考)ファリサイ派(ファリサイは、ヘブライ語: פרוש
ים‎)は古代イスラエルの第二神殿時代(紀元前536年 - 紀
元70年)後期に存在したユダヤ教内グループ。本来、ユダ
ヤ教は神殿祭儀の宗教であるが、ユダヤ戦争によるエルサ
レム神殿の崩壊後はユダヤ教の主流派となってゆき、ラビ
を中心においた、律法の解釈を学ぶというユダヤ教を形作
っていくことになる。現代のユダヤ教の諸派もほとんどが
ファリサイ派に由来しているという点においても、歴史的
に非常な重要なグループであったと言える。ファリサイ人、
パリサイ派、パリサイ人(びと)などと表記されることも
ある(ファリサイ人、パリサイ人と表記される場合は、厳密
には「ファリサイ派に属する人」を意味している)。なお、
ファリサイの意味は「分離した者」で、律法を守らぬ人間
と自らを分離するという意味合いがあると考えられている。
現在ではファリサイ派という名称は使われず、「ラビ的ユ
ダヤ教」、あるいは「ユダヤ教正統派」と呼ばれている。
                (wikipedia)
.
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://www.youtube.com/watch?v=1gWbIHhGUx8
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2013年12月2日月曜日

イエスは言う、「サタンよ、引き下がれ」・・と、

 題:イエスは言う、「サタンよ、引き下がれ」・・と、
...(真を求めて 皆様ととともに幸せになりたい)
.
 キリスト教のイエスの最後の1週間は、
 「受難週」とよばれる。
 この最後の1週間のイエスの行動を決めたのは、
 「イエスの心が終末意識で、頭が一杯だった」からと判
断できる。
 シュバイツァー博士も、その様に判断している。
 博士は、
 「イエスの自意識の中に終末思想があった」と主張した。
 また、当時は、終末思想の全盛期であった。
 イエスも、この終末思想全盛期の中で生きて来た。
 そして、その思想に大いに影響され、
 洗脳されて来た。
 その様な、イエスの心の状態の中から、
 「絶対あって貰いたくないこと。
 それは、神殿の崩壊が頭に満ちて来るイエスだった」。
 そして、イエスは、神殿が崩壊すると口にして、言い、
 そして、その事を、預言する。
 イエスは、その様な、切迫する心の状態の中に居た。
 切迫する危機感の中で、
 口にせざるを得ない心の状態の中に居た。
 イエスの脳裏は、
 終末の光景に満ちていた。
 世相も、これと同様、まったく暗い、
 夢も無い、また、乱れ、倫理も最悪の中、
 戦乱に明け暮れる世の中だった。
 このイエスの受難週の、
 「イエスの行動も乱れていた」。
 エルサレム神殿で、弟子達をつれ、そして、大暴れした。
 この様な事が予感したのか、
 弟子たちは、「イエスのエルサレム行きに反対した」。
 イエスは激怒した。
 そして、「サタンよ、引き下がれ」と怒鳴った。
 弟子たちの考えと、イエスの考えは、
 完全に食い違いを起こしていた。
 キリスト教聖書は、ここの所を、
 主人公のイエスを悪く書く訳にはいかないので、
 すべて、「弟子たちが悪い」と書いてはいるが、
 例えば、
 ペテロがイエスを諌(いさ)めたとある。
 諌めるというのは尋常では無い。
 異常である。
 イエスと弟子たちは、
 完全に意識の食い違いの中に居た。
 イエスの刑死の時に、
 弟子たちが一人も居ないというのは、
 イエスと弟子たちが、完全に理解し合う間柄では無かっ
た事に原因がある。
 だから、行動を共にしてない女性たちが、
 イエスとの意見のぶつかり合いも起きえない女性方だけ
が、刑の執行に立ち会う事になってしまう。
 当然、弟子たちだけが、
 『逃げた』と悪者にされてしまう。
 イエスは、少なくとも、弟子を掌握していなかったと言
える。
 理解し合えていなかった。
 その様な状態で、エルサレムに入ったイエスは、エルサ
レムの庶民を敵に回す。
 エルサレム庶民が、生活のために商う店に対して、暴力
をふるう限りの事を、イエスはする。
 エルサレムの人たちのイエスの評判は、更に一層下がり、
最悪に。
 律法学者やパリサイ派の人々をはじめ、手当たり次第に、
イエスは、口汚く攻撃した。
 尋常ではない行動をした。
 冷静さを失って居た。
 自暴自棄的であった。
 人生を、世を、あたかも、儚(はかな)んでいるが如く
であった。
 少なくとも、絶対に、理知的な行動とは、爪の先ほども
言えない状態だった。
 イエスは、口汚く罵った。
 『ベビよ、マムシの子らよ』。
 『偽善者どもよ』。
 イエスが捕えられるのは、完全に、イエスに原因がある。
 それは、さも、イエスが誘っている様でもあった。
 明らかに、イエスは、現代社会でも、現代の法律でも、
 警察署に連行される様な事を、イエスは行なっている。
 また、エルサレムの人々を怒らす事をしている。
 イエスも、捕縛されると思ったのだろう。
 ここまでしてしまったと思っただろう。
 その様な、予測をしていた。
 それにしても、世の中を覆う終末観の中、
 希望や夢の無い、悲惨な社会であった。
 それにしても弟子たちは、ボロクソに言われる。
 「イエスを理解しない、鈍い弟子たちだ」
 「苦しむイエスをよそに、高いびきで眠りこく」
 「調子よく生きる人間だ」
 「自分が不利になると逃げ出す人間だ」・・などと、
 サンザン言われる弟子たちが居た。
.
 (参考)いさ・める【諫める】[動マ下一][文]いさ
・む[マ下二]1 主に目上の人に対して、その過ちや悪い
点を指摘し、改めるように忠告する。諫言(かんげん)する。
.
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2013年11月27日水曜日

「ナザレのイエス」というが・・・、

 題:『ナザレのイエス』というが・・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教聖職者は説教する。そして、以下の事を言う。
 『イエスは、イザヤ書を愛読し、そらんじていました』
・・・と。
 そして、例としてあげたキリスト教聖書の聖句は3つで
した。
 下記は、その聖職者のあげた聖句の1つ(「ルカによる
福音書」4・17)です。
 そして、その聖句を読んでみると・・・、
 (「ルカによる福音書」4・17)には、
 「(イエスへ)預言者イザヤの巻物が渡され、お開きに
なると、次のように書いてある個所が(イエスの)目に留
とまった」・・云々。
 ・・・そして、ここを読んで感じたことが下記の(注)
でした。
 (注):
 ここの聖書の文は、
 イエスが、生まれ故郷のガリラヤで伝道を始めようとし、
 ガリラヤでの伝道をする様子を描いたところの文で、
 イエスが、ある会堂で、人々を前にして、ユダヤ教の聖
書を朗読をしようとして立った時、
 誰かからイエスへ巻物が渡されたという、
 ただ、その情景を説明している文・内容だけなのだが、
 そして、
 イエスがユダヤ教の聖書をそらんじていたなどと、この
キリスト教聖職者は説教していますが、
 上記の記述のように、「ある個所に目が留まった」とい
うことで、イエスの頭には予定して無かったことに目が行
ったという意味。
 この様な感じで、イエスは人々の前で話をするという事、
 ユダヤ教の聖書を朗読するという事をしていたという事
が分かる。
 そして、イエスが、目に留まって読んだところは、
 「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告
げ知らせるために、主がわたしに油を注(そそ)がれたか
らである」・・・。
 ここの「わたし」は、「イザヤのことを示している」。
 イエスのことではない。
 つまり、イエスは、『イザヤ書』を人々の前で読んだ。
 主人公は、『イザヤ』である。
 そして、そのイエスが読んだ中味は、
 「キリスト教の神が、イザヤのところに居る。
 そして、キリスト教の神は、イザヤに福音を知らせるた
めに、イザヤに油を注いで、『その行為をするのは、イザ
ヤ、お前だよ』と、キリスト教の神が言った」・・・とい
う箇所を、イエスは人々の前で読んだということ。
 つまり、イエスは、『自分がメシア(救世主)であると
いう意識より、伝道者である、福音を伝える聖職者である
という意識の元に人々の前に居て、イザヤ書を朗読したと
いう事。
 イエスには微塵にも自分がメシア・救世主という意識は
なく人々に聖職者・ラビとして立っている。
 (イエスは、弟子たちから、ユダヤ教の聖職者の事を示
す『ラビ』という聖職者の呼称で呼ばれていた)。
 そして、イエスは朗読した、聴衆に聞かせた「イザヤが
油を神から注がれたメシア(救世主)である」という事を。
 これは、イエスが、聖書を読んで聞かせて、イエスも納
得しているという事。
 ここではっきりしている事は、イエスには『救世主意識』
はなかったという事。イザヤなんだという文を朗読したと
いう事。
 因(ちな)みに、「油を注ぐ」という行為は、
 インドから、キリスト教の発生の地・イスラエル・パレ
スチナの地へ伝わっていったこと。
 キリスト教は、プロパガンダ(嘘宣伝)で、「一神教の
壁があるから、インドの多神教はイスラエルの地には伝わ
っていない」という嘘を言っているが・・、
 そして、油を注がれたもの=救世主という概念そのもの
も、インドから伝わっていったもので、インドの宗教儀式
のものだった。
 そして、何と、インドの「この概念をもつ宗教派閥の人
々」が、パレスチナの地へ移住をしている。
 「ナザレのイエス」と言うが、
 ナザレという名は、パレスチナの地にはなかったが、そ
の後、ナザレという町の名が出て来るが、この移住者たち
の町の名なのです。
 キリスト教はプロパガンダ(嘘宣伝)をしないこと、嘘
は言わないこと。
.
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非常に優れた書評

 題:非常に優れた書評
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 書評:「捨ててこそ空也」
           梓澤要著、新潮社、2000円、
 評執筆:橋本五郎氏(本社特別編集委員)
             (読売新聞2013・11・10)
  非常に優れた書評であるので、書かせて戴いた。
 副題:全存在かけて人々救う
  梓澤要氏、略歴:(あずさわ・かなめ)、
  1953年生まれ。
  1993年、「喜娘」で歴史文学賞を受賞してデビュー。
  著書に「阿修羅」など。
 [評の内容]:
 コーン、コーン、コーン、
 木枯らしの吹きすさぶ京の町辻を金鼓(こんく)の音が
流れていく。
 十一面観音像を乗せた荷車を弟子が引き、
 落ちくぼんだ眼窩(がんか)、削(そ)げた頬の空也が、
金鼓を打ち鳴らし、ひたすら念仏を唱えながら歩いている。
 「阿弥陀聖」「市聖(いちのひじり)」とも呼ばれた空
也上人。
 醍醐天皇の皇子に生まれながら、
 父に疎まれ、
 帝の寵愛(ちょうあい)を失って錯乱する母に、虐待さ
れ左肘が折れ曲がってしまう。
 行き倒れの死骸を、荼毘(だび)にふしている集団に出
会って衝撃を受け、身分を捨てることを決意する。
 天災、飢饉(ききん)、疫病が襲い、
 盗賊が跋扈(ばっこ)する平安の世。
 空也は、播磨国で孤独に耐えながら、
 一切教を耽読(たんどく)、
 自らが進むべき念仏の道を見出(みいだ)す。
 絶海の孤島で苦行を重ね、
 東国で布教の旅を続け、
 全存在をかけて苦しむ人を救おうとする。
 この小説は、
 数々の仏典を、実に、分かり易く説明しながら、
 空也の精神的遍歴をたどっていく。
 仏教への深い理解がなければ、決して書き得なかった作
品だろう。
 空也自身が、三井寺の千観(せんかん)という僧に答え
る場面がある。
 「道理、善悪、知識、それらはすべて我欲。
 往生を願う心も、悟りを求める心も、おのれを縛る執心
も捨てねば、
 おのれを捨てることなどできませぬ」。
 悟りとは「なにもかも、捨ててこそ」可能なのだ。
 私にとっては、空也が「捨ててこそ」にたどり着くまで
の道程とともに、印象深かったのは、
 40有余年行動をともにする頑魯(がんろ)の存在だ。
 少しばかり、知恵が足りないのか、動作も鈍く、誰から
も馬鹿にされている若者だった。
 しかし、その頑魯にこそ、
 山にも水にも空にも、仏を感じる心があることを、空也
は知るのである。
 真の「佛」とは、
 ひたすら、誰かのために生きるところにあるのかもしれ
ない・・と、思わずにいられなくなる。
 多くのことを教えてくれ、
 自らの日常を振り返らざるをえなくなる小説である。
.
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2013年11月25日月曜日

歓喜の宗教ではない。

 題:歓喜の宗教ではない。
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
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 青年エレミヤが、都・エルサレムに上って見たものは、
 救いようのない堕落した社会と、人々だった。
 モーゼの十戒は、あまりにも堕落した人々・低倫理の人々
に与えたものと言われているが、「姦淫するな」「人殺しを
するな」「盗むな」などなど、酷(ひど)い悪状態の人々へ
与えられたものと言われているが、
 このモーゼの十戒にしろ、各預言者たちの言葉は、この様
な、救いようのないぐらいの人々に対してであった。
 故に、今・現在、何ら、現代には参考とすべきものはない。
 預言者・エレミヤは嘆くのであった。
 「一人でも真実を求めるているのか?」・・と。
 キリスト教が出来た地は、「現代人が、想像できないくら
いの悪状態だった。最低レベルの倫理状態だった」。
 戦いも多く、悲惨だし・・。
 イエスの、半分諦(あきら)めの「汝の敵を愛せよ」は、
少し常識があれば、「誰でも言いたくなる環境」だった。
 イスラエルの民の国・南ユダ王国を滅ぼしたアッシリアは、
新興して来た国・バビロニアによって一挙に滅ぼされた。
 そして、バビロニアは、老大国・エジプトと戦う。
 この時、ヨシュアは戦死した。
 そして、申命記改革が無に帰していく。
 雑多な宗教にまみれる。
 エレミヤの口から呪いの言葉が漏れる。
 「私の生まれた日は呪われよ。母がわたしを産んだ日は
祝福を受けるな。わたしの父に「男の子が、生まれました」
と告げて、彼を大いに喜ばせた人は、呪われよ。その人は、
主の憐れみを受ける事なく、滅ぼされた町のようになれ。
・・以下略。いくら読んでもためにならないので略す。
 何しろ最後にエレミヤは言う「なにゆえにわたしは胎内を
出てきて、悩みと悲しみに会い、恥を受けて一生を過ごすの
か」である。歓喜の宗教ではないのである。全く生産的では
ない。出生の本懐に悩むエレミヤなのである。絶対に本物の
宗教ではない。参考:(「エレミヤ書」20・14~18)。
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 そして、もう一題・・秘密保護法案。、
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 →やはり、日本には「秘密保護法案」が必要だと分かりまし
た。以前、投稿した文は削除させていただきます。
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   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://www.youtube.com/watch?v=1gWbIHhGUx8
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正しい考え方・哲学・宗教でなければ、結果は悪しきものとなる。

 題:正しい考え方・哲学・宗教でなければ、結果は悪しきものとなる。
   イエスの十字架を待つまでもないとはっきり言える。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
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 イスラエルの民の国・南ユダ王国を滅ぼしたアッシリア
は、新興国・バビロニアに滅ぼされた。
 そのバビロニアは、紀元前605年に、大国・エジプトと、
シリア辺りで、大激戦をした。
 その結果、エジプトからこの地方の覇権を奪い取った。
 情勢判断がよかった預言者・エレミヤ(キリスト教預言
者)は、予言が当たった。
 エレミヤは、「災いが北から来る」と言っていた。
 キリスト教の預言者は、最初、占い者(先見者・ローエ
ーと呼ばれた)であったが、この様なもの、当たらぬも八
卦的なのである。
 また、何も世界的な事を言う訳ではない。
 自分が居住し、存在している時と周辺にだけに、興味を
持ち、その周辺の事情についてだけを言うだけ。
 それも、遠い昔の、ある特定の一地域の、一時期を。
 つまり、自分の生きている時だけの事。
 このキリスト教の預言者・エレミヤだって、多くの預言
者と同じだった。未来の事など言わないし、分からないの
だ。
 例え、言ったとしても、当たるも八卦的なのだ。
 こんな状況のエレミヤの預言を、人々は過激な話しに終
始した。
 そして、エジプトは、紀元前590年、懲りずに、バビロ
ニアに反逆した。
 エジプトの支配下にあったエルサレムは、バビロニアの
大軍に包囲された。
 エルサレム籠城(ろうじょう)である。
 エレミヤは、降伏することを勧めた。
 このエレミヤに対し、エルサレムの民は激怒した。
 エレミヤは捕(つか)まり、井戸に投げ込まれた。
 食事も与えられず餓死を待つばかりとなった。
 その時、王に仕えるエチオピア人(多分、黒人の方だろ
う)の取りなしで、エレミヤは危うい所で救い出された。
 そして、牢屋に入れられた。
 エルサレムは、バビロニア軍に包囲された籠城状態であ
ったが、とうとう食料が尽き、バビロニア軍に降伏した。
 紀元前587年の事だった。
 王は、捕えられた。
 そして、目をくり抜かれた。
 王子たちや、重臣、そして、家族たちは、王がまだ目を
くり抜かれる前、まだ目が見える時に、王の目の前で、全
員が殺された。
 そして、イスラエルの国民の主だった者たちと、目をく
り抜かれた王は、バビロニアに連れて行かれた。
 第二回のバビロニア捕囚だった。
 こんな悲惨なだけのキリスト教の聖書の話しは、
 何の役にも立たない。
 特に、子供には読ませたくない。
 害を与えるだけだ。
 エレミヤは、降伏を主張したので、バビロニアから「う
い者だ」と、『親バビロニアの者』という事で、釈放され
た。
 釈放された町は、エルサレムは、神殿もなく、焦土・焼
け野原だった。
 悲惨な歴史の展開の中に、年老いたエレミヤが居た。
 そして、日本の第二次世界大戦後の様な生活の中に、エ
レミヤは置かされた。
 人の心を豊かに導く、正しい考え方や哲学あったならば、
こんな不毛な展開に絶対ならなかっただろうに、
 こうならないための考え方や哲学・宗教が、この地には
存在しないとしか言えない。
 考え方・哲学・宗教が、この様な悲惨な姿にさせ得ない、
力がないから、こんな悲惨な事が、民に起きてしまうのだ。
 この様な、考え方・哲学・宗教に居る限り、民は幸せに、
絶対、なり得ないのだ。
 この実際起きた現実が、悲惨な現実が立証している。
 このままなら、改善されないだけでなく、同じ事が繰り
返され、
 民は、更なる、悪結果に陥(おちい)って行くだけだろ
う。
 エレミヤは、このエルサレムの陥落で、出エジプト記で
神とイスラエルの民との間で結ばれた契約、
 モーゼが山に登って神に会い、結んだ契約は、
 エルサレムの陥落と共に破棄されたと言い、
 これから新しい契約の結ばれる日が来ると言った。
 エレミヤの頭の中には、『モーゼの契約は破棄された』
しかなかった。
 「主は言われる、見よ、わたしがイスラエルの家とユダ
の家とに新しい契約を立てる日が来る。この契約はわたし
が彼らの先祖をその手をとってエジプトの地から導き出し
た日に立てたようなものではない」と。(「エレミヤ書」
31・27~34)は記している。
 モーゼの契約は、まったく、反故(ほご)にされ、馬鹿
にされ、過去のものと、すでに、されている。
 『イエスの十字架を待つまでもない』・・と、
 はっきり言っている。そして、はっきり言える。
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 そして、もう一話・・・、
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 題:アメリカを考える上での「もう一つのファクター」
   アメリカ白人保守層の反発。新しい州を!
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
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 アメリカを考える上での「もう一つのファクター・要因」
は、アメリカ国民の人口構成の変化だ。
 今、アメリカ国民の人口構成で1番多いのは、「白人(非
ヒスパニック系)」で、約62~3%ぐらいだ。
 2番目が、ヒスパニック系で約17%ぐらい。
 3番目が、黒人で12%ぐらい。
 4番目が、アジア系で6%ぐらい。
 そして、その他である。
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 この人口構成が、急激な変化をしている。
 ヒスパニック系の方たちの流入で、変化している。
 人口構成の変化は、白人の比率が、年々、減少し、
 2060年の予測では、白人45%ぐらいに減少してしまう(
約27%減)。
 そして、ヒスパニック系の方たちが35%ぐらいに増加とな
る。106%増加で、倍増以上である。
 今・現在でも、コロラド大学デンバー校のマイケル・カミ
ングス教授は、「人口構成の変化は、他の多くの州で起きて
おり、今後も続く。これは共和党には逆風であり、保守層の
不満は高まって行くだろう」と話す。
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 農村部の白人保守層が、発言力の低下に危機感を抱いてい
る。
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 コロラド州は、伝統的な農業地帯であったが、都市部の人
口増に伴って、農村部の人口の共和党支持層の割合が低下し、
その結果、政治的な影響力の低下にと、強い焦りを抱いてい
る。
 それ故、州から分離という政治手法を模索している。
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 なぜならば、ヒスパニック系などのマイノリティーは、社
会保障の充実などを揚げる民主党を指示する傾向があるから
である。
 そして、予測では、ヒスパニック系などが、移民の増加や
高い出生律で人口を伸ばし、
 2050年頃には、白人(非ヒスパニック系)が、5割を切る
とされている。
 この様な、人口構成の変化に対する、白人保守層の危機感
で、白人保守層は、住民投票の行動に出たわけである。
 アメリカ西部のコロラド州の農村部にある11か所の群で、
11月5日、「州から分離して新しい州を作る」ことの是非を
問う住民投票が行なわれた。
 賛成票が、過半数に達する見通しとの事。
 そして、銃規制など、オバマ政権下で進む、リベラルな政
策に対し、
 共和党を指示する地方白人保守層の反発の強さが、浮き彫
りになっていると伝えている。
 この住民の多くの白人保守層は、共和党の大統領候補へ投
票している(約8割)。
 しかし、移民の増加などで、都市住民が増え、これまで共
和党が強かった州議会で、民主党が多数を握る様になったと
の事。(参考:読売新聞2013・11・7)
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 (参考)リベラル【liberal】.[形動]1 政治的に穏健な
革新をめざす立場をとるさま。本来は個人の自由を重んじる
思想全般の意だが、主に1980年代の米国レーガン政権以降は、
保守主義の立場から、逆に個人の財産権などを軽視して福祉
を過度に重視する考えとして、革新派を批判的にいう場合が
多い。2 因習などにとらわれないさま。
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   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://www.youtube.com/watch?v=1gWbIHhGUx8
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