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2011年10月14日金曜日

エゴ(自我) から 争い へ

題:エゴ(自我)から争いへ


☆(キリスト教の教義の根幹をなす エゴ(自我)から争いへ)
 個人のエゴ・・人間が生きていくうえで、
                エゴは必要悪なのである。
 自己のエゴをそのまま是認してしまえば、
                 堕落が始まる。
 教養と問えば、剥き出しのエゴに多少とも磨きをかけ得る品性の
                 ことと言える。
 我々は、
  おのれのエゴの醜さを恥じ入り、
   それを少しでも控え目にさせることによって、
     辛うじて
       人の道を踏み外さずに
        生きていくことができるのであろう。・・・

 時に、
  エゴは、
    存在感を高めたり、
      自己の目的達成のために、
        しばしば宗教を利用する。・・・

 強烈なエゴを持った人物が、
 そして、
     強欲な人間が
        狡猾にも宗教を利用し始めると、
           その被害は甚大なものになる。・・・

 (ナチスの例)・・・
 特定の民族や集団は、
   長期間にわたって抑圧を受けると、
    その屈辱感が心的外傷となって、
     幾世代にもわたって
    集団の心理的DNAの内部に留まることになる。・・・

 それが、
   特定の条件下におかれると、
     眠っていた集団的記憶が蘇り、
       爆発的な力を発揮する。・・・
      その典型的な例がナチス・ドイツである。・・・

 ナチスは、
   あえてキリスト教と
     ドイツ民族の優越性を唱え、
       約600万人の異教徒ユダヤ人に対して
    ホロコースト(『完全に焼き尽くす」という意味)を
                      やってのけた
 (キリスト教法王は
        ナチスに反対しないどころか、
                   なびいていた)・・

 デマゴーグ(扇動政治家)の最重要任務・・
   きわめて巧みに
      過去の歴史の古い敵を、
        現在の紛争の相手にすり替えてしまう・・・

 エゴが
   人前に現れる時、
       たいていは「 正義という名 」の
         「 美しい仮面 」をかぶっている・・・

 「 正義の名の元 」に
      制裁(争い)が起き、
         一種の「 魔女狩り 」が始まれば、
             とめどないものになる可能性は
                    十分にある・・・

 「 正義 」とは
      「 誤謬(間違えること) 」であると
            断言してもよいのではないか・・・

 争いは「 正義の主張から 」起きることが
                ほとんどではなかろうか・
      .... (参考文献:「なぜ宗教は平和を妨げるのか」
                  講談社α新書より 

☆キリスト教の「人間は生まれながらにして原罪がある」という
 教義と、
「天に召されることを喜びとし、目的とする」という
 信条から、
 現実の人生に於ける
         生きる意味も目的も見失い、
 現実活動や社会建設の意欲を失い、
 また、
 そのような活動に励むものを見ても喜びを感じなくなった
 との声も聞く。
 この様な方の救済もせねばならない。 (新聞投書欄より)

☆ダグラス・アダムズを追悼して
    「庭が美しいことさえ分かれば十分じゃないのか? 
         花の下に妖精がいるなんて信じなくても」 
      〔『銀河ヒッチハイク・ガイド』第16章より〕

2011年10月13日木曜日

ウナギよ!お前もか。資源枯渇と日本を出ていく日本の企業、真から海外企業化する。

 題 : ウナギよ!お前もか。資源枯渇と日本を出て行く
           日本の企業、真から海外企業化する。

☆《食糧の安全保障・・
  ウナギよ!お前もか
  ・・資源枯渇・・
    今までの『はず』が、
    おかしくなっている・・
    食糧の確保は大切な、第一重要課題・・
    日本の食糧を粗末にするTPPでは・・
    国民の安全を保障できない・・
    TPPは止めよ。
    きめ細かいEPAを積み重ねる事に・・
    努力して行け・・・》:

 (記事 抜書き):
  ウナギの養殖が2年連続の危機に見舞われている。
  稚魚のシラスウナギは
  国産品が昨年に続いて不良となり、
  中国本土産や台湾産も供給減少の懸念が強まってきた。
  エサの魚粉も品薄の可能性が高い。
  資源枯渇を懸念する声も出始めた。
  養殖ウナギの国内最大産地、愛知県一色町。
  「シラスウナギは不良の翌年はたくさんとれるはずなのに」。
  一色うなぎ漁業協同組合の組合長は表情を曇らせる。
  養殖業者は
  11月〜翌年4月に河口で取ったシラスウナギを池に入れ、
  半年から1年かけて育てる。
  主産地の南九州では
  今シーズンのシラスウナギ漁獲量が現在、
  過去5年平均の4割程度だ。
  (注):びっくり数字だ。
      半分以上が日本以外のどこかへ行ってしまったか、
      何かの通年にない異常が発生したのだ)。

  国産の価格は、2月中旬時点で1キロ55万〜80万円。
  昨年より安いが 例年の『 2倍 』。
  生産者が望む価格は 30万円程度。
  商社などは昨年、
  中国や台湾から活ウナギや冷凍かば焼きを輸入して
  不足分を補ったが、今年は海外でも稚魚の不漁が深刻。
 
  東京大学大気海洋研究所の木村伸吾教授は
  「アジアの資源危機が明確になった」と語る。
  中国や台湾では 1990年代から日本向けの養殖が拡大し、
  シラスウナギの漁獲量が急増してきた。
  河川環境の悪化も影響し、
  産卵する天然ウナギの数が減った可能性が高い」(木村教授)。
  中国や台湾の養殖業者は 値上げ姿勢を強める。
  中国産冷凍かば焼きの輸入価格は、
  1キロ30ドル前後と昨年末比2割近く高い。
  日本鰻輸入組合の森山喬司理事長は
  「今年の中国産かば焼き輸入量は昨年の半分程度になりそう」と語る。

  ウナギのエサの魚粉の品薄懸念も 強まっている。
  ウナギのエサには チリ産アジを使うが、
  乱獲で今年の漁獲枠は28万4千トンと前年比8割減った(※びっくり数字)。
  「20年続いたアジ魚粉の生産は今年で終わり」(専門商社)
  との声が多い。
 (※この様に、何十年と続いた事が出来なくなっている)。
  イワシ魚粉も 
  1月にペルーで長期の禁漁が決まり、
  漁獲量は前年比3割以上減る見通し。
 (※お金を出しても手に入らないという時代になってきている)。
  価格は 年初比2割高い。
 (※1〜2ヶ月の間に割の単位で 食糧価格などが上昇する時代)。
  飼料メーカーは 大豆かすなど「代替原料を検討している」
 (日本配合飼料)。
  2009年の養殖ウナギ生産量は 
  約2万2千トンと1989年のピークから4割減った。
  消費量は 昨年に猛暑で伸びたが、
  大幅な拡大は見込めず、
  消費者への価格転嫁は難しい。
  淘汰に追い込まれる業者が増えそうな気配。
                 (日経2011・2・23 )
 ※ウナギに限らず限りある地球が与える限界を見せてきてい
る。
  人間にとって一番大切な食糧確保の問題。
  TPPは「農産品など食糧も特例にしない、関税はゼロ」とし
 ている。
  EPPは お互いの立場を尊重し折りあい点を研究期間までもう
 けて、締結してきている。
 「エイ! ヤー!」と「日本の食の安全を守る日本の農産品」
 を切り捨ててしまう訳には行かない。
  大量生産が出来る米国の農産品と同列だ。
  「保護するな」の言い分はどうみても自分勝手だ。
  この安全保障を捨ててまでして TPPの締結の圧力を日本の省
 庁へ掛ける経団連。
  再考を。
 「工業品」関連企業の多い経団連。
  私利による発言なら反省を。
  私欲による圧力なら反省を。
  本当の悪人は君かも? 

☆《日本を出て行く日本の企業・・
  『海外で稼いだ金を日本へ』
  の話は昔話で、
  今はない・・
  海外で稼いだ金は、海外で使う・・
  これでは日本企業ではない・・
  海外企業である・・これでは、
  いまでたっても日本は元気にならない・・
  『 政治家よ! あらゆる現状を直視せよ 』・・
  そして、日本を救う熟議をせよ・・
  自分の企業だけ潤えば良いのだろうか・・・》: 

( 記事):
  日本精工は 中国での事業体制を見直す。
  今後3年内に中国の統括会社のグループ会社に対する出資比率
 を引き上げ、100%に近づける。
  グループ会社の配当を統括会社に集約し、『 中国で稼いだ
 現金を同国内での設備投資や企業買収に回しやすくするのが狙
 い 』。
  中国には統括会社のほか、軸受けなどの生産を手掛ける13の
 グループ会社がある。
  今のところ統括会社が100%出資するグループ会社は3社だけ
 で、残りはほぼすべて日本精工本体と統括会社の共同出資。
  グループ会社は合計で年間数十億円の配当を払っているが、
 このうち多くは日本精工本体が受け取ってきた(注:過去形だ。
 今後はない)。
  統括会社は今後、生産を担うグループ会社の第三者割当増資
 を引き受けるなどして、グループ会社に対する出資比率を高め
 ていく方針。
  新たに生産子会社などを設立する際は、統括会社の100%出資
 とする(注:つまり中国の統括会社の資本を大きくしていく。日
 本への配当支払いも止めるということ)。
  2011年3月期は連結売上高の1割強に相当する900億円程度が
 中国での売り上げとなる見込み。
  2017年3月期には中国での売上高を2000億円以上に増やす計
 画で、2012年3月期以降は年平均100億円以上を投資する方針。
  『 中国で稼いだ現金は同国内での再投資に回しやすく 』
 する。              (日経2011・2・19 )
 ※中国の統括会社にグループ会社の配当をこの中国の統括会
  社に集約する・・? 
  日本から生まれた配当も 中国の統括会社へ集約する・・? 
  これでは日本が細ってしまう。
  日本への背信行為・・か? 
  自分さえ良ければよい・・か? 
  政治がぐうたらしているうちに、日本企業もこんなになってし
 まった・・か? 
  日本企業が『 中国の内で景気のサイクルを回す役 』をする
 ということ。
  ひどい話だ。
  これではいつまでたっても日本は景気が良くなり、元気になる
 訳がない。
  日本で育った企業が中国へ行ったという、ただそれだけの話で
 はない。

2011年10月10日月曜日

戴いたコメントにお答えします・・・二宮政吉さんの『 同じ気持ちです 』について

 題 : 戴いたコメントにお答えします
     ・・・二宮政吉さんの『同じ気持ちです』 について

 差出人: 二宮政吉さん
 日付 : 2011年05月19日 17:50
 件名 : Re:同じ気持です

 メールありがとうございます。
 ご指摘のことは、部分的には同意します。
 ヨーロッパ北欧のキリスト教とは、土着宗教の影響が色濃く
あります。
 キリスト教の布教活動により、土着宗教(迷信宗教)を信じ
ていた民族がキリスト教に改宗させられていったからです。
 ハロウィンについては、ケルト民族の土着宗教と、カソリック
中世暗黒時代における布教活動が重なったところから発生した
文化でしょう。
 現代では、ニューエイジの影響が強いようです。
 中世の暗黒時代における布教とは、このケルト地方のアングロ
サクソン人の改宗から始まりました。
 当時、ヨーロッパは南方からのイスラム教勢力の侵略に脅か
されつつあり、教会を守るために、北方への布教を強いるように
なったのです。
 その流れの中で、迷信深い北方民族のキリスト教への改宗は
必須でした。
 迷信深い土着宗教にキリスト教が妥協せざるを得ない時代で
した。
 その中に、ハロウィンの起源もありそうです。
 日本のキリスト教も、明治初期は、武士道(思想精神ですが)と
深く結びついたものでした。
 迷信宗教は、キリスト教にとって、コンピュータのバグのような
ものです。
 歴史の反省とともに、除去することが必要です。
 現代では、ハロウィン(カルト的祭典)を記念日とするキリスト
教派は、カソリック含め、ありません。
 また、中世の暗黒時代、宗教裁判があり、多くの人が、残虐な
死を遂げていることも事実であります。
 力の理論と「あなたの敵を愛せよ」というキリストの愛の教え、
いつの時代にも教会が悩む課題です。
 プロテスタントの歴史は、その罪を背負ってきたカソリックの
歴史(中世暗黒時代)の反省から出発しています。
 では、そのプロテスタントの時代になって、力の理論は消えて
なくなったのだろうか?
 ブッシュの戦争主義を支えていたのが、プロテスタントである
福音派と呼ばれるキリスト教原理主義の団体と批判されてきま
した。
 ここにも力の理論は存在しています。
 では、そのような力の理論を、私達は賛成しているんでしょ
うか?
 力の理論は、キリスト教の教えではないのです。
 全く正反対であります。
 ただ、聖書を読んでいると、新約聖書の他に、旧約聖書という
ものがあり、そこに侵略的文献があります。
 ですが旧約聖書は、直接はユダヤ教の教えであります。
 しかし、その旧約の中に、イエスキリストの預言が含まれて
いるので聖書の一部として採用しているのです。
 「目には目を、歯には、歯を」とは、旧約聖書に書かれている
ものです。
 新約聖書には、書かれていません。
 むしろ、新約では、「右の頬をぶたれたら、左の頬も出しな
さい」と書かれているのです。
 カソリックの暗黒時代の反省に立ったプロテスタントと同じ
ように、旧約聖書の暗黒の反省に立った新約聖書と言えます。
 ブッシュ政権を支えていたキリスト教原理主義者たちは、旧
約聖書を利用して、悪を征伐する、力の理論を採用したのです。
 ですが、それは間違いであり歴史が証明するでしょう。
 もし彼らのなしてきたことが認められるのではあれば、多くの
キリスト者の殉教は、なんの意味もない犬死です。

 ただ、政治世界では、9・11事件を解決するには戦争する
しか選択肢はなかったように思えます。
 世界の表舞台(政治、経済)がキリスト教主流世界であるため、
多くの人が、キリスト教と戦争を結びつけ考えるのもやむ負えま
せん。
 麻生前首相がクリスチャンだと言っても、本当に信じているのか
私には分りません。
 名目クリスチャンは、腐るほどいます。
 名目クリスチャンが天国に行けるのではありません。
 イエスキリストの、いのちを受けた者のみが天国に行けるの
です。
 それから、キリスト(聖書)を利用した、カルト宗教も多くあり
ます。
 エホバの証人(ものみの塔)などは代表的な宗派です。
 多くの歴史的過ちと、聖書理解の誤解が今のキリスト教に対する
偏見となっています。
 今の時代、幸せ病が蔓延しており、神様の目から物事を見る
ことのできるクリスチャンや教会は少ないと思われます。
 その様な幸せ病の牧師や信者が聖書を読んでも、「論語読みの
論語知らず」となりましょう。
 ただ言えることは、人とは、良心があり、何が間違いで、何が
正しいのか、自分の力で判別する能力を持っています。
 多くの素晴らし信仰者たちが今まで輩出され、それを受け継ぐ
キリスト者達がいることも事実だからです。
 参考になったかどうか分りませんが、後日に譲ります。

私の返事:
 二宮政吉さんへ コメントありがとうございます。
 同じ気持ちですと言って戴き ありがとうございます。
 ハロウィンとキリスト教とのかかわりなどの記述、キリスト教が
布教に際し、ヨーロッパの多神の宗教と、よく言えば融合、悪く
言えば妥協が、大分、起きたところです。
 魔女と関わるところなどキリスト教も無関係とは言えないところ
です。
 キリスト教系の学校でも喜々として行っているところでもあり
ます。
 また、ハロウィンがキリスト教と無関係とするのなら、日本での
行事化についても 明確に反対姿勢・行動を示して欲しいところ
です。
 ブッシュ政権に関することは同感です。この行為は間違いです。
 貴方様のおっしゃる「何が間違いで、何が正しいのか、自分の
力で判別する能力を持っています」とのお言葉には大賛成です。

 私は、神の言葉を戒・律・掟というかたちで伝えるというキリ
スト教の『他律戒』の在り方は良くない(間違い)と思います。
 あなた様のこの記述の様に「何が間違いで、何が正しいのか、
自分の力で判別する」が正しいと思います。

 自分で判断し 自分で何が正しいかを決める…です。
 『自律戒』です。

 キリスト教はこうではありません。
 「神の言葉を与える」・・です。
 キリスト教徒に判別力があると信じて、そして、キリスト教徒に
判断させるという、キリスト教は教義設定にしていません。
 キリスト教徒の判断能力に関し、無能力者のごとくに扱って
います。
 全て神の言葉を信じ、そして従う・・・です。
 また、それを 『 よし 』 としています。
 また、イエスキリストが旧約聖書と全く逆である点(あなたも
おっしゃっておりますが)を整合させていないという問題点を、
回避し、キリスト教は御都合主義的に振舞っていると言われても
仕方ないところもあります。
 正反対の教義が共存しているのです。
 都合のよい時には右と言い、都合が悪くなると左と言う。
 これが問題を大きくしています。ブッシュさんの例のように。

 [ 添付 ]
 ☆ 己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。
 ☆ 以和為貴・・・(和をもって貴しとなす)。
 ☆ 一切衆生、悉有佛性 :
  (いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう)・・・この世の
 あらゆる生きとし生けるものは、ことごとく皆、佛性(佛の性質・
 佛と成り得る資質)が備わっています。
  そうした生きとし生けるものでもって宇宙は構成され、すべて
 (万物)が繋がり、時は流れています。
  そのつながりの中で育んで行きましょう。
 [参考比較] キリスト教の人間生来の 原罪 : 原罪(げん
 ざい)とは、エデンの園において人類の始祖であるアダムとイヴが
 最初に犯したとされる罪、およびその罪が人間の本性を損ね、ある
 いは変えてしまったため、以来人間は神の救い・助けなしには克服
 し得ない罪への傾きを持つことになったという、キリスト教の多く
 の教派において共有される思想。
 (ここを原点として、信じなければ救いを拒否し、切り捨てる
 というキリスト教がある)

☆ 真実の声 :
 すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。 
 己が身にひきくらべて、
  殺してはならぬ。
  殺さしめてはならぬ。    
             ・・・ 仏典『ダンマパダ』より

2011年10月9日日曜日

キリスト教の プロパガンダ

題 : キリスト教の プロパガンダ :
           自分の利益のための悪宣伝の行為 

 本当は、
 イスラム世界の方が
 教育が進んでいた。
 そして、
 キリスト教の聖書の研究なども
 遥に進んでいた。
 中世ヨーロッパのキリスト教神学者は、
 イスラム諸国へ留学したくらいであった。 

 イエスの一生が
 絵画や像で分かりやすく表現されているが、
 キリスト教徒が、聖書を読めなかったからである。
 しかし、
 その様な事実を隠して、
 イスラム教徒は
 野蛮で
 文盲だという嘘の宣伝をし、
 キリスト教徒の間に広め、
 事実と反対イメージを染み込ませ、洗脳した。

 これはこの後、長くヨーロッパ世界に定着した。
 聖書の中の記述においても、
 事実と違う記述が
 非常に多い。
 1例、
 イエス・キリストは、
 現代のクリスマスの日に生まれていない。
 馬小屋での誕生も、
 当時のあっちこっちにあった話。
 日本の神道は、
 割り切って神話だと言っているが、
 キリスト教聖書も
 神話・創作というセンスを表明すべきだ。
 その方が、好戦的な聖書の記述ニュアンスが
 平和的方向へいく。

☆リチャード・ドーキンスの言葉 :
 「旧約聖書」の神は、
 おそらくまちがいなく、
 あらゆるフィクションのなかで、
 もっとも不愉快な登場人物である。
 不当で、
 容赦のない支配魔。
 執念深く、血に飢え、
 民族浄化を行った人間。
 人種差別主義者。
 大虐殺者、悪疫引き起こし、
 気まぐれな悪さをするいじめっ子、・・
 子供の時から、彼のやり口を教え込まれた者は、
 その恐ろしさに鈍感になってしまう : 

 (注) フィクション : 作り事。虚構。想像力によって
  作り上げられた架空のはなし。

☆イブン・ワラックの言葉 :
 一神教(キリスト教)は、
 やがて、もう一つの神を取り去って
 無神論になるべき運命にある。

☆「 偶像崇拝だ 」と、
 他教を、
 キリスト教は批難するが、
 キリスト教ほど、
 像で教会を
 デコレーションする宗教はない。
 祈る対象の十字架にも、
 像を付けたりしている。
 自分たちには、
 像はないと暗示するのも 
 プロパガンダであり自己洗脳・思い込み。

☆ラルフ・ウォルト・エマーソンの言葉 :
 一つの時代の宗教は、
  次の時代の大衆文学である。 :

☆漢方で有名な生薬、
 (植物・動物・鉱物をそのままで用いる薬)
 ・・というものですが、
 これを東洋のものと
 思っている方も多いと思います。
 西洋にもかつては生活の中にありました。
 それは、
 キリスト教による魔女狩りで、
 殺される対象になりました。
 薬を煎じている情景などが、
 魔女狩り旋風に巻き込まれ、
 壊滅しました。
 これもキリスト教の愚かさが原因しています。

☆(本より)
 キリスト教は
 憎悪を募らせる力にはなっても、
 対立する人々の
 紛争回避力にならない
 過去の経緯がある。

2011年10月8日土曜日

目には目を・・・について

題 : 「目には目を」・・・について

 御質問にお答えさせて戴きます。

 下記が、
 ハムラビ法典から、キリスト教の旧約聖書や新約聖書にも同
様記述がなされた記述の1例です。

 (キリスト教の聖書の記述例)
   もし女の目が傷ついたら、償いとして男の目を傷つけ、
   歯が折れたら歯を折る、手には手を、
   足には足を、やけどにはやけどを、
   傷には傷を、むちにはむちを、である。

 キリスト教徒は 
 この様な数々の
 あまりにも悲惨な教義に驚き、
  曲解に次ぐ曲解が行なわれている。、
 その結果、
 曲解の習慣化と
 曲解による日常的な思考という状況が
 現出している。
        〇〇〇〇さん 5月4日 23:49

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

☆ 解決方法は無限にあるのです。
  聖書に書かれていることのみでは 
  ないのです。 
  相手の方々の持っている光り輝くいのちを 
  大切に思いやってください。 
  例え、
  キリスト教の神の義があったとし、
  そして、
  たとえ正義としても・・・ 
  「 やってしまえ 」 だけの教義では・・・ 
  また
  事を 善悪だけでしか
  捉えられないのでは・・・

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 
☆( ローマ教皇は 多神教へのあこがれを抱いていた )
 
   キリスト教は 一神教だ。 
   しかし、
   キリスト教で 一番偉い
   教皇ヨハネ・パウロ2世は、
   過去数世紀間の
   前任者すべてを合わせたよりも多数の
   聖人を作り出し、
   また、
   聖母マリアに
   特別の愛着を持っていた。
   彼が 多神教へのあこがれを抱いている事は、
   1981年に ローマで 暗殺者に狙撃されたが
   一命を 取り留めたが 彼が、
   そのことを
   ファティマの聖母マリアのおかげだとした時に、
   劇的に実証された。
   彼は
   「 聖母の手が 弾をそらせて下さった 」 と
   言ったのだ。
   なぜ聖母は、
   弾が 彼に 全く当たらないように
   しなかったのだろう という
   疑問を持たざるを得ない。
   6時間に及ぶ外科手術・・・
        参考文献 : 神は妄想である(早川書房)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  
☆ オックスフォード大学
       リチャード・スウィンバーンの言葉 :
   もし
   キリスト教の神が
   存在し、
   そのことを
   私たちに納得させたい のであれば、
   「 世界を 超奇跡で 満たす 」 ことが
   できただろうに。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  
☆ ブッシュ元大統領(父子)の起こした戦争の罪の広がり・・
  キリスト教徒の希望により行われ、「イエス・キリストの夢
 を見た」とイラク戦争を決断したブッシュ元大統領(子)。
  また、ブッシュ元大統領(父)が、同じくキリスト教徒の
 希望によって行った湾岸戦争の元軍人が心的障害によりホーム
 レスになっているとのこと(H22.2.27 日本テレビ)。ニュ
 ーヨークのホームレスの5人に1人はこの湾岸戦争の元軍人。
 
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 
☆ キリスト教は
    『 ヒエラルキー・上からの序列 』 が
                   根本設定の宗教。
  教義の考えの1例は 
         『 羊の様な信徒 』 を、
  その羊を導く牧童の様な牧師や キリスト教聖職者が、
     キリスト教の神の次の序列に居て、
  その 『 聖職者に能力がある 』 と 宗教設定し、
    無能とされた信徒を導くのだとの、
         全く人を馬鹿にした「宗教コンセプト」。

  そこには 『 皆と共に 』 という 『 心 』 はない。

  この 「宗教コンセプト」 が
        歴史に於いて 数々の悪行為の原因となる。
 
  この 『 根本から修復しなければならない宗教 』。

2011年10月7日金曜日

神の義によれば、人を誅してもよい・・・

 題 : (キリスト教の)神の義によれば、人を誅してもよい・・・について

 こんにちは
 キリスト教は
 「(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い」との
教義があります。
 どこにこの教義はあるのでしょうか。
 勉強したいです。
 よろしくお願いいたします。

 ビオラさんへ 
 はじめまして、ご質問を戴きました事に関しまして下記に書か
せていただきます。

(キリスト教の聖書の1例)
  ある町を攻撃しようとして、そこに近づくならば、まず、
降伏を勧告しなさい。
 もし、その町がそれを受託し城門を開くならば、その全住民を
強制労働に服させ、あなたに仕えさせねばならない。
 しかし、もしも降伏せず、抗戦するならば、町を包囲しなさい。
 あなたの神、主はその町をあなたの手に渡されるから、あなたは
男子をことごとく剣にかけて撃たねばならない。
 ただし、女、子供、家畜、および町にあるものすべてあなたの
ぶんどりり品として奪い取ることができる。
 
 あなたは、あなたの神、主が与えられた敵のぶんどり品を自由に
用いることができる。
 このようになしうるのは、遠くはなれた町々に対してであって、
次に挙げる国々に属する町々に対してではない。
 あなたの神、主が嗣業として与えられる諸国民の民に属する町々
の息のある者は、一人も生かしておいてはならない。
 ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、
あなたの神、主が命じられたように必ず滅ぼし尽くさねばならない。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ☆自分の利のために、他人を殺せと教えるキリスト教の神の教義。
  そして、
 この殺戮の悲惨な時点においても 「奪い取れ、奴隷にせよ」 と
 色々と指図するキリスト教の神の教義。
  この類の記述は 聖書の中に 種々多い状況。

  また、
  聖書において下記の示唆もある。
  ラテン語:talio:タリオ:被害者が受けたのと同じ害を
 加害者側に加える制裁。 local limit : local一定の空間を
 占める、limit限界点 : 現代のキリスト教徒の困惑となる一例。

 モーゼの時代には戦争をして相手を殺し、場合によっては奴隷に
 せねばイスラエル人(選民思想の民族)が殺される時代であった。
 この状況から生まれた教義が、「 当時の状況と当地の状況 」 と
 全く変わっている現代の「 他の地域や多くの時を経た今 」に
 おいてでも 同じ教義・同じ考え方で 存在している。
 TPOというものの見方がありますが、TPO的にも全くアウト。

 ☆与謝野晶子
     嗚呼、弟よ、君を泣く。   君、死に給うこと無かれ。 
     末に生まれし君なれば。  親の情けはまさりしも。
     親は刃を握らせて。     人を殺せと教えしや。
     人を殺して死ねよとて。   二十四までを育てしや。

     堺の街のあきびとの。    旧家を誇る主にて。
     親の名を継ぐ君なれば。  君、死に給うこと無かれ。
     旅順の城は滅ぶとも。    滅びずとても何事ぞ。
     君は知らじな、商人の。   家の掟に無かりけり。

      (後略)

☆『 相手のかたにも正義があるのに 』 との女性の小さな声が
 耳に印象的に残った。 
  そうですね。その通りと思います。私は答えた。
  神という衣を着せて「正義なのだから」と、「こちらは間違って
 いないのです」と。 争いは、どの様な場合もそのようになって
 居ります。
 宗教で、その形を是と教義すれば争いの多い状況になるのは必然
 です。 
  このキリスト教の教義は変えなければならないのです。

  これから未来を受け継ぐ若い方たちのために、人類の未来の
 ためにも。
  NHKは、義によって争う大河ドラマを日本中に放送し、洗脳
 した。 
  『 正義だ、やってしまえ 』 的ドラマを。 
  この大切なことが分かって戴いているのか? 
  影響力の強い放送媒体だけに心が痛む。
  実に、この様な事例が多い局です。

☆ 非が全くないという事でないのに、すべて相手が悪いと相手側へ
  すべて問題を転嫁し、
  なお且つ、
  良否判断の理性が全く入る事の出来ない宗教教義に規定する。
  キリスト教教義「(キリスト教の)神の義があるのだ、やって
 しまえ」をつくる。
  紛争の地が展開され、その歴史が連綿と続く。
  民は泣く。 
  キリスト者は、その罪を知っているか? 
  自分の勝手な・独り善がりな「正義」に真っ向から対立す
 るからと、
  そして、
  独り善がりな・勝手な宗教教義で「邪悪」だと「 決めつけ
 る 」。
  「 そんな宗教 」は否。

2011年10月6日木曜日

アインシュタインの言葉・・・など

 題 : アインシュタインの言葉・・・など

 ☆アインシュタインの言葉:
   神なんて
         想像しようとは思わない。
   大いなる自然の畏敬の念に 
         打たれるだけで十分だ。

 ☆アメリカの
     王立天文台長で、
         ロイヤル・ソサエティ会長でもある
  マーティン・リースの言葉:

   不信心な国教会教徒だが・・
       一族への「忠誠心から」
                教会に行くのだ
 
 ☆リチャード・ドーキンスの言葉 :
   アメリカは、
     想像以上に
        キリスト教徒でない人がいる。
   公表を、
        ためらっているだけ。

   無神論者の数は、
     多くの人が気づいているよりも、
           もっとはるかに多く、
   特に
      高い教育を受けたエリートの間に多い・・

   傑出した人々のうちの、
     どれほど大きな比率が、
       宗教への完璧な懐疑論者であるかを知れば、
         世間は驚愕するだろう。

 ☆キリスト教聖職者 KD氏 の言葉 : 
    戦争を起こしたのはキリスト教徒であって、
               キリスト教ではありません。
        KD氏 :キリスト教聖職者であり、
              キリスト教系大学教授、日本人。
        キリスト教の教義を教え、キリスト教徒にし
        たのは、キリスト教ではないのですか?の問い
        に返事はありませんでした。

 ☆キリスト教の教皇レオ13世の言葉 :
   『死刑は、教会に反逆するものが居た時、
              それは効果的な手段と言える』
   「教会が悪人を処刑しても許される。
              また、そうする義務もある』

 ☆聖ベルナルドゥスの十字軍兵士への言葉 :
   「キリストのために殺しても、死んでも、罪ではなく最も
    名誉あることである。
    殺すのはキリストのためであり・・・

 ☆本日(H22・2・26)、近所の英会話教師のカナダ人と、いろ
  いろ話 をしたが、その中に、
  『 カナダでは 確実に キリスト教徒が減っている 』 と
  その方は話されていた。

 ☆キリスト教の妖精は、本来、ケルト神話などの神々だった。
    それが変化し、いたずら者で、体も小さくなった。
    ヨーロッパの布教の時、ケルトの神々を悪魔に、キリ
    スト教はした。

 ☆マリア受胎の時14歳、既に老人ヨセフと婚約していた。
              (天国と悪魔がよくわかる本)

2011年10月5日水曜日

京都の 景観について

題 : 京都の 景観について

 尾形賢 京都府議様

  拝 啓
  はじめて、メールを差し上げさせて戴きます。
  〇〇市在住の者です。
  小生、先日(4月27日~28日)、京都御所特別公開(
 天皇陛下の金婚に際する特別イベントです)のツアーに参加
 し、27日は京都御所~金閣寺~竜安寺を巡り、28日は奈
 良の長谷寺~室生寺を巡りました。
  久しぶりの旅でした。
  京都御所は、紫寝殿の奥の方が拝観できました。
  久しぶりの良い旅ができたと喜んでおります。
  そして、京都の夜は、高台寺さんからの日没のきれいな京
 都の町の景観を堪能することもできました。
  また、高台寺さんのきれいな夜間拝観もさせて戴き、外国
 人の方と挨拶を交わさせて戴いたり、立ち会われている竜谷
 大学の学生さんと意見交換ができたりした充実した夜でした。

  この日の宿泊先の 「 ホテルマイステイズ京都四条 」で
 若い方と京都の町の景観の話になった折りに、
  貴議員様(尾形 賢様)の「京都の景観についてのお働き」
 が話題になりました。
  ご活躍ありがとうございます。
  小生が京都を訪れたのは、中学と高校の修学旅行以来でした
 ので、半世紀ぶりの京都でした。
  京都の町の変容は、仕事の折りに」新幹線から気になりな
 がら見る程度でした。
  だんだんお寺さんが見づらくなるのは感じていましたが、半
 世紀ぶりとはいえ、町中に入って見たその様変わりには悲しく
 なりました。
  大切な京都の財産、日本の宝が失われて行く様でした。
  ドイツを訪れた時の驚きと正反対の驚きでした。
  ドイツは本当に景観を大切にしております。
  町の方々の生活もあるとは思いますが、何とかならないので
 しょうか。
  幸い新聞で、外国人の方々の京都の訪れも1パーセント増と
 日経新聞で読み喜んでおりますが、お寺さんがたが頑張ってい
 るだけでは駄目だと思います。
  税収のアップのためとはいえ(ホテルの方のご説明)南口の
 大型店舗の出店は、僅かに京都の面影を残す周辺小売店の消滅
 を意味しているのではないでしょうか?
  北口と同様に、ここも東京・銀座と同じ町の景観と化すこと
 になると思います。
  飛躍的な施策を為さねばならないと思います。
  よろしくお願い申し上げます。                                                敬 具

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ☆京都府議会事務局より 御返事を戴きました 
                   平成21年6月1日

  小生の上記・提案が 府議会の各会派(自由民主党議員団、
 民主党議員団、日本共産党議員団、公明党議員団及び京都創生
 フォーラム)へ送付して戴けたという内容でした。

  早速、京都府議会事務局と尾形議員へお礼のメールをしました。

2011年10月4日火曜日

ブッダの ことば

 題 : ブッダの ことば

   慈 し み

   一切の生きとし生けるものは、

   幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。

   一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。

   何びとも、他人を欺いてはならない。

   たといどこにあっても、

   他人を、軽んじてはならない。

   互いに、他人に苦痛を与えることを、

   望んではならない。

   この慈しみの心づかいを、

   しっかりとたもて。


 ブッダのことばについて

 財団法人東方研究会は、
 中村元初代理事長が、その後半生を傾注し、
 私財を投じて創立し、
 昭和45年11月、文部省(現在の文部科学省)より
 財団法人設立の認可を受けた研究所であります。

 本研究所は、
 「東洋思想に関する研究調査を行い、
 その研究成果の普及を図り、
 もって学術・文化の発展に寄与すること」を
 目的としております。
 本研究所の特色は、
 上記の目的を遂行する所にあるばかりではなく、
 日本の将来を担う若くかつ有能な研究者に
 研究継続の機会と場を与えて育成することを
 重要な使命としているところにもあります。

 研究員各自の出身の大学院で開始した研究を
 本研究所で継続し、
 幸いにして大学や研究所で定職を得て巣立っていった連携研
究員の数は82名にも達しております。
 中村先生が、
 その86年の人生を学問一筋に打ち込み、
 東西の思想の蘊奥をきわめつくして最後に到達されたもの、
 それは「慈しみ」のこころでありました。

 これこそが、先生をして若い研究員のために本研究所を設立
させたものでもありました。
 先生は、
 ご夫人と共に、東京の多磨墓地にある先生のお墓の横に石碑
を建て、それを「ブッダのことば」と題して後世に残されまし
た。
 この文言は、
 仏教聖典 『スッタニパータ』 から先生が意訳され、
 それをご夫人(中村洛子終身名誉理事長)が書かれたもので、
 しかも、1995年の先生の誕生日に発注され、
 1997年のご夫人の誕生日に完成したものであります。
 これは、財団法人東方研究会の研究員に示された指針であると
同時に、
 怨念と我執が渦巻き、テロの恐怖におののく21世紀の人類への
メッセージでもあります。
 なお
 同種の石碑は、
 先生の許可を得て、栃木県足利市山川町の山川長林寺と東京
江戸川区江戸川の二之江妙勝寺に建てられました。
                     2007年5月16日

                       財団法人東方研究会
                        理事長 前田專學

2011年10月3日月曜日

武力によらないで、広まった宗教 (その2)

 題 : 武力によらないで、広まった宗教(その2)

☆近代の開始とともに、
  宗教の権威は衰えまして、
  国が力を持っている。
  国家形成において、巧みであった民族が、
  世界史のリーダーになった訳です。

  国が、絶対的なものと思われましたけれども、
  今日になりますと、
  国々を超えた 一つの地球共同体というものを、
  皆が考えなきゃいけない所まで 来てると思うんです。
  何が起きても、
  地球の上で どこで何が起きても、
  すぐそれが地球の上の
  あらゆる国々、
  さらに
  その国々の 住民の生活に 
  すぐ影響が 及んで来る訳ですね。

  以前には、
  支配者が 非常に乱暴な 野蛮な行動をしても、
  また、
  文明の回復という事が 可能だったもんです。
  つまり、
  その力の 及ばない範囲が ありましたから、
  それから 優れた文明の伝統を 取り入れまして 
  生かせばよかった。

  ところが、
  だんだん 世界が一つに なって来て、
  何か起きますと、今度はいっぺん破壊してしまったら 
  もう取り返しがつかない。
  この危険はあるわけです。

  世界が一つになる場合に、
  異質的なものに対する 「 理解と寛容 」 という事。
  これが 絶対必要だ と思います。
        (1985年、昭和60年の発言、72歳)

 (霊鷲山りょうじゅせん・ラジギールで
  中村が礼拝する映像。
 「原始仏典の現代語訳をした中村は、
  2500年の時空を超えた。
  仏の声に耳を澄ますことでもあった」のナレーション。
       1986年、昭和61年73歳とのテロップ

☆仏教の教え というものは、
 この上に輝く 日月(じつげつ)の様な ものである。
 太陽や月が、
 あらゆる人を 照らすように、
 仏教の教える真理 というものは、
 あらゆる人に 明らかなものであり、
 あらゆる人を 照らすという 訳です。

 続けて、
 釈尊はこう言われました。
 もしも、
 自分が 人々を導くのであるとか、
 あるいは、
 この修行者の仲間が 私を頼っているとか思うならば、
 私が死ぬという事は大変なことであろう。

 しかし、
 私は 自分がみんなを導くなんて 思ったこともない。
 また、
 みんなが 自分を頼りにしているなどとも 思わなかった。
 (釈迦涅槃像クシナガラの映像)
 自分は、ただ、人々の依るべき真理、
 真の生き方というものを明らかにした、
 それだけなのだ。

 だから、
 なにも 自分が消えて亡くなったからといって 嘆き悲しむな。
 およそ この世の物で、
 いつまでも破れないで、存続し続けるものは なにもない。

 いつかは 破れ 消え失せる ものである。
 その道理を 私は、お前たちに今まで説いて来たではないか。
 ただ、
 私は そこにある 「 一貫した真理 」というもの、
 それを 解き明かして来た。

 だから
 「 それに頼れ 」、 この変転、常ない世の中では、
 まず 
 「 自分に頼るべき 」 である。

 自分に頼るとは 
 どういう事であるか、
 自分は この場合にどうすべきか という事を、
 その場合、その場合に考える事 でしょう。
 その場合、
 何を 判断決定の基準に するのか。
 それは
 『 人間としての道 』
 『 法(のり) 』
 インドの言葉で言うと 『 ダルマ 』 と呼ばれるものです。
 これを 『 法 』 と訳しますが、
 この 人間の理法 というもの、
 これに頼ること。

 『 自己に頼れ、法に頼れ 』 。

 これが、
 釈尊の 最後の教え でありました。

2011年10月2日日曜日

武力によらないで 広まった宗教 (その1)

 題 : 武力によらないで 広まった宗教(その1)

・・・『 仏教の本質 』  
         哲学者 : 中村 元(なかむら はじめ)
            (You Tube)の談話・対談を採録

 ・中村 元 : 東京大学 インド哲学科、
   1912年(大正元年)島根県生まれ、1998年86歳没、
   東洋思想の世界的権威、
   昭和52年文化勲章受章
   (仏教研究の業績と比較思想という学問分野を確立し、
   膨大な著作を世に送り出し、
    晩年、世界平和に対する発言。
    原始仏典を現代語に訳し、研究領域は西洋哲学、キリ
   スト教に及んだ・・とのナレーション)

 ・聞き手 : 臨床心理学者 河合隼雄

☆学ぶことの少ない人は、 牛の様に老いる。
        かれの肉は増えるが、 智恵は増えない。
                  (仏典:ダンマパダ)

☆「 相手に対する寛容の精神 」 というものが大事です。
  その点で仏教は、 
   「 無理に暴力・武力を用いて人に強いる 」  という
  事がありませんでした。
   昔は、 宗教が違うという事になると、「 必ず武力による
  闘争 」と 裏腹になっておりました。

   人類の歴史において、
  多くの宗教が現われたわけですけれど、
   「 武力に依らないで 説得だけによって 
            広まったのは仏教だけ 」 です。
   これは、西洋の宗教学者も 認めております。

   こういう考え方が、われわれの祖先の中でも 生きていたと
  思います。
   聖徳太子の憲法なんかにも はっきり出ております。
   現在でも、これは 「 大切な心がけ 」 じゃないで
  しょうか。

☆インド全体が ヨーロッパ全体と ほぼ同じなんです。
   文明の歴史においても、 広さにおいても、 人口においても
  (『インドこころの旅、ブッダ最後の旅路をゆく。
               昭和61年放送よりの言葉)

☆(ナーランダ大学跡の映像で、 
 「 誰にも分かりやすく仏教を語る  中村さん 」 との
 ナレーションが )
  これがインドですよ。
  まるで石ころのように転がっている、
  どれひとつとっても 日本の国宝より古いんですからね。

☆人間の体は、
  王様の飾りたてた車のように、
  やがては朽ちてしまう。
  けれども、
  人から人に 伝えられる 「 真(まこと)の法(のり) 」は
  いつまでも輝く。

  人から人に 
  真理が伝えられる 訳でございましょう。
  それは 永遠の価値を持っている という意味なんでしょう。

  本当の自己というのは どういうものか。
  誰でも 人間は、どこかの場所で、いつかの時点で生まれて
 来た 訳です。
  そして、 
  必ず、両親があった訳ですね。
  それから、育ててくれる人があった、 
  助けてくれる人があった。
  その助けてくれた人の数というのは
  無数でございます。

  人間だけじゃなくて、山川草木まわりのものが、
  何か関係を持っている。
  遠く考えますと、
  宇宙の彼方から、例えば 太陽が 光線を送ってくる。
  そうすると、
  その太陽の恩恵も 受けているわけです。

  宇宙にある如何なるものも、 
  孤立したものでは無いという思想。
  宇宙とつながりがある訳です。
  その繋がり方が、 
  めいめい みんな 違う訳です。

  だから 
  個々の自己は、
  非常に微々たるものと 
  考えるかもしれません けれど、
  実は、

  その内には 偉大なものを秘めている 訳です。
  ですから、
  その偉大なものを 受けていることを 自覚すれば、 
  そこで
  自分の生きる道は どうかという事が、
  おのずから明らかになって 実現されるという事に なるん
 じゃないかと思うんですが。
                   (その2へ つづく)

2011年10月1日土曜日

危機には仲間が助けてくれるという甘えが。(今、欧州連合(EU・ユーロ)のギリシャが危機的状況にある)

題: 危機には仲間が助けてくれるという甘えが。
   (今、欧州連合(EU・ユーロ)の
             ギリシャが危機的状況にある)

 ギリシアの危機
   まず、
     財政的な危機。
        2009年財政赤字が
         国内総生産(GDP)比で12.7%に膨らむ。
 また、
  45万人の抗議ストなどで、
     国内に社会混乱なども広がっている。
            ( その他、種々の問題点は略 )
 同様に、
   ユーロの
      スペイン・ポルトガルでも
               赤字が膨れ上がっている。

 ユーロの ドルと並ぶ
   「 基軸通貨の信認 」 も
                  動揺しだしている。

 ユーロ中核の 
     フランス・ドイツ の財政状況の悪化も拡大。
      ドミノ倒し的な
          「 信用不安の拡大 」 が、
                   懸念されている。

 「 危機には 仲間が助けてくれる という甘え 」
                    によっての助長、
    この意識に陥っている懸念も。
          (参考:日本経済新聞 H22.2.13社説)

 これと関連して
    思い出される事 : 
    NHKは、過日、何故か

       「 頑張らないのが 良いことだ 」 
                 と 繰り返し放送した。

 キャンペーン的に 何度も繰り返し、
     テレビ・ラジオに渡って 放送した。
             それは 長い期間 であった。
 NHKは、
   自分たちのイデオロギーを、
    時々、
     この国民の所有する 
         放送媒体の機械・システムを
 自分たちの道具のように 
      使用し
   自分たちの主張・イデオロギーのキャンペーンをする。

 確かに、
   鬱の方には「頑張れ」と励まさないほうが良いとかとの、
     特殊事例は あるが 
           (特殊解において成立するが?)、
 一般論として
      頑張ることを否定し、
        頑張らないことを
            奨励する事とは
               おかしな NHKの行為。
 また、
    番組内は
      「頑張らないのが良い」との
          賛成論のみの放送をする
                   偏した状況。
 頑張るという事に関する
          論点の広がりは
                 何一つ放送されない。
 また、
    テレビに於ける
    「学校改革についての長時間に渡る討論番組」
         (NHKテレビ1ch) においても、
 国際基督教大学の
   論者が
       頑張らないことを 述べている
   (NHKではキリスト教系の大学が
            多く出演する状況だった。
                今でも その傾向か?)。

 この 国際基督教大学の論者 は、
         その裏づけ的論理を
                  示さないで、
 教示的発言スタイル
       (論理の広がりも無く)で、
               固執した発言が続く・・・
       (全く教義の 教示的スタイル)

 出席された
    伊吹文部科学大臣の

 「 頑張る方が 正しく評価され、
          頑張った結果に報いていく社会で   
                  なければならない 」

     との発言と平行線となる討論。

 討論番組として
      論理の広がりも何もない 
             プア(貧弱な討論) な状況。
 NHKは 
   キリスト教の教義から来る
      「頑張らないが良いことだ」を
         何故 キャンペーン的に放送議題として
                   取り上げるのか?
     反社会的な放送議題だ。

 日本や世界で、
     社会や技術等々をリードする
                  最先端や先端で
 頑張っている方々に
         支えられている 社会構造を
                     考える時、
 この珠玉の方達と
      その頑張る行為を、
         公共放送 NHKが 
                  足を引っ張る的な
     反対意見放送を 
             繰り返すのは

     間違っている。

2011年9月30日金曜日

「出エジプト記」の記述、および、その他・・・について

題:「出エジプト記」の記述、および、その他・・・について

☆ (「出エジプト記」22・18)に
       「魔女を生かしておいてはならない」という
           モーゼの言葉がありますが、
  後の時代に 魔女裁判官たちの 声高い引用によって、
     魔女旋風を煽り立て、
        この聖句を揚げた本が出版されたりして、
          特に有名になり、
          魔女迫害をいよいよ本格化・正当化させた。
  (多くの人たちが犠牲となった。
      特に女性。魔女裁判によって刑を処し、財産没収し、
      それがキリスト教会の多くの収入源となっていた)。
         「魔女狩り」岩波新書 を読んでみて下さい。

☆ P D C A (プラン・ドゥー、チェック、アクション)を習
  い・実行しているキリスト教徒の方達も、
 P:プラン・計画とし、
 D:ドゥー・実行(計画をしての後の実行)、
 C:チェック・点検(これも前の因のあと工程)、
 A:アクション・実行(これも前の因による実行工程)。
 つまり
   すべて 「 因とその結果による行為 」 を行っています。
   これはまさに、仏教が教えている 「 因果律そのもの 」。
 キリスト教は、因果律を否定しますが、
   総べて 因果律の中で、
      因果律によって生活している事になっています、
            また、思考も因果律によっている、
 しかし、 キリスト教徒の方達は、 
    因果律が 仏教の教義だとして否定している。
         これでは 正しい思考ができるわけがない。

☆ キリスト教会での説教で、
            以下の様な話がされる。
   『神は三位一体である。
      子なる神イエス・キリストは
      万物に先立って生まれた。父なる神の独り子である。
   したがい、被造物ではなく、
          また、子は父とともに天地を創造した』と、
  今・現在、クリスマス12月25日に、BC(西暦紀元前・ビ
 フォアクリスト)の4年にイエスは生まれたとされている。
      天地創造はその後だったと言うとは???。
 (その様に言わなければ、教義破綻するので その様に言ったの
 でしょうが、その教義は、また、別の部分の教義を破綻させてい
 る。 
  一方を繕えば、他が破綻するという状態)。
  これでは、紀元前のエジプトもギリシアも無くなってしまいます。
  後にキリスト教を承認し、ヨーロッパに根付くはじめになる国・
 ローマ帝国も無くなってしまうとは???。
☆この1例の様にキリスト教の教義は
             修復不可能な最終段階に来ています。
 この様な文・教義を生活の根底としている事を
                    見直してみて下さい。

☆19世紀以来、学術的なキリスト教神学研究者達は、
   「福音書は、現実世界の歴史で起こった事についての
        信頼できる記述ではない』という決定的な論証を
                  行ってきました。
 総べては、イエスが死んでからずっと後になって
    書かれたものであり、パウロの手紙よりも後であるが、
    この手紙には、イエスの生涯にあったとされている事実の 
   ほとんど何一つとして触れらていない。

☆バートランド・ラッセルの言葉 : 
    知的な意味で 著名な人々の 圧倒的多数は 
      キリスト教を信じてないが、
        大衆に対してそのことを隠している。
          なぜなら、
       彼らは自らの収入が減ることを恐れているからだ。

☆ 誤訳で、イエスは 
    処女から生まれたことになってしまった。
       イザヤ書が、乙女を指すヘブライ語を、
         処女を意味するギリシャ語へ変えたのが原因。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
☆キリスト教は、 「the Lord」という神や
      「gods」という神々が居る。
           多神教なのである。
            (英文聖書にはっきり記載されている)

2011年9月29日木曜日

おーい! 美しく演じたって、日本は良くならんだろー。(その5 完)

題: おーい! 美しく演じたって、日本は良くならんだろー。(その5 完)

・過去の問題について、
         やるせない気持ちがある。
 例えば1例、
   インサイダー取引、
       1年以内の法違反者を調べたら、
           びっくりするぐらいの
               NHK職員の数の多さであった。
    しかし、
       3人位の人間を
             槍玉あげて、
                  他は無罪
                      的なやり方。
     これも
        国民の目が 遠のいたころに、
              甘い結論に至るという、
                     いつもの事でやる。
    退職会長の金も、
       結局、
         温情ある結果に、
             国民の目線が無くなった頃に
                 決を出す。
                   いつものやり方。
                       歯ぎしりする。
            自分たちさえ良ければ
                      というやり方だ。
・色々、申し上げたいことあるが、
               最後に、
  朝日新聞との慰安婦問題の時、
              事の決着は置いておくとして、
  NHKのやり方、
       NHKの朝日新聞たたきは
          世論操作的で
              自分本位で、
                 NHKの恐ろしさを感じた。
 NHKのニュースのトップで
     長い時間 この問題を取り扱い、
         また、その貴重な時間は
               NHKサイドの放送のみに使い、
 映像をたっぷり、
        種々の方々も登場させ、
              自分たちの言い分を
                      放送し続けた。
     朝日新聞の意見は、
             短い時間に
                声で
                  コメントを読む位に
                        すました。
     この自分だけに偏した
              報道姿勢。
     紙媒体の朝日は、
           それも1日に朝と夕の2回だけの
                      頻度しかない。
     NHKは
        毎時間的にあるニュースで
           朝日新聞を叩き潰す的に
                ニュースのトップで放送する。
・今日の質疑応答は
     本当に美しい、
        この本日の美しい質疑応答は
           国民のためになるのでしょうか? 
              NHKは良くなるのでしょうか? 
    NHKに寄せられる声を
              読んでみてください。
    また、
       過去の予算審議の
                録画を見て下さい。
        そして
           比較してみてください。
              不満の残る審議会の放送でした。
  1波は少なくとも無くして。
      NHK審議などの申し送り制度を確立してください。
  今の会長も
     就任当初、
      「視聴者の声の受付部署」に来て
          NHKサイドの発言を
              されていましたが、
                  これは忘れられません。
    NHK内から選ばれた会長では
                 ダメです。
    貴方は民間の方です。
             そして、
    民間会社のトップになられたのではありません。

       国民が大きく係わる機関に来られたのです。
       すべてを国民サイドから
              ものを考えるようにして戴きたい。

2011年9月28日水曜日

おーい! 美しく演じたって、日本は良くならんだろー。(その4)

題: おーい! 美しく演じたって、日本は良くならんだろー。(その4)

   この巨大研究体制は
         変だと
            思えないのでしょうか?
   研究のための研究もある。
          無理して研究課題を作っている
                      感じもあります。
   NHKには
     過大な 研究機関です。
         特許などの収入は
            なにしろ少ない、
               何をやってきたのと
                       申し上げたい。
           効率化・縮小化すべきと
                     感じます。
     必要なら
         他の研究所へ研究委託・依頼するとか
                    効率化を図りたい、
         1・2の目玉発明に惑わされて、
                巨大研究所が必要との断は
                        安易です。
     減らし・効率化して、
       余ったスペースは
           視聴者の意見を分析・整理して
             ストックするなどして、
             廃棄を止め、積極的に生かしなさい。
     視聴者意見を
        大切にしてください、
          分析した結果から
            改善の目安を研究し、
               積極的に生かす方策を取るべき。
・20年経ったからとか建て替えとか、
       40年だからとか
            自分たちの都合だけを
                   優先しないでください。
       あるものを大切にし、
             国民に渡すべき還元金を
                      自分のものにし、
       何だかんだと理由を付けて、
       何とかやりくりしようという心を起こせずに、
       やりたいことをやり続ける体質は改めて下さい。
・NHKは
    放送した過去の資産は
              総べて国民へ開示すべきだ。
    知的財産権的な問題があるとか、
                著作権があるとか、
                   ・・・と言って
            開示の行動が進展しないし、
                      見られません、
    やればできることが
             今になっても出来ないのは、
              やる気がないのだと感じらます。
    それは
       NHKの放送したものが証拠物件的な
                     使われ方をして、
    NHKの悪いところを指摘される、
            問いただされることを恐れているため
                  なのではないでしょうか。
    (NHKには、隠す体質・傾向があります)
    民間放送局には
        NHKのストックが
                良く渡されていますが、
    これこそ
        知的財産権や著作権などの問題は
            どうクリヤーしているのでしょうか?
 また、
    ここに NHKの民間放送局への
             貸しを作る的な作用を
                与えているように感じます。
  ここには、
        国民・視聴者の利益は発生しません
               (NHKにだけ発生します)。
  NHKのおかしなところを
             民間放送が取り上げる場合を
                        考えた場合、
  このところの
       便宜供与的な面が
               作用しているのでは困ると
                      感じています。
  特に
    不景気で
        民間放送局も
             番組制作費の削減に
                    四苦八苦している今、
        その影響についての面が
             特に気になる。
                長い視聴から感じる事です。
                       (その5へ)

2011年9月27日火曜日

おーい! 美しく演じたって、日本は良くならんだろー。(その3)

題: おーい! 美しく演じたって、日本は良くならんだろー。(その3)

 ・1年1回の
    この様な放送・予算審議だけでなく、
             この類の放送をもっとして戴きたい。
  かつては
     NHKのお手製の
           「真摯に改善に努力してます的な番組」
                        があったが、
  あまりにもお手製レベルで
     自分の悪さ加減を美しく言う的な企画で、
         結局、
          NHKが美しくやってます的な番組だった。
  やるなら、
      完全な第3者が作る番組を
                  放送して戴きたい。
         大臣も軸足は国民に置いて頂きたい。
           なにか、NHKに気を使っている様な
                       感じです。
・10%の視聴者への還元も
        「やるかやらぬか不明」と
                 甘えた発言となっていた。
    当初はそうでなかったですね。
                  違いますか?
    前記のような、
           いつものNHKのやり方です。
    10%と%を落としたと思ったら(当初は20%でした)、
        次は
         直ぐには還元できないとし
            (何だかんだがあるから3年後に)
                       ・・・となり、
     現在は、
        するかしないかは解らないに
                    なってきています。
        いつものやりくちです。
     前記したように、
         民間は待ったなしで、
              人員削減までして経費削減をして、
                       やっています、
         NHKも人員削減もしてください。
     すぐ、
         視聴者還元を進めて下さい。
              何だかんだと理由を述べないで、
         自分たちだけの理屈を
              金科玉条にかたくなにならないで。
     なにしろ、
         やる気が
            感じられません。
               還元したいとの意志は
                    全く見られません。
         経費節減して何とか還元しようとの
                   意欲も見られません。
     決定した1波削減はどうなったのでしょうか?
              不要な電波はどんどん
                      止めてください。
           一度やったら止められない体質を
                  改善してください。
               拡大路線を変更してください。
          「NHKはもう見ない」
              という
                憤りの方々の声に
                    耳を傾けてください。
・会長の任期だって3年、3年たてば入れ替わる。
          NHK職員の方の頭にはこれがある。
             そして、職員同士はずーっと仲間。
      長年、
         NHKを見てくるとこれが見えてきます。
      委員の方々も
          鴨長明の言葉ではないが、
                     今だけのこと。
          申し送り制度を
                 しっかり作って戴きたい。
・研究所は
     びっくりするくらいの大きな箱物を作ったが、
             展示会を見ても
                  不要不急的なものが
                      少し多いです。
     特許料収入を増やして、
            社会還元をしてください。
     自前消費だけで
          この巨大研究体制は
              変だとは
                思えないのでしょうか。
                        (その4へ)

2011年9月26日月曜日

おーい! 美しく演じたって、日本は良くならんだろー。(その2)

題: おーい! 美しく演じたって、日本は良くならんだろー。(その2)

  「ストックのスペースが無い」という理由で
                    廃棄される。
  視聴者の方々の貴重な発言ストックは
               廃棄したと新聞か何かで知った。
  研究所は
    いつの間にか大きな箱物にし、
      NHKにとっては過大なもの・
                 スペースを持っているのに。
             研究所だからストックには使わない
                 という事なのか?
・なにしろ、質問者の「さん」付けが気になる。
                 次の質問者もだ。
      国民の代表としての意識を持って
          大切な立脚点の重みを感じさせて戴きたい。

      仲良しグループは無しにしてもらいたい。

  NHKに寄せられた視聴者の声を
               良く見て戴きたい。
  たとえば、
     「キリスト教に偏するNHK] と
                    言われるが、
     これは指摘されなくても自粛して貰いたいのだが、
  1例をあげると、
      日曜の朝8時からのラジオの番組の
                  『世界の音楽」があるが、
    世界は名ばかり、
         キリスト教の音楽ばかりを放送している。
    日曜はキリスト教会に行くという事からか、
         朝のこの番組で放送するという意味付けを
                  しているか?
         全くキリスト教曲に偏している。
  この状況はもう10年以上も続いている。
         担当者もキリスト教の方で、
                  全く変わってない。
            10年以上同じ方が
                  担当し続けている。
        NHKに縁のある方の様ですが、
            これも我田引水的な
            自分・NHK本位の人事の感じだ。
     NHKはなにしろキリスト教体質。
        それに対し 仏教は無視。そして、蔑みです。
        キリスト教系のタレントや歌手を
                    優遇している。
        今までの事だけでなく、
            4月からの新しい番組でも予告放送で
                    その点が感じられる。
  NHK職員においても
        キリスト教系の職員に良いポジションが
                 与えられていると感じる。
      番組づくりも
          いつもの定例型を崩して
                   特別な事をする。
  たとえば1例、
       聖路加病院の 日野原さんが出られた番組では、
          はっきり特別な番組・スペシャルと
                NHKは番組内で説明し、
  やはり キリスト教系のインタビューのアナウンサーと
              その番組を特別態勢で進めていた。
 土曜の夜の
     『ケイタイ大喜利」 という番組は、
         皆様が信仰の対象にしている
              千手観音を
                   笑いの具にしている。
  千手観音の手をくるくる回し、
         視聴者のコメントで笑い、
             どす黒い赤で色づけされた観音様を
                  大きく扱っている。
             これも長く続けている番組である。
   一度、
     キリスト教系のものに変えたが
       「やはりキリスト教系では心苦しいのか?」
            元の千手観音に直ぐに戻したという
                       経緯もある。
        仏教蔑視の1例番組である。
                 まだ、この様な例はある。
                        (その3へ)

2011年9月25日日曜日

おーい! 美しく演じたって、日本は良くならんだろー。(その1)

 題: おーい! 美しく演じたって、日本は良くならんだろー。(その1)

・平成22年度 NHK予算審議会 
    3月30日 午後11時50分より1チャンネルの
            NHKの放送を見させて戴いた。
・まず直ぐ最初に、違和感を持ったのは、
    委員の方々がNHKを「サン」付けで呼んでいる。
      「毅然と質問をして戴きたい」
          との気持ちが起きる。
          聞きづらく感じた。
            また、委員全員が「さん」付けだった。
                  なんとまあという感じ。
・受信料の免除で 一般年は5万所帯だが、
    昨年度は20万所帯に増えたと
          不況の影響を答えていた。
    そして、今まで受信料を下げたことがないと
          当然のような発言。
    今まで民間は、
       10年以上もコスト削減に血を吐くような年月を、
             今の只今も過ごしている。
 それが別世界の様な発言で、
    拡大路線と恵まれた予算に
       どっぷり漬かって来た体質が
            この様な発言から思い出された。
       完全に民間の厳しい意識との
            乖離が存在している。
 その様な所を
    委員の方々は感じられているのであろうか?
       「さん」付けで質問をし続ける姿から、
          真剣にそこを国民目線・視聴者目線で
            問いただすという感じが受けられない。
    丁寧語で丁寧過ぎる発言。
        質疑が真摯に行われているという感じが
            クエスチョンになる。
・NHKの職員の給料は非常に恵まれているのだ。
            スタッフも本当に充実している。
   アナウンサーの数は多すぎる。
           24時間7日間でサイクルするだけなのに。 
   相撲において「1年を○○日で過ごす。良い男」
      という言葉があるが、
         長い間、NHKを見てきて、
               NHKもこれだの感がする。
・また、NHKは、何かにつけて色々、
      予算が豊富で
         恵まれている感じを受ける。
   また、子会社・協力会社に
      丸投げ的に仕事を渡している感じでもある。
        貴方方は何をされているのですか?
                 とお聞きしたくなる。
   地方へ行く日程などでも、
       本当に恵まれたスケジューリングをし、
           他は推して知るべしだと感じる。
   世の中、不景気、
      民間は血を吐く様な厳しさなのに、
         親方日の丸的なNHKだなと見える。
                   恵まれている。
・厳しいことを言われて
     『はい』と言う所を見た事が
             今までにない。
   頭を下げていれば、頭の上を通り過ぎる的な態度が、
             長年、NHKを見てきて感じる。
   いつも、時が経つと「うやむや」になってしまう。
             これがNHKの体質かと思う。
   この審議されている委員の方たちも
       時が経つと変わる。
             その時に頭をあげる・・・と。
・NHKに御意見欄があり、
    しかし、国民のこの貴重な意見は
       「ストックのスペースが無い」という理由で
                       (その2へ)

2011年9月23日金曜日

仏教の 今日的、未来的な 意義

 題 : 仏教の今日的、未来的な意義

    自己を愛する者は 他人を傷付けてはならぬ。 

    前田專學 東京大学卒、東方研究会理事長東方学院長
                  との対話から
     (出典:日本経済新聞抜粋 平成21年7月2日)

 『 すべての者は暴力におびえ、
               すべての者は死をおそれる。
      己が身にひきくらべて、
       殺してはならぬ。
       殺さしめてはならぬ 』
              仏典 : ダンマパダ より
    ・・・(略)・・・
 自己中心的で我執の強い人は、
     他人の立場に立って考えることができない。
     他人の立場にたって考えることが大切。
    ・・・(略)・・・
 我執の強い人ほど
     自分は他人から独立した、
          隔絶した存在であるという風に
               考えがちである。
 しかし、
    隔絶した〈個〉というものはあり得ない。
 仏教では、
    無数に働いている原因・
     条件の因果の網が
       われわれの生を支配し、
         人間存在はすべて目に見えない
           つながりの内にあると考える。    
   ・・・(略)・・・
 他人から切り離された個人というものは
 フィクションにすぎない。
  
 日本の教育は、
 このような仏教思想を排し、
 西洋的な自我の確立を『よし』としてきた。

 昨年の秋葉原の無差別殺傷事件に代表されるような、
 自分勝手な理屈にとりつかれた
 忌むべき犯罪の横行する社会状況を生んでいるのではないだ
ろうか。
    ・・・(略)・・・
 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、
 仏教の代表的考え方の一つである『無我説』こそ
 道徳的に価値高い重要な教義であると言い。
 それに対し
 西洋人は、考えている〈我(エゴ)〉を、
 我々の感情、観念、記憶、意思を意味し信頼できるものと
 しているが、
 仏教は、反対に
 『 西洋で〈我〉と言っているものは、ことごとく偽りである 』
 としている。

 仏教は、
 〈我〉というものを、人間の肉体的・精神的経験によってつ
 くられた感覚・衝動・観念の
 ほんの仮に結ばれた集合体に過ぎないと考える。
 つまり、
 西洋は、〈我〉とか〈自我〉とを、
 実在する最も信ずべきよりどころと信じている。 

 仏教は、
 そういう〈自我〉は幻影、夢、幻のごときものであるとする。

 ハーンは、
 西洋に根強く見られる思想を取り上げて
 「 これが、いかに多くの人類の不幸を引き起こしたかを記
している 」 
 「 西洋流の永遠不滅の自我を認めてゆけば、
 性格、階級、民族の差別を認めない仏教(無我の立場に立つ
仏教)と大きな隔たりがでてくる。

 自我というものがあったら、
 慈悲というような考え方は生まれて来ないし、
 相手の立場に立つという事もできない 」

 「 一時期、自我の確立などと言われたが、
 その行き着くところは
 人類の滅亡以外の何ものでもないのではないか 」

 「 自我を張り上げている限り、
 その先には紛争や戦争以外の 
 何ものも起こらない 」

 「 義にして妬むもの、
 といわれる神を戴く西洋の宗教に由来する、
 永遠不滅の自我という観念によっては、
 罪は贖うことができず、
 罰は切り捨てがたいという不寛容の思想が導かれる 」

 ハーンは、
 これら西洋の観念を
 「 近代、および、これからますます進歩する 未来の人類の
道では、お払い箱になる 」 と。
 この様な西洋的な観念が、
 一日も早く衰微し、
 明るい結果を招くことが望まれる。
 でなければ、
 本当の意味の寛容の精神など
 生まれるわけがないし、
 世界愛の目覚めも起こらない。  
     ・・・(略)・・・
 (我 注記) :  西洋哲学の多くが、キリスト教の影響
 を大いに受けているが、
  ニーチェは 『 キリスト教は邪教です 』 という著作を
 残している。
  また、ハイデガーは、 
 『 もし10年前に この様な素晴らしい仏教の聖者が 
 日本に居た事を知っていたら、 
 自分は、
 ギリシャ・ラテン語(キリスト教:筆者注)の勉強もしなかっ
 た。 
  日本語を学び、仏教聖者の教えを知って、
 世界中に広める事をしたであろう。
 だが、遅かった 』
 の言葉もある。
 また、
 上記の前田專學氏は 
 ハーンの作品 『 涅槃 』 の深い感銘を 
 「 100年も前にハーンが、仏教の今日的、未来的な意義を
 見出していたのに驚嘆する 」の
 言葉で吐露されている。

2011年9月22日木曜日

古代人は何を食べていたか・・・と・・・今日の言葉

☆1、今日の 言葉 
以下は、本日(2010・10・5)コメント送信したものです。
             (TwitterおよびラジオNIKKEI)
 ダライラマの言葉 :

  『私たちは誰もが皆、お互いの必要性を感じ、
  必要性を共有しています。
  私は、如何なる人であろうと、またいかなる事情があっても、
  必要性を共有している人々を兄弟姉妹のように感じます。
  そして、
  会う人・すべての人々を愛しています。
  この様に感じることは、
  どなたであろうと可能なことです』
  (2010・10・4、pm17:30頃のダライラマ氏のTwitterでの
  言葉です。私なりの訳です)。

☆2、あるアンケート(日本に未来はあるか?)に答えたもの。

  日本に未来はある。
  長い歴史の中で培った日本人の資質を信じます。
  幕末・明治維新・第二次大戦後など・・大いにその資質が
 発揮された結果と思っております。
  日本人の持っている「智恵を生み出す素質」もあると信じて
 います。
  現状は一つの試練の時とも見え、
  長い歴史を見れば「波だとか、底だとか」と
  現状を分析するほどのレベルにはないとも思えます。

  本日、10月5日(PM14:01)にラジオで放送されたコメン
 トです。
  (『日本人のDNAは信じたいですよね』との
 アナウンサーの声もあり)

☆3、《古人骨と食べ物》 
  米田穣氏(東京大学大学院新領域創成学研究科准教授):

  縄文や弥生の時代の人骨を分析して、
  当時の日本人が何を食べていたかを探る研究が
  進んでいる。
  ・・同位体生態学
  ・・骨を分析すれば、そこから食べていたものを突き止め
   られる。
  ・・古人骨に含まれる元素の重い同位体や軽い同位体の比率
   を調べます。
   およそ1万6千年前に始まる縄文時代の人骨
  ・・亜寒帯の北海道、温帯の本州、亜熱帯の沖縄
  ・・北海道では、オットセイの様な海生哺乳類、鮭などの
   魚を主なタンパク源とエネルギー源にしていました。
    本州は氷河期が終わって森で覆われ、クリなどの木の
   実を主食にしてエネルギー源にし、魚をタンパク源とし
   ていました。
    これに対し沖縄では、サンゴ礁で採れる小魚や貝類が
   主体で、これをタンパク源としていたようです。

    紀元前800年に始まる弥生時代は、稲作が伝わる。
    「縄文時代の後期に、本州の人口が減少します。
    森で何かが起きて、木の実が採りにくくなったのが原
   因と思われます。
    そこで弥生時代には稲を積極的に導入し、タンパク源は
   従来同様、魚に求めていたようです。
    米と魚に象徴されるスシ文化は
   弥生時代に確立されたといわれます。
    でも
   植物のデンプンをエネルギー源に、魚をタンパク源にする
   伝統的な日本食文化の起源は縄文時代に確立していた。

  ・・私たちの祖先が、
   アフリカのジャングルで暮らしていた頃は、
   果実など植物質の食べ物で胃袋を満たしていた。
   サバンナに出てくると、肉食に転換する。
   初めは猛獣が食べ残した動物の骨を石器で砕き、
   骨髄などを食べていたのでしょう。

    アフリカを出て欧州で進化したネアンデルタール人の骨を
   分析した結果、
    大型の哺乳類を主に食べていた事が分かっています。

    これに対し、
    人類学の分類上、人と直接つながるクロマニヨン人が、
   魚や小型の動物を食べていたようで、
  ・・最終氷期(8万~2万年前)の終わり頃、
   温暖化に向かう中で、植物を食事に取り込むようになる。
  ・・火で加熱して糖分に替えたりして、
   植物のデンプンを食べるようになりました。
                 (日経2010・9・18)