題 : イエス・キリストに 「 三位一体神 」の
考えは無かった
イエスに、キリスト教の根本教義の一つである「三位一体神」の
考えは、無かった。
☆ヨハネによる福音書の10・34〜36に、下記の様に書かれている。
10・34
イエスは彼らに答えられた、
「あなたがたの律法に、『わたしは言う、あなたがたは神々である』と
書いてあるではないか。
10・35
神の言を託された人々が、神々といわれておるとすれば、
(そして、聖典は無視できない)
10・36
それならば、父によって聖化されて世に遣わされてきたわたしが、
「わたしは神の子である」と言ったからとて、
どうして神を冒涜したと責められるのか。
・ これは、イエスが、神は一神ではなく神々(多神)の存在である。
それは、貴方たちの聖典・律法に神々(多神)と書かれているでは
ないか、
だから、
わたし(イエス)は、神々・多神である神を冒涜していることには
ならない。
つまり、
『父なる神』から遣わされて来て「わたし(イエス)は『神の子』
である」と言っても
神々・多神の存在の中において、
神々・多神の冒涜にはならない(貴方達も私も、聖典・律法は無視
することはできない)・・・と主張しているのである。
イエスには、「三位一体神」などという考えはなかった。
あくまで一つ一つの神々、つまり多神と考えていた。
神々・多神の中に、『父なる神』や自分自身も『神の子』としても考え
ていた。
貴方達の聖典にも書くかれていて、私も信じるその聖典に書れて
いる神々・多神の存在を守らなければならない。
その教義・論理を根拠として、「わたし(イエス)は、神々・多神の
冒涜をしていないと主張しているのである。
貴方達の神を否定し、また排除して「神の子」と言っているのではな
く、多神・神々の中の「神の子」と言っているのです、と言っている。
☆テルアビブ大学 ゼエブ・ヘルツオグ考古学教授の 言葉:
「 (キリスト教の)『唯一の神』という一神教の概念についても、
生まれたのは 今から2000年余りさかのぼるに過ぎない 」
(1999年10月3日、朝日新聞夕刊)
キリスト教(ユダヤ教)が生まれた最初から
「 一神教である 」としてきた世界の常識が
間違いであったことが証明されている。
☆ 多様性や自由、人間の尊厳を重んじる世界へと突き進んで行け。
そうすれば、
人類が自由に
人道的に生きていくという理想を揚げ、
夢に向かって
羽ばたくことができる。
(キリスト教暗黒の裏面史 238〜9頁 徳間文庫より)
・方向性は多神教にある事が確認され、
それが正しい方向性だと分かってきた。
また、最近、次の確認をした。
来日された前パリ・ソルボンヌ大学総長が
上記考えと同じ発言をされていた。
『多様性の中に人類の未来があり、各多様性さの中に神聖さがあ
り、オリジナリティがある』・・・など。
小生の日記、
「近代の最先端科学は『 キリスト教の間違い 』を証明したを、
ご覧ください。
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