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2011年12月4日日曜日

イエス・キリストに「 三位一体神 」の考えは 無かった

題 : イエス・キリストに 「 三位一体神 」の
      考えは無かった

  イエスに、キリスト教の根本教義の一つである「三位一体神」の
考えは、無かった。

☆ヨハネによる福音書の10・34〜36に、下記の様に書かれている。
 10・34
 イエスは彼らに答えられた、
 「あなたがたの律法に、『わたしは言う、あなたがたは神々である』と
 書いてあるではないか。
  10・35
 神の言を託された人々が、神々といわれておるとすれば、
 (そして、聖典は無視できない)
 10・36
 それならば、父によって聖化されて世に遣わされてきたわたしが、
 「わたしは神の子である」と言ったからとて、
  どうして神を冒涜したと責められるのか。

・ これは、イエスが、神は一神ではなく神々(多神)の存在である。
 それは、貴方たちの聖典・律法に神々(多神)と書かれているでは
 ないか、
だから、
  わたし(イエス)は、神々・多神である神を冒涜していることには
ならない。
  つまり、
  『父なる神』から遣わされて来て「わたし(イエス)は『神の子』
である」と言っても
  神々・多神の存在の中において、
 神々・多神の冒涜にはならない(貴方達も私も、聖典・律法は無視
 することはできない)・・・と主張しているのである。

  イエスには、「三位一体神」などという考えはなかった。
  あくまで一つ一つの神々、つまり多神と考えていた。
  神々・多神の中に、『父なる神』や自分自身も『神の子』としても考え
 ていた。
  貴方達の聖典にも書くかれていて、私も信じるその聖典に書れて
 いる神々・多神の存在を守らなければならない。
  その教義・論理を根拠として、「わたし(イエス)は、神々・多神の
冒涜をしていないと主張しているのである。
 貴方達の神を否定し、また排除して「神の子」と言っているのではな
 く、多神・神々の中の「神の子」と言っているのです、と言っている。

☆テルアビブ大学 ゼエブ・ヘルツオグ考古学教授の 言葉:
  「 (キリスト教の)『唯一の神』という一神教の概念についても、
  生まれたのは 今から2000年余りさかのぼるに過ぎない 」
              (1999年10月3日、朝日新聞夕刊)
  キリスト教(ユダヤ教)が生まれた最初から
 「 一神教である 」としてきた世界の常識が
  間違いであったことが証明されている。

☆ 多様性や自由、人間の尊厳を重んじる世界へと突き進んで行け。
  そうすれば、
人類が自由に
人道的に生きていくという理想を揚げ、 
 夢に向かって
羽ばたくことができる。  
    (キリスト教暗黒の裏面史 238〜9頁 徳間文庫より)
 ・方向性は多神教にある事が確認され、
           それが正しい方向性だと分かってきた。    
 また、最近、次の確認をした。
 来日された前パリ・ソルボンヌ大学総長が
上記考えと同じ発言をされていた。
  『多様性の中に人類の未来があり、各多様性さの中に神聖さがあ 
 り、オリジナリティがある』・・・など。
 小生の日記、
 「近代の最先端科学は『 キリスト教の間違い 』を証明したを、
  ご覧ください。

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