ページビューの合計

2012年10月2日火曜日

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その3)

題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
       (その3)
・
 南北戦争後のアメリカ南部には、
 黒人を虐げ、殺す暴力集団=KKK(クー・クラックス・ク
ラン)という組織ができ、
 またそれ以外にも、
 「黒十字騎士団」や「白バラ騎士団」や「白ツバキ騎士団」
など軽蔑すべき集団ができました。
 この様な、黒人の方たちを暴力的に虐げる秘密結社が林立し
ました。
 黒人の方達へのテロが横行する暗黒のアメリカに化して行き
ました。
 黒人の方たちは、白人優越=黒人蔑視の人種差別に耐え抜く
しかありませんでした。
 しかし、
 黒人の方たちは耐え忍んだとしても、
 黒人と白人の関係改善の社会の動きは、
 それらの動きに対して、耐え抜く事が出来ませんでした。
.
 奴隷解放の動きにあった共和党でさえ、
 何と、分裂し、
 民主党と手を結び事態を悪化させました。
 黒人の方たちの期待は、完全に裏切られました。
.
 解放民局は活動を停止しました。
.
 そしてまた、
 反動的な「大赦法」という法律がが成立しました。
 その法律によって、
 黒人奴隷を虐げた旧南部の支配階級の政治的諸権利が全面的
に復活しました。
 旧組織人たちの追放は、完全に解除されました。
 このことにより、
 以前の虐げ状態に戻りました。
 南北戦争の黒人奴隷の方たちの働きは無に帰してしまいまし
た。
 事態は、完全に悪化し、決定的となりました。
 民主党が、選挙で議会の議席の多数を制しました。
 これは、奴隷解放の民主的再建の終焉を意味しました。
 そして、
 続いた大統領選で面倒なことが起こりました。
 この解決のため共和党は、
 南部に駐屯していた連邦軍を撤退することで事態の解決を
はかりました。
 南部は、民主党の支配下にゆだね、黒人の方たちの期待は
完全に裏切られました。
.
 南部の再建運動は、完全に挫折となりました。
.
 南北戦争は、そして、その戦争で亡くなった方々は何だった
のか?
 また、
 黒人の方たちの頼りだった北部も、
 独占資本家による厳しい状況から、労働者のストライキが続
出し、軍が出動しなければならない状況でした。
 黒人の方たちは、
 北部の独占資本家と南部のプランテーション経営者との連合
支配下に置かれるという「より厳しい状況」に置かれました。
 (北部の独占資本家にとって、南部は有望な国内市場と映り
ました)
.
 黒人の方たちは、強靭さがより増した圧迫状況に、また、置
かれてしまいました。
.

 


(参考-1):wikipediaより
 リンカーンは、
 奴隷解放宣言によって黒人(混血のものも含む)の奴隷を解
放したことで賞賛される。
 しかしながら、
 リンカーンは、本来、奴隷解放論者ではなく、
 実際には連邦軍によって制圧された南部連合支配地域の奴隷
が解放されただけであって、奴隷制が認められていた北部領域
では奴隷の解放は行われなかった。
 宣言は、南部州における奴隷の反乱・逃亡・ボイコットの効
果を狙い、実施されたものであった。
.
(参考-2)
 アメリカは、1789年に合衆国憲法制定(「3/5条項」や奴隷
貿易存続などを承認したことにより、憲法が黒人奴隷制度を容
認した)。
 1793年、逃亡した奴隷は殺しても良いという条項もある逃亡
奴隷取締法が成立。
 そして、アメリカの事実上の奴隷解放は、1865年の憲法修正
第13条(奴隷制度廃止)の成立時である。
 そして、1868年の憲法修正第14条(黒人の公民権付与)の
成立時である。
 そして、1870年の憲法修正第15条(黒人の選挙権付与)の
成立時である。
 デンマークは、すでに、1802年に、自国領内での奴隷貿易を
禁止し、イギリスは、1808年に、奴隷貿易を禁止し、フランス
は1819年に、奴隷貿易を禁止している。
 1850年には、アメリカは、いっそう強力な逃亡奴隷取締法を
制定している。
 1860年にリンカーンが大統領に当選し、1865年に、リンカ
ーンが暗殺されおり、この年に、悪名高い黒人殺戮集団KKK
が結成されている。尚、1924年頃には第2次KKKの活動が盛
んになっている(会員数は約500万人)。
.
(参考3)1860年に出されたリンカーンの予備宣言は、南部
諸州が治安回復に努めるならば、奴隷解放の必要はないと明記
されている)
.
(参考4)北部軍が戦いで占領した地の南部軍の奴隷をどうす
るかについて議論がなされた。
 北部軍の将軍の名に、その奴隷を解放するよう指令をした者
も居たが、リンカーンはそれを取り下げた。

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その2)

題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
       (その2)
 リンカーンも仕方なく、
 国会の動きもあって、
 奴隷解放予備宣言を公付する事に踏み切りました。
 しかし、
 この時点に於いても、
 リンカーンは、奴隷の即時、無条件、全面解放をためらって
いました。
 宣言に、布告に縛(しば)られない例外地域を作ったり、反
乱してない地域は含まれないなどと例外規定を作ったりしてい
ました。
 この後、2年も続く血みどろの戦いを経て、
 黒人の方たちの目覚ましい戦いぶりも加わって、
 1865年に憲法修正第13条が制定されるまで、
 リンカーンの不決断の影響は続きました。
 この憲法に及んで、やっと、
 このアメリカ黒人奴隷の方たちは自由を勝ち取りました。
 しかし、悲しいかな、
 これもつかの間の事でした。
 黒人の方たちのこの戦争における果たした役割は目覚ましい
働きでした。
 それは、
 北部の軍事的勝利を最終的なものに導いた原動力の中でも、
 際立って大きく重要なものでした。
 それは、
 黒人の方たちが、決してこの戦争を「白人の戦争」と考えて
いなかったことに由来しています。
 その働きに至る一つの査証・1事例が、
 ニューヨークの黒人たちが、
 北部軍に参加して、戦うために、自分たちで軍事組織をつく
り、軍事訓練に励みました。
 そしてそれらは、
 リンカーンの黒人の軍隊参加の不決断に対する行動でした。
 ボストンでは、
 黒人集会の宣言:
 「私たちは、すでに用意が出来ています。私たちは、私たち
の生命と財産と名誉をかけて、自由のために、良き市民として、
私たちの政府を守る覚悟が出来ています。私たちは、みなさん
に、このことを訴えたいのです」・・・と、宣言しました。
 しかし、
 リンカーンは、黒人の軍隊編入をためらい続けました。
 リンカーンのためらいに、しびれを切らした、多くの黒人奴
隷の方たちが、
 北部軍の将軍の元に馳せ参じる事態が起きました。
 そして、
 その多くの黒人の方たちは、
 戦争のあらゆる軍務に挺身しました。
 (てい‐しん【挺身】 [名](スル)率先して身を投げ出し、
困難な物事にあたること)。
 この時点になって、
 やっと、
 リンカーンは、
 黒人の軍隊編入を承認しました(これを「事後承認」と言い
ます。「後追い承認」とも)。
 しかし、黒人兵は、
 白人兵の給料の半分などと、さまざまな差別を受けました。
 それでも南部軍に捕えられると殺される黒人兵士は、
 白人兵士にみられないほどの果敢な働きをしました。
 可哀想な事に、
 黒人兵士の死亡率は、
 白人兵士の死亡率より35%も高かったのです。
 厳しい戦況の中におかれたのかもしれません。
 1865年、4年に渡った南北戦争も終結しました。
 ここには、
 初めに黒人を「目覚めさせ」、「希望を与え」、そして、
「まとめ」、「指導した」黒人の黒人解放戦士『フレデリック
・ダグラス』が、これらの根幹に存在しました。
.
 子供たちの「リンカーンの伝記は間違い」なのです。
.
 リンカーンが、黒人を解放していないことがお分かり戴けた
と思います。
.
 子供たちの伝記は、書き直しの必要があります。
.
 リンカーンは、1865年、ブースという凶漢の手によって殺さ
れ、生涯を閉じました。
 しかしここで、
 卑劣な事ですが、
 この南北戦争の後、
 黒人の方たちの戦いの血によって勝ち得た「黒人奴隷の解放」
という輝かしい成果が無に帰して行きました。
 敗北した南部の諸州は、
 次々に自前の『仮の政府』を組織するという事態が発生しま
した。
 こともあろうに、
 旧奴隷所有者は、政権へ復帰して行きました。
 そしてまた、
 こともあろうに、
 奴隷制の復活の企てをしました。
 それを示す1事例、
 サウスカロライナ州の憲法制定会議での演説は最悪です。
 「これは白人の政府であり、白人だけの目的としたものであ
る。最高裁判所は、黒人はアメリカ市民ではないとの決定を下
している」・・・と、公然と述べています。
 また、
 フロリダ州では
 「解放令によって、黒人奴隷は、自由の身になったと宣言さ
れても、黒ン坊はどっちみち奴隷みたいなものだ」との軽蔑す
べき声がある様な有様でした。
 この様な中で、
 悪名高い「黒人法」がつくられました。
 この法によって、
 黒人の方たちに、多くの制限が加えられ、
 黒人を土地に緊縛(きんばく)し、
 強制労働や不払い労働に服させる結果となりました。
 そして、
 黒人の方たちを経済的に締め付けました。
 (アメリカでは、現代でも黒人の方たちへの人種差別や偏見
の改善闘争が続いています)。
 この様な様相の底流には、キリスト教によって強く洗脳され
た「黒人の方達への偏見」があります。
 

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その1)


題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
    (その1)
 リンカーンは、
 「黒人奴隷を解放した」と言われていますが、間違いです。
 彼には、
 黒人奴隷を解放したいという希望や意志は全く有りませんで
した。
 リンカーンの黒人奴隷解放の意思は、「事の成り行きから持
った」という状態でした。
 その様に仕向けたのは、
 黒人の黒人奴隷解放戦士『フレデリック・ダグラス』でした。
 また、
 その組織の働きかけがあったから、その方向に流れただけ
です。
 これが真実なのです。
 子供たちの伝記には間違いが書かれて居ります。
 正しい内容に書き換えられなければならないのです。
 キリスト教は「黒人は人ではない」とみる歴史があります。
 この様な見方に影響された人々がしたことは、
 黒人の奴隷解放に一旦ちょっぴり至っても、直ぐに自分たち
の利にとらわれて、元に戻ってしまうという事でした。
 悲しいかな、黒人の方たちは、
 「人間ではない、奴隷という原罪」があると理由づけられた
考え方をされていました。
 特に、
 アメリカ南部は、現在も「バイブル・ベルト」と言われてい
る様にキリスト教徒が多い地帯。
 ここの地に、黒人奴隷の悲しい歴史が刻まれました。
.
 奴隷制は、疑問なく容認する考え方の地でありました。
 キリスト教聖書に説かれている奴隷制、アメリカ南部の人達
は、当然のごとく、奴隷制を容認し、黒人の方達を奴隷として
虐げました。
 そして、この南部の奴隷制寡頭勢力は、(かとう‐せい【寡
頭制】 少数者が権力を握って行う独裁的な形態)、自分たちの
利が脅(おびや)かされるに及んで剣を引き抜き南北戦争を起
こしました。
 自分の意に合わない相手を殺す教義「異教徒は殺せ」の教義
のままに「考え方の違うものは滅ぼせ」の教義どおりの行動と
なってしまいました。
 その様なアメリカの中でも共和党は、アメリカ全土の奴隷制
反対勢力が応援し、育て、そして、強固にした党でした。
 (ちなみに、民主党は、奴隷制を容認する党です)。
 くすぶりの中にあったアメリカは、1861年に南北戦争が起き、
リンカーンはこの年に大統領に就任しました。
 後代の歴史家が「南北戦争は奴隷解放戦争」と位置付けして
いますが、、リンカーンの大統領就任演説は、「奴隷財産を擁
護する論理展開をするという演説」でした。
 何と愚かな演説でしょう。
 奴隷制について、反対するか賛成するかわからない州が存在
したからと言い訳する人たちもいますが、リンカーンのその後
の行動からみても「彼は奴隷解放の大統領」とは言えません。
 南北戦争の戦況は、
 リンカーンの奴隷解放への意思がなく、不決断もあって、ま
た、軍の首脳部の腐敗もあって北部軍は敗北が続きました。
 北部のシンボルである首都=ワシントンが、陥落する危険に
さらされる緊急事態にもなりました。
 この状況を救ったのが、黒人の黒人奴隷解放戦士『フレデリ
ック・ダグラス』でした。
 奴隷解放に不決断だったリンカーンは、
 黒人の軍への参加をも容認していませんでした。
 フレデリックは、
 「黒人奴隷も、自由黒人も、黒人を軍務につかせよ」・・・
と、訴えました。
 「奴隷に対する自由が、今こそ国会議事堂から全戦場の砲焔
の空高く宣言されなければならない」・・・と、叫びました。
 「黒人を軍務につかせよ、そして黒人解放軍を組織せよ。か
れらは南部に進軍し奴隷たちの間に解放の旗を揚げるであろう」
・・・と、世論に訴えました。
 愚かにも、
 首都ワシントンが陥落の事態になっても、
 リンカーンは、
 「黒人奴隷は漸進的に解放したい、
 一気に解放という事はしたくない」の意思でした。
 また、
 リンカーンは、
 卑劣な事に「解放された黒人はアフリカかどこかに植民させ
たい」と考えていました。
 黒人の方たちを捨てるということです。
 「棄民」の考えです。
 当然、黒人の方たちからは、強い反対の声が沸き起こりまし
た。
.
(追伸)
 本シリーズを書き始めるにあたって・・・、
 今のアメリカの原点は、独立戦争で勝ち得た国の形と共に、
 そして、第二の大切な原点が、
 「現在のアメリカ政府をたどって行くと、『南北戦争時の北
軍政府』へと行き着く」。
 それ故に、アメリカは、
 当時の北軍の最高の位置にいた『リンカーン大統領』を誇り
とし、
 この時の理念を「美しくしていたい」という気持ちが強い。
 それ故に、そのリンカーンに関して、
プロパガンダする点が少なからず見られ、存在する。
 そのプロパガンダされたために見えない「隠された真実」は、
 世界の善良の方達のために、
 明らかにされねばならない。明かされなければならない。
 それは、回り回ってアメリカ合衆国のためにもなり、
 また、これからの人類の行く末にも貢献すると確信する。

2012年9月21日金曜日

泰緬鉄道について・・・村田信雄氏の貴重なコメント

題: 泰緬鉄道についての小生のブログに、
         非常に貴重なコメントが寄せられました
.
 [ 村田信雄氏のコメント ]
・泰緬鉄道の論点 (村田信雄) 2012-09-13 10:25:46
 欧米植民地への日本の進出によって、植民地経済は完全に
破壊されました。
 多くの東南アジア人労働者が失業し、植民地通貨に代わって
裏付けの無い軍票・銀行券が乱発されて、人々の生活は大変な
状況でした。
 その中で募集されたのが、泰緬鉄道の建設なのです。
 募集状況や労働環境は絶望的なものでした。
 加えて、日本軍管理下での連合国側捕虜の死亡率は27%、
東南アジア人労働者は50%に及びました。
 悪夢のシベリア抑留ですら死亡率は10%、復讐心に燃える連
合国管理下では5%以下となっています。
 自虐史観や自慰史観といったイデオロギー的な歴史観が取り
沙汰される昨今ですが、日本側、連合国側の学術的研究資料を
全く無視した話です。
 感情的に一部分だけを拡大視して、それを以ってすべての事
例を語ろうとするのは愚かなことです。
 先の大戦では天皇陛下の御為に私たちは戦いました。
 しかし、一部の不忠者たちが日本の名誉を汚し、敗戦に導い
たことは確かです。
 国に殉じた方々を軽んずることは軽蔑に値すべきことです。
 しかし、不忠者を擁護して、忠君愛国の士までもが正当な評
価を受けられない現状には憤りを感じます。
 どうか、先の大戦の英霊こそを取り上げ、不忠者を正当化
するような愚をやめていただきたい。
 よろしくお願いします。
(私見)
 村田信雄氏は、泰緬鉄道の日本の与えた死亡率は異常。
 その点で糾弾されるべき『当然の理由がある』とおっしゃっ
ているのだと理解いたしました。
 それ故、カニの事件によって死に至らしめられた方々(泰緬
鉄道の責任者の日本人捕虜)は、その責任を取ったのだと言わ
れていると解釈しました。
 復讐心があったとはいえ連合国側の日本人に対する死亡率は
低率であった。
 故に、一つの事件(カニの事件)によって判断を急ぐこと(
結論を急ぐこと)は止めなさいと言われて居られます。
 先の大戦で亡くなられた英霊こそ、大切にその功績を讃える
行為をしなさいと言われて居られます。
 まったく、村田様のおっしゃる通りと感じました。
 ありがとうございました。
 
 また、村田様はじめ忠君愛国の士の方々、そして、先の
大戦で亡くなられた多くの英霊の方々の御蔭で、私たちは
平和な日本に生活することが出来ております。心から感謝
の意を申し上げます。
 『有難う御座いました』。
 今後とも、ご指導を賜りたくお願い申し上げます。

2012年9月15日土曜日

NHKは愛国心について・・・

 題 : NHKは愛国心について・・・
.
 NHKは愛国心について、『NHK独特の
イデオロギー』を日本の国民に押し付けて
いる。
 例えば、NHKは、「番組開始時と終了時」
に放送してきた「日本の国歌と国旗掲揚の
放送」を取り止めた。
 軌(き)を一(いつ)にして、キリスト教
団体が国旗・国歌の反対集会を開いている。
 NHKがキリスト教に偏することはずーっ
と指摘させて戴いてきていますが、本件に
ついても同一行動をしている。
 また、NHKは、今回のオリンピックおよ
びパラリンピックにおいて、金メダル受賞
時に演じられる「センターポールに国旗が
掲揚され、国家が演奏される」その重要な
シーンを一度も放送していない。
 金メダル受賞者の健闘を讃える大切なシ
ーンを一度も放送していない。
 国旗掲揚と国歌演奏を仰ぎ見る「表彰台
の晴れがましい選手の顔」を見る事が出来
なかった。
 まったく公共放送の役を果たしていなか
った。
 前記の放送取りやめ処置は、NHK内の一
部組織の独断による処置とのことだった。
 国旗と国歌は大切に処し、公共放送NHK
は放送しなさい。

(追伸)
 気が付いたことを追記しますが、NHKは、
種々の番組で、アメリカ国旗やイギリス国
旗は、放送するが、日本の国旗は放送しな
い。
 例えば1例、番組名:「ニュースで英会話
」で米国国旗のはためく姿を放送していた。
(2012・9・6、午後10時10分)。

 (追伸の追伸)
 NHKのEテレが パラリンピックの放送をし
ていた。
 そして、頑張った選手が金メダルを取って
も、国旗掲揚する治具は見せても、やっぱり
国旗と国歌は放送しなかった・・が、何故か?
キリスト教会の鐘の音は放送をしていた。
 やはり、キリスト教に偏するNHKだと感じた。
 (2012・9・15、pm3:50)

2012年9月11日火曜日

追記 泰緬鉄道

 題 : 泰緬鉄道のできごと 追記

(追記:wikipedia)
 この鉄道の建設は、20世紀初頭の英領ビルマ時代にイギ
リスが検討していたが、地形が複雑で建設を断念した。
 戦時中、旧日本軍は海上輸送の危険を避けるべく1942年、
ビルマ戦線の物資輸送のためのルートを確保するため、建
設を開始した。
(イギリスが検討した複数の案の内の1つを踏襲している。)
 建設は、迅速さを要求されたためビルマ側・タイ側両
方から開始した。
 ビルマ・タイには、すでに、多少の鉄道が建設されてお
りタイ側はノーンプラードックから、ビルマ側からはタン
ビュザヤより建設を開始した。
 建設の作業員には日本軍1万2000人、連合国の捕虜6万
2000人(1万2619人死亡)、募集で集まったタイ人数万(未
知数)・ミャンマー人18万人(4万死亡)・マレーシア人
(華人・印僑含む)8万人(4万2000死亡)、インドネシア
人(華僑含む)4万5000人の労働者が使われた。
 建設現場は劣悪で特に工事の後半は雨季にも拘らずさら
なる迅速さが要求され、食料不足からくる栄養失調とコレ
ラやマラリアにかかって死者数が莫大な数(日本側とタイ
・ミャンマー側の調査で食い違いが出るが、約半数と言わ
れる)に上り、戦後に問題となった。
 特に、巨大な一枚岩を掘り下げるなどした「ヘルファイ
アー・パス(英語版)」と呼ばれる箇所や、断崖絶壁に沿
わせるように木橋を建設した「アルヒル桟道橋」など未開
発の地帯では、工作機械不足と突貫工事による人海戦術の
ため死者が多かったという。
 これらの労働者の多くの犠牲のもと、当初5年は掛かると
言われた建設が翌年10月には完成した。

(私見)以上の様に、日本側のイギリス人捕虜に対する扱
いは、イギリス人捕虜をターゲットにして死者を出した訳
ではなく、日本人労働者や現地人にも死者は出ている訳で、
過酷な状況からその様な結果になってしまった。
 その点から、その後のイギリスの日本人捕虜に対する死
に至る扱いは非難されるべきで、また、糾弾されるべき行
為となっている。

2012年9月10日月曜日

泰緬鉄道のできごと

 題 : 泰緬鉄道のできごと

 泰緬鉄道(たいめん)の工事で、多くの方が亡くなった。
 この鉄道は、日本の作戦上重要な鉄道だった(下記の「参考」を
ご覧ください)。
 早く作る必要があった。
 日本からの補給もままならない中で、日本人や現地人に加え、イ
ギリス人捕虜も工事に加えねばならない理由・大義があった。
 しかし、過酷な状況下の工事により、戦時であり、また、戦闘の
最前線の地でもあり、この環境下でイギリス人捕虜に限らずに多く
の死者が出た。
 しかし、イギリスは、このイギリス人捕虜の死に対する仕返し・
復讐をした。
 この工事にかかわった、戦争が終わって捕虜となった「日本人捕
虜」に仕返しがなされた。
 卑劣なやり方で、この泰緬鉄道に関係する日本人捕虜は全滅させ
られた。
 日本人は、イギリス人捕虜に対する怨恨はなく、ただ過酷な工事
からイギリス人捕虜の死があっただけであるが(イギリス人捕虜に
限らず多くの死があったわけだが・・・)、
 イギリス人の日本人捕虜に対して、完全に怨恨の心情からの復讐
がなされた。
 また、その復讐の全滅のさせ方が、卑劣な非人道的軽蔑行為だっ
た。
 キリスト教の「目には目を」の卑劣教義そのままの復讐行為だっ
た。
 以下、本「アーロン収容所」の抜書きです。
・・・しかし、とうとう一人の人と話す様になった。
 関東の人で、名も所属も言わない。
 歯切れのよい東京弁で素直な感じである。
 「私はミッチーナで重傷を負い、倒れていて英軍に収容されまし
た。
 意識を失っていて収容されたのです。
 でも、それはどうでもよいのです。
 私たちは(日本へ)帰れないかもしれません。
 ですから、この話だけはしておきたい。
 日本の人に知らせて下さい」

 「英軍はひどいことをします。
 私たちは、イワラジ河のずっと河下の方に一時いました。
 その中洲に戦犯部隊とかいう鉄道隊の人が百何十人か入っていま
した。
 泰緬国境でイギリス人捕虜を虐待して大勢を殺したという疑いで
す。
 その人たちが本当にやったのかどうか知りません。
 イギリス人は、あの人たちは裁判を待っているのだと言ってまし
た。
 狂暴で逃走や反乱の危険があるというので、そういうところへ収
容したのだそうです。
 でもその必要はありませんでした。
 私たちは食糧がすくなく飢えに苦しみました。
 ああ、やはりあなたたちもそうでしたか。
 あの人たちも苦しみました。
 あそこには「毛ガニ」がたくさんいます。
 うまい奴です。
 それをとって食べたのです。
 あなたもあのカニがアミーバ赤痢の巣だということを知っていま
すね。
 あの中洲は潮がさしてくると全部水に没し、1尺(30センチメー
トル)ぐらいの深さになります。
 みんな背嚢(はいのう)を頭に乗せて潮がひくまで何時間もしゃ
がんでいるのです。
 そんなところですから、もちろん薪の材料はありません。
 みんな生のままたべました。
 英軍はカニには病原菌がいるから生食いしてはいめないという命
令を出していました。
 兵隊たちも食べては危険なことは知っていたでしょう。
 でも食べないではいられなかったのです。
 そして、みんな赤痢にやられ、血便を出し血へどをはいて死にま
した。
 水を呑みに行って力つき、水の中へうつぶして死ぬ、あの例の死
に方です。
 看視のイギリス兵はみんなが死に絶えるまで、岸から双眼鏡で毎
日観測していました。
 全部死んだのを見とどけて、『日本兵は衛生観念不足で、自制心
も乏しく、英軍のたび重なる警告にもかかわらず、生ガニを捕食し、
疫病にかかって全滅した。
 まことに遺憾である』と上司に報告したそうです。
 何もかも英軍の計算どおりにいったというわけです」・・・

 イギリスは、表面的な残虐行為はしないが、深い復讐欲でなされ
た行為を加えた。
 表面的にははなはだ合理的。
 非難に対してうまく言い抜け出来る様にしていた。
 冷静に冷酷に事をした。
 表面的には残虐ではなく様に見えても、人間が人間に対してなし
うる最も残忍な行為をした。
 同じことを相手に加えて、与えて良いとするキリスト教の教義が
心底にある。

 (参考)たいめん‐てつどう【泰緬鉄道】 《「泰」はタイ、「緬」
はビルマのこと》太平洋戦争中、日本軍がインパール作戦の物資輸
送のため、タイ・ビルマ間に建設した鉄道。タイ側はクワイ川に沿
う。連合国捕虜や現地人が動員され、数万の死者を出し、...
 (参考文献)「アーロン収容所」会田雄次著

2012年9月8日土曜日

日米開戦、クジラが発端?

題 : 日米開戦、クジラが発端?

 かつて、ワシントンの日本大使館で、
 大東亜戦争の宣戦布告の大切な電文を、
 留守をしていて見るのが遅れ、
 「真珠湾はだまし討ちだ」の汚名と
 国辱を末代まで残した歴史の過去があった。
 しかし、これより前に、
 アメリカの軍艦が、
 日本の潜水艦を攻撃し、すでに戦端は開かれていた。

 れっきとして、日本潜水艦が、
 これ以前に、アメリカ軍の軍艦から攻撃されていた。

 アメリカは「あれはクジラだった」と言い訳を言うが、
 日本の潜水艦が攻撃されたのは動かしえない事実なのだ。

 事実面から確定されているのだ。
 これが開戦の端緒なのだ。

 日本は真珠湾の奇襲をしたと言われる筋合いはない。

 私はお前を殴ったが「動物」だと思った・・・
 などという理屈が通るのか? 

 だから、
 その後、お前がぶち返して来たのが最初なのだ。

 だから、お前が先に手を出して来た事になるのだ。

 ・・・という自分勝手な理屈を
 世界に喧伝している。

 一触即発で戦争になるかもしれないという時に、
 クジラだったとは、よく言うものだ。

 総べて日本の動きを予想し、
 知り得ていたのに「とぼけを演じている」。
 そして、
 クジラがいたからと発砲する軍艦が存在するわけがない。

 そうであるなら、
 年がら年中、発砲していなくてはならない事になる。

2012年9月7日金曜日

ポーカー と TPP

題 : ポーカー と TPP

 アメリカ人の好きな「ポーカー」。

 「ポーカー民族」などとも言われているが、その
道の日本人の「通」は言う。

 「ポーカーは、相手を即座に見抜ける人間性
への洞察力が不可欠」と。

 また、「個人の合理に徹した才能とせこさの
極限が要求される」と。

 そして、「長期の戦略が不可欠で、悪知恵の
限りを尽くさねば勝てない。二重人格、時には
三重四重の人格が要求される」と。

 そして、「1回1回の勝ち負けなど、まったく関
係がない。
 相手が1文なしになる最後の最後までむしり
取ることが勝負全体を支える必須条件になる」
と。

 この文を、つい、TPPと絡(から)めて読んで
いた。

2012年8月21日火曜日

世界が平和になりますように

題 : 世界が平和になりますように

 キリスト教が,「人類救済とか」「世界宗教とか」と言うのは
後から付けた話。
 キリスト教には、「キリスト教のプロパガンダ=嘘宣伝」と
いう有名な言葉があるが、この話もまったくこれ。
 キリスト教の性格付けをしているのは、キリスト教を生んだ
民族であるユダヤ民族の性格に多くが関係している。
 ユダヤ民族は四方から他民族の侵入・攻撃を受けていた。
 この事から「非常に排他的」になっている。
 他民族=異教徒は、即、敵である。
 自分たちの生活を奪う敵である。
 命を奪い、自分たちの民族を絶滅させもする敵対民族である、
ここから「異教徒は殺せのキリスト教の教義」が生まれて来る。
 キリスト教は、心底にこの精神がある。
 何ら「他と協調することは微塵も出来ない環境」なのである。
 協調していたら殺されてしまうからである。
 この様な精神を生んだのが砂漠地帯に生まれた宗教という環
境条件に左右される。
 天からの降雨に恵まれ、あちこちに萌え出ずる生命に満ち満
ちる「農耕の地の宗教」とは違うのである。
 少ない降雨、その少ない降雨を探して芽生えた草を食み、体
にその僅かな恵みを蓄積する羊、その「メカニズム」を利用し
なければ生存できない地に生まれた宗教=キリスト教なのであ
る。
 その僅かな恵みを取り合う地の宗教なのである。
 常に「飢餓と背中合わせの地の宗教」なのである、故に、飢
餓の時は、隣国の富を奪いに行くことがキリスト教の教義とな
る。
 その行為に免罪符を与える教義なのである。
 「(キリスト教の)神の義があれば 人を誅しても良い」で
ある。
 「人類救済の宗教ではないのである」。
 「世界宗教となってはいけない宗教なのである」。
 キリスト教の得意なプロパガンダ=嘘宣伝で、その全く逆が
印象付けられているが、まったく、その様な宗教ではない。
 世界宗教とはなりえない宗教なのである。
 キリスト教の歴史には戦争の歴史が刻まれているのは、この
ためなのである。
 キリスト教のこの性格から生まれた戦争なのである。
 そして、人類の歴史において、何人の方々が亡くなられたと
いうのでしょうか、憤りが湧くぐらいの大勢の方々なのである。
 本当に「世界宗教でも何でもない宗教が、世界宗教の顔をし
て、起こした戦争による亡くなられた人々の数なのである」。
 「その教義ゆえに、世界に広まってはいけない宗教=キリス
ト教なのである」。
 嘘宣伝によるカモフラージュに惑わされてはいけないのであ
る。
 ヨーロッパの地では「キリスト教同士」が「キリスト教の卑
劣な教義により」「自らの正義を掲(かか)げ合いながら長い
年月、執念深く戦った」。
 ヨーロッパの方たちの30%も亡くなったという。
 自分の家が、特別、不幸であったのではない、隣の家庭も、
また、その隣の家庭も、1人か2人の家族が亡くなるという悲惨
な事をしでかした宗教=キリスト教なのである。
 ブラジル・インカの南米、そして、中米、北米(メキシコ)、
そして、それらの離島の殺戮。
 民を全滅させる、そして、その後に、もぬけの殻になった誰
も居なくなった地に乗り込む、その誰もいない地にキリスト教会
を建てる。
 しかし、これだけではない、それも屋上屋を重ねる様な悪行
をするキリスト教。
 やはり、キリスト教の教義なのである。
 キリスト教の聖書で教えている奴隷制度である。
 アフリカの方たちを奴隷として連れてキリスト教徒は誰も居
なくなった地に乗り込む、そして、山の頂に「自分たちが『偶
像を崇拝するな』というキリスト教の教義を持っているのに、
その教義をそっちのけで、山の頂に大きなイエス・キリストの
像を立てる」。
 卑劣にも、キリスト教は、今現在でも「この卑劣な教義を削
除しないで、教義としている」。

2012年8月1日水曜日

オーストラリアにおける蛮行

題 : オーストラリアにおけるキリスト教徒の蛮行

 18世紀、オーストラリア(シドニー湾)に上陸したキリスト
教徒のイギリス人は1200人で、すべてが囚人だった。
 この後、オーストラリアは、イギリスの政治犯やコソ泥など
の囚人が、宗主国イギリスの国から送られる流刑地としての歴
史が始まる。
 当時、オーストラリアには、先住民のアポリジニが、推定で
100万人が生活していた。
 しかし、南米・中米・北米メキシコ、および、それらの離島
で繰り広げられたキリスト教徒スペイン人と同行したキリスト
教聖職者等による殺戮・全滅の愚行と同様なことを、この地・
オーストラリアにおいてもキリスト教徒イギリス人は行なう。
 100万人が居ただろうという先住民アポリジニは、またたく
間の内に、このキリスト教徒イギリス人に虐殺され、駆逐され
てしまった。
 狩猟でもやる様にアポリジニは撃たれ、殺されていった。
 先住民アポリジニは4万年前、一説で6万年前から住んで先住
権があったが、まったく無視され、先祖代々の土地は奪われ
た。
 キリスト教は、アフリカ黒人を「人とは見ない」というキリ
スト教聖職者の言葉が残されているが、キリスト教の判断基準
・教義からこのオーストラリアのアポリジニの人権も無視され
た。
 今、約1900万人の人口のオーストラリア。
 その95パーセントはアングロサクソン(コーカシアン)で、
アポリジニはその中の1パーセント(19万人)にも満たない。
 3分の2のアポリジニは、当時、殺戮された。
 今、彼等は、不毛の砂漠地帯に追いやられている。
 環境の悪さから、平均寿命が白人より20歳も少ない50歳であ
り、失業率も白人の4倍以上と悲惨な状況となっている。
  (参考:「日本を捨てて、日本を知った」林秀彦著)

2012年7月30日月曜日

ハロウィンについて

題 : ハロウィンについて

 拝 啓
 突然の送信をお許し下さい。 
 是非、ご一読 賜りたくお願い申し上げます。
 貴方様に関連しているハロウィンについて送信させていただきま
した。
 宜しくお願い致します。
 ハロウィンは魔女が関係するキリスト教の祭りです。
 キリスト教には「(キリスト教の)神の義によって、人を誅して
も良い」との教義があり、多くの悲惨な戦争の原因になってまいり
ました。
 また、魔女事件は「魔女は生かしておいてはならない」という
キリスト教の教義から多くの罪のない方達が長い年月において苦し
められて来た悲惨な事件です。
 可哀想な方々が何百万と居られます。
 殺され方も火あぶりです。それも乾いた木でなく生の木で焼く
陰湿なやり方です。
 ハロウィンにはこの様な悲惨な可哀想な事情が多々あります。
 貴方様の深いご理解を賜りたいと思います。                  
 下記に魔女に関する一部の資料ですが「拷問を伴う魔女裁判」の
記述の一部分を記させて戴きます。
 尚、国際的にも、ISOで、企業は宗教的に中立でなければならな
いとされています(特定宗教のキリスト教にのみ偏して、美化し伝
道する行為は、禁止し控えるのが国際の常識・意識です)。
 参考:ISO26000(企業の社会的責任)で、企業の特定宗教の偏向
行為を止める(宗教的差別行為の禁止)が定められています。
 日本もISOの加盟国です。           敬 具
・・・(資 料)・・・
 16世紀のなかばのトレドのキリスト教の異端審問で、エルヴィ
ラという人妻に対して行われた「尋問」の経過を、忍耐強い書記が
被告の悲鳴や絶叫にいたるまで、細大洩らさず書きとめた長文記録
です。
 また、日本では安易に「魔女」言葉が使われますが控えたいもの
です。
 裁判には拷問が必ず行われました。以下その一部。
 ・・(エルヴィラの両腕を縛った綱がさらに締め付けられ、捻じ
られる。悲鳴。)
 「裁判官さま。何を申し上げたらいいか、言ってください。私が
どんなことをしたのか私にはわからないのです。綱をゆるめてくだ
さい、本当のことを申しますから。何を言えとお望みなのか、私に
は分かりません。おっしゃってください。その通りに申します。」
 (さらに綱が締められる。「真実を言え」と迫られる。「どう言
ったらいいか教えてください。何でも申し上げますから」と彼女は
繰り返す。)
(「おまえは豚肉を食べただろう」と誘導される。)
 「いいえ、食べた事はありません。豚肉を食べると私は気持ちが
悪くなるのです。豚肉は好きじゃないんです。私は何も悪い事はし
ていないんです。どうぞ放して下さい。何でも申しますから。何を
申し上げれば宜しいのですか。何を言ったらいいのか分からないん
です。
言って下さい。何でも申します。放して下さい。何でも申します。
・・・言って下さい、言って下さい。」
 (綱はゆるめられず、「カトリック教会にそむく事をしただろう
」と尋ねられる。)
 「放して下さい。・・・(うめき声)・・・ここからおろして下
さい。何を言ったらいいか、言ってください。ああ・・・苦しい。
お望み通りのことをみんな申し上げますから・・・。裁判官さま、
もう腕が砕けます・・・。ゆるめてください・・・」
 (「お前がした事を詳しく言え」と迫られる。)
 「何を申し上げたらいいのか・・・。そうです、いたしました。
なんでもいたしました。・・・ああ、ゆるめて下さい。申し上げね
ばならない事が、私には思い出せないんです。弱い女の身です。腕
が砕けそうです。弱い女に、憐れみをお持ちではないのでしょうか
。・・・」
(裁判官は、「本当の事を言えば憐れみを持つであろう」という)
 「裁判官さま、言って下さい。本当の事というのを教えて下さい
・・・。(泣きむせぶ)・・・分からない・・・何を言ったらいい
のか・・・。」
 (同じ言葉の繰り返しと拷問が続いたのち、「おまえは土曜日に
麻の着物を着替えただろう」と尋ねられる。)
 「はい、着替えました。着替える時が来ていたからです。悪意が
あっての事ではありません。何をお考えになっているのでしょう。
・・・」
 (裸にして拷問台に寝かされる。四肢は四方に、綱で引っ張られ
る。口に水管が差し込まれ、水差しから水が注がれる。その合間合
間に彼女は前と同じことを繰り返えす。ここで、拷問は一時「中断
」。)
 それから4日後、拷問は再開された。岩波新書「魔女狩り」より
ーー(関連資料)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2009年8月13日(木)13:00 毎日新聞 
◆被爆者が生きている間に、核兵器が廃絶される日を見せてあげた
い。井田薫(仮称)
「原爆投下の良かった面を考えよう」
 早稲田大4年、井田薫(仮称)さん(22)は6年前、留学先の
米ミシガン州の高校で、アメリカ史の教師が出した課題に耳を疑っ
た。
 幼少期を長崎市で過ごし、毎年8月9日には静かに祈る人たちの
姿を見てきた。「広島と長崎の悲劇は世界に共有されていると思っ
ていたのに」。頭の中が真っ白になった。
 他の生徒たちが「戦争を終わらせた」「祖国の防衛になった」な
どと答えるのを聞きながら、「違う」と思った。だが、その一言が
言えない。沈黙するしかなかった。
 帰国して大学に進み、祖父の妹(80)宅に下宿した。そこで、
亡き祖母が長崎で被爆したことを知った。自分が被爆3世だという
ことも。
 ある夜、祖父の妹が涙を流しながら被爆した時のことを語ってく
れた。
 焼けただれて助けを求める人たち、空襲警報のたびに防空壕(ご
う)で震えた記憶……。「同じ苦しみを味わわせたくない」。その
言葉が胸に響いた。
 2年前、再び米国に留学した。「今度は自分の思いを伝えよう」
小さな決意を秘めて向かった留学先の大学で、原爆を扱った映画の
上映会を開いた。学生から「原爆の苦しみを教えてくれてありがと
う」という言葉が返ってきた。「伝えれば伝わる」と思えた。
 今は、ジャーナリストを志し、中東向けのニュース配信会社「パ
ンオリエントニュース」(東京都港区)で「修業中」だ。
 いつか、自分の記事で世界に発信したい。「良い戦争なんてない
」と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(悲惨な戦争を無くせないでしょうか。切なる希望について。)
拝 啓
 下記は、番組を提供された企業様とその番組に出演された女優様
へ送信したメールです。
 是非、御一読 賜りたくお願い申し上げます。
 尚、下記において、番組提供の企業(○○と標記)と出演された
女優(☆☆と標記)、及び放送した放送局(□□と標記)は匿名と
させて戴いて居ります。           敬 具
         ( 記 )                   
 ○○株式会社様
 拝 啓
 下記は、貴社提供のテレビ番組(□□チャンネル、地球街道「
長崎街道、憧れの教会」)について、☆☆様へ送信したメールです
 御多忙とは存じますが、是非、御一読 賜りたく お願い申し上
げます。            敬 具
           記
 ☆☆ 様
 拝 啓
 御活躍のご様子、何時も拝見させて戴いて居ります。
 本日(10月18日)午後10時30分からの□□チャンネル「
地球街道(長崎街道、憧れの教会)」を拝見させて戴きました。
 この番組は、今回の様に、「キリスト教徒によるキリスト教を美
しく見せる番組」を度々放送しております。
 これに比較して、仏教関係は皆無の状況です(公共放送として公
平性の無い偏した現況です)。
 また、キリスト教は『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅
しても良い』との教義から「人をあやめる行為」を残念ながら行っ
て来て居ります(この悲惨な事例は、いにしえから長い歴史と共に
数知れずあります)。
 近年では、ブッシュさんがイラクで(多くのアメリカの青年が亡
くなっております。また、本戦争に関係のないイラクの多くの方々
も亡くなられております)。
 そして、次期米国大統領候補の方々は、いずれの方もイラクの悲
惨なこの戦争の中止を意思表明して居ります。
 ブッシュさんの支持母体のキリスト教徒の希望により行われた(
上記の教義の論理から行われた)この戦争は「悲惨な結果」をもた
らしただけでした。
 ブッシュさんのお父さんも、中近東の湾岸戦争で、今回と同様に
、支持母体のキリスト教徒の希望により同じ行為をして居ります。
 キリスト教は、いにしえの古代の十字軍もそうですが、上記の教
義により、可哀想な多くの方々を残念ながら作ってまいりました。
 この教義は間違っておりますという声を、是非、上げて戴きたく
お願い申し上げます。
 また、キリスト教に偏する番組作りをしている本番組へ、公共放
送として公平性のある番組作りになる様、お力をお貸し戴ければと
お願い申し上げます。         敬 具 
ーー(以上を送信させて戴きました。以下は御参考として付記させ
て戴きました)ーーーーーーーーー
(参考)テレビに於ける公開討論において、米国大統領候補のいず
れの方も、直ぐ撤退するか、否かの意見の違いだけで、両候補とも
撤退の意見となっております。
 ☆ 己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。
 ☆ 以和為貴・・・(和をもって貴しとなす)。
 ☆ 一切衆生、悉有佛性 :
  (いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう)・・・この世のあ
らゆる生きとし生けるものは、ことごとく皆、佛性(佛の性質・佛
と成り得る資質)が備わっています。そうした生きとし生けるもの
でもって宇宙は構成され、すべて(万物)が繋がり、時は流れてい
ます。そのつながりの中で育んで行きましょう。
 [参考比較] キリスト教の人間生来の 原罪 : 原罪(げん
ざい)とは、エデンの園において人類の始祖であるアダムとイヴが
最初に犯したとされる罪、およびその罪が人間の本性を損ね、ある
いは変えてしまったため、以来人間は神の救い・助けなしには克服
し得ない罪への傾きを持つことになったという、キリスト教の多く
の教派において共有される思想。
 (ここを原点として、信じなければ救いを拒否し、切り捨てると
いうキリスト教がある)
☆ 真実の声 :
 すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。 己が
身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。  
              ・・・ 仏典『ダンマパダ』より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(若い方達へ)
 キリスト教は贈り物とか、讃美歌とか、外見上は優しく見えます
が、若い方達は特にご注意ください。
 虐殺や戦争の事例が実に多い宗教です。
 それは『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い』
という教義から来ております。
 他人を絶対にあやめてはいけません。
 間違った宗教に幸せな未来はありません。

 キリスト教の罪悪の一例である、ヨーロッパの30%もの方々が
亡くなった戦争事例がどの様なものかをお調べ下さい。
 そしてまた、この%の異常さをお感じ下さい。
 どの宗教も同じという話は無くなると思います。
 やはり、教え・教義からくる悲惨な結末なのです。

2012年7月27日金曜日

マザー・テレサさんのこと

題 : マザー・テレサさんのこと

 マザー・テレサさんが、初めて、インドの社会に入って行っ
た時は大変でした。
 彼女にあったのは自分の志(こころざし)だけ。
 彼女を受け入れたのは、インドの「ヒンズー教の方たち」で
した。
 彼女の活動のための家を貸し、彼女の活動のための手助けの
人達が駆け付けました。
 元々、マザー・テレサさんのやりたい志の事は「ヒンズー教
の方達はしていました」。
 だから、正確に言えば、「マザー・テレサさんが、志を同じ
くする人たちの中に入って行った」なのです。
 ヒンズー教の方達は、多神教。
 イエス・キリストやマリアもヒンズー教の神々の一人として
いる宗教。
 この様な宗教教義の面からも、マザー・テレサさんもスムー
ズに受け入れられました。
 一神教のキリスト教には「異教徒を殺せ」の教義がある様に、
異教徒を忌む宗教ですので、この様なスムーズな受け入れとは
ならなかったでしょう。
 マザー・テレサさんは、最初、キリスト教からは、まったく、
孤立無援。
 手助けはヒンズー教の方達だけでした。
 彼女が、アメリカの映画の題材にされ、注目されるようにな
って後、キリスト教が、今までは何も彼女に注目せず、手助け
もしなかったが、世界の注目を集める様になってから、彼女と
行動をする様になった。
 今、キリスト教は、彼女を「広告塔」にしていますが、そし
て、ヒンズー教の方達は黙っていますが、真実は、この様な経過
をたどった。
 マザー・テレサさんが「ノーベル平和賞」を受賞しましたが、
同時に「ヒンズー教の方達も受賞すべき」でした。
 ノーベル賞選考委員はキリスト教徒だけ、その点、「お手盛
り」となった。
 インド政府は、彼女が亡くなられた時、国葬として大きな葬儀
を行ないましたが、キリスト教組織にも、この様な、大きな度量
が欲しいところです。 
 また、彼女のキリスト教は、ビンズ‐教との共同生活から宗教的
にも影響され、彼女独特のキリスト教となっている。ヒンズー・
キリスト教とか、テレサ・キリスト教と呼ぶべき形となっている。

2012年7月25日水曜日

TPP 弱肉強食の世界の「 強者 」は、ここまでする事を、歴史が示している(改訂版)

題:TPP 弱肉強食の世界の「 強者 」は、
       ここまでする事を、歴史が示している」(改訂版)

 TPP、締結か?否か?
 TPPは、グローバリゼーションを是とする考え方。

 当然その時、「良いものは良いのだ」との意識が基本に働く。

 アフリカの草原で、弱った個体が餌として狙われ、
 その個体が餌として存在することにより、
 「捕食した動物は生を伸ばす事が出来」、
 また、
 「捕食された動物も、その餌になった個体のお陰で、死を逃れる
事が出来、且つ、より健全な個体の集団へと変わることができる」
と言える。
 いわゆる、弱肉強食のメカニズムである。

 「供犠(くぎ)が捧げられる世界」であるとも言える。

 良い、且つ、優れているからこそ 皆が求める、
 また、その求めに応じる。
 「それが正義」なのであるという。

 キリスト教は、強い民族が、困った時に、
 隣国の富を奪いに行く事を
 「(キリスト教の)神の正義」としている。

 日本も、強国によって、この奪いに行く国の、対象の国の如くに
なってくるのか?・・とも思える。

 キリスト教の神は、『神の正義があるなら』やっても良い、人の
命を奪う事、誅しても良いとする。

 聖書の申命記に、キリスト教の神は、「○○人は男を殺せ」「○
○人は、皆殺しにせよ」「生娘は生かしておけ」「奴隷にせよ」と
指示し、叫ぶ。悲惨な殺戮の世界になる。
 そして、
 キリスト教は「(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても
良い」と説く。
 現代ではない、古代の地に、現出した実際の世界である。
 弱肉強食の『 実際に現出した 』世界である。
 (現代では そのようなことは形を変えて起きている)。

 強い者が弱い者に『 配慮せずに 』行動すれば、この様になる
という史実である。

 強い者の論理が 『正義として』 世界を制覇する論理である。

 その強い者は、
 「戦い方のみが優れているだけ」かもしれない・・・が、
 結局、強い者が、
 南米・中米・北米メキシコ・そして離島の各所で、
繰り広げられた「キリスト教徒と同行したキリスト教聖職者」たち
の仕業(しわざ)の事例。
 全滅・すべての命を奪う行為と、
 それ以外にも、この部屋一杯に黄金を満たせば「王様の命を助け
てやる」と言い、
 結局、王様の命は奪うという、策略まで用いて、徹底的に「 富
をも 」奪い(人命と富の略奪)と、
 更に、インカの様に、結局、どの様な文化だったのか、不明?
 まったく不明な状態になる例の様に 「文化をも『めちゃめちゃ
に破壊』し、文化のすべてを奪う」(命と富と文化の略奪)。

 そして、その地に、
 キリスト教徒の征服者たちは、アフリカの人々を「奴隷として(
キリスト教聖書には、奴隷というものを教義として教え、
 キリスト教の教義ゆえに、歴史を連綿と伝えられ、
 歴史を経ながら、個々の悪行は行なわれ、
 教義ゆえ忘れられずに 保ち続けられている」。

 人のいなくなった地に、
 このキリスト教の教義の悪行による奴隷を、
 連れて、
 キリスト教徒の征服者たちは、インディオスの絶滅した地に
 乗り込む。
 そして、
 キリスト教徒は、その地も奪う(命と富と文化と土地を奪い、奴
隷の人生を奪う)。
 そして、
 山の頂には「イエス像」を建て、
 「宗教をも奪い、征服者の宗教の像」を立てる
  (命と富と文化と土地と奴隷の人生と宗教を奪う)。
 「偶像崇拝を忌む自分たちの宗教教義をそっちのけでイエス像を
立てる」。

 「弱肉強食の強者は、ここまでする事を歴史は示している」。
 弱肉強食論理には、『何らかの歯止め』が「必ず必要なのだ」。

 総べてをまな板に乗せ、規制や歯止めは一切認めない。
 あるのは、弱肉強食の論理だけという世界。

 強者は「安価」「経済的」「効率的」「品質的(美味いなど)」
などの長所が、「積極的に美化され」「強調され」ているが、
 果たして本当にそれで良いのか?
 正しいのか?

 かつて
 「効率を追い過ぎた」の声を良く聞いた時もあったが。
 総べての面で、強者がよいと
 「強者の論理が」
 「強者ゆえの立場を利用して」
 「巷にその論理が良いような錯覚をまきちらしながら」流れてい
く。
 強者の論理以外の価値は総べて否定される。

 「安全保障」「リスク」「弱者の論理」など、まだまだ、検討・
討論すべき面は多い状況のはずです。

(参考:関連記述)
 ダーウィンは、進化論において、「生物の進化は弱肉強食の結果
だ」と言う。
 「生物界は優勝劣敗、適者生存、弱肉強食で自然淘汰される」と
言う。
 「強者が栄え、弱者が滅びるのはやむを得ない自然界の定めだ」
と言う。
 この進化論の考え方は、生物の進化にとどまらず、人間社会、社
会活動の新しいパラダイム(規範、枠組み)の誕生の導火線ともな
った。
 「強者はいよいよ強く、富を独占し、弱者が切り捨てられるのは
進化のためにやむを得ない」という非情な独占資本主義へと進むこ
とになった。
 日本の今西錦司(いまにしきんじ)氏(京都大学名誉教授)は、
「棲(す)み分け原理」を提唱した。
 「自然界は食うか食われるかの弱肉強食の関係ではなく、相互に
テリトリーを持っていて、
 できるだけ争いを避けて棲み分けている。
 動物たちは棲み分けによって『共存』している」。

 しかし、歴史は、キリスト教的なダーウィンの方向へ進みました
(ダーウィンはキリスト教聖職者)。
 そして、弱者は、人間の飽(あ)くなき欲望の渦の中で、一方的
に支配・搾取される立場に追い込まれました。

 (参考)ダーウィンについて:
 ダーウィンは裕福な家庭に育ち、
 ダーウィンの父は、ダーウィンを牧師とするために1827年にケン
ブリッジ大学クライスト・カレッジに入れ、神学や古典、数学を学
ばせました。
 ダーウィンは、牧師なら空いた時間の多くを博物学に費やすこと
が出来ると考え、父の提案を喜んで受け入れました。
 ダーウィンは、キリスト教徒として、25年間もクリスチャン生活
を営んだものの、とうとうキリスト教を捨てました。
 キ リスト教への疑問が大きく膨らんだ結果でした。
 ダーウィンは、大学でキリスト教を専門に学んでいましたし、教
義面については誰よりも精通していました。
 しかし、愛娘(まなむすめ)が亡くなった時が、キリスト教を棄
てるきっかけの一つでした。
 キリスト教は、人間の死の原因を罪に求める。
 「しかし、私の幼い娘がどんな罪を犯したというのか」。
 ダーウィンのキリスト教の教義への不信が、この時、炸裂しまし
た。
 以後、ダーウィンは、キリスト教に「完全に」背を向けてしまい
ました。
 彼は、ビー グル号での航行の途上でさえ、正統派のキリスト教信
者であり、船の中で聖書を絶対規準として道徳を語ったため、同乗
者から 「失笑を買った」くらいでしたのに。
 ダーウィンは、決して無神論者では ありませんでした。
 イギリスのキリスト教の国教会は、ダーウィンに謝罪しました。
 「チャールズ・ダーウィンへ。あなたの生誕から約200年を経た
今、英国国教会はあなたの考えを誤解し、最初の対応を誤ったため
に、今もなお偏見が消えない状況を生みだしたことを謝罪します」。
 だが、「今でもなお、進化論に反対することが、キリスト教徒に
とって『信仰のリトマス試験』になっています。

 (参考)今西 錦司(いまにし きんじ):
 1902年1月6日 - 1992年6月15日)は、日本の生態学者、文化人
類学者、登山家。京都大学名誉教授、岐阜大学名誉教授。日本の霊
長類研究の創始者として知られる。理学博士(京都帝国大学、193
9年)。京都の織屋「錦屋」の生まれ。
 (参考)グローバリゼーション【globalization】 国家などの境界
を越えて広がり一体化していくこと。特に、経済活動やものの考え
方などを世界的規模に広げること。グローバライゼーション。
(参考)く‐ぎ【供犠】 神に、いけにえを供える宗教的・呪術的(じ
ゅじゅつてき)儀式。また、そのいけにえ。きょうぎ。
(参考)い・む【忌む/斎む】 [動マ五(四)] 1 (忌む) ①呪
術的な信仰などから、不吉なものとして避ける。禁忌とする。「葬
式は友引の日を―・む」「宗教上、肉食を―・む」 ②嫌って、避け
る。「革新を―・む」「退屈を―・む」...

2012年7月10日火曜日

感受性の強い子供の心を、結果的に、弄(もてあそ)ぶような事が起きています

題 : 感受性の強い子供の心を、結果的に、弄(もてあそ)ぶ
       ような事が起きています

 今、キリスト教のお祭り「ハロウィン」が、日本で、無邪気に
行われておりますが、
 そして、この魔女が関連するこのお祭りに、小さい子供が参加し
ていますが、
 また、小学校では「国際感覚を身につけよう」という美名のもと
に、公的小学校も含めて「ハロウィン」が行なわれ、
 キリスト教系の学生が喜々として駆けつけ、一緒になってやって
いますが、これは美名の下の「キリスト教の巧妙なる伝道行為」で
す。
 アメリカでも問題となり、裁判事例の多い「巧妙なる伝道」です。
 そして、この魔女が関連しているこの事例で、子供たちに何が起
きたか?、影響したか?という事例です。
 キリスト教には「神を恐れよ」という教義があります。
 魔女事件の場合、キリスト教はこの教義によって権威を得ようと
しました。
 また、教勢を拡大したいとしました。
 その為に、「魔女は生かしておいてはならない」の教義がある
キリスト教は「死も辞さない」という姿勢でした。
 「死も辞さない」と言っても自分ではなく、相手を死に至らしめ
る行為でもって権威を得ようという行為です。
 この結果、キリスト教は、周りに死の影や戦争が満ち、まとわり
付いた歴史となりました。
 魔女事件の場合、年端(としは)の行かない3歳・5歳・7歳・12
歳の子供達が憑依(ひょうい)しました。
 悲しい事です。
 これは広がりやすい性質を持っていました。
 17世紀、キリスト教司教領で、子供だけでなく、地域全体が憑依
するという事件となって起きました。
 魔女だと言われた女性が、自(みずか)らキリスト教聖職者の居
る魔女委員会に申し出て、「多くの人々の体内に悪霊を祈り込んだ」
と言いました。
 すると、町に憑依した、憑(つ)かれた主婦や子供達、大勢の群
れが、この司祭領や隣接する地域にさ迷い出て来ました。
 憑依した人たちは未成年者が多い状況でした。
 町は混乱しました。
 飛び火しやすいこの現象は飛び火して行きました。
 スウェーデンの場合は、プロテスタントの村でした。
 憑依した子供たちが現われました。
 子供達は意外と大人が何をやっているかを知っていました。
 大人たちの言動から魔女とはどういうものかを見聞きし、よく知
っていました。
 日頃から、キリスト教聖職者は魔女の定型を話をしていました。
 怖い事に感受性の強い子供達は、特に、憑依しやすい状況で、親
たちは自分たちで救う事を断念するくらいでした。
 親たちは、当局へ原因の魔女の撲滅をする様にと押しかけるとい
う騒ぎ。
 国王の調査委員会が取り調べるという事になり、騒ぎはますます
拡大して行きました。
 また、多くの他の村々へ伝染して行きました。
 憑依した魔児は無数の大人たちを告発しました。
 「魔女の踊りをしていた」「悪魔のシナゴーグへ行ったりしてい
る」、それを見たと。
 ある村は、70人の女性と15人の子供が火炙りとなりました。
 これは、国境も越えて広がって行きました。
 ドイツで起きた事例では、ほとんどが10歳以下の子供でした。
 子供達は、キリスト教の教義と魔女を自己流に織りなして語りま
した。
 想像力の強い子供達は「魔女のサバト」「天国の幻視」「最後の
審判と地獄の使者」を語り、告げるという状態でした。
 驚くことに「デーモン(悪魔)との性交渉」の詳細な証言に裁判
官(キリスト教裁判所の聖職者の裁判官)もびっくりしている状況
でした。
 (参考)とし‐は【年端/年歯】 年齢のほど。年齢。としのは。
「―のいかない子」
 (参考)ひょう‐い【憑依】 [名](スル) 霊などがのりうつるこ
と。「悪霊が―する」 」

2012年6月19日火曜日

日本を救う、救いたい(その3・完) ・・・大学教授の言葉・・・

題:日本を救う、救いたい(その3・完)・・・大学教授の言葉・・
         岩田規久男氏(学習院大学教授)の言葉

 日本では、
 日銀と多くのエコノミストが、
 この金融政策の波及経路を理解していないため、
 「日銀がおカネをばら撒いても、人々は買いたいものがないから
買わない」とか、
 「日銀が貨幣を増やそうとしても、資金需要がないため、銀行貸
出が増えないから、貨幣を増やすことはできない。
 したがって、
 金融政策ではデフレから脱却できない」といった
 誤解や神話が横行している。
 著者は、こうした誤解と神話を打ち砕くために、
 何年もの間、
 著書や論文などを発表してきたが、
 いつまでたっても、
 日銀と多くのエコノミストは、
 まるでオウムのように、右の様な誤解と神話を繰り返すだけであ
る。
 しかし、
 本書で示す様に、
 日銀の金融政策のレジーム(金融政策のスタンス)を
 「デフレ・ターゲティング」から「おだやかなインフレ・ターゲ
ティング」に転換させれば、
 インフレ予想が形成され、
 デフレと超円高から脱却することができる。

 読者に是非理解していただきたい点は、
 デフレと円高から脱却する上で、
 銀行の貸出が増えて、
 貨幣が増える必要はないことである。
 日本は、
 デフレのために、
 家計も企業もモノやサービスへの支出を控えており、
 金余りだからである。
 金融政策によってインフレ予想が形成されると、
 家計や機関投資家は、
 今まで眠らせていたお金を、
 株式投資や外貨投資に振り向けるようになる。
 これにより、
 株価が大きく上昇して、
 デフレで痛んだバランス・シートが改善され、
 為替相場は円安になる。
 予想インフレ率が上昇すると、
 予想実質金利が低下するため、
 これまでは有利でなかった設備投資の採算が取れるようになる。
 そこで、
 企業は余っているお金で設備投資を始める。
 同様にして、
 家計は余ったお金で耐久消費財を買い始め、
 さらに、
 それに借入金を加えて、住宅投資を開始する。
 このようにして、
 これまで眠っていたお金(貨幣)が取引を媒介するようになる。
 これを貨幣の流通速度が速くなるという。
 デフレと超円高からの脱却過程では、
 しばらくの間は、
 銀行貸出と貨幣は増えずに、
 貨幣の流通速度が速くなって、
 活発化した取引を媒介するのである。

 つまり、
 「銀行貸出と貨幣が増えなくても、インフレ予想が形成されて、
おだやかなインフレが始まり、円安への転換が始まる」という点こ
そが、「おだやかなインフレ・ターゲティング」へのレジーム転換
の要諦なのである。

 銀行貸出と貨幣が増え始めるのは、
 貨幣の流通速度の加速化が限界に達するほど、
 経済取引が活発化してからである。
 著者は、
 本書によって、
 一人でも多くの読者が、
 日銀が流布している金融政策に関する誤解と神話から目覚めて、
 日銀をまともな中央銀行に返る運動が高まり、
 それによって、
 日本経済が1日も早く、
 デフレと超円高から脱却して、
 人々の生活が安定すること願っている。
 ーー略ーー 
             2011年1月31日 岩田規久男
☆教授の主な著書に:『金融入門新版』『国際金融入門新版』(岩
波新書)、『経済学を学ぶ』『日本経済を学ぶ』『世界同時不況』
(ちくま新書)、『景気ってなんだろう』(ちくまプリマー新書)
、『インフレとデフレ』『日本銀行は信用できるか』(講談社現代
新書)などがある。

2012年6月18日月曜日

日本を救う、救いたい (その2) ・・・大学教授の言葉・・・

題:日本を救う、救いたい(その2)・・・大学教授の言葉・・・ 
         岩田規久男氏(学習院大学教授)の言葉

 こうした企業行動により、
 雇用はますます減少し、
 増えるのは非正社員雇用ばかりになってしまう。

 日本は少子・高齢化が急速に進み、
 生産年齢人口が減少する時代に入った。
 そうであれば、
 本来、
 労働市場は人手不足で、
 「売り手市場」になるはずである。

 ところが、
 実際に起きているのは、
 就職氷河期に象徴される「買い手市場」で、
 大量の就職浪人の発生である。

 いったい、
 どうしてこんな馬鹿げたことがおきるのであろうか。
 たまたま、
 高校や大学を卒業した時が不景気のために、
 正社員になれなかった人の多くは、
 セカンド・チャンスがほとんどないため、
 一生、
 非正社員として働かなければならない。
 正社員と非正社員の生涯所得には
 約2.5倍もの格差がつく
             (2009年年次経済政報告による)。
 以上の様な雇用状況では、
 多くの人が将来不安から、
 財布のひもを締めて、
 支出を控える。
 その支出の抑制がデフレを促進する。
 特に、
 若い人には希望がなく、
 かれらが内向きになるのも当然である。
 菅直人首相は
 「一に雇用、ニに雇用、三に雇用」といって首相になった。
 しかし、
 政府には雇用を増やす手段はほとんどない。
 なぜならば、
 雇用が悪化しているのは、
 デフレと超円高のためだからである。
 そして、
 超円高の原因はデフレである。
 政府にできる事は、
 税金を使って、
 デフレと超円高で悪化する雇用の痛みを和らげることぐらいしか
ない。

 経済界は、
 政府に成長戦略を求めているが、
 デフレと超円高のままでは、
 どんな成長戦略をとってもその成果は望めない。

 それは、
 成長戦略とは、
 規制緩和などによって
 供給能力を増強する政策だからである。

 日本経済はデフレと超円高で、
 大幅な需要不足である。
 需要が大幅に不足している時に、
 供給増強政策をとれば、
 ますます、
 需要が供給に対して不足するようになり、
 雇用が悪化するだけである。

 成長戦略が成果を上げるためには、
 まず、
 デフレを止めなければならない。

 デフレを止めれば、円高も止まる。

 デフレと超円高を止める事が出来る唯一の機関は、
 政府ではなく、
 日本銀行である。

 これを逆に言えば、
 デフレと超円高をもたらしている真犯人は、
 日銀だという事である。

 本来、
 政府が日銀の政策目標を決め、
 その目標達成を日銀に義務付けなければならない。
 つまり、
 本来、
 日銀には金融政策の目標を決定する自由はなく、
 あるのは、
 目標を達成するための手段を選ぶ自由である。
 これが、
 政府からの日銀の独立の本来の意味である。
 すなわち、
 右の意味で、
 日銀は政府の子会社であり、
 親会社の政府の目的に従わなければ、
 国家経営は成り立たないのである。

 ところが、
 1998年から施行された「新日銀法」は
 日銀に目的達成の手段だけでなく、
 政策目標の決定についても政府からの独立を認めてしまった。
 その為、
 それ以後、
 日銀は何らの責任も取ることなく、
 「いいたい放題、やりたい放題」の独善的機関になってしまい、
 子会社の日銀が
 多少とも「デフレ脱却」のポーズをとると、
 親会社の社長や取締役が「ご協力いただいて、感謝します」とい
う始末である。
 親会社が子会社をコントロールできない会社が
 まともな経営をできるはずがない。
 小泉純一郎内閣も
 「デフレ脱却」を掲げたが、
 日銀に対しては何も注文しなかった。
 それが「政府からの日銀の独立」であると勘違いしていたからで
ある。
 そのため、
 小泉元首相はデフレ脱却を果たすことなく、
 郵政民営化の目途をつけるとさっさと政権を降りてしまった。
 小泉元首相に
 デフレ脱却の意図はまったくなく、
 あったのは郵政民営化だけだったのである。
 国民も新聞などのメディアも
 政府や首相をとっかえ、ひっかえしても、
 何も変わらないこと、
 攻めるべき本丸は「日銀にある」ことに気が付くべきである。

 金融政策は分かりにくいといって敬遠するのではなく、
 金融政策こそが、
 雇用をはじめとする、
 私たちの生活の良し悪しを決定する政策であることを
 理解しなければならない。

 この本は、
 日銀の金融政策をどのように変えれば、
 デフレと超円高から脱却して、
 雇用も、財政も、年金も
 大きく改善できるかを明らかにしようとするものである。
 とくに、
 本書で強調していることは、
 デフレ下の金融政策とは、
 人々の間におだやかなインフレ予想の形成を促すことによって、
 デフレと超円高から脱却する政策である、
 という点である。    (つづく)

2012年6月17日日曜日

日本を救う、救いたい (その1) ・・・大学教授の言葉・・・

題:日本を救う、救いたい(その1)・・・大学教授の言葉・・・ 

 岩田規久男氏(学習院大学教授)の言葉:
 「経済界は、
 政府に成長戦略を求めているが、
 デフレと超円高のままでは、
 どんな成長戦略を取ってもその成果は望めない」・・と、先生は
言われる。
 素晴らしい言葉が続く。
 今(2012・6・14)も超円高ですが
 (米ドル79.38、ユーロ99.72)、
 一度は読んでいただきたい本です。
 本:「デフレと超円高」(講談社現代新書)。

 著者略歴:
 1942年、大阪府に生まれる。1966年、東京大学経済学部卒、
 1973年、同大学大学院博士課程修了。1998年、学習院大学経済
 大学教授。この間1976年~1978年までカリフォルニア大学バー
 クレー校において客員研究員を務める。専門は金融・都市経済学。

 (内容抜粋):
 2010年の日本経済は、
 急速な超円高に振り回された1年であった。
 2010年12月30日の円ドルレートの終値は81円50銭で、
 年初(2010年1月4日)よりも14%の円高・ドル安だった。
 2008年9月半ばのリーマン・ショック以降の世界同時不況化で見
ると、
 円の対外相場の急騰は猛烈を極めている。
 すなわち、ドル、ポンド、ユーロ、元、ウォンに対して、
 それぞれ、32%(2010年12月30日終値の2008年9月12日比)、
 51%(2010年12月29日終値の2008年9月12日比。以下同じ)、
 41%、27%、35%もの円高である。
 円は、
 資源国で世界同時不況からいち早く立ち直った高金利通貨国(長
期国債金利は5%台)のオーストラリア・ドルに対してさえも、
 世界同時不況下で5%の円高である。
 実質実行為替相場で見ると、
 円はリーマン・ショック後、
 2010年末までに26.5%も上昇しており、
 その通貨高は突出している。
 この様に、
 デフレに加えて、
 円がどの通貨に対しても軒並み高騰したままでは、
 政府がどんな成長戦略をとろうとも、
 日本経済が安定した成長を達成し、
 それを維持することは不可能である。

 一部には、
 こうした超円高を歓迎すべきであると捉える向きがあるが、
 超円高は、
 日本経済の強さの結果生じたものではなく、
 単に、
 世界中で日本だけがデフレであるために生じているに過ぎない。
 超円高を歓迎する人は、
 日本だけがデフレであることを歓迎しているのである。
 超円高でも、
 2010年9月頃までは、
 日本経済は何とか持ちこたえて来た。
 それは、
 世界同時不況下でいち早く立ち直った新興国経済への輸出が好調
だったことと、
 エコカー補助金・減税と家電エコ・ポイント制が、
 消費の大幅増をもたらしたからである。
 しかし、
 エコカー補助金が2010年9月初めに終了すると、
 10月と11月の乗用車新車販売台数は前年同月比で、
 それぞれ、29%減、34%減となった。
 家電エコ・ポイント制は、
 2011年3月末まで延長されたが、
 予算がなくなれば、その前でも打ち切りになる。
 一方、
 中国などの新興国は、
 インフレ警戒に入っており、
 金融引き締め政策への転換により、
 今後、その成長は鈍化する可能性がある。
 ギリシャやアイルランドなど、
 財政危機を抱えたヨーロッパ経済にも暗雲が垂れ込めている。

 以上の様に、
 これまで日本経済を支えて来た二つの要因が、
 剥落するにつれて、
 今後、
 デフレと超円高の大きな負の効果が本格化すると懸念される。
 デフレと超円高は何よりも雇用を直撃する。
 失業率は、5%台で高止まりしているが、
 失業率がこの程度で止まっているのは、
 企業内が国から雇用調整助成金の支給を受けて、
 必死に正社員の雇用を守っているからである。
 企業内の潜在的失業者は、
 528万人から607万人にも達すると推計されている(2009年度年
次経済政報告による)。
 これは、
 雇用者の10%から12%は
 実質的には失業者であることを意味する。
 したがって、
 企業内潜在的失業者を加えた実質的な失業率は、
 13%から14%にも達することになる。
 さらに、
 雇用は失業率だけでは測れないほど悪化している。
 リーマン・ショック以降、
 正社員は減少し続け、
 増えるのは賃金が低く、
 雇用の不安定な非正社員ばかりで、
 雇用者に占める非正社員は、
 35%(2010年7~9月期。以下同じ)にも達する。
 男性非正社員のうち36%は、
 これからの日本経済を担うべき15歳から34歳の若年層である。
 失業期間は長期化し、
 失業者336万人のうち38%の人は、
 1年以上も失業している。
 デフレが始まって以降、実質賃金も低下した。
 2009年上期と2010年上期の実質賃金(5人以上の事業所)は、
 デフレが始まる前の1997年上期よりも、
 それぞれ、7%と6%の低下である。
 2010年上期の実質賃金は、
 17年も前の1993年と同じ水準でしかない。
 超円高は、
 製造業の海外流出を促進するが、
 いまや、内需型産業と思われていたサービス産業も、
 デフレと超円高で内需が増えないため、
 海外企業を買収して、
 海外事業展開を進め始めた。      (つづく)

2012年5月25日金曜日

「許される悪はあるのか?」 について

題: 「許される悪はあるのか?」について

 書評:慶応大学教授・○○○○氏、
 本「許される悪はあるのか?」
              マイケル・イグナティエフ著、
 書評文(抜書き):
 テロリズムからの安全を確保するためには、
 拘留、拷問、予防的戦争が必要かもしれない。
 しかし、
 この考えを是認すれば「市民の自由が制限される」。
 市民的自由を絶対化すれば、テロリズムを未然に防げない。
 国民の生命を犠牲にするかもしれない。
 この本の著者は、
 中間の立場を選んだ。
 「道徳上の絶対主義にも、
 冷徹な現実主義にも加担しないように努めた」という。
 それは、
 「より小さな悪のモラリティ」という考え方である。ーー(略)ーー
 現在では、
 テクノロジーの進歩と自由の拡大によって、
 「自由な国民」の頭上には、
 大量破壊兵器を用いたテロ攻撃という「ハルマゲドン」がもたら
される危険がある。
 それゆえ、「より小さな悪」を選択せねばならない。
 だがそうであっても、それがより大きな悪へと変化するのを阻止
せねばならない。ーー(略)--
 日本では「道徳上の完璧主義」が好まれるあまり、
 「より小さな悪」という思考が浸透しにくい。
 緊張感溢(あふ)れる現実世界で、
 我々が正しい道を見失わないための、偉大な知的貢献である。」
                 (読売新聞2012・4・29)
(私見):
 「日本が『道徳上の完璧主義』を好む」とは、
 見誤りの見方です。
 「好む」ではなく、「それが正しい」と判断しているからです。
 あなた様は「より大きな悪にならないように、小さな悪を行なわ
せる」とのお考えの様ですが、
 1例として、キリスト教の「魔女事件」は、
 最初からこの様な悲惨な、非人道的な事件ではありませんでした。
 あなた様は「小さな悪=拷問」は許されると言われますが、
 例えば、この人類の負の遺産の魔女事件のどのレベルの拷問まで
許すと考えられているのでしょうか?
 可哀想な女性が沢山おられますが、「鼻そぎ」ぐらいまでなら良
いなどとお考えなのでしょうか?
 このキリスト教の魔女裁判、拷問でいじめ抜かれ、挙句に命を
奪われる女性が大勢いましたから、
 命を奪われるよりましだと・・などと、考えられて居られるので
しょうか?
 「小さければ良い」という「程度の問題ではない」と思います。
 例えば、
 「少人数だし」とか、「小さな拷問だから良いのだ」というお考
えなら「それは絵に描いた餅」「机上の空論」ではないでしょうか。
 「だから、大きくならないように監視するのだ」と言われますが、
今の魔女事件のどの時点で貴方様ならストップをかけられることが
できるとお考えですか?
 このキリスト教が主導した魔女事件の問題も、
 「最後は、ヨーロッパ中が空転する大惨事のレベルまで達し」、
 それが絵空ごとでないことが、この世に現出しました。
 何故、
 このキリスト教の方たちは止められなかったのでしょうか?
 貴方様は、「できる」とそれこそ増上慢になって居られるのでは
ないでしょうか。
 また、別の例で・・・
 またまた、急に、貴方のお宅に、警察が踏み込み、
 「予防的逮捕です」と身に覚えのない拘束を受けたとしたら、
 どう思われますか? 
 素直に納得して従いますか? 予防的逮捕だと・・。
 かつての日本の暗い世情的になるでしょう。「官憲に怯(おび)
える社会です」。
 何もしていないという確固たる安心が存在しない世界なのです。
 予防的範囲で逮捕もありうるのかとの葛藤の中に存在する生活す
る不安定さを意識した生活になるのです。
 それが、
 戦争までの大きな場合もあり得るという論理は 空恐ろしくなり
ます。
 「予防的戦争なんて恐ろしい行為を是認しないでください」。
 (「これからの戦死者を減らすために広島・長崎に原爆を落とし
ました」まで行きます。
 『予防という観点から』現実に悲惨なハルマゲドンが起こされた
のです)
 この様なお考えを考え直していただきたいのです。
(追記):
 必要悪の話は、「ジェノサイド肯定論へ繋(つな)がっていく」。
 より優秀な人種の世界になるためには「劣等な人種を減らすこと
が必要なのだ」となる。
 キリスト教にあるこの様な恐ろしい考え方、過去にあったこの様
な悪行を二度と起こしてはならない。
 (参考)モラル【moral】 道徳。倫理。「―に欠ける」
 (参考)せ‐じょう【世情】 1 世の中のありさま。せいじょう。
     2 世間の人情。俗人の心。せいじょう。

(蛇足的なことなのですが)ーーー: 
 ①:そんなことを言う貴方様こそ危険人物になることが予想され
ます、なので「予防的拘留をしますよ」・・・と、伝えて下さいと
いう方が居られました。
 ②:より大きくならないように見張り・監視する・・「貴方の様
な人こそ、見張らなければならないと感じます」。・・との意見も
ありました。
 ③:貴方様の意見は、「一々小さな事にとやかく言うな」という
悪漢と通じます。少しくらいの悪なら許してくれよー、少しは世間
のためになっているところもあるんだからさー。・・の意見も。
 ④:小さい子供を持つお母さんの言葉:小さなことでも、悪いこ
とをしていれば、少なくとも1回は言わなければならないでしょう。
悪いことを悪いと教えるのが正しいのでしょう? 貴方様の意見で
は、それをやってはいけないという悪もある・・・と、聞こえます
・・という、意見です。
 ⑤:より大きな「電車内の女性に対するいやらしい行為」を防ぐ
ため・・・より小さな悪は許す・・・「ケツ触るぐらいいいだろう」
になりますが? そのくらいでも駄目なのでは?・・この意見も記
させて戴きました。
(参考)だ‐そく【蛇足】 《昔、中国の楚(そ)の国で、蛇の絵をは
やく描く競争をした時、最初に描き上げた者がつい足まで描いてし
まったために負けたという「戦国策」斉策上の故事から》付け加え
る必要のないもの。無用の長物。
(必要悪をインターネットで調べると)ーーー:
1、ない方が望ましいが、組織などの運営上また社会生活上、やむ
をえず必要とされる物事。悪いこと、悪い人は本来あってはいけな
いことですが、あったほうがいい悪もあるということです。現代社
会で言うと「ヤクザ」さんの中の暴力団さんたち。暴力振るったり、
拳銃持ち歩いていたりと何かと悪いことばかりする暴力団の方々で
すが、この人たちが借金取り立てないと、平気で借金踏み倒す不届
き者が後を絶えません。社会からはみ出してしまった人たちも、ど
こかの組に属していれば、親分の目が光っていますから、堅気の人
にめったやたらに迷惑などかけないわけです。
2、違法若しくは倫理・商習慣・習慣上問題があるものであっても、
当該人・物・状態が存在しなければ、更に違法若しくは倫理・商習
慣・習慣上好ましくない人・物・状態が発生するような場合、より
悪くならないために存在する人・物・状態のことを必要悪という。
3、最悪の事態にならないように 歯止めとして存在するもの。たと
えば風俗産業など。
4、必要悪の教会(ネセサリウス)【元ネタ】 ラテン語。necessari
us:避けられない。 【解説】 イギリス清教第零聖堂区。 魔女狩り・
宗教裁判と言った『対魔術師』の技術に特化した人材が多く見られ
る。 解りやすい例では、ステイルやインデックスあたりがまさしく
ソレ。 そもそも「魔術は穢れたモノ」と見なされている渦中にいて魔
術を習得しているこの部署は、 異端中の異端たる「汚れを一手に引
き受ける」機関。故に「必要悪」とよばれる。 なのだが、それは同
時に最も力を持つ部署ということでもあり、 いつしかイギリス清教会
全体の実権を握ってしまった。 某魔術師曰く「最近はとある少年の
影響か、随分と角が取れてきている」との事。 国家宗教の関係組織
に所属しているため、公務員級に安定した収入がもらえる。
(喫煙神父でも) なお、給料は国から支払われている(イギリス国
民の血税で賄われている)ようだ。
5、道徳的・法的に悪であるが、それが存在しないとより大きな無
法状態や混乱を招いてしまうために超法規または見て見ぬ振りで存
在を許されている道徳・法・人・物事・物体。
6、ひつよう‐あく 〔ヒツエウ‐〕 【必要悪】 よくないことではある
が、組織や社会などにとって、やむをえず必要とされること。

2012年5月22日火曜日

今、国は緊急事態なのです。

題 : 今、国は緊急事態なのです。

 「官僚は駄目だ、駄目だ」と、
 スケープゴートするが、

 そして、
 官僚の改革が民への増税の前にしな
ければならないこと・・・との論理で、
 民への増税を先延ばしにする。

 国の緊急事態を知りながら、
 民への半分ゴマスリもあるのだろうと
思えてしまう発言。
 緊急に救わねばならない国の救う道の
一方を封じる。

 官の改革・官をスリムにするは、
 遠の昔から叫ばれて来たこと。
 それが出来なかったから
 今がある。
 これは「政治家の責任」。
 それを「官が悪い」と官のみに原因が
ある様に言い、
 自分自身の責任に気付かない様に思
える。
 増税を含む救国の手立てを封じるは
 間違っている。

 発言者も含め政治の怠慢で、
 若しくは、
 能力不足で、
 今に至っている。
 ここに来て、
 官の改革の後では、
 間に合わない。

 故に、
 同時並行策しかない。
 救国策の総動員を、政治家の皆様の意見として戴きたい。
 
(追記)(読売新聞2012・5・11)によると、「国の借金960兆円 2011年度末」の表題で、[内容]:財務省は10日、2011年度末の国債と借入金、政府短期証券を合わせた「国の借金」が、前年度末より35兆5907億円増えて959兆9503億円となり、過去最大を更新したと発表した。今年4月1日時点の推計人口(1億2765万人)で割ると、国民1人当たりの借金は約752万円となる。「国の借金」全体の約7割を占める普通国債の残高は33兆5558億円増え、669兆8674億円。