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2013年11月15日金曜日

空想で積み上げたもの・・・

 題:空想で積み上げたもの・・・
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教の新約聖書の中心人物のイエスは、完全なデ
ッチアゲによってつくられた物語だ。
 キリスト教に関する宗教学者の本にも記述されているが、
その概略を見ると・・、
 民族が錯綜する「パレスチナの地」は、人間の『欲も錯
綜する』地だった。
 その地は、長い歴史、長い時間、悲惨な欲による地獄図
が描かれる地だった。
 矮小な肥沃の地を奪(うば)い合った。
 卑劣な欲望からの戦いが、繰り返し、繰り返された。
 その地の、そのイスラエルの民に、
 「ダビデ」という戦いに優れた者が現れた。
 弱肉強食、動物の世界の様な地に現われた勇者だった。
 彼は、キリスト教聖書の「サムエル記」に描かれた。
 サムエル記は、紀元前560年~500年頃に完成したと言わ
れている。
 色々な人がかかわって、色々な人によって書かれたもの
だ。
 比較的、ダビデ実在の時に近いので、ダビデの人格的欠
点や失政も、正直に記録された。
 しかし、この正直な書き方が不満だったのだろう、時代
が下がって、紀元前300年~250年(先の書・サムエル記の
記述後、約250年後)に、
 「歴代志、上・下」が書かれた。
 この書は、サムエル記の気に入らない所の、「総べてと
言っていいくらい」を削除し、消し去った。
 ダビデとサウル王家との、卑劣な凄まじい争いや、
 ダビデの人妻姦淫行為や、
 ダビデの王宮内の暗黒面などなど、一切が削られた。
 そして、その代わり、ダビデとその時代を理想化し、
 ダビデが宗教儀式を、しっかり守る立派な王として描き、
 また、神殿制度が、君主制の初めから、しっかり行なわ
れていましたなどと、長い記述と共に書き加えられていた。
 この様な事から、この著者は、後世の宗教関係者の祭司
だとされている。
 この著者たちは、ダビデを理想的な宗教家とした。
 つまり、一般庶民ではなく、この様な記録が出来る立場
に居る宗教関係者たちが、
 時代と共に、自分に都合の良い様に、書き換えて行く。
 史実などそっちのけで、
 時代時代に、手を加え続けられて行った。
 ダビデは、理想的な王とされ、
 理想的な詩人とされ、
 理想的な宗教家とされ、崇(あが)められて行った。
 そして、「救世主(メシア)」思想が加わって行った。
 このメシア思想に、ダビデが結び付けられて行った。
 イスラエルの民は、ダビデの栄光に憧(あこが)れ、待
ちわびた。
 いつの日か、ダビデの様な力のあるメシアが現れ、
 虐(しいた)げる外国勢力を滅ぼし、
 神の民・選民を救ってくれるに違いないと、信じるよう
になった。
 やがて、イスラエルの民は、
 ダビデの子孫からメシアは現れるだろうと思う様になっ
た。
 そして、ダビデの故郷のベツレヘムという村から生まれ
るはずだと思った。
 キリスト教の信仰が生まれた。
 キリスト教の新約聖書が、必死に、イエスが、ベツレヘ
ム生まれだと言うのは、この事。
 でなければ、イエスは、メシアでなくなってしまう。
 そして、新約聖書は、不必要なくらいに、洗脳的に、イ
エスを「メシアの子よ」と叫んだ。
 イエスが、メシアの子というのが、信仰の必須要素であ
るからだ。
 メシア思想で、信仰が成立っているからだ。
 つくられた「ストーリー」に乗せたかったのだ。
 油を注がれた者の話などで必死に、その筋を補強した。
 イザヤは、紀元前8世紀に現れたが、このメシア思想を、
はっきりと最初に表した人だった。
 この「イザヤ書」も、後代の人たちが、いい様に、色々
と手を加え、脚色した。それも複雑に。
 紀元前520年頃に書かれたと言われている。
 何しろ、キリスト教は、色々な人が、空想で積み上げた
もの。
.
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 URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
 URL: http://32983602.at.webry.info/

2013年11月14日木曜日

人には皆、『出世の本懐』がある。

 題:人には皆、『出世の本懐』がある。
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教の聖書の『サムエル記』などを読むと、
 村の人たちを皆、殺してしまうという、話が出て来るが
・・、
 キリスト教の聖書には、この様な、悲惨な話に満ち々々
ている。
 本当に、軽蔑するぐらい、この様な話の連続のキリスト
教聖書だ。
 聖なる書などと、到底、言えないしろもの、実態なのだ。
 そして、何と、聖所の村でも、皆殺しに合うなどの記述
に、
 神も何もない話に、
 びっくりすると共に、更なる、軽蔑心が湧く。
 そしてまた、アメリカのベトナム戦争の蛮行が思い出さ
れる。
 この様な卑劣な行為は、キリスト教に感化されたもので、
 この様なキリスト教に、未来ある人生を断ち切られ、踏
みにじられた人々があまたいる事に心が痛む。
 そしてまた、キリスト教に、貴重な人生を投じる人たち。
 掛け替えのない人生を投じる人が、あまた居る。
 おしい事だ。
 そしてまた、考えてみると、一例、土の事を言語で「ア
ダーマー」と言う、そして、
 その土から造られたものであるから「アーダーム」とな
った・・などと、優秀な頭を、こんな事に使って、言葉の
『語呂合わせ』に興じている人たちも、あまた居る。
 勿体ない限りだ。
 そしてまた、一例、人類の始祖について、人類の数を少
なくして行く考え方・思考を思いつく、そしてその中で、
 始めは「一組の夫婦だったのだ」と思い至る。
 そして、それを教義にする。
 思考方法は間違っていなかったとしても、結論は間違っ
ていた。
 間違ったキリスト教が出来あがってしまった。
 一組の夫婦からは、人類は繁栄しえないのだ。
 『遺伝子の劣化』が起き、増えないのだ。
 そして、絶滅が起きてしまうのだ。
 こんな事に気付いても、何だかんだと言って、キリスト
教を讃美しなければならないのだから。
 結局、信徒の方たちを裏切り続けるという職業の人たち。
 人には皆、生まれ出ずる、そして来た意味、生まれて成
すべき事があるだろうに、そして、
 人には皆、「出世の本懐」というものがあるのだろうに。
 .
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ミスマッチな題が2つ

 題:ミスマッチな題が2つ
 A:あらゆる人間的な努力が『絶望』に終わる・・と、洗脳する宗教。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教は、「人間は『原罪』という悪を持っている』
と言う。
 その原罪の『底無し沼に人間は居る』という捉(とら)え
方・認識で、思考を展開する宗教である。
 そして、自分で脱出しようと、すればするほど、その底
無し沼に『はまり込むものだ』と洗脳し、マインドコント
ロールする。
 人間の力では、底無し沼から『脱出など出来ないんだよ』
と言う。
 『努力しても無駄』と、キリスト教は洗脳する。
 この人間の力による救済は、『不可能』という現状認識
からキリスト教という宗教は『出発』する。
 では、人間は、どの様にして救われるのか?
 その救済は、「キリスト教の神のみによる救済があるだ
け』と『信じ込まされる』。
 マインドコントロールされ、する。洗脳する。
 この様な設定の宗教だ。
 そして、その前提において、「私・イエスは、神から遣
(つか)わされて来た』という。
 自分で自分を助ける事が出来ないから、自分では脱出す
る事が出来ないから、私・イエスは来たという。
 ここに、「贖罪(しょくざい)」とか、「贖い(あがな)
い」という言葉が出てくる。
 そして、その前提を信じる事が絶対条件として、要求さ
れ、そして、前提となる。
 故に、信じられない場合、異端となり、異教となり、キ
リスト教から排除対象とされ、切り捨てられる。『異教徒
(異端)は殺せ』の教義である。
 キリスト教は「あらゆる人間的な努力が『絶望』に終わ
る」と洗脳する宗教なのだ。
.
 (追伸)だから、キリスト教は、『頑張るな』と言う。
     『頑張っても無駄だ』と言う。
     もちろん、キリスト教を信じよと言いたいから
     そう言う。
     自分の宗教に入れたいから、人間の努力を否定
     する。
     伊吹文部大臣から『努力した人が、正しく評価
     され、そしてまた、努力する人が正しく評価さ
     れる社会でなければならない』と正論を言われ、
     ぎゃふんとした国際基督教大学の教授がいたが、
     キリスト教は、この様な非生産的な宗教。排除
     すべき宗教。
.
 B:そして、ミスマッチな話・・・
.
 日本の『新技術への挑戦』の必要性の、新聞記事を読む
と思い出すのが、先の政権(民主党)の時の一人の女性が
した『予算切り』行為。
 テレビで、ジャンヌダルクが日本を救うと、見まがう様
に、「一人の女性が、バッサ、バッサと、日本の予算要求
を切っていた」。
 その時の政権は、その金を国民へ配るという。
 子供へ、また、学生へ。
 家庭は、「取らぬタヌキの皮算用」に涌いた。
 今、それらは煙となり、霧となり、雲散霧消したが、
 また、今、「兵(つわもの)どもの夢の跡」の感が胸中
に満ち、充満し、
 はかない夢感だけが漂い、残って居るが、
 技術の発展を切った政治感は最低だった。
 因(ちな)みに、ジャンヌダルクは、キリスト教の宗教
裁判で「魔女」とされ、焚刑で焼き殺されている。
 そして、この民主党の政治ショーは、日本の成長の背骨
の中心に、新しい技術力の取得がある事、その必要性を否
定したのは最低だった。
 これを象徴する言葉が「二番目では駄目ですか?」だっ
た。
 「二番目では駄目なのです」。
 眼の前の読売新聞(2013・7・28)には、ちょっと古い
が書いてあることは、「世界的に見ると、日本のロケット
は、競争力、使いやすさという点では劣っている」の記述
がある。
 また、「競争力向上、今が正念場」と書いてある。
 また、別のところには「コウノトリ(日本の国際宇宙ス
テーションに物資や実験装置などを運ぶ無人補給船)が働
き者だと伝えている。
 それにしても、この政党が、アメリカに行って勉強し、
教えられた事というこの『政治ショー』は、
 一時的には、日本中が沸いたが、
 今、振り返って見ると、
 民主党は、後々まで、
 国民の心の中に、
 悪い印象だけを残した、そして、
 政治汚点の記録も残した。
 『国民へのごまかしショー』をしたのは、
 長期的に、未来永劫、残る、逆宣伝だったなーと思う。
 お粗末だったと言いたい。
 テレビやマスコミを総動員して、効果があるだろうと企
画したんだろうが・・・、
 この『政治ショー』は、不誠実なショーだった。
 結果的に『国民を目くらます』、『だましのショー』
 だった。
.
     (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
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ミスマッチな題が2つ

 題:ミスマッチな題が2つ
 A:あらゆる人間的な努力が『絶望』に終わる・・と、洗脳する宗教。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教は、「人間は『原罪』という悪を持っている』
と言う。
 その原罪の『底無し沼に人間は居る』という捉(とら)え
方・認識で、思考を展開する宗教である。
 そして、自分で脱出しようと、すればするほど、その底
無し沼に『はまり込むものだ』と洗脳し、マインドコント
ロールする。
 人間の力では、底無し沼から『脱出など出来ないんだよ』
と言う。
 『努力しても無駄』と、キリスト教は洗脳する。
 この人間の力による救済は、『不可能』という現状認識
からキリスト教という宗教は『出発』する。
 では、人間は、どの様にして救われるのか?
 その救済は、「キリスト教の神のみによる救済があるだ
け』と『信じ込まされる』。
 マインドコントロールされ、する。洗脳する。
 この様な設定の宗教だ。
 そして、その前提において、「私・イエスは、神から遣
(つか)わされて来た』という。
 自分で自分を助ける事が出来ないから、自分では脱出す
る事が出来ないから、私・イエスは来たという。
 ここに、「贖罪(しょくざい)」とか、「贖い(あがな)
い」という言葉が出てくる。
 そして、その前提を信じる事が絶対条件として、要求さ
れ、そして、前提となる。
 故に、信じられない場合、異端となり、異教となり、キ
リスト教から排除対象とされ、切り捨てられる。『異教徒
(異端)は殺せ』の教義である。
 キリスト教は「あらゆる人間的な努力が『絶望』に終わ
る」と洗脳する宗教なのだ。
.
 (追伸)だから、キリスト教は、『頑張るな』と言う。
     『頑張っても無駄だ』と言う。
     もちろん、キリスト教を信じよと言いたいから
     そう言う。
     自分の宗教に入れたいから、人間の努力を否定
     する。
     伊吹文部大臣から『努力した人が、正しく評価
     され、そしてまた、努力する人が正しく評価さ
     れる社会でなければならない』と正論を言われ、
     ぎゃふんとした国際基督教大学の教授がいたが、
     キリスト教は、この様な非生産的な宗教。排除
     すべき宗教。
.
 B:そして、ミスマッチな話・・・
.
 日本の『新技術への挑戦』の必要性の、新聞記事を読む
と思い出すのが、先の政権(民主党)の時の一人の女性が
した『予算切り』行為。
 テレビで、ジャンヌダルクが日本を救うと、見まがう様
に、「一人の女性が、バッサ、バッサと、日本の予算要求
を切っていた」。
 その時の政権は、その金を国民へ配るという。
 子供へ、また、学生へ。
 家庭は、「取らぬタヌキの皮算用」に涌いた。
 今、それらは煙となり、霧となり、雲散霧消したが、
 また、今、「兵(つわもの)どもの夢の跡」の感が胸中
に満ち、充満し、
 はかない夢感だけが漂い、残って居るが、
 技術の発展を切った政治感は最低だった。
 因(ちな)みに、ジャンヌダルクは、キリスト教の宗教
裁判で「魔女」とされ、焚刑で焼き殺されている。
 そして、この民主党の政治ショーは、日本の成長の背骨
の中心に、新しい技術力の取得がある事、その必要性を否
定したのは最低だった。
 これを象徴する言葉が「二番目では駄目ですか?」だっ
た。
 「二番目では駄目なのです」。
 眼の前の読売新聞(2013・7・28)には、ちょっと古い
が書いてあることは、「世界的に見ると、日本のロケット
は、競争力、使いやすさという点では劣っている」の記述
がある。
 また、「競争力向上、今が正念場」と書いてある。
 また、別のところには「コウノトリ(日本の国際宇宙ス
テーションに物資や実験装置などを運ぶ無人補給船)が働
き者だと伝えている。
 それにしても、この政党が、アメリカに行って勉強し、
教えられた事というこの『政治ショー』は、
 一時的には、日本中が沸いたが、
 今、振り返って見ると、
 民主党は、後々まで、
 国民の心の中に、
 悪い印象だけを残した、そして、
 政治汚点の記録も残した。
 『国民へのごまかしショー』をしたのは、
 長期的に、未来永劫、残る、逆宣伝だったなーと思う。
 お粗末だったと言いたい。
 テレビやマスコミを総動員して、効果があるだろうと企
画したんだろうが・・・、
 この『政治ショー』は、不誠実なショーだった。
 結果的に『国民を目くらます』、『だましのショー』
 だった。
.
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2013年11月12日火曜日

合法的に弱者を食い物にする。

 題:合法的に弱者を食い物にする
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教国のアメリカは、
 『貧富の差』・格差が進み、拡大が進んでいる。
 その増えて行く弱者は、更に蝕まれ、食い物にされてい
る。
 人間らしく生きる生存権を奪われ、その挙句、使い捨て
にされて行く。
 その格差社会の底辺に居る方たちが、ビジネスのターゲ
ットとされた。
 その低所得ゆえに、その方たちは、クレジットカードも
持てない、手にした事がないという人々であった。
 この方たちが、『ハゲタカ』と蔑(さげす)まれたビジ
ネス資本のターゲットとして狙われた。
 世界を震撼させた「サブプライムローン問題」の始まり
だった。
 その行為への蔑みから「貧困ビジネス」の言葉が、世に
生まれ、流布した。
 過激な市場原理の渦の中に、その「経済的弱者」の方々
が餌食(えじき)となって、食い物となった。
 保護されるべき方々が食い物にされた、非情なキリスト
教国アメリカだった。
 アメリカの住宅ブームが、勢いを失い始めた頃、
 アメリカ資本が、新たに眼を付けたターゲットは、
 増え続ける不法移民・密入国者や低所得者の方々だった。
 英語の出来ないヒスパニック系の方々や、メキシコから
の流入した方々などだった。
 あまりきちんと説明などせずに契約をさせられるケース
が、非常に多いという非人道的状況だった。
 また、同じ所得レベルでも『白人より3割から4割も高い
利率』にするという『悪だくみ』までやった。
 契約には、最初は利率が低く書かれていた。
 しかし、2年~3年の間はその利率でも、その後、利率が
急に跳ね上がるというシステムだった。
 一家は必死に返済を続けた。
 しかし、躓(つまづ)く人たちが出始めた。
 その様な方たちは、続出し始めて行った。
 「返済が厳しい時は、利払いにもならない額でもいい」
・・と、言われていた。
 しかし、その払いきれない分は、「そっくり元本に」組
み入れられた。
 返済額が、雪だるまの様に増え続けて行った。
 必死に返済をしたが、気が付いた時は、もう手遅れの状
態だった。
 びっしり書かれた契約書は、まったく分からないという
人々・状態だった。
 「払えなくなったら金利の安いローンも用意されてます
よ」・・と言われ、借り換えも出来るというその甘言(か
んげん)も、支払いの破綻が増えると共に、住宅価格が下
落し、担保価値も下落し、空手形状態、実施されない状態
となった。
 膨大な借金だけが残った。
 アメリカ資本が起こした、合法的に仕組まれた罠(わな)
だった。
 以前の苦しかった時より、更に、苦しい底辺へと転がり
落ちて行った。
 もう人生、二度と這いあがる事も出来ないという状況、
地獄の世界に落ちて行った。
 仕掛けた者は、儲けを懐(ふところ)にしていた。
 その者たちは、リスク(危険負担)から逃れる手(責任
逃れ)も打っていた。
 「サブプライム担保証券」として、世界に売り出した。
 利回りが良かったので、儲かると思った世界の資本が買
った。
 特に、銀行が買った。
 リスク分散が、キリスト教国・アメリカの思惑通りに
達成した。
 破綻時のリスクは、アメリカから世界へとなった。
 アメリカの中流階級の消費率が飽和状態になった時、
 次のマーケットとして低所得層を狙ったこのシステムは、
 低所得者のむしり取りのハゲタカの如くだった。
 リスクも予想できない弱者を食い物にし、
 そして、同じくリスクを世界へも節操なく分散した。
 TPPが今、アメリカの旗振りで行なわれているが、その
触手は、主に日本がターゲットとなって、秘密裏に話が進
んでいる。
 日本の勤勉に蓄積したものが、「隣の芝生」の様に見え
たという図となっている。
 やはり、アメリカとの経済条約(北米自由貿易協定)で、
 メキシコで破綻したトウモロコシ農民は、
 農業放棄し、仕方なくアメリカへ生存を求めて密入国し
た。その様な悪結果があった条約だった。
 今、日本と、反対を恐れての秘密会議の形態で、すべて
が秘密裏に進んでいる会議(TPP)はアンフェアな、
 健全な社会からほど遠い会議の進め方で、今、進行中。
.
 (参考)北米自由貿易協定(ほくべいじゆうぼうえきき
ょうてい、英語:North American Free Trade Agreeme
nt、頭字語:NAFTA)は、カナダ、メキシコとアメリカ合
衆国によって署名され、北アメリカにおいて3か国による
貿易圏を生み出した自由貿易協定である。1992年12月17
日に署名され、1994年1月1日に発効した。
.
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2013年11月11日月曜日

多分、違う神なのだと思うが・・・。

 題:多分、違う神なのだと思うが・・・。
...(真を求めて 皆様ととともに幸せになりたい)
.
 キリスト教は、「天地万物の存在の初め」に関し、
その名・創世の名の通り、モーゼ五書の「創世記」に記し
ている。
 このキリスト教聖書・旧約聖書の『創世記』の最初に、
「はじめに」がある。
 その最初の言葉は、「初めに、神は天と地とを創造され
た」とある。
 その創造状況以前は不明である。
 「まず、天地だ」とだけ言えて、あとは明言できなかっ
たという状況である。
 『天と地』が、最初なのだと思ったのだろう。
 科学知識のまったくない古代のキリスト教聖書記述者な
らその様にしか想像できなかったのだろう。
 故に、キリスト教は、神が天と地を創るという所から世は
始まったという観念に執着し、また、世の中に定着させた。
 流れる『時』と、その時が流れている『空間』の存在には
思いが至らなかったのだろう。
 その様な難しい事は言いたくないという状況が、雰囲気が
感じられる。
 その時があり、空間がある事によって作用が与えられると
いう考えには思いもよらなかった。
 永遠性のある時の中に、あらゆる空間の存在の位置などの
特性から、一様でないという存在と、位置の違いから、互
いが作用し、時の流れの中で作用と、その理が影響を与えて
行くという考えには及ばなかった。
 単純に天と地が、最初に存在すればと考えた。
 「無始の時」と、「無限の空間」が意識できない古代の
人たちの記述から、キリスト教のものごとが始まった。
 その様な、キリスト教の世界となった。
 「神が造りし・・」という聖書とは言っても、そこには、
ぷんぷんと人間臭さが感じれる、その人間の検知する、あ
らゆるといえども、その人間の検知する能力による領域は、
さも、総べてのアンテナを研ぎ澄ましたとしても、限界が
あるように感じさせるのだった。
 次元も超えて行く着想もなければ、聖書の着ける所はな
いという浅薄な内容とならざるを得ない。
 キリスト教は、古代人の知見の結果から得られるもので、
そのセンサーと能力で書かれている事はまぎれもない事実
だ。
 創世記は記述する「地は形なく、空しく、闇は淵の表に
あり・・」(「創世記」1・2)と、
 そして、神は「光荒れ』と言う。
 神が、急に「天と地を創造するのは間違い」なのだが、
まず、すぐ言える事は、すぐに天とか地とかの物質が創れ
る訳はない。
 1例を言えば、今・現代、観測で確認できる宇宙の中に
ある「プラズマ」とか「ガス雲」とかの存在を、
 現代人ならその存在と、その状況を、知っているだろう
が、物質の創造以前の、その時点で、光が満ち満ちるのだ。
 キリスト教聖書の記述とは『逆』なのだ。
 天と地が出来て、光だなどと主張する、言う状況は、キリ
スト教の聖書の記述を、「ほほえましい」と言いたいぐらい
幼稚なものなのだ。
 この様な、幼稚な推論の流れではなく、宇宙は、まず、
「エネルギーに満ち満ちていく」。
 キリスト教の古代人の聖書記述者は、『エネルギーを創
る』などとは、想いが及ばなかったのだ。
 ここまでからだけでも、キリスト教聖書は、古代人が『
神から授けられて、記述した』と言っているのは、嘘と分
かる。
 それでも、神と言うなら『嘘の神である』。
 本当に宇宙の創造をしてない神である。
 信じてはいけない神である。
 キリスト教聖職者は、「この『淵』と言うのは『混沌』と
いう意味です」とか、
 そして、「何が何だか分からない様な混沌が(神によっ
て)秩序に変えられたのです」などと、分かった様な、分
からない様な事を言う。その秩序に変えられる前も、キリ
スト教の神が創った創造物なのでしょ?・・と、言いたい。
 本当に信じるに値しない内容だ。
 そして、この後、何故か、このキリスト教の神は、太陽
を創る。
 「光あれ」と光を創ったと言うが、どこから光が来てい
るのか?
 また、その光の後に創られた太陽が発する光とダブルが、
太陽の光はどうなってしまうのか?
 そして、何故か、このキリスト教の神は、地球上に有る
ものばかりを創るが、何故なのか?
 何の理由も書いてない。
 特別、地球への思い入れのあるキリスト教の神なのだ。
 木や草を創った後に、昼と夜を創るとか、お好きな、思
い立ったら何でも創るという気ままな、むちゃくちゃな順
番なのだ。
 まったく悩ましい事をする神なのだ。
 キリスト教の聖書の他の部分についても、この事例の様
な、あまり真剣に入れ込んで読まない方が良いという類い
の文が続く。
 因(ちな)みに、神は、人間を最後に創ったという。
 しかし、今、正に、宇宙のあちこちで、星々が創られて
いるが、キリスト教の神以外の神が創造しているのだろう
か?
 キリスト教の神の創造は終わったと言うので、多分、違
う神なのだと思うが・・。
 そして、キリスト教の聖書には、「われわれ(神の事)
の形に、われわれ(神)にかたどって人を造り」と書いて
あるが、
 キリスト教は、「神は一神だ」と言っているので、キリ
スト教の言っている事と、聖書に書いている事が矛盾する
が、
 ここを、キリスト教の聖職者は、「神が人間を、自分と
まったく同じに作ったと強調するため、「われわれ」とい
う表現をした」と無理筋の弁解的な言い方をした。
 この様な話を、いくら読んでも無益です。
.
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2013年11月8日金曜日

つじつま合わせの話の一つ・・・

 題:つじつま合わせの話の一つ・・・
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 紀元前7世紀頃に、エレミヤという預言者がいた。
 キリスト教の旧約聖書に「エレミヤ書」というのがある。
 この預言者・エレミヤが、神(主)が言っているという
預言をした。
 それは・・・、
 モーゼの契約は、イスラエルの民が、その契約を破った
ため駄目になったと言う。
 そして、神は、新しく契約を結ぶと言っているのだと言
う。
 そして、その契約は、
 モーゼの時は、シナイ山で神と契約し、
 石の板にその契約文(律法)を刻んで、モーゼは持って、
民の前に来たが・・、
 この度の契約は、神が結ぶと言っている「新しい契約」
は、イスラエルの民の胸に刻み、心に残す形をとるという。
 この様に、預言者・エレミヤは、神が言っていると預言
したが、キリスト教は・・、
 これは、「イエスの事を言っているのだ」とこじつけた。
 つまり、キリスト教は、イエスの死の時に、神との新た
な契約がなされたのだ・・と、言っている。
 イエスが「神よ、お見捨てですか」と、神に、半分、自
分の予想と違った状況が進んでいる刑の執行のことに、こ
の神の行為を、口にして言った時に、刑死の時に、新たな
契約がなされたと言っている。
 しかし、無理がある。
 それも、エレミヤのこのところの文と結び付けようとす
るのも、その無理さが、さらに上塗りされる様な状況と、
さらになっている。
 またさらに、時代もまったく違うのである。
 日本で言えば、鎌倉時代のことが、今・現在に起きてい
る様な、まったく時代錯誤のことなのである。
 エレミヤのことは、700年以上も前に起きたこと。
 そのことを、キリスト教は無理にくっつけようとしてい
る。
 以下、そのことを記す。
 (「エレミヤ書」31・31~34)に、
 「見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契
約を結ぶ日が来る、と主は言われる」とある。
 この文を詳しく見ると、
 「見よ、わたし(主)が(北)イスラエル(王国)の家、
(南)ユダ(王国)の家と新しい契約を結ぶ日が来る、と
主(キリスト教の神)は言われる」・・と。
 そして、
 「この契約は、かつてわたし(主)が、彼ら(北王国と
南王国のイスラエルの民)の先祖の手を取ってエジプトの
地から導き出したときに結んだものではない」・・と。
 これは、シナイ山でモーゼが神と契約したことを言って
いる。モーゼの契約は効力が無くなった・・と。
 そして、
 「わたし(主)が彼ら(イスラエルの民)の主人であっ
たにもかかわらず、彼らはこの契約をやぶった、と主は言
われる。しかし、来るべき日に、わたしがイスラエルの家
と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。
 すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの
心にそれを記(しる)す。わたしは彼らの神となり、彼ら
はわたしの民となる」・・と。
 そして、神は言う・・
 そのとき、・・「主を知れ」と言って教えることはない。
彼らはすべて、小さい者も大きい者もわたしを知るからで
ある、と主は言われる」・・と。
 つまり、今、その時点で、神は古くなったモーゼの契約
を捨て、民の心に刻む、わざわざ文などの形を残さないが、
イスラエルの民の胸の内に入る契約を結ぶ・・と。
 ここで言っているのは、神、キリスト教の神は、あくま
で、イスラエルの民、北王国と南王国の民と、「新しい契
約を結ぶよ」と言っている。
 エレミヤは、紀元前7世紀末頃に活躍した預言者である。
 しかし、キリスト教は、紀元後30年のイエスの刑死と結
び付けたいのだとしている。
 しかし、時代が近いならまだしも、まったく違う時代の
話なのである。
 例えば、日本に例えれば、鎌倉時代に話されたことが、
今・現代、平成の時代になされているという様な、時代錯
誤の話なのだ。
 それを、キリスト教は、イエスと結び付けたいとしてい
る。まったく我田引水の話だ。
 キリスト教は、この例の様に、その他の面でも、論理的
に、各論理が、まったく勝手に話が進んでいて、故に、話
を合わすこと(つじつま合わせ)に四苦八苦している。
 つまりこの話も、エレミヤが、イエスの事を言ったとい
うようにしたいようだ・・が、まったく違う。
 この話は、エレミヤが預言者として、モーゼの契約の話
はまったく古く旧約として破棄し、新しい契約が今なされ
たのだと、当時のイスラエルの北王国の民と南王国の民に
なされたと言ったのだ。故に、わざわざエレミヤは北王国
と南王国の家と言っている。
.
(参考)エレミヤは、旧約聖書の『エレミヤ書』に登場す
る古代ユダヤの預言者。イエレミヤとも表記する。紀元前
7世紀末から紀元前6世紀前半の、バビロン捕囚の時期に活
動した。父はアナトトの祭司ヒルキヤ。アナトトはベニヤ
ミン族の地にあった祭司たちの町であった。このことから
エレミヤの家系は、ダビデ王の死去後に対立後継者アドニ
ヤをたてたことを理由にソロモン王から祭司を罷免させら
れ、アナトトに追放された祭司アビアタルにつながるもの
であると思われる。旧約聖書のうち『エレミヤ書』、『エ
レミヤの哀歌』、『列王記』上下は伝統的にエレミヤの著
作と考えられてきた。現代の研究者には他の文書にもエレ
ミヤの関与を想定するものがいる。『エレミヤ書』は3大
預言書のひとつとされ、旧約時代の預言者のなかでも、重
要視される人物の一人である。
.
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2013年11月7日木曜日

戦記ものの類い・・・

 題:戦記ものの類い・・・
...(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 イスラエルの民は、カナンの地に定着後、
 土着のカナン人と交わった。
 キリスト教の聖書の教える状態とは、ほど遠い状態だっ
た。
 キリスト教は、『異邦人には嫁にやるな』と言うくらい
である。
 『異教徒が増えてしまうじゃないか』と言う教義である。
 カナン人は、当然、異邦人との雑婚が多くなる状態だっ
た。まったく、キリスト教の教えの状態ではない。
 信仰も、異邦人の信仰の「バアル信仰」を持った。
 カナン人の方が、異邦人の宗教となった。
 部族神の「ヤハウェ信仰」のおくびも無かった。
 そしてまた、「アシュタロテ」の神も、カナン人は拝ん
だ。
 アシュタロテは女神で、生殖と繁栄の神であった。
 バアル神と対にされていた。
 昔から野外の「高き所」と呼ばれる聖所に祀(まつ)ら
れ、そして、拝まれていた。
 新生児を「生け贄(いけにえ)」として捧(ささ)げた。
 そしてまた、女の純潔を捧げるという儀式も行なわれ、
 その聖所では、神聖売春が行なわれていた。
 祭りは、後に「過ぎ越し祭」となる祭りを行なっていた。
 カナンの民となったイスラエルの民は、農業の民となっ
た。
 部族神であり戦争の神であったヤハウェの神が、異教の
農業の祭りの中に祀(まつ)られ、祝われる様になった。
 多神教のある一つの神の状態であった。
 また、この聖所にも他の神と共に祀られ、拝まれた。
 この様な、カナンの人々の多神教の宗教状態であった。
 キリスト教の神はこの様に種々変わる神なのである。
 ヨーロッパへ伝搬して行った時も、恥ずかしげもなく、
色々な地の地母神などと習合した。節操など全くないキリ
スト教であった。この様な宗教なのである。
 カナンの人々は、ガリラヤ湖の西方に広がる肥沃なエス
ドラロン平原を奪い合った。
 日本の戦国時代に、各地に守護大名が存立し、奪い合い、
争う姿の様な状況だった。
 また、規模的にも内国の内戦状態だった。
 色々な士師が生まれ、聖書にも登場する(士師記)。
 紀元前13世紀の頃の話である。
 軍神ヤハウェが登場する時代である。
 日本の戦国時代の戦話が種々ある如(ごと)く、キリス
ト教の聖書にも、この類いの同様な話が色々とある。
 例えば、900の古代戦車をもってキション川に沿って
攻め上がって来たカナン軍を、丘の上からはさんで攻め下
り、激しい戦いがあり、ヤハウェ自ら雷鳴と嵐をもって応
援し云々・・と。
 日本の戦国時代にある逸話と同じである。
 結局、敵の王・シセラは、あえない最期をとげたという
話。
 こんな戦記ものの聖書を読んで、貴方がたが、幸せに
なれるはずがない。いくら読んでも娯楽の類いである。
その様な内容です。
 こんな聖書が、宗教が、神のみ旨にと、なんと多くの方
々を殺したのだろうか。
.
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2013年11月6日水曜日

偽善なるものよ・・。

 題:偽善なるものよ・・。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教の基本的考え方の中に・・、
 「異端は抹殺する」・・という考え方がある。
 それ故にまた、その考え方・教義に従って異端を抹殺す
る行為を行なう。
 考え方の違うもの、異端・異教徒は殺せという『教義』
を実行する。
 どの様に多くの異端がまた異教徒が、キリスト教によっ
て殺され、抹殺されて来たというのか。
 この教義だけをもってしても、キリスト教の現代社会に
おける『存在理由はない』。
 未来の人類のためにも存在してはならない。
 このキリスト教の基本的考え方は、神より与えられし書
と言われる『キリスト教聖書』にさえ見られる。
 異端のキリスト教の書は捨てられ抹殺された。
 神を越える行為をする人たちなのである。
 どのくらいの書が捨てられれ、日の目を見ない姿にされ
たかである。
 軽蔑すべき教義、許容力のまったくない宗教だと唾棄し
たい。
 以下に上げる「伝道の書」もこの様な書であった。
 しかし、一部の版のキリスト教聖書には、掲載されてい
るので見ることができる。
 そのキリスト教聖書の(「伝道の書」3・10)に、
 「(キリスト教の)神はまた人の心に永遠を思う思いを
授けられた」・・とある。
 この言葉は、『時の永遠性』や『空間の永遠性』などを、
人が思う・想念するのだという事を肯定している言葉とな
っている。
 キリスト教の精神に外れるので捨て去りたいのであった
のであろう。そして、このキリスト教の書は、
 キリスト教の神は、人の心にその永遠性を思う心を否定
せずに授けたと言っている。
 キリスト教の神が、時の永遠性を思い、また、空間の永
遠性を思い、それら、永遠性の存在を思う故、人の心に永
遠を思う想いを授けたと言う。仏教的な領域の考え方であ
る。
 今、キリスト教は、『時』に関し、「有始」を主張して
いる。
 神の行為が『有始』であったというのだ、『有史』であ
ったというのだ。
 ある時から、『キリスト教の神は、行為を始め出した』
というのだ。
 その時を、『ビックバン』と称している。
 この世の中の時の始まりは、有限なのだという主張なの
である。
 永遠性を説くこの「伝道の書」の考え方と、これは、こ
の主張は、明らかにこのキリスト教聖書の言葉として矛盾
している。
 矛盾点の多いキリスト教の聖書であるので、別段びっく
りはしないが、『時』の捉え方の大基本においても、この
様なあいまいな矛盾教義のキリスト教なのである。
 キリスト教聖書が、何故、この主張をするかと言うと、
キリスト教の主張は、「神が天地を創造したから」という。
 その天地創造を神がした時を『始まりだ』とした。
 そして、キリスト教の概念であった古典科学も、この概
念から「有始説」を取り入れている。
 「ビックバン」から始まったと称した。
 しかし、今、この「ビックバン説」は否定されつつある。
 「ビックバンも急には発生し得ない」のだという。
 「ビックバンの準備段階が存在しない訳はない」という。
 キリスト教の「有始説」が否定されつつある。
 宇宙の膨張も、遠くの星座ほど高速で「遠ざかりつつあ
る」という事が発見され、その状況の逆を思惟すれば、宇
宙は、ある一点に集まるという事から、ビックバン説を裏
付けたとされるが、
 「宇宙は膨張と収縮を繰り返す」という説もある。
 人知を越える領域となっている。
 だが、キリスト教は、「伝道の書」で「神の永遠性」を
言って置きながら、
 キリスト教聖職者は言う、「永遠の時は、ただ、循環し
て同じ事を繰り返してばかりである」・・と。
 永遠を『無益な繰り返し』と見ている。
 事は、永遠であろうが、永遠で無かろうが、無益な同じ
繰り返しは否定されるべきだが、
 永遠の時の流れの中に、無益な同じ繰り返しを想念する
キリスト教聖職者の考え方は否定される。
 仏教の輪廻を否定したい事からこの様な理屈に合わない
無理な論理をキリスト教の聖職者は展開し、講釈した。
 『無限の発展』が、『その無限の時の流れの中に秘めら
れている』と見ることができないのである。
 閉鎖のキリスト教なのである。
 仏教は、その中の永遠の時も想念し見ている。
 同じ様な日々の繰り返しの中に、芽生え・育み・発展が
秘められているからである。
 永遠の時、同じ様な繰り返しのわずかでも、日々の発展
が、人類を発展させて来たのである。
 この様な見方・捉え方でなければならないのである。
 「偽善なる者よ。汝の名は、キリスト教聖職者」。
.
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2013年11月5日火曜日

卑劣な行為

 題:卑劣な行為
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 アフリカにおいて、キリスト教は卑劣な行為をしている。
 『キリスト教徒以外には生活必需品を売らない』という
行為である。
 アフリカの方々は、やむを得ず、生活のためにキリスト
教徒になる。
 生活を奪う宗教=キリスト教である。
 何をやっても良いという話ではない。
 人は殺すし、生活を奪う行為までしている。
 そして、遠藤貢東大アフリカ地域研究センター長の言葉
(要点抜書き):
 「アフリカは、豊富な資源を持ち、巨大な市場となる可
能性を秘めている。
 きちんとした国家の体制を持たない地域だと織り込んで
おいて下さい。
 民族対立は下火になっていますが、身代金目的やテロな
ど、不安定の意味合いが変わって来ました。
 武官を駐在させて情報収集させる必要があります。
 GDP規模が急速に拡大しています。
 スーパーマーケットで輸入品を買える都市在住の中間層
が、生まれ、一方、農村部などは、依然、極めて貧しく、
貧富の格差が拡大しています。
 現地では援助慣れし、援助に求める水準が高くなってい
ます。
 援助は、与えるのではなく、共同して行なう取り組みと
したい。
 中国人のアフリカ在住者は、今、100万人規模になって
います。
 資源が目的ですが、8000円程度のスマートフォンを普及
させたり、商業銀行を展開したり、ビジネスや投資の観点
もあります。
 軍人の留学生を中国に招くなど、人的ネットワークの構
築もしています。
 対する日本は5000人ほどです。
 10億の人口を持つアフリカは、今後の人口増加を考慮す
れば、市場としても関与せざるを得ない。
 政府がバックアップして民間企業が出ていくなど、官民
連携をさらに進める必要があります」。
 (読売新聞2013・2・11)
.
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2013年11月4日月曜日

異端と見れば切り捨てる。

 題:異端と見れば切り捨てる。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 第二次世界大戦が終り、
 アジア諸国の独立は、アメリカの影響力の拡大がもたら
されると、アメリカは考えた。
 それによって、アメリカの市場が拡大するものと思って
いた。
 しかし、アメリカの思惑どおりには進まなかった。
 中国本土における、共産政権の樹立と、
 朝鮮戦争によってその希望的観測は破れた。
 アジアの独立して行く国が、共産化する可能性が出て来
た。
 アメリカの方針は、「共産化は阻止しながらも、独立は
促進する」という、新たな政策課題が生まれた。
 基本にあるのは、自国の利、
 それも、独立国がアメリカと同調し、市場として機能す
るという形だった。
 今、アメリカが、日本に駐留し、一方で、
 TPPの経済教義が話し合われているが、
 また、TPPは、実質、経済の規模から、アメリカと日
本の二国間の話し合いが主のものとの状態となっているが、
 TPPに、日本が「参加をしない」という選択肢もなけ
れば、(実態的にその様な形だったのだ)、
 参加しない日本という状態では、アメリカにはメリット
が生まれない、その様な形でTPPが終結する訳がない。
 アメリカは、より強く、日本の市場化を望んでいる。
 また、共産主義思想は、キリスト教をアヘンと言ってい
る。
 マルクスが言った宗教は、キリスト教のこと。
 この様な意味からも、共産主義と毅然と戦うという姿勢
があった。
 それ故、アメリカは、独立して行く国の指導者として、
その協力者の「モラル」や「政治的信条」などより、
 「何より、アメリカとの同盟を重視し続けてくれるか」、
・・を、重視した。
 有能でなくても良い、
 独裁者的であっても、実効的支配ができれば良いとした。
 アメリカの自利・自分の利が優先した。
 アメリカには、民主化の大義があるが、錦の御旗である
・・、第一義ではない。
 何しろアメリカは、他国に介入し過ぎる。
 その紛糾の末に、核使用が・・その話が出て来る、
 地域紛争に、その巨大な破壊兵器が使用できるのか?
 その問題が浮かび上がった。
 増上慢である。
 核を持てる者が、自分だけを有利に導こうと、
 持つ者だけが、その様な事を考える。
 欲から発して、大過を招く結果に愚行する。
 パンドラの箱を開けるのか?
 キリスト教の聖書をいくら読んでも、悟りを開く話はな
い、
 また、境地をあげる話はない。
 陰惨な暴力の話が満ちているだけだ。
 また、アメリカは、市場原理を美しく讃美しているが、
実体は、精神的余裕をゼロにする市場原理に組み込まれ、
過労死コースの中を進む。弱者は、あくまで切り捨てられ
る。キリスト教も異端と見れば切り捨てる。

異端と見れば切り捨てる。

 題:異端と見れば切り捨てる。

...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)

.

 第二次世界大戦が終り、

 アジア諸国の独立は、アメリカの影響力の拡大がもたら

されると、アメリカは考えた。

 それによって、アメリカの市場が拡大するものと思って

いた。

 しかし、アメリカの思惑どおりには進まなかった。

 中国本土における、共産政権の樹立と、

 朝鮮戦争によってその希望的観測は破れた。

 アジアの独立して行く国が、共産化する可能性が出て来

た。

 アメリカの方針は、「共産化は阻止しながらも、独立は

促進する」という、新たな政策課題が生まれた。

 基本にあるのは、自国の利、

 それも、独立国がアメリカと同調し、市場として機能す

るという形だった。

 今、アメリカが、日本に駐留し、一方で、

 TPPの経済教義が話し合われているが、

 また、TPPは、実質、経済の規模から、アメリカと日

本の二国間の話し合いが主のものとの状態となっているが、

 TPPに、日本が「参加をしない」という選択肢もなけ

れば、(実態的にその様な形だったのだ)、

 参加しない日本という状態では、アメリカにはメリット

生まれない、その様な形でTPPが終結する訳がない。

 アメリカは、より強く、日本の市場化を望んでいる。

 また、共産主義思想は、キリスト教をアヘンと言ってい

る。

 マルクスが言った宗教は、キリスト教のこと。

 この様な意味からも、共産主義と毅然と戦うという姿勢

があった。

 それ故、アメリカは、独立して行く国の指導者として、

その協力者の「モラル」や「政治的信条」などより、

 「何より、アメリカとの同盟を重視し続けてくれるか」、

・・を、重視した。

 有能でなくても良い、

 独裁者的であっても、実効的支配ができれば良いとした。

 アメリカの自利・自分の利が優先した。

 アメリカには、民主化の大義があるが、錦の御旗である

・・、第一義ではない。

 何しろアメリカは、他国に介入し過ぎる。

 その紛糾の末に、核使用が・・その話が出て来る、

 地域紛争に、その巨大な破壊兵器が使用できるのか?

 その問題が浮かび上がった。

 増上慢である。

 核を持てる者が、自分だけを有利に導こうと、

 持つ者だけが、その様な事を考える。

 欲から発して、大過を招く結果に愚行する。

 パンドラの箱を開けるのか?

 キリスト教の聖書をいくら読んでも、悟りを開く話はな

い、

 また、境地をあげる話はない。

 陰惨な暴力の話が満ちているだけだ。

 また、アメリカは、市場原理を美しく讃美しているが、

実体は、精神的余裕をゼロにする市場原理に組み込まれ、

過労死コースの中を進む。弱者は、あくまで切り捨てられ

る。キリスト教も異端と見れば切り捨てる。

2013年11月3日日曜日

秘密裏に事を進める『貴方たちではない』のだ。

 題:秘密裏に事を進める『貴方たちではない』のだ。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 OECD諸国で、
 日本は、相対性貧困率ランキングで、アメリカに次いで
2位となっているという。
 これは、褒められた話しではない。
 相対性貧困率とは、国民の格差の程度を表す数字で、日本
は、アメリカに次いで『格差社会だ』という事。
 日本国内に、中間層が厚く居たとすれば、この数字が上が
りにくくなるが、日本の中間層が薄いという事も表している。
 日本には、一時は、「一億総中流」と言われた時代があっ
たが、今・現在、その層は居なくなって、日本の中間層が
薄いという事を表している。
 日本は、アメリカの後を追った結果、日本の中間層は、貧
困層に転がり落ちた。
 そして今、日本の富裕層は、国外へ逃れようとしている。
 そして、日本は、格差が急激に拡大しつつあるという。
 今、日本は、グローバル化は良い事だとTPPへの道を進
んでいるが、
 また、自由化は良いのだと、自由化を、他の選択が出来な
いという、『ある意味の不自由な状況』の中での話し合いの
テーブルに付かせられている。
 また、グローバル企業が、有利な環境の中でビジネスをし
たいという、自分たちに有利な条件を『公正なのだ』と押し
付ける話し合いが進んでいる。
 それも「秘密にせよ」との、誰がつくったか分からないが、
その様なルールで進んでいる。
 情報を公にしない、秘密会議となっている。
 公(おおやけ)のチェックを拒絶した、まったく非民主的
進め方となっている。
 アメリカが好きな民主的な行為ではない。
 今、日本国内においても、「秘密保護法案」が検討されて
いる。
 何でも白昼に曝(さら)すと、国益にならないから秘密に
するのだという。
 国民の公僕が締め付けに合っている。
 これも、国民のチェックが入らない、ある意味の「独裁シ
ステム」。
 国民の知らない内に、国があらぬ方向へ流されていたとい
う事にならなければ良いが。
 結局は、国民は愚民と、ある意味、馬鹿にされ、思われて
いるシステム。
 次第次第に、暗い時代になって行った、取り返しがきかな
いという事態になって行った、過去のある時の様にならなけ
れば良いがと思う。
 秘密にすべき国益が存在するという。
 『国民に知らしむるべきこと』ができないという。
 その様なものでできた事が、出来たものが、『本当の国益』
と考えているという。
 その様な国益が存在すると思う事が間違い。
 秘密にする事で、国策遂行がうまく行くとか、
 秘密にする事で、国益が守られると言うが、
 逆に、国益が損なわれていると思わないのか?
 例えば、
 国民も知らずに、
 国際的にも知られない状態で、
 国益だからと・・、
 日本の大切な防衛の問題だからと・・、一例を言えば、
 日本の優秀な潜水艦に、日本の潜水艦は、まったくと言っ
ていいほど、優秀なので、潜水状態を感知されるような音を
出さない。その為、探知されない。
 その様な、日本の優秀な潜水艦に、核弾頭ミサイルを秘密
裏に積ませるという話が、その様な話が、果たして秘密裏に
遂行され、行なわれて良いのか?
 この様な類いは、すぐに色々言う事が出来る、・・が、
 故に、やはり、
 「万機公論」に、「決して行かねばならない」。
 そんな事をやっているから、アメリカでは、
 過激な市場原理主義に流れ、それに呑みこまれ、例えば、
医療費が払えなくなった方たちが、医療の恩恵に浴せず、亡
くなっていく死んでゆく、高齢者に特に多く出ているという、
 そして、
 人間らしい生活がしたいと、
 生存のために選択した若者の選択、
 軍隊入隊の選択の末に、
 海の向こうの戦争に行くはめになったワーキングプアの
若者達が出るという事態。
 新しい世界や事態に目を向け、判断し、選択してゆくのは
『私たちなのだ』。
 秘密裏に事を進める貴方たちではないのだ。
.
(参考)OECD:経済協力開発機構(けいざいきょうりょくか
いはつきこう、英: Organisation for Economic Co-operati
on and Development, OECD、仏: Organisation de coopé
ration et de développement économiques, OCDE)は、
ヨーロッパ、北米等の先進国によって、国際経済全般につい
て協議することを目的とした国際機関。本部はパリに置かれ、
公用語は英語とフランス語。「先進国クラブ」とも呼ばれる。
(参考)☆OECD発足当初の原加盟国(アルファベット順)
20カ国、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、
フランス、ドイツ、ギリシャ、 アイスランド、アイルランド、
イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ポルト
ガル、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコ、イギリス、
アメリカ合衆国
☆その後の加盟国(加盟順)
日本(1964年4月28日)、 フィンランド(1969年1月28日)、
オーストラリア(1971年6月7日)、ニュージーランド(
1973年5月29日)、 メキシコ(1994年5月18日)、 チェコ
(1995年12月21日)、 ハンガリー(1996年5月7日)、
ポーランド(1996年11月22日)、 韓国(1996年12月12日)、
スロバキア(2000年12月14日)、チリ(2010年5月7日)、
スロベニア(2010年7月21日)、イスラエル(2010年9月7日)、
エストニア(2010年12月9日)
☆加盟申請国、ロシア(2007年5月)
☆キー・パートナー国、加盟を視野に入れたOECD側の調査
開始を理事会が事務総長に請求(2007年5月)。
ブラジル、中国、インド、インドネシア、南アフリカ共和国
☆その他、上記の加盟申請国、関与強化国のほか、 香港、
中華民国(台湾)(「 チャイニーズタイペイ」として参加)、
シンガポールなど、多数の国や地域がオブザーバーとして
OECDの種々の機関の活動に参加している。
(参考)一億総中流(いちおくそうちゅうりゅう)とは、
1970年代の日本の人口約1億人にかけて、日本国民の大多数
が自分を中流階級だと考える「意識」を指す。
(参考)秘密保護法:外交や防衛などに関わる秘密を漏えい
した公務員らの罰則を強化する「秘密保護法案」。
(参考)こう‐ぼく【公僕】.広く公衆に奉仕する者。公務員
のこと。「国民の―」
.
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秘密裏に事を進める『貴方たちではない』のだ。

 題:秘密裏に事を進める『貴方たちではない』のだ。

...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)

.

 OECD諸国で、

 日本は、相対性貧困率ランキングで、アメリカに次いで

2位となっているという。

 これは、褒められた話しではない。

 相対性貧困率とは、国民の格差の程度を表す数字で、日本

は、アメリカに次いで『格差社会だ』という事。

 日本国内に、中間層が厚く居たとすれば、この数字が上が

りにくくなるが、日本の中間層が薄いという事も表している。

 日本には、一時は、「一億総中流」と言われた時代があっ

が、今・現在、その層は居なくなって、日本の中間層が

薄いという事を表している。

 日本は、アメリカの後を追った結果、日本の中間層は、貧

困層に転がり落ちた。

 そして今、日本の富裕層は、国外へ逃れようとしている

 そして、日本は、格差が急激に拡大しつつあるという。

 今、日本は、グローバル化は良い事だとTPPへの道を進

んでいるが、

 また、自由化は良いのだと、自由化を、他の選択が出来な

いという、『ある意味の不自由な状況』の中での話し合いの

テーブルに付かせられている。

 また、グローバル企業が、有利な環境の中でビジネスをし

たいという、自分たちに有利な条件を『公正なのだ』と押し

付ける話し合いが進んでいる。

 それも「秘密にせよ」との、誰がつくったか分からないが、

その様なルールで進んでいる。

 情報を公にしない、秘密会議となっている。

 公(おおやけ)のチェックを拒絶した、まったく非民主的

進め方となっている。

 アメリカが好きな民主的な行為ではない。

 今、日本国内においても、「秘密保護法案」が検討されて

いる。

 何でも白昼に曝(さら)すと、国益にならないから秘密に

するのだという。

 国民の公僕が締め付けに合っている。

 これも、国民のチェックが入らない、ある意味の「独裁シ

ステム」。

 国民の知らない内に、国があらぬ方向へ流されていたとい

う事にならなければ良いが。

 結局は、国民は愚民と、ある意味、馬鹿にされ、思われて

いるシステム

 次第次第に、暗い時代になって行った、取り返しがきかな

いという事態になって行った、過去のある時の様にならなけ

れば良いがと思う。

 秘密にすべき国益が存在するという。

 『国民に知らしむるべきこと』ができないという。

 その様なものでできた事が、出来たものが、『本当の国益』

と考えているという。

 その様な国益が存在すると思う事が間違い。

 秘密にする事で、国策遂行がうまく行くとか、

 秘密にする事で、国益が守られると言うが、

 逆に、国益が損なわれていると思わないのか?

 例えば、

 国民も知らずに、

 国際的にも知られない状態で、

 国益だからと・・、

 日本の大切な防衛の問題だからと・・、一例を言えば、

 日本の優秀な潜水艦に、日本の潜水艦は、まったくと言っ

ていいほど、優秀なので、潜水状態を感知されるような音を

出さない。その為、探知されない。

 その様な、日本の優秀な潜水艦に、核弾頭ミサイルを秘密

裏に積ませるという話が、その様な話が、果たして秘密裏に

遂行され、行なわれて良いのか?

 この様な類いは、すぐに色々言う事が出来る、・・が、

 故に、やはり、

 「万機公論」に、「決して行かねばならない」。

 そんな事をやっているから、アメリカでは、

 過激な市場原理主義に流れ、それに呑みこまれ、例えば、

医療費が払えなくなった方たちが、医療の恩恵に浴せず、亡

くなっていく死んでゆく、高齢者に特に多く出ているという、

 そして、

 人間らしい生活がしたいと、

 生存のために選択した若者の選択、

 軍隊入隊の選択の末に、

 海の向こうの戦争に行くはめになったワーキングプアの

若者達が出るという事態。

 新しい世界や事態に目を向け、判断し、選択してゆくのは

『私たちなのだ』。

 秘密裏に事を進める貴方たちではないのだ。

.

(参考)OECD:経済協力開発機構(けいざいきょうりょくか
いはつきこう、英: Organisation for Economic Co-operati
on and Development, OECD、仏: Organisation de coopé
ration et de développement économiques, OCDE)は、
ヨーロッパ、北米等の先進国によって、国際経済全般につい
て協議することを目的とした国際機関。本部はパリに置かれ、
公用語は英語とフランス語。「先進国クラブ」とも呼ばれる。
(参考)☆OECD発足当初の原加盟国(アルファベット順)
20カ国、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、
フランス、ドイツ、ギリシャ、 アイスランド、アイルランド、
イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ポルト
ガル、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコ、イギリス、
アメリカ合衆国
☆その後の加盟国(加盟順)
日本(1964年4月28日)、 フィンランド(1969年1月28日)、
オーストラリア(1971年6月7日)、ニュージーランド(
1973年5月29日)、 メキシコ(1994年5月18日)、 チェコ
(1995年12月21日)、 ハンガリー(1996年5月7日)、
ポーランド(1996年11月22日)、 韓国(1996年12月12日)、
スロバキア(2000年12月14日)、チリ(2010年5月7日)、
スロベニア(2010年7月21日)、イスラエル(2010年9月7日)、
エストニア(2010年12月9日)
加盟申請国、ロシア(2007年5月)
キー・パートナー国、加盟を視野に入れたOECD側の調査
開始を理事会が事務総長に請求(2007年5月)。
ブラジル、中国、インド、インドネシア、南アフリカ共和国
その他、上記の加盟申請国、関与強化国のほか、 香港、
中華民国(台湾)(「 チャイニーズタイペイ」として参加)、
シンガポールなど、多数の国や地域がオブザーバーとして
OECDの種々の機関の活動に参加している。
(参考)一億総中流(いちおくそうちゅうりゅう)とは、
1970年代の日本の人口約1億人にかけて、日本国民の大多数
が自分を中流階級だと考える「意識」を指す。
(参考)秘密保護法:外交や防衛などに関わる秘密を漏えい
した公務員らの罰則を強化する「秘密保護法案」。
(参考)こう‐ぼく【公僕】.広く公衆に奉仕する者。公務員
のこと。「国民の―」
.
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2013年11月1日金曜日

アメリカでの『ある話、2題』

 題:アメリカでの『ある話、2題』
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
...(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか)
.
 現在、アメリカでは、国家機密機構関連の諜報活動(ス
パイ活動)の予算の、何と7割が、民営化(民間委託)さ
れて、金(マネー)が民間に流れているという。
 その民間企業が、「アブラクサス」「プース・アレン・
ハミルトン」「ロッキード・マーティン」「レイセオン」
などの大企業に外注されているという。
 「拷問」でさえも、シリアやヨルダン、エジプトなどの
諸外国で、行なわれているという。
 この様な民営化の恐ろしさは、責任の所在が曖昧(あい
まい)になることだという。
 様々な民営化が行なわれた状況の中で、「テロの容疑者
だ」と、令状も持たないで捕まり、拘留される。
 そして、さんざん拷問を受け、その挙げ句、後になって、
人違いでしたと来る。
 犯人は別で、人違いでしたと判明し、釈放されても、委
託されたのが民間会社であれば、国家からは助けられない。
 その実態も、国際社会の目には届かなくなるという。
 そして、2題目へ・・・、
 今、アメリカでも、就職できずに悩む若い人が、多いと
いう。
 貧困状態にある若者は、その貧困から抜け出ようと、軍
隊へ入隊する。
 そして、イラク戦争へ派遣される。
 そして、イラク戦争から帰還した後、「反戦の会」を立
ち上げる。
 母親たちも応援する。
 息子たちが生きたいと、「生存権を主張」し、その生存
のために、軍隊への入隊を選択する。
 その生存権の主張が、戦争への選択につながって行った。
 この様な、流れ・システムが、アメリカに存在する。
 母親たちは、この絶望的なシステムから、子供たちを守
りたいという。
 しかし、社会の人々には、この流れが、見えにくいのが
現状だという。
 アメリカの人々には、浸透していないという。
 あたかも、社会・世論は、無関心な状態にさえ、見える
という。
 一面には、アメリカには、「戦争がビジネスである」と
いう状況もあるという。
 この戦争が、ビジネス力学(りきがく)の結果として、
社会に存在しているという。
 この力学の流れの中で、ビジネスをする企業や人、職を
得て食べている人々が居る。
 民営化された戦争。
 それをを支え、また、戦争に支えられた「戦争請負会社
やグローバル派遣会社(戦場までへも若者を派遣する)」
がある。
 また、アメリカには、消費を善とする強烈な呪縛がある。
 「消費することはいいことだ」という消費市場ライフス
タイルである。
 これは、キリスト教の考えから影響されている。
 豊かな者は、一面的に、その豊かさを追い求める。
 そして、そのある一面を切り取ってよく見てみると・・、
 それは、医療制度を一例として見る事が出来る。
 アメリカの医療制度は、あくまでも、金を持っている人
が、アメリカの医療制度を享受できるというシステムとな
っている。
 結果、弱者が、切り捨てられるシステムとなっている。
 この様なシステムに、なって行った原因の所に、やはり
企業が存在していた。
 企業は、自社の利益を優先する。
 偽装料理の提供までをもして、自分の会社さえ利益を得
ればという企業の話ではないが、アメリカのこの弱者切り
捨ての医療制度には、製薬会社や保険会社が、旨い汁を吸
いたいと、巣食っていた。
 これ等の会社が、市場原理主義システムを、社会原理を
利用し、利益を優先して、社会を蝕(むしば)んでいた。
 日本も、この様な医療システムにしてはならない。
 TPPで、自由化が良いのだと、アメリカのこの様な会
社が、日本に入って来て、アメリカの様な金持ちのみが享
受する医療制にしてはならない。
.
     (詳しくは、以下のブログへ)
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アメリカでの『ある話、2題』

 題:アメリカでの『ある話、2題』

...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)

...(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか)

.

 現在、アメリカでは、国家機密機構関連の諜報活動(ス

パイ活動)の予算の、何と7割が、民営化(民間委託)さ

れて、金(マネー)が民間に流れているという。

 その民間企業が、「アブラクサス」「プース・アレン・

ハミルトン」「ロッキード・マーティン」「レイセオン」

などの大企業に外注されているという。

 「拷問」でさえも、シリアやヨルダン、エジプトなどの

諸外国で、行なわれているという。

 この様な民営化の恐ろしさは、責任の所在が曖昧(あい

まい)になることだという。

 様々な民営化が行なわれた状況の中で、「テロの容疑者

だ」と、令状も持たないで捕まり、拘留される。

 そして、さんざん拷問を受け、その挙げ句、後になって、

人違いでしたと来る。

 犯人は別で、人違いでしたと判明し、釈放されても、委

託されたのが民間会社であれば、国家からは助けられない。

 その実態も、国際社会の目には届かなくなるという。

 そして、2題目へ・・・、

 今、アメリカでも、就職できずに悩む若い人が、多いと

いう。

 貧困状態にある若者は、その貧困から抜け出ようと、軍

隊へ入隊する。

 そして、イラク戦争へ派遣される。

 そして、イラク戦争から帰還した後、「反戦の会」を立

ち上げる。

 母親たちも応援する。

 息子たちが生きたいと、「生存権を主張」し、その生存

のために、軍隊への入隊を選択する。

 その生存権の主張が、戦争への選択につながって行った。

 この様な、流れ・システムが、アメリカに存在する。

 母親たちは、この絶望的なシステムから、子供たちを守

りたいという。

 しかし、社会の人々には、この流れが、見えにくいのが

現状だという。

 アメリカの人々には、浸透していないという。

 あたかも、社会・世論は、無関心な状態にさえ、見える

いう。

 一面には、アメリカには、「戦争がビジネスである」と

いう状況もあるという。

 この戦争が、ビジネス力学(りきがく)の結果として、

社会に存在しているという。

 この力学の流れの中で、ビジネスをする企業や人、職を

得て食べている人々が居る。

 民営化された戦争。

 それをを支え、また、戦争に支えられた「戦争請負会社

やグローバル派遣会社(戦場までへも若者を派遣する)」

がある。

 また、アメリカには、消費を善とする強烈な呪縛がある。

 「消費することはいいことだ」という消費市場ライフス

タイルである。

 これは、キリスト教の考えから影響されている。

 豊かな者は、一面的に、その豊かさを追い求める。

 そして、そのある一面を切り取ってよく見てみると・・、

 それは、医療制度を一例として見る事が出来る。

 アメリカの医療制度は、あくまでも、金を持っている人

が、アメリカの医療制度を享受できるというシステムとな

っている。

 結果、弱者が、切り捨てられるシステムとなっている。

 この様なシステムに、なって行った原因の所に、やはり

業が存在していた。

 企業は、自社の利益を優先する。

 偽装料理の提供までをもして、自分の会社さえ利益を得

ればという企業の話ではないが、アメリカのこの弱者切り

捨ての医療制度には、製薬会社や保険会社が、旨い汁を吸

いたいと、巣食っていた。

 これ等の会社が、市場原理主義システムを、社会原理を

利用し、利益を優先して、社会を蝕(むしば)んでいた。

 日本も、この様な医療システムにしてはならない。

 TPPで、自由化が良いのだと、アメリカのこの様な会

社が、日本に入って来て、アメリカの様な金持ちのみが享

受する医療制にしてはならない。

.
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NHK、キリスト教に偏する。連日、頻繁にキリスト教に関する放送をし続ける。

 題:NHK、キリスト教に偏する。

    連日、頻繁にキリスト教に関する放送をし続ける。

...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)

.
 NHKは、本当に、キリスト教に偏しています。
 NHKには、ローマ法王から言われている事があります
 「日本の神道は良いが、仏教は駄目だ」・・と。
 このためもあり、NHKは、キリスト教に偏しています。
 何だ、かんだと、キリスト教の事を良く放送します。
 そしてまた、ローマ法王から良いと言われた日本の神道
に関する放送はしますが、『仏教』の放送は全くと言って
いいほど放送しません。
 仏教への無視です。
 また、仏教への蔑視です。
 まったく、宗教的に偏した放送行為をし続けています。
 例えば、本日(2013・10・31)も、
 ラジオで「ハロウィン弁当」の事を事細かに放送してい
ました(ラジオ第一am11:30頃)。そして同じ頃、
 テレビにスイッチを入れれば、キリスト教系大学(フェ
リス女学院大学)の事細かな紹介番組(ひるまえほっと、
am11:37)、そして、埼玉でのハロウィン仮装コンテスト
(ひるまえビデオ)の放送・・と。
 キリスト教色の一色のNHKです。
 キリスト教は、『ハロウィンはケルト族の宗教のお祭り
で、キリスト教のお祭りではない』と言っていますが、こ
れは詭弁です。
 キリスト教は、ユダヤ教から引き継いだ『魔女観念』を
入れて、ハロウィンを、『キリスト教のハロウィン祭り』
としています。
 キリスト教系の学生が、嬉々として喜んでハロウィン祭
りに馳せ参じます。
 NHKは、連日、この例の様なキリスト教に偏した放送
をし続けています。
 そのすべてをご連絡できませんが、まったく、キリスト
教の偏したNHKが続いています。
 相変わらず、NHK職員が、キリスト教の十字架を付け
てテレビ出演をし、放送法の違反行為をしたり・・と、ま
ったく、改まりません。
.
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2013年10月27日日曜日

空なのだ・・・。

 題:空なのだ・・・。
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 古代の世に・・、
 ある1つの民族(イスラエルの民)が生き残るために、
 できた宗教が・・、
 何の拍子からか・・、
 伝道が始まって世界へ広がった。
 しかし、
 その生まれの血は争えない。
 脈々とその中に巣くっていて残った狭い宗教概念が、
 その所から、人類の悲劇が、多く生まれた。
 多くの世界の人々が、無念の死を遂げた。
 その宗教性のあまりにも卑屈さ劣悪さに、
 人類のためには、
 この宗教は、今後、残ってはならないが、
 図らずも、
 そのことを記した言葉が、このキリスト教の聖書の中に
ある。一抹の光となっている。自虐である。
 そして、この書が、あまりにも過激なため、
 その書を省いて、キリスト教の聖書だとしている聖書も
あるが、
 その文書「伝道の書」の、一部を以下に記す。
(「伝道の書」1・2)に、
 「空の空、空の空、いっさいは空である」とある。
 いっさいのものは空である、確かなものは1つもない、と
いうことを言っている。
 学問とか、芸術とか、あるいは、この宗教でさえも実際
は空であると言っている。
 そして、(「伝道の書」2・11)に、
 「そこで、わたしは、わが手のなすすべての事、および
それをなすに要した労苦を顧みたとき、見よ、皆、空であ
って、風を捕えるようなものであった。日の下には益とな
るものはないのである」と。
 この宗教を信じたのだが、なしたすべての事、なすに要
した労苦、皆、空であって、
 益になったこと、黒字になったものは何もない。
 赤字ばかりだ。
 世の中は悲惨的である。
 そして、(「伝道の書」3・20~21)に、
 「みな1つ所に行く。皆ちりから出て、ちりちりに帰る。
だれが知るか。人の子らの霊は上にのぼり、獣の霊はくだ
るかを」と。
 キリスト教の聖書の創世記に、キリスト教の神は、人間
をチリから造ったというが、その神が造った人間だから、
死ねば天に上るとは限らないのだ。
 人間であっても、獣であっても、死ねば同じだ。
 同じく地にくだるのだ。
 そして、もとのちりに帰ってしまうという点において同
様なのだ。
 そんなところに、人間と動物の区別なんかあるのではな
い。
 人間が、人間として自分で自分の価値を見い出している
と思っているかもしれないが、しかし、それはただ空想に
しか過ぎないということだ。
 キリスト教の神を信じることもまた空想なのだ。空なの
だ。宗教それ自体が空なのだ。一切は空なのだ。
.
     (詳しくは、以下のブログへ)
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URL: http://32983602.at.webry.info/

空なのだ・・・。

 題:空なのだ・・・。

...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)

.

 古代の世に・・、

 ある1つの民族(イスラエルの民)が生き残るために、

 できた宗教が・・、

 何の拍子からか・・、

 伝道が始まって世界へ広がった。

 しかし、

 その生まれの血は争えない。

 脈々とその中に巣くっていて残った狭い宗教概念が、

 その所から、人類の悲劇が、多く生まれた。

 多くの世界の人々が、無念の死を遂げた。

 その宗教性のあまりにも卑屈さ劣悪さに、

 人類のためには、

 この宗教は、今後、残ってはならないが、

 図らずも、

 そのことを記した言葉が、このキリスト教の聖書の中に

ある。一抹の光となっている。自虐である。

 そして、この書が、あまりにも過激なため、

 その書を省いて、キリスト教の聖書だとしている聖書も

あるが、

 その文書「伝道の書」の、一部を以下に記す。

(「伝道の書」1・2)に、

 「空の空、空の空、いっさいは空である」とある。

 いっさいのものは空である、確かなものは1つもない、と

いうことを言っている。

 学問とか、芸術とか、あるいは、この宗教でさえも実際

は空であると言っている。

 そして、(「伝道の書」2・11)に、

 「そこで、わたしは、わが手のなすすべての事、および

それをなすに要した労苦を顧みたとき、見よ、皆、空であ

って、風を捕えるようなものであった。日の下には益とな

るものはないのである」と。

 この宗教を信じたのだが、なしたすべての事、なすに要

した労苦、皆、空であって、

 益になったこと、黒字になったものは何もない。

 赤字ばかりだ。

 世の中は悲惨的である。

 そして、(「伝道の書」3・20~21)に、

 「みな1つ所に行く。皆ちりから出て、ちりちりに帰る。

だれが知るか。人の子らの霊は上にのぼり、獣の霊はくだ

るかを」と。

 キリスト教の聖書の創世記に、キリスト教の神は、人間

をチリから造ったというが、その神が造った人間だから、

死ねば天に上るとは限らないのだ。

 人間であっても、獣であっても、死ねば同じだ。

 同じく地にくだるのだ。

 そして、もとのちりに帰ってしまうという点において同

なのだ。

 そんなところに、人間と動物の区別なんかあるのではな

い。

 人間が、人間として自分で自分の価値を見い出している

思っているかもしれないが、しかし、それはただ空想に

か過ぎないということだ。

 キリスト教の神を信じることもまた空想なのだ。空な

だ。宗教それ自体が空なのだ。一切は空なのだ。

.
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2013年10月25日金曜日

技術的発展で、幸せを得ている人々は、『悪い』のか?

 題:技術的発展で、幸せを得ている人々は、『悪い』のか?
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教の聖書は、人々が幸せになるために、役立つ
のだろうか?
 人々の暮らしに、役立つのだろうか?
 イスラエルの地の人々・・、
 自分達を「神に選ばれた選民」と特別視して・・、
 その特権意識をもって、飢餓と背中合わせの地に居た。
 そして、「飢餓に見舞われた時」に・・、
 その「特権意識でもって」・・、
 「隣国の、善意の第三者の糧(かて)」を・・、
 「何ら悪意の無い方々」の「生きるための糧」を・・、
 自らが、我が民族が、生きるためには、我々は「選民な
のだから」と・・、
 そしてまた、その「選民には神の義があるから」と・・、
 善意の第三者の、隣国の富を、奪いに、攻め込んで行く。
 この様な事を教える『キリスト教の教義』。
 そして、その事を『消えてなくなる事のない聖書』に書
き、歴史を連綿と持って来ている。
 キリスト教聖書の(「創世記」11・1~9)に、
 有名な『バベルの塔』について記されているが、
 まったく建設的な内容ではない。記述では無い。
 読むと希望が、まず、無くなる。
 「民が、シンアルという平野の地を得て、幸せに住んで
いた。彼らは、より幸せになろうと、色々、工夫をし、幸
せになろうと努力した。『さあ、レンガを造って、よく焼
こう」。
 こうして彼らは、石の代わりに、レンガを得た。
 同様に、「しっくい」の代わりに、アスファルトを得た。
 この様に、彼等は、彼らの時代なりの技術の発展に努め、
その努力の甲斐(かい)があって科学的・技術的発展をし、
成果を得ていった。
 幸せさを向上させていった。
 そこで、彼らは、得た技術で、また、科学的成果で、次
なる発展へ挑戦した。
 『さあ、町と塔を建てて、その頂(いただき)を天に届
かせよう」・・と。
 これが、キリスト教の神の気に入らない事だったらしい、
 この後に、神からの『いじめ』が待っていた。
 もしかすると、神に憧(あこが)れた民は、是非、神に
お目に掛かりたいと思って、天に届かせようとしていたの
かもしれないが・・、
 自己、邪推するキリスト教の神は、自分の思ったことが
間違いないとして・・、
 その部分についての聖書のその記述は・・、
 「主(キリスト教の神)は下って、人の子たちの建てる
町と塔とを見て、言われた」。
 つまり、この民の行為は、『駄目だ』と言った。
 そこで、キリスト教の神は、民へ、罰まで与えようとま
でした。
 神は考えた。「民が、この様に、科学技術を発展させた
のは、民が同じ言葉で、意思の疎通がスムースであったか
らだ」・・と。
 そして、民たちのコミュニケーションが、うまく出来な
いようにしてしまった。
 神は言う、「民は一つで、皆、同じ言葉である。彼らは
すでに、この事を始めた。彼らがしようとする事は、もは
や何事もとどめ得ないであろう」・・と。
 神は、バベルの塔をぶっ壊した。
 そして、民への仕打ち・邪魔をし始める。
 民の何処が悪いというのか?
 そして、キリスト教の神がやった事は、民の言葉も乱し
た。
 そしてまた、民をでんでんバラバラに「け散らかして」
しまったという。
 人類の発展・・。人類は、火を使う事をおぼえ、
 そして、その火で滅菌し、衛生的な食を得た。
 この火の知識は、人類の発展に大いに寄与した。
 そして、焼いた肉などの食事は美味しかった。美味しく
なった食事をする事を覚えた。
 そしてまた、人類を襲う野獣などから身を守る事が出来
た、逃れる事が出来た。
 そして、明るい火の光は、洞窟内を明るく照らし、そし
て、温め、
 その光の周りで、明日の狩猟についての語り合いも、も
たれたであろう。
 団欒(だんらん)があったであろう。
 人類は、この火というものを知っただけで、どれだけの
豊かさがもたらされたかは、筆舌につくせない。
 人類は、この様な積み重ねで、豊かになり、幸せになっ
て来たのだ。
 キリスト教の神は、何故、この発展を、このプロセスを、
この発展のプロセスに反対し、足を引っ張るのだろうか?
 キリスト教聖職者は、「神は、神のいる天を覗(のぞ)
かれる事が嫌だったのだ」と言う。
 そして更に、キリスト教聖職者は言う、「人間の分際で
神のいる位置に達しようとしたからだ」・・と。
 そして更に、キリスト教の聖職者は言う、「神の座に座
ろうとしたのだ。人間の分際で」と。
 そこは言い過ぎでしょう?
 今・現代の、超高層の建物。それらの技術や発展で、人
々は、幸せをエンジョイしているのです。
 また、その現代人の豊かな生活を、皆様がエンジョイし
ている生活を、キリスト教は、現代にそぐわないというの
ですか?
 キリスト教はその様に教義設定する宗教ですか?
 その様に、見受けられますが、その教義は間違いです。
.
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