題 : 世界の若者から見捨てられる日本。
日本を目指さなくなっている世界の若者?
人手不足に悩む介護の現場。
介護福祉士の不足に悩む政府は、
助けをインドネシア・フィリピンに求めた。
インドネシアは、
幸い第二次世界大戦による「対日感情は悪化せず」、親日の国であった。
インドネシアを独立に導いたスカルノは、
宗主国のオランダ軍との戦闘において、
日本の残した武器と残存日本軍将校の助けにより独立を達成できた。
この様な事もあって、
親日の国となったインドネシア。
このインドネシアの方々の心は大切にしなければばならない。
これらのこともあって、
日系企業は、幸い、インドネシアで発展している。
そのインドネシアの心もあって、
介護士不足の日本に若い方達が大勢駆けつけてくれた。
しかし、
日本経済新聞によると、
2011年の看護師試験の『日本語のテスト』で外国人の合格率が僅か4%であったという。
96%のほとんどの外国人を『不合格にした』との事。
(因みに日本人は9割超が合格)。
この格差を『杓子定規に判定した』との事。
「合格して妻を呼び寄せ、日本で働きたい」と新聞記者に語った若者は、
果たして合格したのでしょうか?
不明なのですが、
「確率的には不合格の確率が高い」という結果を、
『日本の判定者は出した』ということです。
不合格で
『夢破れて帰国する方が多い』という。
これはどう見ても『おかしい』のではないでしょうか。
外国人と『承知で呼んで』、
日本人と同じ土俵の上で
「当然、日本人だけが有利な日本語」というジャンルでテストをし、
当然、
外国の方に、不利な結果が出る。
そこを、杓子定規に判定する。
4%は異常過ぎる低率。
日本人の90%超との『格差は異常』過ぎる。
この数十倍もの落差は矯正・修正して判定すべきが『常識』です。
出題問題に問題があるとも言える。
漢字書き取りテスト的との批判も聞くが、
この日本語だけで落ちた優秀な外国の若者たちも帰国しているのは『正さねばならない』。
優秀な外国の若者はどんどん日本に来てもらうのが『本筋』だ。
若い時、日本に来て勉学をしたなどで、親日の外国政治家になり、日本が助けられたという例が多い。
それでなくても、
今、
中国の若者はアメリカを目指し、
日本は眼中にない状況となってきている。
この様な見捨てられる日本にならないよう、
外国の優秀な若者を大切にしたい。
語学の問題は、一時的な問題なのだ。
優秀な方は全てが基本的に優秀なのだ。
その様な視点でなければ日本は活性化せず、復興もままならないだろう。
(参考)そうしゅ‐こく【宗主国】 従属国に対して宗主権をもつ国家。
(参考)そうしゅ‐けん【宗主権】 他国の内政・外交などを支配・管理する権能。植民地などが独立する過程で、本国がその植民地に対してもつ例が多い。
(参考)スカルノ(Sukarno、旧正書法ではSoekarno、1901年6月6日 - 1970年6月21日)は、インドネシアの植民地時代(オランダ領東インド時代)から民族主義運動、独立運動において大きな足跡を残した政治家である。Sukarnoでフルネーム。独立宣言後、同国の初代大統領となり、雄弁な演説とカリスマ性によって、大衆の民族意識を鼓舞した。1965年の「9月30日事件」によって失脚した後は不遇の晩年を送ったが、いまなお国民には「ブン・カルノ」(カルノ兄さん)と呼ばれ、国父として敬意をもって愛され続けており、現在も10万ルピア紙幣に肖像が描かれている。
皆様の笑顔が満ちる社会へ・・・ 戦争のない社会へ、戦争に何ら関係のない方々が悲しみに包まれませんように・・・ 弱い方たちこそが救われる社会へ・・・ 心が大切にされる社会へ・・・気遣いの社会へ・・・ 『私だけ、私たちだけ』という社会へは絶対にならない様に・・・
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2012年3月23日金曜日
2012年3月22日木曜日
湯川秀樹の言葉
湯川秀樹の言葉 :
「素粒子の研究に、
ギリシャ思想は全く役に立たないが、
仏教には多くを教えられた」
湯川 秀樹(ゆかわ ひでき :
1907年(明治40年)1月23日 ~ 1981年(昭和56年)9月8日)は、
日本の理論物理学者である。京都府京都市出身。
原子核内部において、陽子や中性子を互いに結合させる強い相互作用の
媒介となる中間子の存在を
1935年に理論的に予言した。
1947年、イギリスの物理学者セシル・パウエルが
宇宙線の中からパイ中間子を発見したことにより
湯川理論の正しさが証明され、
これにより1949年(昭和24年)、
日本人として初めてノーベル賞を受賞した。
京都大学・大阪大学名誉教授。
京都市名誉市民。
1943年(昭和18年)文化勲章。
位階勲等は従二位勲一等旭日大綬章。
学位は理学博士。
「素粒子の研究に、
ギリシャ思想は全く役に立たないが、
仏教には多くを教えられた」
湯川 秀樹(ゆかわ ひでき :
1907年(明治40年)1月23日 ~ 1981年(昭和56年)9月8日)は、
日本の理論物理学者である。京都府京都市出身。
原子核内部において、陽子や中性子を互いに結合させる強い相互作用の
媒介となる中間子の存在を
1935年に理論的に予言した。
1947年、イギリスの物理学者セシル・パウエルが
宇宙線の中からパイ中間子を発見したことにより
湯川理論の正しさが証明され、
これにより1949年(昭和24年)、
日本人として初めてノーベル賞を受賞した。
京都大学・大阪大学名誉教授。
京都市名誉市民。
1943年(昭和18年)文化勲章。
位階勲等は従二位勲一等旭日大綬章。
学位は理学博士。
2012年3月21日水曜日
アインシュタインの言葉
アインシュタインの言葉 :
現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれるものがあるとすれば、
それは仏教です。
(参考)アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein 、
1879年3月14日 - 1955年4月18日)は、
ドイツ生まれのユダヤ人理論物理学者。
特殊相対性理論及び一般相対性理論、相対性宇宙論、
ブラウン運動の起源を説明する揺動散逸定理、
光量子仮説による光の粒子と波動の二重性、
アインシュタインの固体比熱理論、零点エネルギー、
半古典型のシュレディンガー方程式、
ボーズ=アインシュタイン凝縮などを提唱した業績により、
20世紀最大の物理学者とも、
現代物理学の父とも呼ばれる。
特に、
彼の特殊相対性理論と一般相対性理論が有名だが、
光量子仮説に基づく光電効果の理論的解明によって
1921年のノーベル物理学賞を受賞した。
現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれるものがあるとすれば、
それは仏教です。
(参考)アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein 、
1879年3月14日 - 1955年4月18日)は、
ドイツ生まれのユダヤ人理論物理学者。
特殊相対性理論及び一般相対性理論、相対性宇宙論、
ブラウン運動の起源を説明する揺動散逸定理、
光量子仮説による光の粒子と波動の二重性、
アインシュタインの固体比熱理論、零点エネルギー、
半古典型のシュレディンガー方程式、
ボーズ=アインシュタイン凝縮などを提唱した業績により、
20世紀最大の物理学者とも、
現代物理学の父とも呼ばれる。
特に、
彼の特殊相対性理論と一般相対性理論が有名だが、
光量子仮説に基づく光電効果の理論的解明によって
1921年のノーベル物理学賞を受賞した。
2012年3月19日月曜日
ニーチェの言葉
ニーチェの言葉 :
仏教は、
キリスト教に比べれば、
100倍くらい現実的です。
仏教は、
歴史的に見て、
ただ一つのきちんと論理的にものを考える宗教と
言っていいでしょう」。
(参考)
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
(独: Friedrich Wilhelm Nietzsche、1844年10月15日 - 1900年8月25日)は、
ドイツの哲学者・古典文献学者。
ニーチェは、
仏教を絶賛している。
仏教ほど
理知的で現実に正面から向き合っている
宗教はないと言い、
真に幸福のための具体的な道しるべを示し、
実行しているという。
ニーチェは、また、
仏教の素晴らしいところを
「仏教のよいところは『問題は何か』と
客観的に冷静に考える伝統を持っているところです」
とも言っている。
そして、
ニーチェは、
キリスト教は
「生存することの不快や苦悩を
来世の解決に委ねてしまう悪癖がある」と
キリスト教を否定しています。
そして、
「キリスト教は、
恨みという負の感情(ルサンチマン)によって
突き動かされている宗教」といい、
「このルサンチマンこそが
キリスト教の苦悩の原因である」と
いっている。
(語意解説)
ルサンチマン【(フランス)ressentiment】
強者に対する
弱者の憎悪や復讐(ふくしゅう)衝動などの感情が
内攻的に屈折している状態。
ニーチェやシェーラーによって用いられた語。
怨恨(えんこん)。遺恨。
仏教は、
キリスト教に比べれば、
100倍くらい現実的です。
仏教は、
歴史的に見て、
ただ一つのきちんと論理的にものを考える宗教と
言っていいでしょう」。
(参考)
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
(独: Friedrich Wilhelm Nietzsche、1844年10月15日 - 1900年8月25日)は、
ドイツの哲学者・古典文献学者。
ニーチェは、
仏教を絶賛している。
仏教ほど
理知的で現実に正面から向き合っている
宗教はないと言い、
真に幸福のための具体的な道しるべを示し、
実行しているという。
ニーチェは、また、
仏教の素晴らしいところを
「仏教のよいところは『問題は何か』と
客観的に冷静に考える伝統を持っているところです」
とも言っている。
そして、
ニーチェは、
キリスト教は
「生存することの不快や苦悩を
来世の解決に委ねてしまう悪癖がある」と
キリスト教を否定しています。
そして、
「キリスト教は、
恨みという負の感情(ルサンチマン)によって
突き動かされている宗教」といい、
「このルサンチマンこそが
キリスト教の苦悩の原因である」と
いっている。
(語意解説)
ルサンチマン【(フランス)ressentiment】
強者に対する
弱者の憎悪や復讐(ふくしゅう)衝動などの感情が
内攻的に屈折している状態。
ニーチェやシェーラーによって用いられた語。
怨恨(えんこん)。遺恨。
2012年3月18日日曜日
未来の宗教は・・・
題 : 未来の宗教は・・・
ジョーゼフ・キャンベルの言葉 :
「未来の宗教はどうしても仏教に近づいていくだろう」。
(参考)ジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell)、
1904年3月3日 - 1987年10月30日)とは、
アメリカの神話学者、文学者、講師である。
比較神話学や比較宗教学でよく知られる。
彼の作品は広大で、人間の経験に基づく多面的なものである。
彼の人生観は、しばしば「至上の幸福に従え」という一文に要約
される。
1924年キャンベルは家族とヨーロッパを訪れた。
船に戻った時、彼はジッドゥクリシュナムルティと遭遇した。
彼らはアジアの哲学について議論した。
そのことがキャンベルの長い人生の中でヒンドゥーとインドの思
想について興味を持たせるきっかけとなった。
この旅行の直後、彼はカトリック宗教の活動をやめた。
(すでにラテン語を流暢に話せた彼は、彼の言語の幅を広げるため、
日本語を身につけるつもりであった)。
ジョーゼフ・キャンベルの言葉 :
「未来の宗教はどうしても仏教に近づいていくだろう」。
(参考)ジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell)、
1904年3月3日 - 1987年10月30日)とは、
アメリカの神話学者、文学者、講師である。
比較神話学や比較宗教学でよく知られる。
彼の作品は広大で、人間の経験に基づく多面的なものである。
彼の人生観は、しばしば「至上の幸福に従え」という一文に要約
される。
1924年キャンベルは家族とヨーロッパを訪れた。
船に戻った時、彼はジッドゥクリシュナムルティと遭遇した。
彼らはアジアの哲学について議論した。
そのことがキャンベルの長い人生の中でヒンドゥーとインドの思
想について興味を持たせるきっかけとなった。
この旅行の直後、彼はカトリック宗教の活動をやめた。
(すでにラテン語を流暢に話せた彼は、彼の言語の幅を広げるため、
日本語を身につけるつもりであった)。
2012年3月2日金曜日
2012年1月5日木曜日
あのころはよかったなー・・・
☆題: 《あのころはよかったなー・・・》:
青物町商店街の狭い路地。
40メートル先のどんづまりに商店街の守護神、お稲荷さん
がある。
カブ・ニンジン・バナナ・そして尾頭付きの金目鯛が三方
に載せられお供えされている。
小さなキツネの焼き物が飾られている社殿。
1坪ほどで小さいのに「正一位半田稲荷大明神」とたいそう
な神社。
10月10日。ここで秋の例祭があった。
12人が、社殿の向かいにある自治会館に集まり、お神酒を
交わした。
ほとんどが70代。
にぎやかな語り「葛飾の半田稲荷から江戸時代に分かれたの
だろう」
「昔は初午(はつうま)の前に、みんなでお参りにいったもの
だ」。
昭和期の例祭には露店も出た。
子供達もたくさん、駆け回っていた。
映画館も商店街のはずれにあった。
「人通りが多かった。小さい子は父親に肩車をしてもらわ
なければ歩けなかったもんだよ」。
昭和46年に商店街にアーケードが完成した。
今はさびが目立つが。
工事をした人が言う「昔はもうかって、芸者を上げて一晩に
百万使ったこともあった」。
花街は、青物町の隣の宮小路。
いま、地方都市の高齢化と過疎の波が青物町商店街をも襲う。
(参考:朝日2010・11・9)
青物町商店街の狭い路地。
40メートル先のどんづまりに商店街の守護神、お稲荷さん
がある。
カブ・ニンジン・バナナ・そして尾頭付きの金目鯛が三方
に載せられお供えされている。
小さなキツネの焼き物が飾られている社殿。
1坪ほどで小さいのに「正一位半田稲荷大明神」とたいそう
な神社。
10月10日。ここで秋の例祭があった。
12人が、社殿の向かいにある自治会館に集まり、お神酒を
交わした。
ほとんどが70代。
にぎやかな語り「葛飾の半田稲荷から江戸時代に分かれたの
だろう」
「昔は初午(はつうま)の前に、みんなでお参りにいったもの
だ」。
昭和期の例祭には露店も出た。
子供達もたくさん、駆け回っていた。
映画館も商店街のはずれにあった。
「人通りが多かった。小さい子は父親に肩車をしてもらわ
なければ歩けなかったもんだよ」。
昭和46年に商店街にアーケードが完成した。
今はさびが目立つが。
工事をした人が言う「昔はもうかって、芸者を上げて一晩に
百万使ったこともあった」。
花街は、青物町の隣の宮小路。
いま、地方都市の高齢化と過疎の波が青物町商店街をも襲う。
(参考:朝日2010・11・9)
2012年1月4日水曜日
国家や正義の名の下での・・戦争による大量死が・・無くなる時代は、いつ、来るのだろうか・・・
☆題 : 《 国家や正義の名の下での
・・戦争による大量死が
・・無くなる時代は、何時、来るのだろうか・・・》:
書評:東京大学名誉教授・本間長世氏、「戦死とアメリカ
ドルー・ギルピン・ファウスト著」(抜き書き)。
米国の南北戦争は、
建国後1世紀足らずで国家が分裂し、
4年間にわたる戦争の末、
北軍が南軍に対して勝利をおさめ、
連邦の統一が回復され、
反乱軍が鎮圧された内戦として記憶されている。
この戦争の記憶は、
アメリカ人の間で生々しく受け継がれてきている。
南北戦争の戦死者の総数は、62万人。
訳者(黒沢眞里子氏)も注目している様に、
本書の章立ては、
「死ぬこと」、
「殺すこと」、
「埋葬すること」など 動名詞を使い、
動的な切り口で叙述を進める事で、
主題の重苦しさが救われている。
北部人も、南部人も、
同じキリスト教の神に祈ったが、
神自身の目的をうかがい知ることはできないと述べた。
20世紀は戦争の世紀だった。
今世紀において、
破壊兵器はますます精度を高め、
無差別テロの恐怖は各地に広がっている。
歴史の教訓は生かされていない。
国家や正義の名の下での大量死が、
なくなる時代は何時来るのだろうか。
(日経2010・12・19)
(小生:「(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良
い」の教義では、必然的に戦争は多くなる)
・・戦争による大量死が
・・無くなる時代は、何時、来るのだろうか・・・》:
書評:東京大学名誉教授・本間長世氏、「戦死とアメリカ
ドルー・ギルピン・ファウスト著」(抜き書き)。
米国の南北戦争は、
建国後1世紀足らずで国家が分裂し、
4年間にわたる戦争の末、
北軍が南軍に対して勝利をおさめ、
連邦の統一が回復され、
反乱軍が鎮圧された内戦として記憶されている。
この戦争の記憶は、
アメリカ人の間で生々しく受け継がれてきている。
南北戦争の戦死者の総数は、62万人。
訳者(黒沢眞里子氏)も注目している様に、
本書の章立ては、
「死ぬこと」、
「殺すこと」、
「埋葬すること」など 動名詞を使い、
動的な切り口で叙述を進める事で、
主題の重苦しさが救われている。
北部人も、南部人も、
同じキリスト教の神に祈ったが、
神自身の目的をうかがい知ることはできないと述べた。
20世紀は戦争の世紀だった。
今世紀において、
破壊兵器はますます精度を高め、
無差別テロの恐怖は各地に広がっている。
歴史の教訓は生かされていない。
国家や正義の名の下での大量死が、
なくなる時代は何時来るのだろうか。
(日経2010・12・19)
(小生:「(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良
い」の教義では、必然的に戦争は多くなる)
2012年1月3日火曜日
戦争開戦前に、徹底的に現状分析がなされたが・・・幻の報告書
題 : 戦争開戦前に、徹底的に現状分析がなされたが
・・・幻の報告書
☆《 戦争開戦前に
・・現状を詳細に分析した報告書が存在した
・・しかし、現状認識を封印し、戦争は始められた
・・その結果は悲惨そのものだった・・・ 》:
70年前の日米開戦前に、
日本の国力を正確に予測しながら、
葬り去られた幻の報告書が存在した。
1939年9月、
関東軍参謀部で、満州国の建設主任から急きょ帰国した陸軍
中佐の秋丸次朗は、
「戦争経済研究班」を取り仕切って、
その報告書を作成した。
同班は「秋丸機関」と通称され知られた。
秋丸は、英米との戦争に耐えられるかどうかの分析を命じら
れ、
東大教授の有沢広巳、
後に一橋大学学長になる中山伊知郎らの学者を集め、
徹底的に調べた。
20~30人の研究チームだった。
調査対象は、人口・資源・海運・産業など広い分野に及んだ。
資料収集に苦労を重ねた。
経済封鎖の日本。
軍需産業育成にどれだけ力を注げるのか。
英米との力の差は・・。
分析が進んで行った。
調査開始から1年半後の1941年半ば、
12月8日の日米開戦まであと数カ月の時期に、
陸軍首脳らに対する報告会が催された。
秋丸は意を決して言った。
「日本の経済力を1とすると、
英米は合わせて20。
日本は2年間は蓄えを取り崩して戦えるが、
それ以降は経済力は下降線をたどり、
逆に、英米は上昇し始める。
彼らとの戦力格差は大きく、
持久戦には耐えがたい」。
これが秋丸機関の結論だった。
列席したのは杉山元参謀総長ら陸軍の首脳約30人。
じっと耳を傾けていた杉山がようやく口を開いた。
「報告書はほぼ完壁で、非難すべき点はない」と報告書の
分析に敬意を示し、
そして続けた
「その結論は国策に反する。
報告書の謄写本はすべて燃やせ」。
会議から帰って秋丸は、報告書を焼却した。
有沢は直ちに活動から手を引くように命じられた。
秋丸機関は、ほどなく解散し、
現状認識を封印した戦争が始まった。
結果は、悲惨そのものであった。
報告書の一部が秋丸の死後、
遺品の中から発見された。
詳細を極めた報告書であった。
(参考:日経2011・1・3)
・・・幻の報告書
☆《 戦争開戦前に
・・現状を詳細に分析した報告書が存在した
・・しかし、現状認識を封印し、戦争は始められた
・・その結果は悲惨そのものだった・・・ 》:
70年前の日米開戦前に、
日本の国力を正確に予測しながら、
葬り去られた幻の報告書が存在した。
1939年9月、
関東軍参謀部で、満州国の建設主任から急きょ帰国した陸軍
中佐の秋丸次朗は、
「戦争経済研究班」を取り仕切って、
その報告書を作成した。
同班は「秋丸機関」と通称され知られた。
秋丸は、英米との戦争に耐えられるかどうかの分析を命じら
れ、
東大教授の有沢広巳、
後に一橋大学学長になる中山伊知郎らの学者を集め、
徹底的に調べた。
20~30人の研究チームだった。
調査対象は、人口・資源・海運・産業など広い分野に及んだ。
資料収集に苦労を重ねた。
経済封鎖の日本。
軍需産業育成にどれだけ力を注げるのか。
英米との力の差は・・。
分析が進んで行った。
調査開始から1年半後の1941年半ば、
12月8日の日米開戦まであと数カ月の時期に、
陸軍首脳らに対する報告会が催された。
秋丸は意を決して言った。
「日本の経済力を1とすると、
英米は合わせて20。
日本は2年間は蓄えを取り崩して戦えるが、
それ以降は経済力は下降線をたどり、
逆に、英米は上昇し始める。
彼らとの戦力格差は大きく、
持久戦には耐えがたい」。
これが秋丸機関の結論だった。
列席したのは杉山元参謀総長ら陸軍の首脳約30人。
じっと耳を傾けていた杉山がようやく口を開いた。
「報告書はほぼ完壁で、非難すべき点はない」と報告書の
分析に敬意を示し、
そして続けた
「その結論は国策に反する。
報告書の謄写本はすべて燃やせ」。
会議から帰って秋丸は、報告書を焼却した。
有沢は直ちに活動から手を引くように命じられた。
秋丸機関は、ほどなく解散し、
現状認識を封印した戦争が始まった。
結果は、悲惨そのものであった。
報告書の一部が秋丸の死後、
遺品の中から発見された。
詳細を極めた報告書であった。
(参考:日経2011・1・3)
2012年1月2日月曜日
野田さ~ん! 40年国債って、40年後の子供たちからおカネを借りて・・・
題 : 野田さ〜ん!、40年国債って、40年後の子供たちから
おカネを借りて・・・
☆《野田さ〜ん!・・・》:
「 野田さ〜ん!、40年国債って、40年後の子供たちからお金
を借りて、今の子供たちにお金を配るという事ですか???
・・・この国債、金融機関に賛成意見が多いという話があった
ので・・との声が聞こえて来たのですが???・・金融機関に
は0に近い超低金利の日銀からお金が流れていますが・・その
お金? 」
☆《これから日本に出て来る人からおカネを借りる・・・》:
野田さんの政治というのは、「未来の人たちからお金を借り
て、お金を配って評判をとる・・言いかえれば、お金で評判を
買う的な政治」なのですか???・・違いますよね?
・・40年国債は無節操でしょう?・・恥ずかしいことをしてい
るなと思うべきでしょう・・今、居ない人=これから日本に出
て来る人から勝手におカネを借りちゃうんですよ・・帳簿上
そうしちゃうのでしょ・・・ 」
☆《デフレから脱却したいからといって・・・》:
デフレ脱却したいといったって・・40年もの先の人達まで巻
き込むのはおかしいでしょ・・また、財布を潤したいといった
って、「自分だけ良ければよい」の姿が見えますよ・・何か
変?・・40年先に急浮上する国債・・??・・「40年先の人た
ち、逃げられない借金に」「えーっ、俺たちが払うの〜」って、
言うだろう・・なら、野田さん、やるのなら100年にする?
・・もう、ここまで行ったら、貰ったも同然です・・冗談は、
止めにしましょう・・利子は払ってるんだからなんて大きな
顔はしないで下さい・・借りまくりの姿です・・」
☆《ニチギン!・・・》:
日銀、お主も悪よのう。・・結託してるでしょう?・・・
「40年もの先に浮上する霞みの国債」は、「繰り上げて償還す
るように・・そして、止めなさい」との意見で振舞って下さ
い・・「こんな先の未来の人たちにまで世話になるのかい・・
これはないおカネです・・」と、言って下さい。
☆《無利子に近い金利で日銀がお金を貸してくれたら
・・外国がほとんど買ってくれない日本の国債・・しかし・・・》:
外国がほとんど買ってくれない日本の国債。
小泉さんが日本の国債の格付けが下がって目をむいたが・・・。
中国が半年や1年という超短期で買ってくれる時も(危なくて
長期は・・との意か?・・)。
それでも国内・日本人が買ってくれたから良かった。
ゆうちょ銀行などが必死に買っている。
しかし、日経新聞(2011・1・3)に「国債の国内消化危うく」
との記事があった。以下その記事:
・・日本の公的な債務残高がGDPの2倍に達しても、国内では
「日本はギリシャにはならない」と財政危機論に否定的な声が
ある。
家計の金融資産が国債残高を上回っており、『 当面は 』
国債を国内消化できる事情があるためだ。
・・だが、エコノミストの間では、金利の上昇で国債の利払い
費が増え、財政運営難に陥る悲観シナリオがある。
少子高齢化で家計の金融資産増加は鈍っている。
国債残高の上昇ペースのが速い。
みずほ総合研究所「いずれかの時点で長期金利が急上昇する
リスクは否定できない」と指摘する。
・・今後、海外投資家に頼るようになれば低金利では買い手が
つかず、金利が急上昇する懸念も出てくる。
・・(読後のひとりごと:もしあなたが低金利で日銀がお金を
貸してくれたら・・低金利とはいえ、それ以上の金利が戴ける
日本の国債を買いますか? 利ざやはありますよ・・とのヘン
な声が聞こえる。うらやましい)
☆《政治が逃げている・・歴史に残る今、何故なさぬのか・・》:
政治が逃げている
・・本来、与野党の枠を超え、論じるべき課題から政治は逃げ
続けている。
・・30年も前から・・「少子高齢化で、立ちゆかなくなる」と、
指摘されていた。
政治経済学者の故村上泰亮氏が「新中間大衆の時代」で27年
前に、「最近の日本社会は例外的な楽園(状態)である。
町を歩く若い世代の日本人ほど無防備な表情をしている若者は
ほかにいない。
古い世代の日本人も、ようやくたどりついた豊さにすがり
つこうとしている」。
村上氏はすでにこの時「現在の日本の豊さは、つかの間の幻影
に終わる可能性も大きい」と書いている。
(政治家よ、今、この時、2011年、処方箋を実行にうつしな
さい。実行にうつさない限り、悲惨な淵へ・・今は実行ある
のみ・・)。 (参考:日経2011・1・3)
おカネを借りて・・・
☆《野田さ〜ん!・・・》:
「 野田さ〜ん!、40年国債って、40年後の子供たちからお金
を借りて、今の子供たちにお金を配るという事ですか???
・・・この国債、金融機関に賛成意見が多いという話があった
ので・・との声が聞こえて来たのですが???・・金融機関に
は0に近い超低金利の日銀からお金が流れていますが・・その
お金? 」
☆《これから日本に出て来る人からおカネを借りる・・・》:
野田さんの政治というのは、「未来の人たちからお金を借り
て、お金を配って評判をとる・・言いかえれば、お金で評判を
買う的な政治」なのですか???・・違いますよね?
・・40年国債は無節操でしょう?・・恥ずかしいことをしてい
るなと思うべきでしょう・・今、居ない人=これから日本に出
て来る人から勝手におカネを借りちゃうんですよ・・帳簿上
そうしちゃうのでしょ・・・ 」
☆《デフレから脱却したいからといって・・・》:
デフレ脱却したいといったって・・40年もの先の人達まで巻
き込むのはおかしいでしょ・・また、財布を潤したいといった
って、「自分だけ良ければよい」の姿が見えますよ・・何か
変?・・40年先に急浮上する国債・・??・・「40年先の人た
ち、逃げられない借金に」「えーっ、俺たちが払うの〜」って、
言うだろう・・なら、野田さん、やるのなら100年にする?
・・もう、ここまで行ったら、貰ったも同然です・・冗談は、
止めにしましょう・・利子は払ってるんだからなんて大きな
顔はしないで下さい・・借りまくりの姿です・・」
☆《ニチギン!・・・》:
日銀、お主も悪よのう。・・結託してるでしょう?・・・
「40年もの先に浮上する霞みの国債」は、「繰り上げて償還す
るように・・そして、止めなさい」との意見で振舞って下さ
い・・「こんな先の未来の人たちにまで世話になるのかい・・
これはないおカネです・・」と、言って下さい。
☆《無利子に近い金利で日銀がお金を貸してくれたら
・・外国がほとんど買ってくれない日本の国債・・しかし・・・》:
外国がほとんど買ってくれない日本の国債。
小泉さんが日本の国債の格付けが下がって目をむいたが・・・。
中国が半年や1年という超短期で買ってくれる時も(危なくて
長期は・・との意か?・・)。
それでも国内・日本人が買ってくれたから良かった。
ゆうちょ銀行などが必死に買っている。
しかし、日経新聞(2011・1・3)に「国債の国内消化危うく」
との記事があった。以下その記事:
・・日本の公的な債務残高がGDPの2倍に達しても、国内では
「日本はギリシャにはならない」と財政危機論に否定的な声が
ある。
家計の金融資産が国債残高を上回っており、『 当面は 』
国債を国内消化できる事情があるためだ。
・・だが、エコノミストの間では、金利の上昇で国債の利払い
費が増え、財政運営難に陥る悲観シナリオがある。
少子高齢化で家計の金融資産増加は鈍っている。
国債残高の上昇ペースのが速い。
みずほ総合研究所「いずれかの時点で長期金利が急上昇する
リスクは否定できない」と指摘する。
・・今後、海外投資家に頼るようになれば低金利では買い手が
つかず、金利が急上昇する懸念も出てくる。
・・(読後のひとりごと:もしあなたが低金利で日銀がお金を
貸してくれたら・・低金利とはいえ、それ以上の金利が戴ける
日本の国債を買いますか? 利ざやはありますよ・・とのヘン
な声が聞こえる。うらやましい)
☆《政治が逃げている・・歴史に残る今、何故なさぬのか・・》:
政治が逃げている
・・本来、与野党の枠を超え、論じるべき課題から政治は逃げ
続けている。
・・30年も前から・・「少子高齢化で、立ちゆかなくなる」と、
指摘されていた。
政治経済学者の故村上泰亮氏が「新中間大衆の時代」で27年
前に、「最近の日本社会は例外的な楽園(状態)である。
町を歩く若い世代の日本人ほど無防備な表情をしている若者は
ほかにいない。
古い世代の日本人も、ようやくたどりついた豊さにすがり
つこうとしている」。
村上氏はすでにこの時「現在の日本の豊さは、つかの間の幻影
に終わる可能性も大きい」と書いている。
(政治家よ、今、この時、2011年、処方箋を実行にうつしな
さい。実行にうつさない限り、悲惨な淵へ・・今は実行ある
のみ・・)。 (参考:日経2011・1・3)
2011年12月31日土曜日
木銃で下から敵を撃滅せよ・・弾も出ない木の銃で子供に何をさせようとしたのだろうか・・・
題 : 木銃で下から敵を撃滅せよ・・弾もでない木の銃で
子供に何をさせようとしたのだろうか・・・》:
私の履歴書:
商船三井最高顧問・生田正治氏(抜き書き)
・・1944年7月にはサイパン島守備隊が玉砕し、
本土への空襲激化は時間の問題となったため、
主要13都市で学童疎開が開始された。
毎朝10時以降に警戒・空襲警報が出れば、
昼の給食用の芋や代用食のドングリでこしらえたコッペパンなど
を受け取り、
地域ごとに走って帰宅することになった。
10時以前だともらえないので、
毎日10時になってすぐに警報が鳴らないかと、
不届きなことを願う日々だった。
家に帰っても遊び道具はボール一つなく、
もっぱら道路で仲間と軍艦ゴッコなどの戦争遊びや、
高射砲弾の破片集めに興じた。
父に2度目の召集令状が来たのは1944年の夏頃だったろう。
近くの東横線都立高校駅まで見送り、
せみ時雨の中で敬礼をして乗車していく父の後ろ姿に手を振った
のが別れになった。
1945年2月になると縁故疎開先もなく、
まだ東京にいる全学童に強制集団疎開命令が出た。
5年生以上約100人は、
数人の先生に引率されて4月早々、
山梨県・小渕沢に向かった。
当時の小渕沢は文字通りの寒村だった。
私たち男子約50人は駅前の「寿旅館」に、
女子は近くのお寺にお世話になることになった。
朝早く起きて近くのお宮の庭掃除と、
荒削りの木銃での厳しい軍事教練。
何でも米軍は九十九里浜上陸に合わせて甲府盆地に落下傘部
隊を降下させるので、
その時はこの木銃で下から敵を撃滅せよとの命令だった。
弾も出ない木の銃で子供に何をさせようとしたのだろうか。
毎日午前中は自習だった。
本を読んだり手紙を書いたりしてなんとなく過ごし、
午後は勤労奉仕で山に枝払いや薪取りに行かされた。
いつも腹をすかせていた。
主食は大豆が8割で、
残りの2割が米、麦と雑穀。
炊くと大豆は膨らむので、
見た目には大豆だけのようだった。
下痢をする者が多かったが、
申告しても薬はない。
決まって絶食療法を言い渡されるのがわかっているから、
食べ盛りの私たちは誰もがギリギリまで我慢した。
(日経2011・1・4)
子供に何をさせようとしたのだろうか・・・》:
私の履歴書:
商船三井最高顧問・生田正治氏(抜き書き)
・・1944年7月にはサイパン島守備隊が玉砕し、
本土への空襲激化は時間の問題となったため、
主要13都市で学童疎開が開始された。
毎朝10時以降に警戒・空襲警報が出れば、
昼の給食用の芋や代用食のドングリでこしらえたコッペパンなど
を受け取り、
地域ごとに走って帰宅することになった。
10時以前だともらえないので、
毎日10時になってすぐに警報が鳴らないかと、
不届きなことを願う日々だった。
家に帰っても遊び道具はボール一つなく、
もっぱら道路で仲間と軍艦ゴッコなどの戦争遊びや、
高射砲弾の破片集めに興じた。
父に2度目の召集令状が来たのは1944年の夏頃だったろう。
近くの東横線都立高校駅まで見送り、
せみ時雨の中で敬礼をして乗車していく父の後ろ姿に手を振った
のが別れになった。
1945年2月になると縁故疎開先もなく、
まだ東京にいる全学童に強制集団疎開命令が出た。
5年生以上約100人は、
数人の先生に引率されて4月早々、
山梨県・小渕沢に向かった。
当時の小渕沢は文字通りの寒村だった。
私たち男子約50人は駅前の「寿旅館」に、
女子は近くのお寺にお世話になることになった。
朝早く起きて近くのお宮の庭掃除と、
荒削りの木銃での厳しい軍事教練。
何でも米軍は九十九里浜上陸に合わせて甲府盆地に落下傘部
隊を降下させるので、
その時はこの木銃で下から敵を撃滅せよとの命令だった。
弾も出ない木の銃で子供に何をさせようとしたのだろうか。
毎日午前中は自習だった。
本を読んだり手紙を書いたりしてなんとなく過ごし、
午後は勤労奉仕で山に枝払いや薪取りに行かされた。
いつも腹をすかせていた。
主食は大豆が8割で、
残りの2割が米、麦と雑穀。
炊くと大豆は膨らむので、
見た目には大豆だけのようだった。
下痢をする者が多かったが、
申告しても薬はない。
決まって絶食療法を言い渡されるのがわかっているから、
食べ盛りの私たちは誰もがギリギリまで我慢した。
(日経2011・1・4)
2011年12月30日金曜日
(キリスト教の)神の義によれば、人を誅してもよい・・・について
題 : (キリスト教の)神の義によれば、人を誅してもよい
・・・について
こんにちは
キリスト教は「(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても
良い」との教義があります。
どこにこの教義はあるのでしょうか。
勉強したいです。
よろしくお願いいたします。
ビオラさんへ
はじめまして、ご質問を戴きました事に関しまして下記に書かせ
ていただきます。
(キリスト教の聖書の1例)
ある町を攻撃しようとして、そこに近づくならば、まず、降伏を
勧告しなさい。
もし、その町がそれを受託し城門を開くならば、
その全住民を強制労働に服させ、
あなたに仕えさせねばならない。
しかし、
もしも降伏せず、抗戦するならば、町を包囲しなさい。
あなたの神、主は、その町をあなたの手に渡されるから、
あなたは男子をことごとく剣にかけて撃たねばならない。
ただし、
女、子供、家畜、および町にあるものすべてあなたのぶんどり品
として奪い取ることができる。
あなたは、あなたの神、主が与えられた敵のぶんどり品を自由に
用いることができる。
このようになしうるのは、遠くはなれた町々に対してであって、
次に挙げる国々に属する町々に対してではない。
あなたの神、主が 嗣業として与えられる諸国民の民に属する
町々の息のある者は、
一人も生かしておいてはならない。
ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、
あなたの神、主が命じられたように
必ず滅ぼし尽くさねばならない。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
☆自分の利のために他人を殺せと教えるキリスト教の神の教義。
そして、
この殺戮の悲惨な時点においても
「奪い取れ、奴隷にせよ」 と
色々と指図するキリスト教の神の教義。
この類の記述は 聖書の中に 種々多い状況。
また、
聖書において下記の示唆もある。
ラテン語:talio:タリオ:被害者が受けたのと同じ害を加害者
側に加える制裁。 local limit : local一定の空間を占める、
limit限界点 : 現代のキリスト教徒の困惑となる一例。
モーゼの時代には戦争をして相手を殺し、場合によっては奴隷に
せねばイスラエル人(選民思想の民族)が殺される時代であった。
この状況から生まれた教義が、「 当時の状況と当地の状況 」と
全く変わっている現代の「 他の地域や多くの時を経た今 」に
おいてでも 同じ教義・同じ考え方で 存在している。
TPOというものの見方がありますが、TPO的にも全くアウト。
このキリスト教の教義から多くの悲惨な戦争が起きています。
☆与謝野晶子
嗚呼、弟よ、君を泣く。 君、死に給うこと無かれ。
末に生まれし君なれば。 親の情けはまさりしも。
親は刃を握らせて。 人を殺せと教えしや。
人を殺して死ねよとて。 二十四までを育てしや。
堺の街のあきびとの。 旧家を誇る主にて。
親の名を継ぐ君なれば。 君、死に給うこと無かれ。
旅順の城は滅ぶとも。 滅びずとても何事ぞ。
君は知らじな、商人の。 家の掟に無かりけり。
(後略)
☆『 相手のかたにも正義があるのに 』 との女性の小さな声が
耳に印象的に残った。 そうですね。その通りと思います。私は答
えた。
神という衣を着せて「正義なのだから」と、「こちらは間違って
いないのです」と。 争いは、どの様な場合もそのようになって居
ります。
宗教で、その形を是と教義すれば争いの多い状況になるのは必然
です。
このキリスト教の教義は変えなければならないのです。
これから未来を受け継ぐ若い方たちのために、人類の未来のため
にも。
NHKは、昨年、義によって争う大河ドラマを日本中に放送し、洗脳
した。 『 正義だ、やってしまえ 』 的ドラマを。
この大切なことが分かって戴いているのか?
影響力の強い放送媒体だけに心が痛む。
実に、この様な事例が多い放送局です。
☆非が全くないという事ではないのに、すべて相手が悪いと相手側へ
すべて問題を転嫁し、
なお且つ、
良否判断の理性が全く入る事の出来ない宗教教義に規定する。
キリスト教教義
「(キリスト教の)神の義があるのだ、やってしまえ」をつくる。
紛争の地が展開され、その歴史が連綿と続く。
民は泣く。 キリスト者はその罪を知っているか?
自分の勝手な・独り善がりな「正義」に真っ向から対立するからと、
そして、独り善がりな・勝手な宗教教義で「邪悪」だと「 決め
つける 」。
「 そんな宗教 」は否。
・・・について
こんにちは
キリスト教は「(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても
良い」との教義があります。
どこにこの教義はあるのでしょうか。
勉強したいです。
よろしくお願いいたします。
ビオラさんへ
はじめまして、ご質問を戴きました事に関しまして下記に書かせ
ていただきます。
(キリスト教の聖書の1例)
ある町を攻撃しようとして、そこに近づくならば、まず、降伏を
勧告しなさい。
もし、その町がそれを受託し城門を開くならば、
その全住民を強制労働に服させ、
あなたに仕えさせねばならない。
しかし、
もしも降伏せず、抗戦するならば、町を包囲しなさい。
あなたの神、主は、その町をあなたの手に渡されるから、
あなたは男子をことごとく剣にかけて撃たねばならない。
ただし、
女、子供、家畜、および町にあるものすべてあなたのぶんどり品
として奪い取ることができる。
あなたは、あなたの神、主が与えられた敵のぶんどり品を自由に
用いることができる。
このようになしうるのは、遠くはなれた町々に対してであって、
次に挙げる国々に属する町々に対してではない。
あなたの神、主が 嗣業として与えられる諸国民の民に属する
町々の息のある者は、
一人も生かしておいてはならない。
ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、
あなたの神、主が命じられたように
必ず滅ぼし尽くさねばならない。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
☆自分の利のために他人を殺せと教えるキリスト教の神の教義。
そして、
この殺戮の悲惨な時点においても
「奪い取れ、奴隷にせよ」 と
色々と指図するキリスト教の神の教義。
この類の記述は 聖書の中に 種々多い状況。
また、
聖書において下記の示唆もある。
ラテン語:talio:タリオ:被害者が受けたのと同じ害を加害者
側に加える制裁。 local limit : local一定の空間を占める、
limit限界点 : 現代のキリスト教徒の困惑となる一例。
モーゼの時代には戦争をして相手を殺し、場合によっては奴隷に
せねばイスラエル人(選民思想の民族)が殺される時代であった。
この状況から生まれた教義が、「 当時の状況と当地の状況 」と
全く変わっている現代の「 他の地域や多くの時を経た今 」に
おいてでも 同じ教義・同じ考え方で 存在している。
TPOというものの見方がありますが、TPO的にも全くアウト。
このキリスト教の教義から多くの悲惨な戦争が起きています。
☆与謝野晶子
嗚呼、弟よ、君を泣く。 君、死に給うこと無かれ。
末に生まれし君なれば。 親の情けはまさりしも。
親は刃を握らせて。 人を殺せと教えしや。
人を殺して死ねよとて。 二十四までを育てしや。
堺の街のあきびとの。 旧家を誇る主にて。
親の名を継ぐ君なれば。 君、死に給うこと無かれ。
旅順の城は滅ぶとも。 滅びずとても何事ぞ。
君は知らじな、商人の。 家の掟に無かりけり。
(後略)
☆『 相手のかたにも正義があるのに 』 との女性の小さな声が
耳に印象的に残った。 そうですね。その通りと思います。私は答
えた。
神という衣を着せて「正義なのだから」と、「こちらは間違って
いないのです」と。 争いは、どの様な場合もそのようになって居
ります。
宗教で、その形を是と教義すれば争いの多い状況になるのは必然
です。
このキリスト教の教義は変えなければならないのです。
これから未来を受け継ぐ若い方たちのために、人類の未来のため
にも。
NHKは、昨年、義によって争う大河ドラマを日本中に放送し、洗脳
した。 『 正義だ、やってしまえ 』 的ドラマを。
この大切なことが分かって戴いているのか?
影響力の強い放送媒体だけに心が痛む。
実に、この様な事例が多い放送局です。
☆非が全くないという事ではないのに、すべて相手が悪いと相手側へ
すべて問題を転嫁し、
なお且つ、
良否判断の理性が全く入る事の出来ない宗教教義に規定する。
キリスト教教義
「(キリスト教の)神の義があるのだ、やってしまえ」をつくる。
紛争の地が展開され、その歴史が連綿と続く。
民は泣く。 キリスト者はその罪を知っているか?
自分の勝手な・独り善がりな「正義」に真っ向から対立するからと、
そして、独り善がりな・勝手な宗教教義で「邪悪」だと「 決め
つける 」。
「 そんな宗教 」は否。
2011年12月10日土曜日
麻生元首相の発言 「 やられたらやり返す 」 について
題 : 麻生元首相の発言「やられたらやり返す」について
麻生さんと聞くと、
大平さん以来の 久方振りのキリスト教の首相。
ソマリア沖の海賊問題の時のご発言に
「やられたらやり返さなければならないのではないか」 と目を
大きくして発言されたのが 印象的でした。
小生は 「アッ! 目には目を・・・かっ」 と思いました。
キリスト教的な発想だなと思いました。
東京のテレビなどでは、「思考熟成度が低い」と言われていました。
また、強硬姿勢の思考形態が 「北朝鮮のキム・ジョンイルと同じ」
との批判の声もありました。
また、「強硬サイドにしか梶が取れない思考」 「選択肢も固定し
狭い思考」 「頑固な固執思考経路しか持っていない」・・・など
浅薄さを露呈した 1事例となってしまいました。
「リスク指数」というのがあれば、 レッドゾーンのアウトですね。
何しろ、 キリスト教は
「(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い」 との
教義があります。
また、それに輪を掛けて 「王権神授説」という教義があります。
そこで、 国の長の戦争行為を是としています。
思考形態は狭くなります。
全て正しいのは自分だ、 正義だ、 やってしまえになります。
ーー
☆ (若い方達へ)
キリスト教は贈り物とか、讃美歌とか、外見上は優しく見えますが、
若い方達は特にご注意ください。
虐殺や戦争の事例が実に多い宗教です。
それは『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い』という
教義から来ております。
他人を絶対にあやめてはいけません。間違った宗教に幸せな未来は
ありません。
キリスト教の罪悪の一例である、ヨーロッパの30%もの方々が
亡くなった戦争事例がどの様なものかをお調べ下さい。
そしてまた、この%の異常さをお感じ下さい。
どの宗教も同じという話は無くなると思います。
やはり、教え・教義からくる悲惨な結末なのです。
ーー
☆( キリスト教の教義の根幹をなす エゴ(自我)から争いへ )
個人のエゴ・・人間が生きていくうえで、エゴは必要悪なのである。
自己のエゴをそのまま是認してしまえば、堕落が始まる。
教養と問えば、 剥き出しのエゴに多少とも磨きをかけ得る品性の
ことと言える。
我々は、
おのれのエゴの醜さを恥じ入り、
それを少しでも控え目にさせることによって、
辛うじて
人の道を踏み外さずに
生きていくことができるのであろう。・・・
時に、
エゴは、
存在感を高めたり、
自己の目的達成のために、
しばしば宗教を利用する。・・・
強烈なエゴを持った人物が、
そして、
強欲な人間が
狡猾にも宗教を利用し始めると、
その被害は甚大なものになる。・・・
(ナチスの例)・・・
特定の民族や集団は、
長期間にわたって抑圧を受けると、
その屈辱感が心的外傷となって、
幾世代にもわたって
集団の心理的DNAの内部に留まることになる。・・・
それが、
特定の条件下におかれると、
眠っていた集団的記憶が蘇り、
爆発的な力を発揮する。・・・
その典型的な例がナチス・ドイツである。・・・
ナチスは、
あえてキリスト教と
ドイツ民族の優越性を唱え、
約600万人の異教徒ユダヤ人に対して
ホロコースト(『完全に焼き尽くす」という意味)をやってのけた
(キリスト教法王は
ナチスに反対しないどころか、
なびいていた)・・
デマゴーグの最重要任務・・
きわめて巧みに
過去の歴史の古い敵を、
現在の紛争の相手にすり替えてしまう・・・
エゴが
人前に現れる時、
たいていは「正義」という名の
美しい仮面をかぶっている・・・
「正義」の名の元に
制裁(争い)が起き、
一種の「魔女狩り」が始まれば、
とめどないものになる可能性は
十分にある・・・
「正義」とは
誤謬(間違えること)であると
断言してもよいのではないか・・・
争いは「正義」の主張から起きることがほとんどではなかろうか・
....(参考文献:「なぜ宗教は平和を妨げるのか」 講談社α新書より )
☆キリスト教の「人間は生まれながらにして原罪がある」という教義と、
「天に召されることを喜びとし、目的とする」という信条から、
現実の人生に於ける生きる意味も目的も見失い、
現実活動や社会建設の意欲を失い、また、
そのような活動に励むものを見ても喜びを感じなくなったとの声も
聞く。
この様な方の救済もせねばならない。
☆ダグラス・アダムズを追悼して
「庭が美しいことさえ分かれば十分じゃないのか?
花の下に妖精がいるなんて信じなくても」
〔『銀河ヒッチハイク・ガイド』第16章より〕
麻生さんと聞くと、
大平さん以来の 久方振りのキリスト教の首相。
ソマリア沖の海賊問題の時のご発言に
「やられたらやり返さなければならないのではないか」 と目を
大きくして発言されたのが 印象的でした。
小生は 「アッ! 目には目を・・・かっ」 と思いました。
キリスト教的な発想だなと思いました。
東京のテレビなどでは、「思考熟成度が低い」と言われていました。
また、強硬姿勢の思考形態が 「北朝鮮のキム・ジョンイルと同じ」
との批判の声もありました。
また、「強硬サイドにしか梶が取れない思考」 「選択肢も固定し
狭い思考」 「頑固な固執思考経路しか持っていない」・・・など
浅薄さを露呈した 1事例となってしまいました。
「リスク指数」というのがあれば、 レッドゾーンのアウトですね。
何しろ、 キリスト教は
「(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い」 との
教義があります。
また、それに輪を掛けて 「王権神授説」という教義があります。
そこで、 国の長の戦争行為を是としています。
思考形態は狭くなります。
全て正しいのは自分だ、 正義だ、 やってしまえになります。
ーー
☆ (若い方達へ)
キリスト教は贈り物とか、讃美歌とか、外見上は優しく見えますが、
若い方達は特にご注意ください。
虐殺や戦争の事例が実に多い宗教です。
それは『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い』という
教義から来ております。
他人を絶対にあやめてはいけません。間違った宗教に幸せな未来は
ありません。
キリスト教の罪悪の一例である、ヨーロッパの30%もの方々が
亡くなった戦争事例がどの様なものかをお調べ下さい。
そしてまた、この%の異常さをお感じ下さい。
どの宗教も同じという話は無くなると思います。
やはり、教え・教義からくる悲惨な結末なのです。
ーー
☆( キリスト教の教義の根幹をなす エゴ(自我)から争いへ )
個人のエゴ・・人間が生きていくうえで、エゴは必要悪なのである。
自己のエゴをそのまま是認してしまえば、堕落が始まる。
教養と問えば、 剥き出しのエゴに多少とも磨きをかけ得る品性の
ことと言える。
我々は、
おのれのエゴの醜さを恥じ入り、
それを少しでも控え目にさせることによって、
辛うじて
人の道を踏み外さずに
生きていくことができるのであろう。・・・
時に、
エゴは、
存在感を高めたり、
自己の目的達成のために、
しばしば宗教を利用する。・・・
強烈なエゴを持った人物が、
そして、
強欲な人間が
狡猾にも宗教を利用し始めると、
その被害は甚大なものになる。・・・
(ナチスの例)・・・
特定の民族や集団は、
長期間にわたって抑圧を受けると、
その屈辱感が心的外傷となって、
幾世代にもわたって
集団の心理的DNAの内部に留まることになる。・・・
それが、
特定の条件下におかれると、
眠っていた集団的記憶が蘇り、
爆発的な力を発揮する。・・・
その典型的な例がナチス・ドイツである。・・・
ナチスは、
あえてキリスト教と
ドイツ民族の優越性を唱え、
約600万人の異教徒ユダヤ人に対して
ホロコースト(『完全に焼き尽くす」という意味)をやってのけた
(キリスト教法王は
ナチスに反対しないどころか、
なびいていた)・・
デマゴーグの最重要任務・・
きわめて巧みに
過去の歴史の古い敵を、
現在の紛争の相手にすり替えてしまう・・・
エゴが
人前に現れる時、
たいていは「正義」という名の
美しい仮面をかぶっている・・・
「正義」の名の元に
制裁(争い)が起き、
一種の「魔女狩り」が始まれば、
とめどないものになる可能性は
十分にある・・・
「正義」とは
誤謬(間違えること)であると
断言してもよいのではないか・・・
争いは「正義」の主張から起きることがほとんどではなかろうか・
....(参考文献:「なぜ宗教は平和を妨げるのか」 講談社α新書より )
☆キリスト教の「人間は生まれながらにして原罪がある」という教義と、
「天に召されることを喜びとし、目的とする」という信条から、
現実の人生に於ける生きる意味も目的も見失い、
現実活動や社会建設の意欲を失い、また、
そのような活動に励むものを見ても喜びを感じなくなったとの声も
聞く。
この様な方の救済もせねばならない。
☆ダグラス・アダムズを追悼して
「庭が美しいことさえ分かれば十分じゃないのか?
花の下に妖精がいるなんて信じなくても」
〔『銀河ヒッチハイク・ガイド』第16章より〕
2011年12月9日金曜日
近代の最先端科学は、『 キリスト教の間違い 』 を証明した。
題 : 近代の最先端科学は、『 キリスト教の間違い 』を証明した
☆地上に神は存在しないというキリスト教の教えは、
近代思想の基礎を築いた。
近代の思想家たちは、
ヒエラルキー・統治・闘争の必要性を唱えるキリスト教の教えを
受け継ぎ、それを科学的に証明した。
しかし、21世紀が近付くにしたがって、そうした思想には欠点が
あるばかりか、科学的根拠も薄いことが分かってきている。
(キリスト教暗黒の裏面史212頁 徳間文庫)
(注)ヒエラルキー:ピラミッド型階層性・序列
☆キリスト教のヒエラルキーは、
神を頂点として、組織の構成要素すべてに優劣をつけて分類する
という考え方である。
しかし、近代哲学者の思想は、現実は、たわいもない偶然の出来事
から成り立っているのであって、大きな意識によって意図的に
生み出されたものではない、という考え方である。
(当然、キリスト教の創造神の創造ではない)
多くの者は、今ではこう考えるようになっていた。
神の意志に目を向け、それを理解しようとしても、真理は見つ
からない、と。
機械的な宇宙の小さな要素を分析してこそ審理は見つかるのだ、と。
宇宙が、神の干渉を受けずに動いていることが科学的に証明されて
いる(同 214頁)
☆キリスト教は、自然界に神聖なものはないと考えている(神の居る
天のみが神聖である、と)。
キリスト教のイデオロギーから生まれ、近代思想家によって証明
されたさまざまな思想は、20世紀末を迎えた今では、科学的根拠に
欠けることが分かってきている。
キリスト教の教義に関わった古典物理学には宇宙観を語れるほどの
知識がなかったことが明らかになった。 (同 223頁)
1例として、ニュートンは、十分な情報を与えられれば、出来事の
結果を正確に予測できると思っていた。
だが、量子力学によって、人間に分かるのは結果の「確率」に
すぎないことが明らかになった。
矛盾のない物理学を打ち立てようとしてきた科学者たちは、現実の
すべての物事について論理的に説明するのは不可能だと、自らの発見に
よって認めざるを得なくなった。
波動関数の研究をしていた科学者たちは 物質界が「心的」でもあり、
また「物的」でもあることを発見した。
キリスト教の天地分離説を裏付けるものとして、古典科学者たちは
精神と物質が分離していることを証明してきたが、それは科学的な真
実ではなかった。 (同 224~5頁)
(キリスト教の間違いを確認する結果となった)
☆『量子力学の理論が正しいとすれば・・文字通りの物質界などという
ものは存在しない。
この結論は、それが存在しないかもしれないというような、あや
ふやなものではなく、その存在をきっぱりと否定するものである。
(同 224~5頁)
☆近年の科学者たちの功績によって、(ニュートンなどの)古典論が
科学的根拠の薄いものだったことが分かってきたのである。
近代の科学的方法、すなわち、構成要素を細かく分析して、キリ
スト教的なヒエラルキーに当てはめるという方法も、今では考え
なおされている。
近年の科学によって分かってきたことがある。
それは、要素を分析するだけではなく、要素の全体的なつながりも
あわせて考えれば、真理により近づけるかもしれない、ということだ。
(同 226~7頁)
( 仏教は全くすごい。仏教の教義が、最先端の近代科学で正しい
ことが証明されて来ている。仏教の教義の一つを例に、『一切衆生、
悉有佛性:(いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう)・・・
この世のあらゆる生きとし生けるものは、ことごとく皆、佛性(佛の
性質、佛と成り得る資質)が備わっている。そうした生きとし生ける
ものでもって宇宙は構成され、すべて(万物)が繋がり、時は流れて
いる。そのつながりの中で育んで行く』・・・この定義されている
仏教の考え方・教義が上記の近代科学の考え方と全く一致している。
そして、キリスト教の教義・考え方は間違っている事が分かってきた
と言われている)
☆今まで私たちは、キリスト教の恐ろしい歴史を見過ごしてきた。
キリスト教の教えをさまざまな角度から検証する事もなかった・・
気づくだろう。神は恐れと絶対服従を求める存在だ、と。
教え込むことは、人間の精神を繰ることにほかならない、と。
性差別主義・民族主義・全体主義の根底には、
唯一至高神への信仰がある。 (同 238~9頁)
☆多様性や自由、人間の尊厳を重んじる世界へと突き進んで行け。
そうすれば、人類が自由に人道的に生きていくという理想を揚げ、
夢に向かって羽ばたくことができる。 (同 238~9頁)
(方向性は多神教にある事が確認され、それが正しい方向性だと
分かってきた)
(また最近、次の確認をした。来日された前パリ・ソルボンヌ大学
総長が上記考えと同じ発言をされていた。
多様性の中に人類の未来があり、各多様性さの中に神聖さがあり、
オリジナリティがある・・・など)
☆地上に神は存在しないというキリスト教の教えは、
近代思想の基礎を築いた。
近代の思想家たちは、
ヒエラルキー・統治・闘争の必要性を唱えるキリスト教の教えを
受け継ぎ、それを科学的に証明した。
しかし、21世紀が近付くにしたがって、そうした思想には欠点が
あるばかりか、科学的根拠も薄いことが分かってきている。
(キリスト教暗黒の裏面史212頁 徳間文庫)
(注)ヒエラルキー:ピラミッド型階層性・序列
☆キリスト教のヒエラルキーは、
神を頂点として、組織の構成要素すべてに優劣をつけて分類する
という考え方である。
しかし、近代哲学者の思想は、現実は、たわいもない偶然の出来事
から成り立っているのであって、大きな意識によって意図的に
生み出されたものではない、という考え方である。
(当然、キリスト教の創造神の創造ではない)
多くの者は、今ではこう考えるようになっていた。
神の意志に目を向け、それを理解しようとしても、真理は見つ
からない、と。
機械的な宇宙の小さな要素を分析してこそ審理は見つかるのだ、と。
宇宙が、神の干渉を受けずに動いていることが科学的に証明されて
いる(同 214頁)
☆キリスト教は、自然界に神聖なものはないと考えている(神の居る
天のみが神聖である、と)。
キリスト教のイデオロギーから生まれ、近代思想家によって証明
されたさまざまな思想は、20世紀末を迎えた今では、科学的根拠に
欠けることが分かってきている。
キリスト教の教義に関わった古典物理学には宇宙観を語れるほどの
知識がなかったことが明らかになった。 (同 223頁)
1例として、ニュートンは、十分な情報を与えられれば、出来事の
結果を正確に予測できると思っていた。
だが、量子力学によって、人間に分かるのは結果の「確率」に
すぎないことが明らかになった。
矛盾のない物理学を打ち立てようとしてきた科学者たちは、現実の
すべての物事について論理的に説明するのは不可能だと、自らの発見に
よって認めざるを得なくなった。
波動関数の研究をしていた科学者たちは 物質界が「心的」でもあり、
また「物的」でもあることを発見した。
キリスト教の天地分離説を裏付けるものとして、古典科学者たちは
精神と物質が分離していることを証明してきたが、それは科学的な真
実ではなかった。 (同 224~5頁)
(キリスト教の間違いを確認する結果となった)
☆『量子力学の理論が正しいとすれば・・文字通りの物質界などという
ものは存在しない。
この結論は、それが存在しないかもしれないというような、あや
ふやなものではなく、その存在をきっぱりと否定するものである。
(同 224~5頁)
☆近年の科学者たちの功績によって、(ニュートンなどの)古典論が
科学的根拠の薄いものだったことが分かってきたのである。
近代の科学的方法、すなわち、構成要素を細かく分析して、キリ
スト教的なヒエラルキーに当てはめるという方法も、今では考え
なおされている。
近年の科学によって分かってきたことがある。
それは、要素を分析するだけではなく、要素の全体的なつながりも
あわせて考えれば、真理により近づけるかもしれない、ということだ。
(同 226~7頁)
( 仏教は全くすごい。仏教の教義が、最先端の近代科学で正しい
ことが証明されて来ている。仏教の教義の一つを例に、『一切衆生、
悉有佛性:(いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう)・・・
この世のあらゆる生きとし生けるものは、ことごとく皆、佛性(佛の
性質、佛と成り得る資質)が備わっている。そうした生きとし生ける
ものでもって宇宙は構成され、すべて(万物)が繋がり、時は流れて
いる。そのつながりの中で育んで行く』・・・この定義されている
仏教の考え方・教義が上記の近代科学の考え方と全く一致している。
そして、キリスト教の教義・考え方は間違っている事が分かってきた
と言われている)
☆今まで私たちは、キリスト教の恐ろしい歴史を見過ごしてきた。
キリスト教の教えをさまざまな角度から検証する事もなかった・・
気づくだろう。神は恐れと絶対服従を求める存在だ、と。
教え込むことは、人間の精神を繰ることにほかならない、と。
性差別主義・民族主義・全体主義の根底には、
唯一至高神への信仰がある。 (同 238~9頁)
☆多様性や自由、人間の尊厳を重んじる世界へと突き進んで行け。
そうすれば、人類が自由に人道的に生きていくという理想を揚げ、
夢に向かって羽ばたくことができる。 (同 238~9頁)
(方向性は多神教にある事が確認され、それが正しい方向性だと
分かってきた)
(また最近、次の確認をした。来日された前パリ・ソルボンヌ大学
総長が上記考えと同じ発言をされていた。
多様性の中に人類の未来があり、各多様性さの中に神聖さがあり、
オリジナリティがある・・・など)
2011年12月8日木曜日
武士は食わねど高楊枝
題 : 武士は食わねど高楊枝
☆「 武士は食わねど高楊枝 」
おお、君たちは良く言うた・・・
地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩、仏 : 十界
君たちは、餓鬼界を 脱っしていたのか・・・
文明の発達が相手より 少し遅かったという、
ほんの少しの理由が・・・・
嗚呼・・・
反抗する手立てを 持たない人たちの
南米という地において、
降って湧いた様な ことに、
とまどいと驚きの人たちに 対し、
自分たちの欲を 達成しようと、
欲情を 露骨に 現わし、
他人の富、
痩せた土地を耕したりして、極貧の中をやっと貯めた富、
その富を 横取りする、
さまよう 餓鬼界から、
収奪の心をおこし、
殺戮の限りを 実行してしまう、
奪い取りの 地獄界へ 落ちていく、
言語を 絶する、
表現手段もない 極悪の極の 行為を、
長い間、反省なく、
何十年も、
その 地獄界を、
ばっこし、
彷徨し 続け、
全てを 殺して、
やっと 自分を、取り戻す 者たち・・・キリスト教聖職者ら。
☆是非、岩波文庫の
「南米の愚行・インディアスの破壊についての簡潔な報告」
ラス・カサス著
をお読みください。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
☆後日談、
・・・本当につらくなる後日談を この本を読んだ後
見つけた。
収奪した金などは、
そのすべてを王たちへ出さず、
私のものとして 持ち去り・・・・
私腹を肥やして、優雅な生活をしたとの事。
☆「 武士は食わねど高楊枝 」
おお、君たちは良く言うた・・・
地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩、仏 : 十界
君たちは、餓鬼界を 脱っしていたのか・・・
文明の発達が相手より 少し遅かったという、
ほんの少しの理由が・・・・
嗚呼・・・
反抗する手立てを 持たない人たちの
南米という地において、
降って湧いた様な ことに、
とまどいと驚きの人たちに 対し、
自分たちの欲を 達成しようと、
欲情を 露骨に 現わし、
他人の富、
痩せた土地を耕したりして、極貧の中をやっと貯めた富、
その富を 横取りする、
さまよう 餓鬼界から、
収奪の心をおこし、
殺戮の限りを 実行してしまう、
奪い取りの 地獄界へ 落ちていく、
言語を 絶する、
表現手段もない 極悪の極の 行為を、
長い間、反省なく、
何十年も、
その 地獄界を、
ばっこし、
彷徨し 続け、
全てを 殺して、
やっと 自分を、取り戻す 者たち・・・キリスト教聖職者ら。
☆是非、岩波文庫の
「南米の愚行・インディアスの破壊についての簡潔な報告」
ラス・カサス著
をお読みください。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
☆後日談、
・・・本当につらくなる後日談を この本を読んだ後
見つけた。
収奪した金などは、
そのすべてを王たちへ出さず、
私のものとして 持ち去り・・・・
私腹を肥やして、優雅な生活をしたとの事。
2011年12月7日水曜日
「 風の生まれる地 」 の できごと
題:「 風の生まれる地 」の できごと
☆「 キリスト教の蛮行 」
「風の生まれる地」 と言われる
南米最南端の地に居る 小民族は、
かつて6000人いたと 言われているが、・・・
この地球最南端の 僻地の 原住民・
この様な 小民族にまでも、
『 インカ文明の人々を絶滅させた
キリスト教徒 と
彼らと行動を共にした キリスト教聖職者達 』 が
やって来ていた事を、
テレビで 確認した。
インカなどの南米はおろか、
中米、
北米・メキシコ
および 周辺離島など、
あらゆる場所で、
やりたい放題の 殺戮を しまくった
キリスト教徒の 極悪な虐殺・
殺戮行為が、
今・現在、この民族に
「 絶滅 」という
復活の不可能な
状況に置いている。
生き残った方たちだけでは、
民族を維持し、
かつ、
かつての様に復活する事が
できないという状況で
推移してきて、
絶滅寸前に
なってしまった という事。
民族最後の方が、
「 母から
私たちは
日本から来たと
教えられていました 」
という言葉が・・・・・。
(平成22年1月3日、テレビ朝日、
番組名:地球の目撃者・風の大地へ)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
☆ キリスト教の犯した罪・蛮行について、
もっとお知りになりたい方は、
「南米の愚行・インディアスの破壊についての簡潔な報告」
岩波文庫 ラス・カサス著 を。
殺戮の限りを尽くした キリスト教徒と
行動を共にしたキリスト教聖職者が
「このままでは天に召されない」 と
老齢になって やっと
本国に報告した書 です。
時はもう 50年を経ていました。
殺戮をしまくった 後でした。
南米・北米・中米そして離島の各地は
絶滅の状況、
その驚嘆の 殺戮人数などが
記されています。
報告を受けた
本国の王 および その関係者などは
絶句、
すべてを 聞けずに、
まず報告に マトメなさいが
本書。
☆「 キリスト教の蛮行 」
「風の生まれる地」 と言われる
南米最南端の地に居る 小民族は、
かつて6000人いたと 言われているが、・・・
この地球最南端の 僻地の 原住民・
この様な 小民族にまでも、
『 インカ文明の人々を絶滅させた
キリスト教徒 と
彼らと行動を共にした キリスト教聖職者達 』 が
やって来ていた事を、
テレビで 確認した。
インカなどの南米はおろか、
中米、
北米・メキシコ
および 周辺離島など、
あらゆる場所で、
やりたい放題の 殺戮を しまくった
キリスト教徒の 極悪な虐殺・
殺戮行為が、
今・現在、この民族に
「 絶滅 」という
復活の不可能な
状況に置いている。
生き残った方たちだけでは、
民族を維持し、
かつ、
かつての様に復活する事が
できないという状況で
推移してきて、
絶滅寸前に
なってしまった という事。
民族最後の方が、
「 母から
私たちは
日本から来たと
教えられていました 」
という言葉が・・・・・。
(平成22年1月3日、テレビ朝日、
番組名:地球の目撃者・風の大地へ)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
☆ キリスト教の犯した罪・蛮行について、
もっとお知りになりたい方は、
「南米の愚行・インディアスの破壊についての簡潔な報告」
岩波文庫 ラス・カサス著 を。
殺戮の限りを尽くした キリスト教徒と
行動を共にしたキリスト教聖職者が
「このままでは天に召されない」 と
老齢になって やっと
本国に報告した書 です。
時はもう 50年を経ていました。
殺戮をしまくった 後でした。
南米・北米・中米そして離島の各地は
絶滅の状況、
その驚嘆の 殺戮人数などが
記されています。
報告を受けた
本国の王 および その関係者などは
絶句、
すべてを 聞けずに、
まず報告に マトメなさいが
本書。
2011年12月6日火曜日
悲惨な戦争を無くせないのでしょうか。切なる希望について。
2009年8月13日(木)13:00 毎日新聞
◆被爆者が生きている間に、核兵器が廃絶される日を見せてあげたい。井田薫(仮称)
「原爆投下の良かった面を考えよう」
早稲田大4年、井田薫(仮称)さん(22)は6年前、留学先の
米ミシガン州の高校で、アメリカ史の教師が出した課題に耳を疑った。
幼少期を長崎市で過ごし、毎年8月9日には静かに祈る人たちの
姿を見てきた。
「広島と長崎の悲劇は世界に共有されていると思っていたのに」。
頭の中が真っ白になった。
他の生徒たちが「戦争を終わらせた」「祖国の防衛になった」など
と答えるのを聞きながら、「違う」と思った。
だが、その一言が言えない。
沈黙するしかなかった。
帰国して大学に進み、祖父の妹(80)宅に下宿した。
そこで、亡き祖母が長崎で被爆したことを知った。
自分が被爆3世だということも。
ある夜、祖父の妹が涙を流しながら被爆した時のことを語って
くれた。
焼けただれて助けを求める人たち、空襲警報のたびに防空壕(ごう)で
震えた記憶……。
「同じ苦しみを味わわせたくない」。その言葉が胸に響いた。
2年前、再び米国に留学した。
「今度は自分の思いを伝えよう」。
小さな決意を秘めて向かった留学先の大学で、原爆を扱った映画の
上映会を開いた。
学生から「原爆の苦しみを教えてくれてありがとう」という言葉が
返ってきた。
「伝えれば伝わる」と思えた。
今は、ジャーナリストを志し、中東向けのニュース配信会社「パン
オリエントニュース」(東京都港区)で「修業中」だ。
いつか、自分の記事で世界に発信したい。
「良い戦争なんてない」と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(悲惨な戦争を無くせないでしょうか。切なる希望について。)
拝 啓
下記は、番組を提供された企業様とその番組に出演された女優様へ
送信したメールです。
是非、御一読 賜りたくお願い申し上げます。
尚、下記において、番組提供の企業(○○と標記)と出演された女優
(☆☆と標記)、及び放送した放送局(□□と標記)は匿名とさせて
戴いて居ります。
敬 具
《 記 》
○○株式会社様
拝 啓
下記は、貴社提供のテレビ番組(□□チャンネル、地球街道「長崎
街道、憧れの教会」)について、☆☆様へ送信したメールです。
御多忙とは存じますが、是非、御一読 賜りたく お願い申し上げ
ます。 敬 具
記
☆☆ 様
拝 啓
御活躍のご様子、何時も拝見させて戴いて居ります。
本日(10月18日)午後10時30分からの□□チャンネル「地球
街道(長崎街道、憧れの教会)」を拝見させて戴きました。
この番組は、今回の様に、「キリスト教徒によるキリスト教を美しく
見せる番組」を度々放送しております。
これに比較して、仏教関係は皆無の状況です(公共放送として公平性
の無い偏した現況です)。
また、キリスト教は『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても
良い』との教義から「人をあやめる行為」を残念ながら行って来て居り
ます(この悲惨な事例は、いにしえから長い歴史と共に数知れずあり
ます)。
近年では、ブッシュさんがイラクで(多くのアメリカの青年が亡く
なっております。また、本戦争に関係のないイラクの多くの方々も
亡くなられております)。
そして、次期米国大統領候補の方々は、いずれの方もイラクの悲惨な
この戦争の中止を意思表明して居ります。
ブッシュさんの支持母体のキリスト教徒の希望により行われた(上記の
教義の論理から行われた)この戦争は「悲惨な結果」をもたらしただけ
でした。
ブッシュさんのお父さんも、中近東の湾岸戦争で、今回と同様に、
支持母体のキリスト教徒の希望により同じ行為をして居ります。
キリスト教は、いにしえの古代の十字軍もそうですが、上記の教義に
より、可哀想な多くの方々を残念ながら作ってまいりました。
この教義は間違っておりますという声を、是非、上げて戴きたく
お願い申し上げます。
また、キリスト教に偏する番組作りをしている本番組へ、公共放送
として公平性のある番組作りになる様、お力をお貸し戴ければと
お願い申し上げます。 敬 具
ーーー(以上を送信させて戴きました。以下は御参考として付記させて
戴きました)ーーー
(参考)テレビに於ける公開討論において、米国大統領候補のいずれの
方も、直ぐ撤退するか、否かの意見の違いだけで、両候補とも撤退の
意見となっております。
☆ 己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。
☆ 以和為貴・・・(和をもって貴しとなす)。
☆ 一切衆生、悉有佛性 :
(いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう)・・・この世のあらゆる
生きとし生けるものは、ことごとく皆、佛性(佛の性質・佛と成り得る
資質)が備わっています。
そうした生きとし生けるものでもって宇宙は構成され、すべて(万物)が
繋がり、時は流れています。
そのつながりの中で育んで行きましょう。
[ 参考比較 ] キリスト教の人間生来の 原罪 : 原罪(げんざい)
とは、エデンの園において人類の始祖であるアダムとイヴが最初に犯したと
される罪、およびその罪が人間の本性を損ね、あるいは変えてしまった
ため、以来人間は神の救い・助けなしには克服し得ない罪への傾きを
持つことになったという、キリスト教の多くの教派において共有される
思想。
(ここを原点として、信じなければ救いを拒否し、切り捨てるという
キリスト教がある)
☆ 真実の声 :
すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。
己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。
・・・ 仏典『ダンマパダ』より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(若い方達へ)
キリスト教は贈り物とか、讃美歌とか、外見上は優しく見えますが、
若い方達は特にご注意ください。
虐殺や戦争の事例が実に多い宗教です。
それは『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い』という
教義から来ております。
他人を絶対にあやめてはいけません。
間違った宗教に幸せな未来はありません。
キリスト教の罪悪の一例である、ヨーロッパの30%もの方々が亡く
なった戦争事例がどの様なものかをお調べ下さい。
そしてまた、この%の異常さをお感じ下さい。
どの宗教も同じという話は無くなると思います。
やはり、教え・教義からくる悲惨な結末なのです。
◆被爆者が生きている間に、核兵器が廃絶される日を見せてあげたい。井田薫(仮称)
「原爆投下の良かった面を考えよう」
早稲田大4年、井田薫(仮称)さん(22)は6年前、留学先の
米ミシガン州の高校で、アメリカ史の教師が出した課題に耳を疑った。
幼少期を長崎市で過ごし、毎年8月9日には静かに祈る人たちの
姿を見てきた。
「広島と長崎の悲劇は世界に共有されていると思っていたのに」。
頭の中が真っ白になった。
他の生徒たちが「戦争を終わらせた」「祖国の防衛になった」など
と答えるのを聞きながら、「違う」と思った。
だが、その一言が言えない。
沈黙するしかなかった。
帰国して大学に進み、祖父の妹(80)宅に下宿した。
そこで、亡き祖母が長崎で被爆したことを知った。
自分が被爆3世だということも。
ある夜、祖父の妹が涙を流しながら被爆した時のことを語って
くれた。
焼けただれて助けを求める人たち、空襲警報のたびに防空壕(ごう)で
震えた記憶……。
「同じ苦しみを味わわせたくない」。その言葉が胸に響いた。
2年前、再び米国に留学した。
「今度は自分の思いを伝えよう」。
小さな決意を秘めて向かった留学先の大学で、原爆を扱った映画の
上映会を開いた。
学生から「原爆の苦しみを教えてくれてありがとう」という言葉が
返ってきた。
「伝えれば伝わる」と思えた。
今は、ジャーナリストを志し、中東向けのニュース配信会社「パン
オリエントニュース」(東京都港区)で「修業中」だ。
いつか、自分の記事で世界に発信したい。
「良い戦争なんてない」と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(悲惨な戦争を無くせないでしょうか。切なる希望について。)
拝 啓
下記は、番組を提供された企業様とその番組に出演された女優様へ
送信したメールです。
是非、御一読 賜りたくお願い申し上げます。
尚、下記において、番組提供の企業(○○と標記)と出演された女優
(☆☆と標記)、及び放送した放送局(□□と標記)は匿名とさせて
戴いて居ります。
敬 具
《 記 》
○○株式会社様
拝 啓
下記は、貴社提供のテレビ番組(□□チャンネル、地球街道「長崎
街道、憧れの教会」)について、☆☆様へ送信したメールです。
御多忙とは存じますが、是非、御一読 賜りたく お願い申し上げ
ます。 敬 具
記
☆☆ 様
拝 啓
御活躍のご様子、何時も拝見させて戴いて居ります。
本日(10月18日)午後10時30分からの□□チャンネル「地球
街道(長崎街道、憧れの教会)」を拝見させて戴きました。
この番組は、今回の様に、「キリスト教徒によるキリスト教を美しく
見せる番組」を度々放送しております。
これに比較して、仏教関係は皆無の状況です(公共放送として公平性
の無い偏した現況です)。
また、キリスト教は『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても
良い』との教義から「人をあやめる行為」を残念ながら行って来て居り
ます(この悲惨な事例は、いにしえから長い歴史と共に数知れずあり
ます)。
近年では、ブッシュさんがイラクで(多くのアメリカの青年が亡く
なっております。また、本戦争に関係のないイラクの多くの方々も
亡くなられております)。
そして、次期米国大統領候補の方々は、いずれの方もイラクの悲惨な
この戦争の中止を意思表明して居ります。
ブッシュさんの支持母体のキリスト教徒の希望により行われた(上記の
教義の論理から行われた)この戦争は「悲惨な結果」をもたらしただけ
でした。
ブッシュさんのお父さんも、中近東の湾岸戦争で、今回と同様に、
支持母体のキリスト教徒の希望により同じ行為をして居ります。
キリスト教は、いにしえの古代の十字軍もそうですが、上記の教義に
より、可哀想な多くの方々を残念ながら作ってまいりました。
この教義は間違っておりますという声を、是非、上げて戴きたく
お願い申し上げます。
また、キリスト教に偏する番組作りをしている本番組へ、公共放送
として公平性のある番組作りになる様、お力をお貸し戴ければと
お願い申し上げます。 敬 具
ーーー(以上を送信させて戴きました。以下は御参考として付記させて
戴きました)ーーー
(参考)テレビに於ける公開討論において、米国大統領候補のいずれの
方も、直ぐ撤退するか、否かの意見の違いだけで、両候補とも撤退の
意見となっております。
☆ 己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。
☆ 以和為貴・・・(和をもって貴しとなす)。
☆ 一切衆生、悉有佛性 :
(いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう)・・・この世のあらゆる
生きとし生けるものは、ことごとく皆、佛性(佛の性質・佛と成り得る
資質)が備わっています。
そうした生きとし生けるものでもって宇宙は構成され、すべて(万物)が
繋がり、時は流れています。
そのつながりの中で育んで行きましょう。
[ 参考比較 ] キリスト教の人間生来の 原罪 : 原罪(げんざい)
とは、エデンの園において人類の始祖であるアダムとイヴが最初に犯したと
される罪、およびその罪が人間の本性を損ね、あるいは変えてしまった
ため、以来人間は神の救い・助けなしには克服し得ない罪への傾きを
持つことになったという、キリスト教の多くの教派において共有される
思想。
(ここを原点として、信じなければ救いを拒否し、切り捨てるという
キリスト教がある)
☆ 真実の声 :
すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。
己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。
・・・ 仏典『ダンマパダ』より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(若い方達へ)
キリスト教は贈り物とか、讃美歌とか、外見上は優しく見えますが、
若い方達は特にご注意ください。
虐殺や戦争の事例が実に多い宗教です。
それは『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い』という
教義から来ております。
他人を絶対にあやめてはいけません。
間違った宗教に幸せな未来はありません。
キリスト教の罪悪の一例である、ヨーロッパの30%もの方々が亡く
なった戦争事例がどの様なものかをお調べ下さい。
そしてまた、この%の異常さをお感じ下さい。
どの宗教も同じという話は無くなると思います。
やはり、教え・教義からくる悲惨な結末なのです。
2011年12月5日月曜日
エルサレム: 歴史に旅する人たちの交差点でもあった・・・
題: エルサレム:歴史に旅する人たちの交差点でもあった...
(仏教とイエス・キリストの共通性)
☆エルサレムは交通の要衝。
東西南北、歴史に旅する人たちの交差点でもあった。
インド仏蹟のストゥーパ(塔)からは
ギリシア人の奉仕の証が見られ、
インドとギリシアの当時の交渉の確証の一つにも
なっている。
仏教は
「一切衆生の 誰もが、
仏になる仏性というものを持っている」と
教えている。
また、
ユダヤ教各派の中でも、
仏教の教えに理解を示すグループに
イエス・キリストは、属していた。
イエス・キリストの言葉に
上記と同系思想の、
「誰もが 神の子として 平等だ」 と、
上記の仏教の教えと
同系の教えを語っている。
イエス・キリストに
仏教の教えと相通じる面が見られる
1つである。
だが、 弟子達は、イエス・キリストの死後、
「イエスが唯一の神の子」 と
してしまった。
この事からも 次の事が分かる。
キリスト教の中央集権的なヒエラルキー(神を頂点とす
る序列)が、強調され、
イエス・キリストの意志の一つである「平等性」の心が
配慮されない
欠落の状態に置かれてしまった。
(仏教とイエス・キリストの共通性)
☆エルサレムは交通の要衝。
東西南北、歴史に旅する人たちの交差点でもあった。
インド仏蹟のストゥーパ(塔)からは
ギリシア人の奉仕の証が見られ、
インドとギリシアの当時の交渉の確証の一つにも
なっている。
仏教は
「一切衆生の 誰もが、
仏になる仏性というものを持っている」と
教えている。
また、
ユダヤ教各派の中でも、
仏教の教えに理解を示すグループに
イエス・キリストは、属していた。
イエス・キリストの言葉に
上記と同系思想の、
「誰もが 神の子として 平等だ」 と、
上記の仏教の教えと
同系の教えを語っている。
イエス・キリストに
仏教の教えと相通じる面が見られる
1つである。
だが、 弟子達は、イエス・キリストの死後、
「イエスが唯一の神の子」 と
してしまった。
この事からも 次の事が分かる。
キリスト教の中央集権的なヒエラルキー(神を頂点とす
る序列)が、強調され、
イエス・キリストの意志の一つである「平等性」の心が
配慮されない
欠落の状態に置かれてしまった。
2011年12月4日日曜日
イエス・キリストに「 三位一体神 」の考えは 無かった
題 : イエス・キリストに 「 三位一体神 」の
考えは無かった
イエスに、キリスト教の根本教義の一つである「三位一体神」の
考えは、無かった。
☆ヨハネによる福音書の10・34〜36に、下記の様に書かれている。
10・34
イエスは彼らに答えられた、
「あなたがたの律法に、『わたしは言う、あなたがたは神々である』と
書いてあるではないか。
10・35
神の言を託された人々が、神々といわれておるとすれば、
(そして、聖典は無視できない)
10・36
それならば、父によって聖化されて世に遣わされてきたわたしが、
「わたしは神の子である」と言ったからとて、
どうして神を冒涜したと責められるのか。
・ これは、イエスが、神は一神ではなく神々(多神)の存在である。
それは、貴方たちの聖典・律法に神々(多神)と書かれているでは
ないか、
だから、
わたし(イエス)は、神々・多神である神を冒涜していることには
ならない。
つまり、
『父なる神』から遣わされて来て「わたし(イエス)は『神の子』
である」と言っても
神々・多神の存在の中において、
神々・多神の冒涜にはならない(貴方達も私も、聖典・律法は無視
することはできない)・・・と主張しているのである。
イエスには、「三位一体神」などという考えはなかった。
あくまで一つ一つの神々、つまり多神と考えていた。
神々・多神の中に、『父なる神』や自分自身も『神の子』としても考え
ていた。
貴方達の聖典にも書くかれていて、私も信じるその聖典に書れて
いる神々・多神の存在を守らなければならない。
その教義・論理を根拠として、「わたし(イエス)は、神々・多神の
冒涜をしていないと主張しているのである。
貴方達の神を否定し、また排除して「神の子」と言っているのではな
く、多神・神々の中の「神の子」と言っているのです、と言っている。
☆テルアビブ大学 ゼエブ・ヘルツオグ考古学教授の 言葉:
「 (キリスト教の)『唯一の神』という一神教の概念についても、
生まれたのは 今から2000年余りさかのぼるに過ぎない 」
(1999年10月3日、朝日新聞夕刊)
キリスト教(ユダヤ教)が生まれた最初から
「 一神教である 」としてきた世界の常識が
間違いであったことが証明されている。
☆ 多様性や自由、人間の尊厳を重んじる世界へと突き進んで行け。
そうすれば、
人類が自由に
人道的に生きていくという理想を揚げ、
夢に向かって
羽ばたくことができる。
(キリスト教暗黒の裏面史 238〜9頁 徳間文庫より)
・方向性は多神教にある事が確認され、
それが正しい方向性だと分かってきた。
また、最近、次の確認をした。
来日された前パリ・ソルボンヌ大学総長が
上記考えと同じ発言をされていた。
『多様性の中に人類の未来があり、各多様性さの中に神聖さがあ
り、オリジナリティがある』・・・など。
小生の日記、
「近代の最先端科学は『 キリスト教の間違い 』を証明したを、
ご覧ください。
考えは無かった
イエスに、キリスト教の根本教義の一つである「三位一体神」の
考えは、無かった。
☆ヨハネによる福音書の10・34〜36に、下記の様に書かれている。
10・34
イエスは彼らに答えられた、
「あなたがたの律法に、『わたしは言う、あなたがたは神々である』と
書いてあるではないか。
10・35
神の言を託された人々が、神々といわれておるとすれば、
(そして、聖典は無視できない)
10・36
それならば、父によって聖化されて世に遣わされてきたわたしが、
「わたしは神の子である」と言ったからとて、
どうして神を冒涜したと責められるのか。
・ これは、イエスが、神は一神ではなく神々(多神)の存在である。
それは、貴方たちの聖典・律法に神々(多神)と書かれているでは
ないか、
だから、
わたし(イエス)は、神々・多神である神を冒涜していることには
ならない。
つまり、
『父なる神』から遣わされて来て「わたし(イエス)は『神の子』
である」と言っても
神々・多神の存在の中において、
神々・多神の冒涜にはならない(貴方達も私も、聖典・律法は無視
することはできない)・・・と主張しているのである。
イエスには、「三位一体神」などという考えはなかった。
あくまで一つ一つの神々、つまり多神と考えていた。
神々・多神の中に、『父なる神』や自分自身も『神の子』としても考え
ていた。
貴方達の聖典にも書くかれていて、私も信じるその聖典に書れて
いる神々・多神の存在を守らなければならない。
その教義・論理を根拠として、「わたし(イエス)は、神々・多神の
冒涜をしていないと主張しているのである。
貴方達の神を否定し、また排除して「神の子」と言っているのではな
く、多神・神々の中の「神の子」と言っているのです、と言っている。
☆テルアビブ大学 ゼエブ・ヘルツオグ考古学教授の 言葉:
「 (キリスト教の)『唯一の神』という一神教の概念についても、
生まれたのは 今から2000年余りさかのぼるに過ぎない 」
(1999年10月3日、朝日新聞夕刊)
キリスト教(ユダヤ教)が生まれた最初から
「 一神教である 」としてきた世界の常識が
間違いであったことが証明されている。
☆ 多様性や自由、人間の尊厳を重んじる世界へと突き進んで行け。
そうすれば、
人類が自由に
人道的に生きていくという理想を揚げ、
夢に向かって
羽ばたくことができる。
(キリスト教暗黒の裏面史 238〜9頁 徳間文庫より)
・方向性は多神教にある事が確認され、
それが正しい方向性だと分かってきた。
また、最近、次の確認をした。
来日された前パリ・ソルボンヌ大学総長が
上記考えと同じ発言をされていた。
『多様性の中に人類の未来があり、各多様性さの中に神聖さがあ
り、オリジナリティがある』・・・など。
小生の日記、
「近代の最先端科学は『 キリスト教の間違い 』を証明したを、
ご覧ください。
2011年12月3日土曜日
戴いたコメントにお答えします・・・二宮政吉さんの『同じ気持ちです』について
題 : 戴いたコメントにお答えします
・・・二宮政吉さんの『同じ気持ちです』 について
差出人: 二宮政吉さん
日付 : 2011年05月19日 17:50
件名 : Re:同じ気持です
メールありがとうございます。
ご指摘のことは、部分的には同意します。
ヨーロッパ北欧のキリスト教とは、土着宗教の影響が色濃く
あります。
キリスト教の布教活動により、土着宗教(迷信宗教)を信じ
ていた民族がキリスト教に改宗させられていったからです。
ハロウィンについては、ケルト民族の土着宗教と、カソリック
中世暗黒時代における布教活動が重なったところから発生した
文化でしょう。
現代では、ニューエイジの影響が強いようです。
中世の暗黒時代における布教とは、このケルト地方のアングロ
サクソン人の改宗から始まりました。
当時、ヨーロッパは南方からのイスラム教勢力の侵略に脅か
されつつあり、教会を守るために、北方への布教を強いるように
なったのです。
その流れの中で、迷信深い北方民族のキリスト教への改宗は
必須でした。
迷信深い土着宗教にキリスト教が妥協せざるを得ない時代で
した。
その中に、ハロウィンの起源もありそうです。
日本のキリスト教も、明治初期は、武士道(思想精神ですが)と
深く結びついたものでした。
迷信宗教は、キリスト教にとって、コンピュータのバグのような
ものです。
歴史の反省とともに、除去することが必要です。
現代では、ハロウィン(カルト的祭典)を記念日とするキリスト
教派は、カソリック含め、ありません。
また、中世の暗黒時代、宗教裁判があり、多くの人が、残虐な
死を遂げていることも事実であります。
力の理論と「あなたの敵を愛せよ」というキリストの愛の教え、
いつの時代にも教会が悩む課題です。
プロテスタントの歴史は、その罪を背負ってきたカソリックの
歴史(中世暗黒時代)の反省から出発しています。
では、そのプロテスタントの時代になって、力の理論は消えて
なくなったのだろうか?
ブッシュの戦争主義を支えていたのが、プロテスタントである
福音派と呼ばれるキリスト教原理主義の団体と批判されてきま
した。
ここにも力の理論は存在しています。
では、そのような力の理論を、私達は賛成しているんでしょ
うか?
力の理論は、キリスト教の教えではないのです。
全く正反対であります。
ただ、聖書を読んでいると、新約聖書の他に、旧約聖書という
ものがあり、そこに侵略的文献があります。
ですが旧約聖書は、直接はユダヤ教の教えであります。
しかし、その旧約の中に、イエスキリストの預言が含まれて
いるので聖書の一部として採用しているのです。
「目には目を、歯には、歯を」とは、旧約聖書に書かれている
ものです。
新約聖書には、書かれていません。
むしろ、新約では、「右の頬をぶたれたら、左の頬も出しな
さい」と書かれているのです。
カソリックの暗黒時代の反省に立ったプロテスタントと同じ
ように、旧約聖書の暗黒の反省に立った新約聖書と言えます。
ブッシュ政権を支えていたキリスト教原理主義者たちは、旧
約聖書を利用して、悪を征伐する、力の理論を採用したのです。
ですが、それは間違いであり歴史が証明するでしょう。
もし彼らのなしてきたことが認められるのではあれば、多くの
キリスト者の殉教は、なんの意味もない犬死です。
ただ、政治世界では、9・11事件を解決するには戦争する
しか選択肢はなかったように思えます。
世界の表舞台(政治、経済)がキリスト教主流世界であるため、
多くの人が、キリスト教と戦争を結びつけ考えるのもやむ負えま
せん。
麻生前首相がクリスチャンだと言っても、本当に信じているのか
私には分りません。
名目クリスチャンは、腐るほどいます。
名目クリスチャンが天国に行けるのではありません。
イエスキリストの、いのちを受けた者のみが天国に行けるの
です。
それから、キリスト(聖書)を利用した、カルト宗教も多くあり
ます。
エホバの証人(ものみの塔)などは代表的な宗派です。
多くの歴史的過ちと、聖書理解の誤解が今のキリスト教に対する
偏見となっています。
今の時代、幸せ病が蔓延しており、神様の目から物事を見る
ことのできるクリスチャンや教会は少ないと思われます。
その様な幸せ病の牧師や信者が聖書を読んでも、「論語読みの
論語知らず」となりましょう。
ただ言えることは、人とは、良心があり、何が間違いで、何が
正しいのか、自分の力で判別する能力を持っています。
多くの素晴らし信仰者たちが今まで輩出され、それを受け継ぐ
キリスト者達がいることも事実だからです。
参考になったかどうか分りませんが、後日に譲ります。
私の返事:
二宮政吉さんへ コメントありがとうございます。
同じ気持ちですと言って戴き ありがとうございます。
ハロウィンとキリスト教とのかかわりなどの記述、キリスト教が
布教に際し、ヨーロッパの多神の宗教と、よく言えば融合、悪く
言えば妥協が、大分、起きたところです。
魔女と関わるところなどキリスト教も無関係とは言えないところ
です。
キリスト教系の学校でも喜々として行っているところでもあり
ます。
また、ハロウィンがキリスト教と無関係とするのなら、日本での
行事化についても 明確に反対姿勢・行動を示して欲しいところ
です。
ブッシュ政権に関することは同感です。この行為は間違いです。
貴方様のおっしゃる「何が間違いで、何が正しいのか、自分の
力で判別する能力を持っています」とのお言葉には大賛成です。
私は、神の言葉を戒・律・掟というかたちで伝えるというキリ
スト教の『他律戒』の在り方は良くない(間違い)と思います。
あなた様のこの記述の様に「何が間違いで、何が正しいのか、
自分の力で判別する」が正しいと思います。
自分で判断し 自分で何が正しいかを決める…です。
『自律戒』です。
キリスト教はこうではありません。
「神の言葉を与える」・・です。
キリスト教徒に判別力があると信じて、そして、キリスト教徒に
判断させるという、キリスト教は教義設定にしていません。
キリスト教徒の判断能力に関し、無能力者のごとくに扱って
います。
全て神の言葉を信じ、そして従う・・・です。
また、それを 『 よし 』 としています。
また、イエスキリストが旧約聖書と全く逆である点(あなたも
おっしゃっておりますが)を整合させていないという問題点を、
回避し、キリスト教は御都合主義的に振舞っていると言われても
仕方ないところもあります。
正反対の教義が共存しているのです。
都合のよい時には右と言い、都合が悪くなると左と言う。
これが問題を大きくしています。ブッシュさんの例のように。
[ 添付 ]
☆ 己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。
☆ 以和為貴・・・(和をもって貴しとなす)。
☆ 一切衆生、悉有佛性 :
(いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう)・・・この世の
あらゆる生きとし生けるものは、ことごとく皆、佛性(佛の性質・
佛と成り得る資質)が備わっています。
そうした生きとし生けるものでもって宇宙は構成され、すべて
(万物)が繋がり、時は流れています。
そのつながりの中で育んで行きましょう。
[参考比較] キリスト教の人間生来の 原罪 : 原罪(げん
ざい)とは、エデンの園において人類の始祖であるアダムとイヴが
最初に犯したとされる罪、およびその罪が人間の本性を損ね、ある
いは変えてしまったため、以来人間は神の救い・助けなしには克服
し得ない罪への傾きを持つことになったという、キリスト教の多く
の教派において共有される思想。
(ここを原点として、信じなければ救いを拒否し、切り捨てる
というキリスト教がある)
☆ 真実の声 :
すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。
己が身にひきくらべて、
殺してはならぬ。
殺さしめてはならぬ。
・・・ 仏典『ダンマパダ』より
・・・二宮政吉さんの『同じ気持ちです』 について
差出人: 二宮政吉さん
日付 : 2011年05月19日 17:50
件名 : Re:同じ気持です
メールありがとうございます。
ご指摘のことは、部分的には同意します。
ヨーロッパ北欧のキリスト教とは、土着宗教の影響が色濃く
あります。
キリスト教の布教活動により、土着宗教(迷信宗教)を信じ
ていた民族がキリスト教に改宗させられていったからです。
ハロウィンについては、ケルト民族の土着宗教と、カソリック
中世暗黒時代における布教活動が重なったところから発生した
文化でしょう。
現代では、ニューエイジの影響が強いようです。
中世の暗黒時代における布教とは、このケルト地方のアングロ
サクソン人の改宗から始まりました。
当時、ヨーロッパは南方からのイスラム教勢力の侵略に脅か
されつつあり、教会を守るために、北方への布教を強いるように
なったのです。
その流れの中で、迷信深い北方民族のキリスト教への改宗は
必須でした。
迷信深い土着宗教にキリスト教が妥協せざるを得ない時代で
した。
その中に、ハロウィンの起源もありそうです。
日本のキリスト教も、明治初期は、武士道(思想精神ですが)と
深く結びついたものでした。
迷信宗教は、キリスト教にとって、コンピュータのバグのような
ものです。
歴史の反省とともに、除去することが必要です。
現代では、ハロウィン(カルト的祭典)を記念日とするキリスト
教派は、カソリック含め、ありません。
また、中世の暗黒時代、宗教裁判があり、多くの人が、残虐な
死を遂げていることも事実であります。
力の理論と「あなたの敵を愛せよ」というキリストの愛の教え、
いつの時代にも教会が悩む課題です。
プロテスタントの歴史は、その罪を背負ってきたカソリックの
歴史(中世暗黒時代)の反省から出発しています。
では、そのプロテスタントの時代になって、力の理論は消えて
なくなったのだろうか?
ブッシュの戦争主義を支えていたのが、プロテスタントである
福音派と呼ばれるキリスト教原理主義の団体と批判されてきま
した。
ここにも力の理論は存在しています。
では、そのような力の理論を、私達は賛成しているんでしょ
うか?
力の理論は、キリスト教の教えではないのです。
全く正反対であります。
ただ、聖書を読んでいると、新約聖書の他に、旧約聖書という
ものがあり、そこに侵略的文献があります。
ですが旧約聖書は、直接はユダヤ教の教えであります。
しかし、その旧約の中に、イエスキリストの預言が含まれて
いるので聖書の一部として採用しているのです。
「目には目を、歯には、歯を」とは、旧約聖書に書かれている
ものです。
新約聖書には、書かれていません。
むしろ、新約では、「右の頬をぶたれたら、左の頬も出しな
さい」と書かれているのです。
カソリックの暗黒時代の反省に立ったプロテスタントと同じ
ように、旧約聖書の暗黒の反省に立った新約聖書と言えます。
ブッシュ政権を支えていたキリスト教原理主義者たちは、旧
約聖書を利用して、悪を征伐する、力の理論を採用したのです。
ですが、それは間違いであり歴史が証明するでしょう。
もし彼らのなしてきたことが認められるのではあれば、多くの
キリスト者の殉教は、なんの意味もない犬死です。
ただ、政治世界では、9・11事件を解決するには戦争する
しか選択肢はなかったように思えます。
世界の表舞台(政治、経済)がキリスト教主流世界であるため、
多くの人が、キリスト教と戦争を結びつけ考えるのもやむ負えま
せん。
麻生前首相がクリスチャンだと言っても、本当に信じているのか
私には分りません。
名目クリスチャンは、腐るほどいます。
名目クリスチャンが天国に行けるのではありません。
イエスキリストの、いのちを受けた者のみが天国に行けるの
です。
それから、キリスト(聖書)を利用した、カルト宗教も多くあり
ます。
エホバの証人(ものみの塔)などは代表的な宗派です。
多くの歴史的過ちと、聖書理解の誤解が今のキリスト教に対する
偏見となっています。
今の時代、幸せ病が蔓延しており、神様の目から物事を見る
ことのできるクリスチャンや教会は少ないと思われます。
その様な幸せ病の牧師や信者が聖書を読んでも、「論語読みの
論語知らず」となりましょう。
ただ言えることは、人とは、良心があり、何が間違いで、何が
正しいのか、自分の力で判別する能力を持っています。
多くの素晴らし信仰者たちが今まで輩出され、それを受け継ぐ
キリスト者達がいることも事実だからです。
参考になったかどうか分りませんが、後日に譲ります。
私の返事:
二宮政吉さんへ コメントありがとうございます。
同じ気持ちですと言って戴き ありがとうございます。
ハロウィンとキリスト教とのかかわりなどの記述、キリスト教が
布教に際し、ヨーロッパの多神の宗教と、よく言えば融合、悪く
言えば妥協が、大分、起きたところです。
魔女と関わるところなどキリスト教も無関係とは言えないところ
です。
キリスト教系の学校でも喜々として行っているところでもあり
ます。
また、ハロウィンがキリスト教と無関係とするのなら、日本での
行事化についても 明確に反対姿勢・行動を示して欲しいところ
です。
ブッシュ政権に関することは同感です。この行為は間違いです。
貴方様のおっしゃる「何が間違いで、何が正しいのか、自分の
力で判別する能力を持っています」とのお言葉には大賛成です。
私は、神の言葉を戒・律・掟というかたちで伝えるというキリ
スト教の『他律戒』の在り方は良くない(間違い)と思います。
あなた様のこの記述の様に「何が間違いで、何が正しいのか、
自分の力で判別する」が正しいと思います。
自分で判断し 自分で何が正しいかを決める…です。
『自律戒』です。
キリスト教はこうではありません。
「神の言葉を与える」・・です。
キリスト教徒に判別力があると信じて、そして、キリスト教徒に
判断させるという、キリスト教は教義設定にしていません。
キリスト教徒の判断能力に関し、無能力者のごとくに扱って
います。
全て神の言葉を信じ、そして従う・・・です。
また、それを 『 よし 』 としています。
また、イエスキリストが旧約聖書と全く逆である点(あなたも
おっしゃっておりますが)を整合させていないという問題点を、
回避し、キリスト教は御都合主義的に振舞っていると言われても
仕方ないところもあります。
正反対の教義が共存しているのです。
都合のよい時には右と言い、都合が悪くなると左と言う。
これが問題を大きくしています。ブッシュさんの例のように。
[ 添付 ]
☆ 己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。
☆ 以和為貴・・・(和をもって貴しとなす)。
☆ 一切衆生、悉有佛性 :
(いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう)・・・この世の
あらゆる生きとし生けるものは、ことごとく皆、佛性(佛の性質・
佛と成り得る資質)が備わっています。
そうした生きとし生けるものでもって宇宙は構成され、すべて
(万物)が繋がり、時は流れています。
そのつながりの中で育んで行きましょう。
[参考比較] キリスト教の人間生来の 原罪 : 原罪(げん
ざい)とは、エデンの園において人類の始祖であるアダムとイヴが
最初に犯したとされる罪、およびその罪が人間の本性を損ね、ある
いは変えてしまったため、以来人間は神の救い・助けなしには克服
し得ない罪への傾きを持つことになったという、キリスト教の多く
の教派において共有される思想。
(ここを原点として、信じなければ救いを拒否し、切り捨てる
というキリスト教がある)
☆ 真実の声 :
すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。
己が身にひきくらべて、
殺してはならぬ。
殺さしめてはならぬ。
・・・ 仏典『ダンマパダ』より
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